三年連続更新記念SS大会二日目は「グァスの嵐」の21回目をお送りします。
途切れ途切れの更新で本当に申し訳ありません。
楽しんでいただければと思います。
21、
「心当たりはない?」
ことが終わり、寝台に横たわってクラリッサの肩を抱いていたダリエンツォの顔が曇る。
ポートアランスのマダムアリチェ仕込みの薬と快楽で、クラリッサの精神はゆがめられている。
今さら嘘をつくとも思えないが、ことが星船に関する以上心の奥底でタブー意識が働いているとも考えられる。
それとも・・・
彼女は何も知らされてないかだ・・・
ラマイカのセラトーリがわざわざ部下を使ってたぶらかした女だ。
何も知らないとは考えづらいが・・・
「あの男が何かを求めていたなんて知りません。でも私をもてあそんだ男を私は赦さない」
吐き捨てるように言うクラリッサの目には狂気が走る。
ダリエンツォによって愛情を裏返しにされたクラリッサには、ダリオは憎んでも余りある男であり、ナイフを突き刺した感触を思い出すだけで笑みが浮かぶのだ。
「ふむ・・・もう少し情報が必要か・・・」
天井を見つめるダリエンツォ。
セラトーリが何を手に入れようとしていたのか。
力づくで奪い取らなかったのはそれがなんなのかの確証を得ることができなかったのだろう。
そうでなければ小娘一人・・・いや家族を含めても手勢を数人送れば事足りる。
偽装結婚してまでということは、クラリッサに星船にかかわる何かがあることはわかっていても、それが何かを探るためだったということか・・・
まあいい・・・
クラリッサが手元にある以上、いずれ星船の情報も手に入るだろう。
いつかは星船に出会えるはずだ・・・
だが・・・
星船に出会ったとき・・・俺はいったいどうするのだろう・・・
「うーん・・・気持ちいい! ねえ、ミューちゃんもこっちにおいでよ」
吹き抜ける風に髪をなびかせるフィオレンティーナ。
日差しと相まってそれがとても気持ちいい。
船べりにもたれかかっていると、まさにゆりかごの心地よさなのだ。
船首ではゴルドアンが四本の腕で器用に帆を操り、船尾ではエミリオが舵を取る。
もともと二人で運用されてきたファヌーなので、順調な航海のときはフィオレンティーナもミューもすることがない。
自然と二人は船べりでおしゃべりに興じたりしてしまうのだった。
「ねえ、ミューちゃん。あの島はなんて島かわかる? 川が一筋の糸のように海に落ちて行くのがとても綺麗」
フィオレンティーナの指差す先では、島の海岸線から白い糸のように川が密雲に流れ落ちて行くのが見え、周囲に虹を生じている。
「あれはマリガラント島です」
ミューがフィオレンティーナの脇にやってきて腰を下ろす。
赤毛で小麦色の肌のフィオレンティーナと金髪で抜けるような白い肌のミューはこうして見ると対照的で、まったく似てはいないのだが、笑顔が二人ともとても素敵で魅力的なことは間違いない。
「よく知ってるな、ミュー。このあたりは小さな無人島が多いから、ちょっと見じゃわからない島が多いんだけどね」
舵を握るエミリオが感心する。
「エミリオ! 正面に船が見える。コースを少し右に寄せたほうがいい」
船首のゴルドアンが振り返る。
まだ遠いので衝突なんかの危険はないだろうが、軍艦だったら近づかないに越したことは無い。
「わかった」
エミリオはうなずいて舵を切る。
風を右舷後尾から受けることになるので、ゴルドアンが帆の角度を調節し、うまく風を捕らえていく。
速度もほとんど変わらぬまま、エミリオのファヌー『エレーア』は進んでいった。
アルバ島は小さな島である。
位置的にはカラスタ群島の端に位置し、ミューとチアーノ老人の住んでいたミストス島とはちょうど反対側に位置することになる。
群島をかすめるように航海していた『エレーア』はちょうどそのミストス島の沖合いでミューを拾い上げたといっていい。
今、『エレーア』はその航路をほぼ逆に進んでいた。
「あ、エミリオ様!」
突然ミューが声を上げる。
「ん? なんだい?」
周囲を見渡しながら舵を握っていたエミリオがその声に顔を向けた。
「この航路を通るのでしたら、二時間後にはミストス島の脇を通ります。どうかミストス島に寄っていただけませんか?」
「ミストス島?」
カラスタ群島の中でも比較的に知られた島であるアルバ島とは違い、ミストス島の名はエミリオは知らなかったのだ。
すぐに航海図を広げて確認する。
群島の東側に位置する小島にその名を認めたエミリオは、まさにこの『エレーア』が向かっている方向に位置すると知って驚いた。
「驚いたな。ミューはこのあたりにずいぶん詳しいんだね」
「あ・・・」
エミリオは褒めたつもりだったが、ミューは少し困ったような表情を浮かべる。
この困惑したような表情はどうしてなのか・・・
エミリオにはわからなかった。
「エミリオ」
船首でゴルドアンが呼んでいる。
「なんだい?」
「風が湿ってきた。雨になるぞ」
ゴルドアンはそう言って船尾を指差す。
確かに船尾方向から吹いてくる風は湿っぽく、黒雲が広がりつつあった。
「急ごう。嵐になるかもしれないからミストス島で避泊するんだ」
「わかった」
エミリオはうなずく。
ゴルドアンは目いっぱいに広がっていた帆を引き絞り、面積を小さくして強風に備えていく。
『エレーア』は小さな船だ。
嵐に遭ったらひとたまりもない。
エミリオは進路をわずかにずらし、ミストス島へと向かうのだった。
巨大なうちわのようなオールがゆったりと空気をかく。
湧き上がってくる黒雲に、船上の船乗りたちは嵐に備えて動き回る。
「嵐になりそうか?」
そう言いながら甲板に上がってくる三角帽の男。
鋭い眼光で船乗りたちの行動に目を配る。
「ハッ、おそらくそうなると思われます。目下近くの避泊地を探しているところです」
黄色の軍服に身を包み、肩には高位の士官である飾りを付けた男が思わず緊張の色をあらわにする。
「ええい、この忙しいときに・・・」
苦虫を噛み潰したがごとき表情を浮かべたのは、リューバ海軍の提督であるペドロ・アンドレス・エスキベルだ。
彼はサントリバルで強引にこの小型ギャレー『デ・ボガスタ』に乗り込んで、そのまま指揮下に収めてしまったのだ。
大型の『シファリオン』は確かに乗り心地はよかったが、艦長とのトラブルは士官たちとの軋轢を生じてしまい、彼としては士官連中の首を飛ばしてもとは思ったものの、旗艦を変更することで収めたのだ。
この小型ギャレー『デ・ボガスタ』ならば小回りも利くし速度も速い。
捜索活動にはうってつけだと自分を納得させてまで。
もっとも、それで割りを食ったのは、この『デ・ボガスタ』の艦長ファン・ナルバエスだ。
リューバ海軍の分遣隊の一隻としての気楽な任務から、突然エスキベル提督の旗艦任務についたのだから。
提督は『デ・ボガスタ』に乗り込むと同時にわがままな暴君振りを発揮し、艦長以下を辟易させていたのだ。
「適当なところで嵐をかわしたら、もう一度カラスタ群島を回るぞ」
「もう一度ですか?」
ナルバエス艦長がやれやれと思う。
「そうだ。自航船がうろついていたのはこの群島だ。絶対何かある。何か無くてはならんのだ」
「わかりました」
エスキベル提督の後姿に敬礼する艦長。
自航船など彼にとってはどうでもいいものなのだった。
- 2008/07/17(木) 20:06:29|
- グァスの嵐
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| コメント:2
お久しぶりです。
グァスの嵐の更新、ありがとうございますー!
じわりじわりと物語が進んできていますね。クラリッサはもうオちちゃったんでしょうか……。変貌振りにドキドキです。
色々とお忙しいと思いますが、また続きを楽しみにしていますね♪
- 2008/07/19(土) 15:12:13 |
- URL |
- GreenBeetle #.vjKhiP6
- [ 編集]
>>GreenBeetle様
クラリッサはかなり精神をゆがめられちゃいましたね。
これから佳境に入ってくると思いますのでお楽しみに。
- 2008/07/19(土) 20:07:45 |
- URL |
- 舞方雅人 #-
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