三年連続更新記念SS大会の新作中編を今日から六回に分けて一本投下させていただきます。
この作品は、今まで舞方が書いてきた改造や異形化といったSSではなく、純粋に寝取られファンタジーとして書いた作品です。
ですので、読んで不快感を感じられる方がいらっしゃるかもしれません。
そこはなにとぞご容赦くださいませ。
それではどうぞ。
「望美」
「おう、塩原君、ちょっといいかな」
久しぶりにかけられる声。
塩原健太(しおはら けんた)は振り返った。
「越久村部長、お久しぶりです」
やってきたのは長身の中年男だ。
社内でもやり手と評判の越久村竜治(おくむら りゅうじ)、前営業1部の部長であり現在は特別事業部という社長つながりの部門の長を務めている。
今でこそ健太は企画開発部に席を置いているものの、一時期は越久村の下で営業にいたこともあり、二人は顔なじみである。
たまたま用事があって営業部に顔を出した健太を越久村が見つけたのだろう。
健太はにこやかに越久村に会釈した。
「ちょっと話があるんだ。いいかな?」
「あ、はい。何でしょう」
健太は越久村に連れられて休憩室へ向かった。
「えっ? 望美(のぞみ)を復帰させてくれですって?」
健太は驚いた。
望美とは健太の妻であり、結婚一年になる最愛の人だ。
もともとは会社の秘書課に勤務していた彼女を、健太がアタックして射止めたのだ。
清楚で美しい望美は、何人かの男に声をかけられたらしいが、健太の人柄に惚れてくれ、二人はめでたくゴールインしたと言うわけだ。
その後専業主婦になると言うことで会社を退職したが、ずいぶんと惜しまれたものだった。
「ああ、生嶋(いくしま)君なら適任なんだよ」
越久村がタバコをふかす。
ヘビースモーカーの越久村は、部長室でも常にタバコをふかしているらしい。
生嶋と言うのは望美の旧姓だ。
「ああ、すまんすまん。今は塩原君だったな。何とか会社に復帰してもらえないかな」
「どうして望美なんですか?」
健太は缶コーヒーを口にする。
せっかく専業主婦として家庭にいてくれることになったのに、職場に戻っては欲しくない。
「実は今度特別事業部で新規プロジェクトが決まってな。いろいろと雑用が増えたんだ。そこで事務処理など雑務を手がける人を用意していいってことになってね。いろいろ考えたんだが塩原君の奥さん、望美君なら適任だと思うんだよ。彼女は以前秘書課にいて会社のこともわかっている。新人を教育している暇などないからな」
「でも、それなら秘書課から誰かを・・・」
「それは無理だ」
健太の言葉をぴしゃりとさえぎる越久村。
「今時期は秘書課も手一杯だ。今年は新人を一人しか入れてないしな」
越久村のタバコの煙が健太の喉を刺激する。
「ゲホッ、ゴホッ」
「お、タバコは苦手だったな。すまんすまん」
そういいながらも越久村はタバコを消しはしない。
「とにかく打診してみてくれないか? 君にも悪い話じゃないだろう。マンションのローンだってバカにはならないはずだ」
「ハア・・・」
痛いところを突かれあいまいに返事する健太。
それを見た越久村は仕事の内容や条件を一通り伝えると、にやりと笑って休憩室をあとにした。
「越久村部長の手伝い?」
「ああ、どうしてもって泣きつかれちゃってさ・・・もちろん望美がいやなら断るよ」
健太はとりあえず越久村の申し出を望美に伝えた。
きっと断るだろうと思っていたのだ。
望美が断ったのなら健太としても越久村に言いやすい。
「うーん・・・セクハラ部長かぁ・・・」
そうだ。
それも健太の不安の一つである。
越久村は女子社員の一部からセクハラ部長と言うあだ名を付けられていると言うのだ。
どこまでホントかわからないし、越久村をやっかむ連中によるものと言う話もあるのだが、やっぱり気になることは気になるのだ。
「でも、越久村部長ってまだ部長だったんだ。仕事できる人って聞いていたからとっくに常務あたりになっていると思ってたわ」
「ああ、何でも常務昇進を蹴って特別事業部に移ったらしいよ。あそこは社長直属の部門だし、業績も上げているから、他の役員たちも越久村部長にあんまり頭が上がらないらしい」
特別事業部のことは健太もよく知らない。
ただ、今度の新規プロジェクトの噂は企画開発部にも入ってきていて、相当大きな動きになるような話らしかった。
「そうなんだ。それでお手伝いの期間はどれぐらいなの?」
「とりあえず半年って言うことだった。半年後に望めば更新と言うことになるらしい」
「やってもいいかな」
「ええっ?」
望美の言葉に健太は驚いた。
てっきり断るとばかり思っていたのだ。
「い、いいのかい?」
「事務処理的なことならできると思うし、今のうちにお金を貯めておいても悪くないって思うわ。半年したらやめればいいんだし、少しでも健太さんの負担を軽くしてあげたいの」
にこやかな笑顔で健太に微笑む望美。
二十五歳という若さが美しさに花を添えている。
「望美・・・でもなぁ・・・」
「くすっ、心配しなくても大丈夫よ。セクハラ部長なんていわれてても、そう変なことはしないと思うわ」
くすくすと笑っている望美。
健太は望美の笑顔が大好きだった。
望美の復帰の話は越久村の手でとんとん拍子に進められ、数日後には出社の運びとなる。
当面はパート扱いだが、状況によっては正社員への復帰もありうるという話しで、給料もそれなりのものになるということだった。
住んでいるマンションのローンも結構大変なこともあり、望美は少しでも健太の負担を軽くできると喜んでいた。
セクハラ部長などと言う噂のある越久村の手伝いなどと言う仕事を引き受けたのも、専業主婦として健太に負担ばかりかけるのは申し訳ないという思いからだったのだ。
当の健太はそれを負担だなどとはこれっぽっちも思ってはいなかったが。
「それじゃ行ってくるよ。望美も今日から出社だね」
「ええ、気をつけてね、健太さん」
玄関先でお別れのキスをする望美。
結婚して一年になるというのに、望美はお別れのキスを忘れない。
健太を愛しているのだ。
いつも送り出すときはしばしの別れに切なくなる。
だからこうしてキスをして送り出すのだ。
名残惜しそうな表情で健太が玄関を出て行く。
送り出した望美はエプロンをはずし、出社の支度を始めるのだった。
いつもの白い下着の上にブラウスを着、ナチュラルブラウンのパンストに紺のタイトスカートと上着を組み合わせる。
まるでリクルートスーツのような感じだが、どうせ会社では制服を着るのだろうから気にしない。
鏡の中に映った望美は、まるで新人社員のころに戻ったような感じがした。
メイクを終えた望美は玄関の鍵をかけて家をでる。
久しぶりの朝の外出は、望美の気分を浮き立たせた。
会社までは電車で20分ほどだ。
実は復帰が決まって知ったのだが、望美の勤める先は健太のいる都心の本社社屋ではなく、ちょっと離れた新社屋だったのだ。
そこに越久村をはじめ、新規プロジェクトに携わる人員が詰めることになるのだという。
健太と一緒に仕事ができると喜んでいたのだがそうは行かないらしい。
新しいところでの復帰は多少不安だったものの、決まったからには仕方がないし、家に近い分遅く出ることができて家事には好都合だ。
早く帰れるし健太にも迷惑をかけずにすむだろう。
望美は意気揚々と新社屋に入っていった。
「おはようございます。うっ、ゲホッ」
越久村のいる部屋に入った途端、もうもうたるタバコの煙にめまいがする望美。
部屋の中がかすむほどの白煙が充満しているのだ。
ヘビースモーカーの越久村が朝からタバコをふかしているのだろう。
「ゲホッ、ゴホッ、お、越久村部長・・・」
咳き込みながら越久村のところへいく望美。
とてもじゃないがタバコの嫌いな望美には耐えられるものではない。
「ああ、おはよう、塩原君」
タバコをふかしながら机から顔を上げる越久村。
早くから書類と格闘しているのだろう。
「お、おはようございます。あ、あの・・・」
「君の席はそこだ。今日からよろしく頼むよ」
「えっ?」
望美は驚いた。
てっきり別の部屋での仕事になると思っていたのだ。
まさか一緒の部屋でなんて・・・
望美はそう思ったが、今さら別の部屋でなんて言えるはずもない。
「あ、あの」
せめてこのタバコの煙を何とかして欲しいと思い、望美は越久村に声をかける。
「何をしている? もうすぐ始業時間だぞ。席についてくれないか」
「あ・・・は、はい」
言葉をさえぎられてしまい、望美はやむを得ず席に着く。
事務用品などは新しいものがそろえられており、内線電話も設置されていた。
「あ、あの・・・部長。制服に着替えたいのですけど・・・」
「ん? ああ、言ってなかったかな? 君には秘書的な役割をしてもらいたいので制服はなしだ。スーツで仕事をしてもらいたい」
「ええっ?」
望美はまた驚いた。
てっきり制服で事務処理をするものだとばかり思い込んでいたのだ。
秘書課にいたとはいえ、秘書的役割につくなど思っても見なかったのである。
「これを頼む」
席を立って望美のところにやってくる越久村。
今まで自分が目を通していた書類を望美の机に置く。
「新規プロジェクトの見積もりだ。検算して問題なければ戻してくれ」
「あ、はい」
越久村の咥えタバコに辟易しながらも、望美は仕事を始めるのだった。
「ただいまー」
「お帰りなさい・・・」
仕事を終えて帰宅した健太をエプロン姿の望美が出迎える。
だが、その表情はすごくさえなく、憂鬱そうだったことに健太は驚いた。
「どうだった、初日だから何かトラぶったのか?」
カバンを手渡し靴を脱ぎながらも、健太は最愛の妻の心配をする。
「えっ? う、うん・・・その・・・ね・・・」
言葉を濁す望美に健太は何かいやなものを感じる。
「どうしたんだい?」
玄関先だが、望美の両肩をつかんで自分の方に向けさせた。
その望美の髪から強烈なタバコのにおいが流れてくる。
「えっ? これは?」
思わず望美の髪のにおいを確かめる健太。
間違いなくそれはタバコの煙のにおいだった。
「あ・・・やっぱりわかる? タバコのにおい。そうなの・・・部長が一日中ふかしているの。もう息もできないぐらいだったの・・・」
望美がタバコが嫌いなことは健太も知っている。
自分自身ヘビースモーカーだった父の影響でタバコが大嫌いな健太は、女性がタバコを吸うことにも抵抗があるのだったが、幸い望美もタバコが嫌いと知って大いに喜んだものである。
「越久村部長はヘビースモーカーで有名だからな。でもそんなにすごいのかい?」
てっきり別の部屋で仕事をしていると思っている健太は、まさか一緒の部屋で煙まみれになっているとは思いもしない。
「すごいなんてものじゃないわ。もう部屋が真っ白で目も痛くなるぐらいなの。正直つらいわ・・・それに・・・」
それに?
望美は言おうかどうしようかと迷ってしまった。
それは越久村のセクハラだった。
越久村のセクハラ部長のあだ名は噂だけのものではなかったのだった。
望美が資料を探すなどで立ち上がったりすると、いつの間にか望美のそばにやってきてお尻をタッチして行くのだ。
望美がいやな顔をして部長とたしなめると、すまんすまんといって笑うだけ。
ただ、露骨に触ってくるのではなく、あくまでタッチ程度なので、我慢しようと思えばできないことも無い。
せっかくこの不況下に仕事に就いたのだし、健太の負担を減らしたいと思っているのだから、すぐに仕事をやめようとは思わない。
だったら、健太にはよけいな心配をかけないほうがいいのではないだろうか・・・
セクハラされているなんて言ったら、きっと健太は心配する。
下手したらそれが元で越久村との間に溝ができ、仕事がやりづらくなるかもしれない。
なんと言っても相手は特別事業部の部長なのだ。
ここは私が我慢すればいいことだわと望美はそう思ったのだった。
「ううん、なんでもないわ。初日だからちょっと疲れちゃったのよ。それよりもお風呂わいているから入っちゃってね」
カバンを持って健太を促す望美。
「うん、わかった。どうだい、望美も一緒に入らないか?」
ふわりと背中から抱きしめられる望美。
望美はとても幸せな気持ちに包まれる。
「もう、そんなこと言って。私は食事の支度をしなくちゃならないの」
やんわりと断る望美。
「そうか・・・じゃ、残念だけど一人で入るよ」
「あ・・・」
部屋に着替えに入ってしまう健太。
望美はちょっと寂しくなる。
形では断ったものの、そんなのは後でいいからと言われれば、一緒に入ってもいいなと思っていたのだ。
あっさりとあきらめてしまった健太に、望美はちょっと落胆した。
******
望美が仕事に就き始めて一週間、十日と経つにつれ、仕事にも慣れやりがいも感じ始めると同時に、仕事場の環境にも慣れ始めていることに望美は気がついていなかった。
そして、越久村の仕事振りにだんだんと感心するようにもなっていたのである。
越久村はまさにできる男といった仕事振りだった。
部下を能率よく使いこなし、取引先との商談はうまくまとめ、新規プロジェクトの規格案にも目を通す。
まさに八面六臂の活躍で業績を上げているのだ。
望美はいつしか越久村の仕事振りを惚れ惚れと眺めていたりするようになっていた。
また、あれほどいやだったタバコの煙も、一日中一緒の部屋で吸っていると、特に気にならなくもなってくる。
お尻へのタッチも日常的に行われてしまうと、単なる日常の一コマですむようになっていた。
タバコとセクハラに対する嫌悪感はじょじょになくなってきていることに、望美はまったく気がついていないのだった。
「それでね、私が見てもこれはどうかなって思っていたんだけど、部長ったらピシャッて言ってのけるのよ。富田林課長ったら目を白黒させてたわ」
「ふーん・・・」
面白くなさそうに望美の話を聞いている健太。
このところ食事のときに部長の話を聞かされることがあるのだ。
先日までタバコを吸うからいやだって言っていたのに、このところは部長はすごいって言ってくる。
自分の妻が他の男を褒めるのを聞かされて面白いわけがない。
だから健太は不機嫌だったのだ。
「ね、健太さんもそう思うでしょ? 越久村部長ってすごいわよねぇ」
「そりゃ仕事はできるとは思うけど・・・人間的にはどうなのかなぁ」
ついつい否定的な発言をしてしまう健太。
それはたぶんに嫉妬だとは思っているが、面白くないのは事実なのだ。
「あら、人間的にだってそう悪い人じゃないわ。部下の面倒見だっていい人なのよ。健太さんだって以前部下だったときにお世話になったんでしょ?」
「そりゃそうだけど・・・望美に他の男を褒めてもらいたくないよ」
口を尖らせて小さく言う健太。
それを聞いて一瞬きょとんとした望美だったが、次の瞬間にくすくすと笑い出す。
「くすくす・・・いやだ、健太さんたらやきもち妬いてたの? 大丈夫よ。越久村部長のことなんかなんとも思ってないんだから」
そうしてすっと立ち上がると、望美は健太の耳元でささやきかける。
「私が愛しているのはあなただけ。愛する旦那様だけよ」
「望美」
すっと突き出された唇を受け止めてキスをする健太。
望美の愛をしっかりと受け止めはしたものの、タバコのにおいがうっすらと感じるのが気になった。
「おはようございます」
翌朝望美はいつもより遅れて出社した。
夕べは健太と熱い夜を過ごしてしまい、つい寝過ごしてしまったのだ。
遅刻とは程遠い時間ではあるものの、あわてて出て行った健太には申し訳ないことをしたなと思う。
「おはよう。今日の下着はなに色かな?」
すでに机についていた越久村が顔も上げずにさらっと言う。
それがあまりにもさらりとしていたため、望美はまったくいやらしい質問と感じることなく、かえっていつものお尻タッチと変わらない軽いセクハラだと思ってしまう。
「もう部長。いきなり朝からなんですか? いつも通り白ですよ」
望美もあっさりと答える。
こういうのは恥ずかしがったりすると逆効果で、かえって相手を喜ばせてしまうのだ。
あっさりと答えてしまえば相手もそれ以上には言ってこないもの。
望美はそう思っていた。
だが、望美があっさり答えたことに、越久村は心の中でほくそえむ。
「望美君、すまないが今日は残業してもらうから」
この十日ほどのうちに、いつの間にか越久村は望美のことを望美君と呼ぶようになっていた。
「えっ? 残業ですか?」
机について仕事を始めた望美は思わず聞き返す。
昨日は言われてなかったので、残業があるなんて思ってもいなかったのだ。
「突然ですまないがね、接待があるんでそれに付き合ってもらうよ。君は俺の秘書役なんだから」
「でも部長、いきなり言われましても・・・」
困るわと望美は思う。
健太にも何も言ってないから、きっと夕食などで困ることになると思うのだ。
「今朝決まったことなんでね、すまない。何か都合悪かったかな? 仕事なんだから我慢して欲しい」
「都合は大丈夫なんですが健太さんに何も言ってこなかったので」
「塩原君のことなら心配いらんだろう。彼だって子供じゃないんだから。お昼にでも電話で知らせてやればいいさ」
「はい、そうします」
仕方ないと思い、望美はため息をついた。
『そうなの・・・いきなりなものだから・・・』
お昼休みに携帯にかかってきた電話は望美からのものだった。
「ふう・・・わかったよ。夜は外食で済ませるよ」
健太は思わずため息をついてしまう。
決して望美が悪いわけじゃないのだが、なんとなく怒りを覚えてしまうのだ。
『ごめんなさい。今度から部長によく確認するようにするわ。残業があるときは前もってわかるようにするわね』
「仕方ないよ。仕事だから仕方ない」
それはなかば自分に向けた言葉だ。
仕事についている以上こういうことは仕方ない。
だからこそ健太は望美に専業主婦でいて欲しかったのだ。
「あんまり遅くならないようにね」
『ええ、それはもう。愛しているわ健太さん』
「ボクもだよ、望美」
そう言って切れた電話を健太はしばらく眺めていた。
- 2008/07/16(水) 21:13:15|
- 望美
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