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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

一つの終わり

三年連続更新記念SS大会初日は「帝都奇譚」です。
どうにもこんな記念日更新ばかりになってしまい申し訳ありません。

今回は一つの終わりを迎えます。
楽しんでいただければ幸いです。

28、
状況は最悪だ。
首筋に食い込んだ牙からは赤い血と命がともに吸い取られていく。
「う・・・あ・・・」
力が抜ける。
リボンを手にした腕がだらんと垂れ下がる。
その瞬間、ヴォルコフの牙が緩んだのを月子は見逃さない。
この瞬間を待ったのだ。
振り切るつもりなら振り切ることはできたはず。
だが、決め手を欠く状況では振り切ったとしても最初に戻るだけ。
すでに鎖分銅は無く、リボンもいつまで持つかわからない。
と、なれば、懐に踏み込んで一撃を見舞うしかないのだ。
しかもヴォルコフのような相手に対して懐に踏み込むとなるとただではすまない。
正面からでは踏み込むことすらできないはず。
肉を切らせるしかなかったのだ。

月子の腕が下がった瞬間、ヴォルコフは勝ちを確信した。
これでこの女は我が物となり、日本の退魔師連中に楔を打ち込むこともできるだろう。
仲間だった退魔師をいたぶる魔女となるがいい。
ヴォルコフの口元に笑みが浮かぶ。
そのとき、激痛が彼の左足を貫いた。

「何?」
思わずヴォルコフは自分の左足に目を落とす。
彼の左太ももには、月子の握った棒手裏剣が突き立っていた。
「くっ、この女ぁ!」
怒りがヴォルコフの躰を駆け抜ける。
血を吸ってしもべになど考えたのがまずかったのか。
捕らえたときに息の根を止めなかったことが悔やまれる。
「ぬおおっ」
突き飛ばすように月子を放り出すヴォルコフ。
そして左太ももの棒手裏剣を抜こうと手を伸ばす。
そのとき彼の目に映ったのは、棒手裏剣に巻かれていた破魔札だった。

「うおおおおおっ」
左太ももの棒手裏剣を握り締めた瞬間に、ヴォルコフの全身は燃え上がる。
さながら火のついたたいまつのように全身を炎が覆う。
「ぐわぁっ! ば、バカなっ! これしきの炎でっ」
全身を焼き始める炎にうろたえるヴォルコフ。
確かに炎は彼らのようなものにもダメージを与えてくるが、一瞬にして全身を覆いつくすようなことはありえない。

「うふふ・・・私からの贈り物ですわ。病原菌は焼き尽くすのが一番ですから」
青い顔で肩で息をしながらも、月子が笑みを浮かべている。
退魔の炎は魔を浄化するまで焼き尽くすのだ。
おそらくこれでヴォルコフは・・・
月子はもう一体のしもべに眼をやった。
さほどの脅威にはならないだろうが、不意を突かれてはかなわない。

「ぬ、ぬおおお・・・消えん! 火が消えん! バカな・・・そんなバカな・・・」
全身を火に焼かれながらのたうち回るヴォルコフ。
鷹司家の庭の池に飛び込んでも炎はまったく消えはしない。
浄化の炎はその程度では消えないのだ。

灯はその姿をただ眺めているだけだった。
主人が炎に焼かれていく。
その恐怖だけが彼女を捕らえている。
逃げ出したいほどの恐怖でありながら、彼女は逃げ出すことができなかった。
なぜなら、ヴォルコフに命じられていないからである。
しもべである彼女は命じられることをしなくてはならない。
その命令がこない。
動くことができないのだ。
灯は主人を今まさに滅ぼしつつある女退魔師を、黙って見ているしかなかった。

燃え盛る炎。
その中で苦しんでいた男はもう動かなくなっていた。
断末魔の悲鳴とともに崩れ落ち、あとはもう燃え尽きるまで燃えるだけのこと。
終わったのだ。
ここのところ帝都を騒がしていた化け物が、ようやく今その終焉を迎える。
ヴォルコフの死により、帝都は元の賑わいを取り戻すだろう。
無論残滓を片付けなくてはならない。
まずはあそこのしもべ。
思うように動かない躰を必死に動かし、月子はリボンを握り締めた。

月明かりが日本庭園を照らしている。
静まり返ったそこは、先ほどまでの死闘が嘘のような平穏さだ。
黒々と焦げ付いた三つの死体。
物言わぬむくろと化したそれらが、先ほどまで帝都を脅かしていた魔物とは思いもつかないだろう。
とりあえずは終わったのだ。
月子はふうと息を吐く。
手にしたリボンで、再び髪を結わえ付ける。
あちこち切り裂かれ、ずたずたになってしまった服からは白い肌が覗き、そのところどころから血がにじんでいる。
あらためてそのことに気がついた月子は、思わず苦笑してしまう。
よくも生き残ったもの・・・
ロシアを恐怖に陥れた強大な魔物を相手に、生き残れるなどとは思いもしなかった。
死ぬことなどは怖くなかったが、鷹司のお嬢様がヴォルコフに穢されるのだけは避けたい。
その思いが力を与えてくれたような気がする。
月子は背後に広がる鷹司の屋敷を振り返り、静けさの中に無事であることにあらためて胸をなでおろした。

印を組んで呪文を唱える。
黒焦げになった死体がぐずぐずと崩れ去り、風が塵となった破片を吹き飛ばす。
これでいい。
ヴォルコフは滅びたのだ。
月子は消耗しきった躰を引きずるようにして、鷹司の屋敷に戻るのだった。
  1. 2008/07/16(水) 19:58:03|
  2. 帝都奇譚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<望美(1) | ホーム | 丸三年>>

コメント

続きが気になっていたSSでした。
前回までの流れから考えると、呆気無かった感もありますが、物語を作成することの難しさは、理解してますので、これはこれで良かったのでしょうね。
  1. 2008/07/16(水) 20:38:15 |
  2. URL |
  3. 神代☆焔 #-
  4. [ 編集]

>>神代☆焔様
多少のあっけなさは自分でも感じましたが、ヴォルコフばかりにかかわってもいられないので・・・
この作品もほぼ終わりになりそうです。
  1. 2008/07/17(木) 19:10:01 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

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Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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