「ミス・スパイダー」に続く犯罪教授:案西響子ネタ第二段を書いちゃいました。
楽しんでいただければ幸いです。
「マンティスウーマン」
「術式終了」
私は大きく息を吐く。
緊張がほぐれる瞬間だ。
期せずして手術室内には拍手が湧き起こり、二階の窓から見下ろしている病院長や医局長も感嘆の表情を浮かべている。
「まさに神業」
「さすが志岐野(しぎの)先生」
口々に私を褒め称えるスタッフたち。
うふふふ・・・
悪くないわよね。
今回の手術は結構難しいものだった。
おそらくこの病院でこの手術ができたのは私だけ。
また一人私を命を救うことができた。
この充実感こそ、私が医者になってよかったって思う瞬間だわ。
「いやぁ・・・いつもながら見事な腕前でしたな。志岐野先生」
後を託して白衣に着替えた私を病院長が出迎える。
白髪の混じる初老の人で、人当たりのよさが評判の人だ。
「うふふ、褒めても何も出ませんわよ、病院長」
私は病院長の賛辞をありがたく受け止める。
褒められて悪い気はしないものね。
「先生の手術はまさに神業ですな。先生の評判のおかげで、この病院の知名度もうなぎのぼり。感謝しておりますぞ」
「ありがとうございます、病院長」
「今度一杯皆でやりましょう。お誘いしますからね」
病院長がグラスを傾ける仕草をする。
この人は何かと言うと飲むお誘いをするのだ。
「ええ、そのときは喜んで」
おごりで飲めるのは悪くない。
「病院長、志岐野先生は手術を終えてお疲れですぞ。休ませてあげないと」
あとからやって来た医局長が気を使ってくれる。
正直ありがたいわ。
今はゆっくりと休みたいものね。
「おお、これはすみませんでしたな志岐野先生。どうかごゆっくり」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
私は病院長と医局長の二人に頭を下げ、その場をあとにした。
******
「ふう・・・」
結局、自宅に戻ってきたのは夜10時。
手術が約8時間もかかったんだから仕方ないけどね。
それにしても今日は疲れたわぁ・・・
シャワー浴びてワインでも飲んで、今日はさっさと寝ちゃおうっと。
私はマンションのロックを解除してエレベーターに乗り込む。
病院からも近いこのマンションの14階が私の部屋。
夜景が結構素敵なのよねぇ。
夜景を見ながらワインを飲む。
うふふ・・・
楽しみだわぁ・・・
玄関の扉を開けて中に入る。
すると、いきなりひんやりした風が私の頬を撫でていった。
えっ?
窓が開いてた?
リビングに入ると、ベランダに通じる窓が開いていて、カーテンが風に揺れている。
閉めて出たはずなのに・・・
明かりを点けようと手を伸ばした私はドキッとして動きを止める。
「誰? そこにいるのは誰なの?」
気がつくと部屋の中央にあるソファに誰かが座っている。
暗い室内でさらに黒い服を着ているようで一瞬気がつかなかったのだ。
脚を組んで座っているその姿はボディラインがあらわになっており、女性であることが見て取れた。
私はすぐに警察を呼ぼうと、ポケットの中の携帯電話に手を伸ばす。
何が起こったのかわからなかった。
いきなり私の躰は硬直したように身動きが取れなくなったのだ。
何かが私の躰に絡まった?
すごく細い糸のようなもの。
でもものすごく強くてまったく切れない。
それどころか無理に切ろうとしたら、こちらの皮膚が裂けてしまいそうだわ。
「うふふふふ・・・無理に動かないほうがいいわよ。私の糸はちょっとやそっとじゃ切れないわ」
ソファに座った謎の女の声がする。
「誰? 誰なのあなた?」
「うふふふふ・・・こんばんは、梨花(りか)。久しぶりね」
女性が立ち上がって明かりを点けにいく。
ひどい。
ハイヒールのブーツのまま入り込んだんだわ。
フローリングの床が傷だらけになるじゃない。
カチッと言う音がして部屋に明かりが点された。
そこに立つ女の異様な風体に私は思わず息を飲む。
女は闇かと思うばかりの漆黒のレオタードに身を包み、ひじまでの手袋とひざ上までのロングブーツを履いている。
頭からはすっぽりとマスクをかぶり、口元だけが赤い唇を除かせている。
そして、そのマスクの額のところと、レオタードの胸の部分に白く蜘蛛の模様が染め抜かれていた。
「あ・・・あなたは・・・」
そう・・・
最近新聞で見たことある姿だわ。
高額な宝石や金塊なんかを奪うと言う・・・
「うふふふ・・・私はミス・スパイダー」
やっぱり・・・
彼女が警察も血眼になって追っていると言う女怪人ミス・スパイダー。
「そのミス・スパイダーが私に何の用? 残念だけどここには宝石も金塊もありはしないわよ」
私は何とかして戒めを解き、警察に連絡しようと躰を動かす。
だけど、ピッと言う音がして着ている上着の肩口が切れ、皮膚が裂けて血がにじむ。
「バカねぇ。だから言ったでしょ。動かないでって」
カツコツと足音を響かせて私のそばに来るミス・スパイダー。
「ひあっ」
驚いたことに彼女の舌が傷ついた私の肩を舐めあげる。
「ふふっ・・・これが梨花の味なのね」
彼女の口元に笑みが浮かんでいる。
「な、なぜ私の名を? あなたはいったい?」
「うふふふふ・・・それはね」
そういうとミス・スパイダーはかぶっていたマスクを取った。
私は目を疑った。
マスクの下から現れた顔。
それは私のよく知る顔だったのだ。
「奈緒美? 奈緒美なの?」
私は思わずそう叫ぶ。
声を聞いていたときからまさかとは思っていたけど・・・
警察官になった奈緒美が犯罪者のミス・スパイダーだなんて信じられるはずがない。
「うふふふ・・・ええ、以前の私は伊家原奈緒美。でも、今の私は犯罪教授様の忠実なしもべミス・スパイダー」
再びマスクをかぶりなおす奈緒美。
口元の赤い唇が妙になまめかしく見える。
「どうして? どうしてあなたがミス・スパイダーだなんて」
「どうして? これが本当の私だからに決まっているじゃない」
奈緒美は私のところに椅子を用意し、私をそっと座らせる。
そして自分はソファに座りなおしてポーチからタバコを取り出すと火をつけた。
「た、タバコはやめて。部屋ににおいがついちゃうわ」
こんなときに何を言っているのと自分でも思うけど、私はどうしてもタバコが好きになれない。
あの煙のにおいを感じるだけでも気分が悪くなる。
だいたい躰によくないものをどうして吸うのかしら。
「ふふふ・・・心配要らないわ。すぐにあなた自身がタバコを吸うようになるもの。ふうー」
見せ付けるかのようにタバコの煙を吐き出す奈緒美。
いったいどうしちゃったの?
何が彼女にあったと言うの?
「奈緒美、いったい何があったというの? あなたは犯罪を憎む警察官だったじゃない! 犯罪者を一人でも減らすんだってがんばっていたじゃない! タバコだって吸う人じゃなかったわ。高校生の喫煙をいっつも注意してたじゃない」
私は思わず声を荒げてしまう。
私の知ってる奈緒美はこんな人じゃない。
大学のときから知っているけどこんなの奈緒美じゃない。
「ふうー。そうだったかしら・・・だとしたらおろかだったのね。人は欲望のままに生きるのが正しいこと。欲しいものは奪い取らなくちゃね。タバコだってこんなに美味しいのに、吸うのをやめさせるなんてバカみたい」
「奈緒美・・・」
私は言葉を失った。
「さて、そろそろ行きましょう。響子様がお待ちかねよ」
「えっ?」
「私はあなたを迎えに来たの。響子様があなたを所望されているわ。よかったわね」
立ち上がって私のところにやってくる奈緒美。
「少しの間、おとなしくしててね」
ちくりと首筋に何かが刺される。
「あ・・・」
私の意識は急激に薄れていき、闇の中に沈みこんだ。
******
「う・・・ん・・・」
ゆっくりと意識が戻ってくる。
「ん・・・」
私はゆっくりと目を開けた。
麻酔薬の影響か頭ががんがんする。
強力な麻酔薬のようだけど、使い方には気をつけて欲しいものだわ。
私は自分のおかれた状況を確認する。
どうやらがっしりとした椅子に座らせられ、手足を拘束されているようだ。
身じろぎぐらいはできるものの、立ち上がったりはおろか両手を前に持ってくることさえできはしない。
部屋は少なくとも私の部屋じゃない。
どうやって意識を失った私を連れ出したのかしら。
私のところだけスポットライトのように明かりで照らされ、周囲は闇に沈んでいる。
人の気配も感じるけど、奈緒美なのかどうかはわからない。
奈緒美・・・
どうして奈緒美はあんなに変わってしまったのだろう。
以前の奈緒美とは考え方がまるで違う。
最近は忙しくて連絡取ってなかったけど、たった数ヶ月であんなに人間が変わるものなの?
「目が覚めたようね」
声と同時にタバコの煙が漂ってくる。
「んん・・・こほん」
思わず咳払いをしてしまう私。
やってきたのは奈緒美だった。
ミス・スパイダーの衣装のまま。
スタイルのいいボディラインをそのままさらけ出している。
何を考えてこんな衣装を着ているのかしら。
「うふふ・・・タバコの煙が気に入らないようね。こんなに美味しいのに。ふう・・・」
奈緒美はわざと私のタバコの煙を吹きかけてくる。
私は顔をしかめて息を止め、極力煙を吸い込まないようにした。
「奈緒美、いい加減にして! 私をどうするつもりなの?」
煙が消えたところで私は声を上げる。
「うふふ・・・言ったでしょ。響子様があなたを所望なの。あなたも響子様のしもべになるのよ」
「響子様? 響子様って誰よ」
「こんにちは、志岐野梨花さん」
闇の奥のほうから声がする。
私がそちらに眼をやると、セーラー服姿の少女が一人、こちらに向かってくるところだった。
「お帰りなさいませ、響子様」
奈緒美がすっとひざまずいて一礼する。
私は驚いた。
このセーラー服の少女が奈緒美の言う響子様なの?
「ちょうど私が学校から帰ってくるあたりで目が覚めたのね。計算どおりだわ」
少女は奈緒美のほうに手を差し出す。
奈緒美はすぐに新しいタバコに火をつけて少女に手渡した。
「ふうー・・・初めまして志岐野梨花さん。私は案西響子。俗に犯罪教授と呼ばれているわ」
「うそでしょ? あなたが犯罪教授?」
またしても私は驚かされる。
犯罪教授と言えば、最近ネットの巨大掲示板などで話題になっている犯罪のやり方を教える先生とか。
教えを請いたいって人がいっぱいいるって聞いたわ。
「正真正銘の本物よ。といっても信じられないでしょうけどね。最近は語りや成りすましもいるし・・・ふうー」
流れてくるタバコの煙に顔を背ける私。
それを見た少女の口元に笑みが浮かぶ。
「あなたもタバコが嫌いなんだ。いいわ。大好きにしてあげるから」
「大好きにって? ま、まさかあなたが奈緒美をこんなふうに?」
恭しくひざまずいている奈緒美の姿を私は見る。
いったいこの娘はどういう娘なの?
「ええ、そうよ。思考を変えてやったの。正義を愛する警察官じゃなく、犯罪を愛する犯罪者にね」
「バカな。そんなことができるわけ・・・」
「できるのよ。私にはできるの。人間の思考を変えるのなんて簡単なんだから。ふうー」
私は目の前の少女をただ見つめるだけだった。
信じたくはないけれど、奈緒美のあの変わりようが、この少女の言葉を裏付けているからだ。
「私をどうするつもり?」
奈緒美はこの少女が私を望んでいると言ったわ。
いったい私に何をさせるつもりなの?
私の思考も変えるつもりなの?
「うふふ・・・あなた外科医なんでしょ? 手術の名人なんですってね。新聞にも名前が出てたわ」
「それはどうも」
「さぞかし人間を切り刻むのが好きなんでしょ」
「なっ」
私は少女をにらみつける。
「何をバカなことを! そんなこと・・・」
「あるわけない? うふふふふ・・・ふうー」
灰皿でタバコをもみ消す少女。
決して躰にはよくないのに・・・
「ねえ、あなた人殺しは好き?」
「ええっ?」
「人殺しよ。さぞかしたくさん殺してきたんでしょ?」
私は怒りで沸騰した。
「ふざけないで! 私は医者よ! 一人でも多くの人の命を救うのが仕事なのよ!」
「あははは、怒らなくていいわよ。そんなのわかっているわ。でも、あなたは人殺しが好きなのよ」
何をバカなことを。
「いい加減にして! 人殺しが好きだなんて絶対にありえない! 私をバカにしないで!」
私がそう怒鳴りつけると、少女の手が私の額に伸びてきた。
そして、そのまま手を開き、手のひらを私の額にかざしつける。
何をするつもり?
まさか私の思考を変える?
そんなことができるはずが・・・
だいたい私は響子様があんまり変なことを言うから・・・
「うふふふ・・・」
にこやかに笑みを浮かべて私の手足の拘束をはずしてくれる響子様。
私は手首をさすって血の巡りを回復させる。
「どう?」
響子様がタバコを一本差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます」
私は響子様自らが差し出してくれたことにうれしさを感じた。
受け取った一本を口にくわえると奈緒美がすっと火をつけてくれる。
ああ・・・ごめんなさい。
奈緒美なんて言っちゃいけないわね。
ミス・スパイダーですものね。
「ふう・・・ゲホッゴホ」
「だめよ、ゆっくり吸わないと」
「す、すみません。響子様」
せっかくいただいたタバコをむせてしまうなんてだめな私。
でもタバコっておいしいわぁ。
こんな美味しいものを今まで吸わなかったなんてバカみたい。
「はい、これに着替えて」
響子様が奥のほうから紙袋を持ってくる。
「ふうー・・・あ、はい」
むせないようにゆっくりとタバコを楽しんでいた私は、すぐに言いつけどおりに着替えにかかる。
響子様が持っていらっしゃった紙袋には、なんかいろいろと入っていた。
「これは・・・レオタードですか? 響子様」
私は取り出した濃緑色の布を広げてみる。
すべすべつるつるの手触りのよさ。
これは着たら気持ちいいだろうな。
「強化レオタードよ。防刃になっているから少々のダメージは防いでくれるわ」
「ありがとうございます。早速着てみますね」
私は今まで来ていたものをすべて脱ぎ捨て、生まれたままの姿になってこのレオタードを着用する。
肌に密着する布の感触が気持ちいい。
うふふ・・・
これって胸のところに小さく白抜きでカマキリの模様が入ってるわ。
カマキリだから濃緑色なのね。
次に私は同じ濃緑色のひざ上までのロングブーツを履く。
脇のファスナーを止めるとヒールが高いから背が高くなったような気がするわ。
そして同じく濃緑色のロンググローブ。
これもしっかり手に嵌める。
最後は頭にかぶる濃緑色のマスク。
これには左右に昆虫の複眼のようなものがついている。
私は髪の毛をまとめてマスクをかぶる。
ミス・スパイダーと同じく口元だけがさらされるんだわ。
見づらいかと思ったけど、そんなことないのね。
これで完成。
私はうきうきしながら鏡を見た。
濃緑色に包まれた私。
マスクについた頭の左右の昆虫の複眼のようなものが、まさにカマキリっぽい外見を見せる。
でも・・・
何かが物足りないわ。
「あとはこれよ」
そう言って響子様が差し出したのは、鋭い刃のついた手鉤のようなもの。
私はすぐに受け取ると、両の手首に装着する。
手首に固定された鋭い刃が手の甲の上を通り、指先から三十センチほど先まで伸びている。
あは・・・
まさしくこれはカマキリの鎌だわ。
これなら何でも切り刻めそう。
私は思わず銀色に輝く鋭い刃を舌でぺろりと舐めていた。
「うふふ・・・これで今日からあなたはマンティスウーマン。人殺しが大好きな邪悪な女怪人よ。思う存分人間を切り刻むといいわ」
「ありがとうございます響子様。私はマンティスウーマン。人間を切り刻むのが大好きですわ。ああ、誰でもいいから早く人を切り刻みたい」
響子様のお言葉が私の心に染み渡る。
ああ・・・そうよ・・・私はマンティスウーマンなんだわ。
「その左右の複眼は暗視ゴーグルになっているわ。夜間行動のときは使うといいわよ」
「そうなんですか? ありがとうございます」
私は本当にうれしかった。
もう早く人を殺したくてうずうずする。
どうしよう・・・
私こんなにも人殺しが大好きなんだわ。
響子様ぁ・・・遊びに行ってきてもいいですか?
******
どさっと音を立てて男が一人倒れこむ。
肉の切れる感触が心地いい。
もうそれだけで私はイッちゃいそうになる。
「な、何だ、お前は?」
護衛役とも言うべき秘書を倒され、がたがたと震えて腰を抜かす中年男。
一流上場企業の重役だけど、見苦しいったらありゃしない。
「うふふふ・・・私はマンティスウーマン。以後お見知り置きを」
私はそう言って刃に付いた血を舐める。
美味し。
人を切り刻むのは格別。
こんな中年の脂ぎった男を切り刻むのじゃなきゃもっと楽しいんだけどね。
「ま、マンティスウーマン?」
「ええ、そうよ。でも覚える必要はないわ。あなたはここで死ぬんですもの」
私は両手の刃を振り下ろす。
「ギャーッ!」
ざっくりと刃が通る瞬間、私は最高のエクスタシーを感じてしまう。
ああ・・・
なんて気持ちがいいのかしら。
これもすべて響子様のおかげ。
犯罪教授として名の通った響子様の下には、いろいろな依頼も舞い込んでくる。
その中で私は暗殺を担当し、こうして楽しませていただいているの。
そろそろ警察も動き始めるころだわ。
私は絶命した男を少しだけ切り刻み、遊んでからその場をあとにする。
命を救うなんてバカらしい。
命は切り刻んでこそ。
私は口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。
以上です。
ついついこういった蛇足を書いちゃいました。
反響があるとやっちゃうんですよねー。(笑)
よろしければ拍手やコメントをいただけるとうれしいです。
すごく励みになります。
よろしくお願いいたします。
それではまた。
- 2008/05/24(土) 20:12:49|
- 犯罪教授響子様
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