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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

豊家滅亡その27

徳川方との戦において、大坂方は戦評定で要害堅固の巨大な城大坂城にこもって戦う篭城戦を選びました。
数こそは十万になんなんとする人数をそろえたとはいえ、そのほとんどは寄せ集めの牢人衆。
これでは統一機動が求められる野戦は難しく、篭城はある意味必然だったと言えるでしょう。

ですが、こと篭城戦となれば、巨大な防御施設である城郭が機能してくれるため、その戦力を見かけ上二倍にも三倍にも膨れ上がらせてくれるのです。
徳川方が大坂城包囲に終結させた兵力はおよそ二十万だったと言われます。
であるならば、篭城する大坂方との兵力差は約二倍。
しかし、篭城することによってこの兵力差はほぼ五分五分といってもいいぐらいになるのです。

大坂城は城郭建築の名手であった太閤秀吉が、天下統一の拠点となるべく心血を注いで作り上げた城郭です。
全周に渡って堀がめぐらされ、さらには北と東には川とそれに伴う湿地帯が広がり、西には瀬戸内に通じる海が広がっていると言う天然の要害でもありました。
唯一つ、城の南側だけは平坦な地形が開け、軍勢の機動を容易にさせているため、そこだけが唯一の弱点と言える箇所でした。

10月10日に紀州九度山より大坂城に入城した真田信繁(幸村)でしたが、彼自身が直率してきた兵はわずかしかおらず、大坂入城後に約五千の兵を与えられたものの、いずれもが力量定かでない牢人衆であり、後藤又兵衛基次のようにかつての家臣を大勢引き連れ、新規の兵とバランスのよい戦力を整えるなどと言うことは望むべくもないことでした。

もとより真田のお家芸は篭城戦であり、二度にわたって徳川の軍勢を追い払ったのも篭城戦によるものでした。
しかし、大坂方も篭城における真田の手腕に期待はしていたものの、本来いて欲しかったのは真田信繁(幸村)ではなく、父親の真田昌幸でした。
父の昌幸ならともかく、子の信繁(幸村)ではどれほどの力量があるかわからない上に、はたして本当に大坂方として戦ってくれるのかとさえ疑う者もいたといいます。

こういった城内からの不審の目と、大坂城南側の弱点強化、さらにはそこでの奮戦振りを見せ付けることでの戦後の恩賞の期待などから、信繁(幸村)は大坂城南側に出城を築くことを進言します。
出城で城内の思惑にとらわれずに思い切り戦いたいと思ったのに違いないでしょう。

一説によると、真田信繁(幸村)は大坂城入城時に名前を幸村と改名したとも言われ、本稿では今までずっと信憑性の高い資料に基づく真田信繁の名で通してきましたが、ここからはなじみの深い幸村で統一することにいたします。

大坂城南側に出城を築くと言う幸村からの進言は、大坂城首脳部を悩ませました。
はたして幸村は本当に出城で徳川勢を防いでくれるのか。
そのまま徳川勢に寝返るのではないか。
そういう疑念が捨てきれなかったといわれます。
そこで大野治長は参集武将のうちでも名高い後藤又兵衛基次にどうしたらいいかを相談しました。
又兵衛は笑って真田殿の申す通りにさせてやられよと言い、ここに幸村の大坂城南側出城、通称「真田丸」が築かれることになったのです。

一方徳川方のほうにも軍勢が続々と終結しつつありました。
徳川家康率いる本隊三万をはじめとして、秀忠隊二万、前田利常隊一万二千、伊達政宗隊一万、松平忠直隊一万など、総勢二十万にも及ぶ軍勢が、アリの這い出る隙間もないほどに大坂城を取り囲みつつあったのです。
しかし、この大軍勢の中には、福島正則、黒田長政、加藤嘉明らの姿はありませんでした。
豊臣恩顧の大名として家康に警戒された彼らは、江戸に留め置かれたのでした。
胸中はいかばかりだったでしょうか。
福島正則あたりは無念やるかた無しの思いだったかもしれません。

そして、慶長19年(1614年)11月19日。
大阪冬の陣の最初の戦いの火蓋が切って落とされました。

その28へ
  1. 2008/05/12(月) 19:55:04|
  2. 豊家滅亡
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<災害が続いてますね | ホーム | まだやっていたんですね>>

コメント

今さらですが、大坂の陣は関ヶ原の戦いで秀忠が遅参していなければ起こらなかった戦いですよね・・・

篭城した相手を正攻法や力技で落とすには篭もった相手の最低3倍の兵力が必要と言われています。
豊臣恩顧の大名の兵力も足せば30万はいったかも知れませんが、寝返られたら五分かそれより不利な状況になってしまいますから、家康はそれを避けたかったのかも。
  1. 2008/05/13(火) 01:37:20 |
  2. URL |
  3. 静寂 #8U7KPG92
  4. [ 編集]

>>静寂様
通常でも攻撃三倍の原則といいますからねぇ。
城攻めですと上陸戦と同じく五倍は必要でしょうか。
どちらにしても家康にしては珍しく正面切手の城攻めですよね。
できれば野戦で決着つけたかったかも。
  1. 2008/05/13(火) 19:37:44 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

こんばんは。
今回の記事を読んで「パットン第3軍」のようにチットを引き、士気(武将の采配?)と兵士(足軽)の質で戦力が変わるゲームが出来ないかなぁと思いました。
誰か作ってくれませんかねぇ。
  1. 2008/05/13(火) 21:51:50 |
  2. URL |
  3. Mどりっひ #-
  4. [ 編集]

>>Mどりっひ様
大坂の陣のウォーゲームってあるようでないですからねー。
お手軽に楽しめる大坂の陣ゲームは誰か作りませんかねぇ。(笑)
  1. 2008/05/14(水) 20:59:04 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
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