110万ヒット記念SSを投下いたします。
今回はちょっと毛色の変わったシチュエーション短編です。
突っ込みどころも満載かとは思いますが、楽しんでいただけるとうれしいです。
「ミス・スパイダー」
「本当なの? それは」
私は目の前の少女の言葉に耳を疑った。
あの犯罪教授の居場所にこの娘がいたというの?
本当だとしたらこれはチャンスだわ。
「場所、わかるわね?」
「あまりはっきりとは・・・でも、近くに行けばわかると思います」
少女は私の顔を見つめてはっきりと答えた。
肩口までのちょっと茶色の髪にくりくりした瞳がとても愛らしい。
有名女子高のセーラー服もとても似合っているわ。
うう・・・私も着たかったのよね、これ。
公立行けって言われちゃったけど・・・
「課長、私彼女を送ってきます。ご両親が心配していらっしゃると思いますので」
「わかった、しっかり送ってくるんだぞ、伊家原(いけはら)」
ちょっとだけこちらを見、めんどくさそうに手を振る課長。
しょうがないわよね。
管内で立て続けに起きている連続強盗犯の足取りがつかめたんだもの。
今署内はてんやわんやの状態なのだ。
課長の周囲には刑事たちの人垣ができ、ホワイトボードを前にあーでもないこーでもないと打ち合わせを続けている。
こんな状況であの犯罪教授の手がかりを見つけたなんて言っても聞き流されるのがオチだわ。
たまたま事件に巻き込まれた家出少女が犯罪教授の居場所を知っているなんて誰も思わないものね。
何か確実な証拠でもあれば話は別でしょうけど・・・
私はとりあえず、この少女を連れて教授の潜伏場所を探しに行こうと決めた。
「行きましょ」
私の目の前の少女はこくんとうなずいた。
「そういえばまだ私のほうが自己紹介していなかったわね」
少女を助手席に乗せ、私は車を走らせる。
「私は西北署の伊家原奈緒美(いけはら なおみ)。よろしくね、案西さん」
助手席の少女が微笑んだ。
こうしてみるとこの案西響子(あんざい きょうこ)という娘はどこにでもいる普通の少女だわ。
どうして家出なんかしていたのかしら・・・
深い事情があるのかもしれないわね・・・
「あなたが保護されたのはこの店なんだけど、ここへは教授のところからまっすぐ来たの?」
私は響子ちゃんがコンビニ強盗に巻き込まれたコンビニエンスストアにつれてくる。
本当はさっさと彼女の家に連れて行かなくてはならないのだけど、あの犯罪教授がかかわっているとなると確認しなくてはね。
犯罪教授・・・
本名も正体も不明。
最近警察や犯罪界で噂になっている人物。
犯罪者同士のネットワークを築き上げるべく暗躍し、数々の情報や資料を駆使して一番効率よく犯罪を犯せるようにアドバイスをするという謎の人物。
自身では手を下さないものの、彼のアドバイスによって行われた犯罪はすでに数十件にも達している。
ネットも使っているようだが一向に手がかりがつかめず、警察も血眼になって捜しているのだ。
もし、響子ちゃんの言ったことが本当なら、彼女は犯罪教授に会ったことになる。
確かに、自ら犯罪教授と名乗り、その上で響子ちゃんを逃がしてしまうような人物が犯罪教授とは信じられないところでもあるけれど、何らかのつながりはあるかもしれないし、それに自分に関してはそういうポカをやってしまうという人物なのかもしれないしね。
「あっちよ」
響子ちゃんが郊外へ向かう道路を指差す。
「わかったわ、乗って」
私は再び車に乗り込むと、響子ちゃんが抜け出してきたという犯罪教授の居場所に向かって車を走らせた。
「ねえ、聞かせて欲しいんだけど・・・犯罪教授ってどんな人だった?」
車を走らせながら私は響子ちゃんに訊いてみる。
いったいどんな人物なのか・・・
もちろん別人であることは充分に考えられる。
でも、わざわざ犯罪教授などと名乗る人物だ。
まともな人とは思えない。
「白髪のおじいちゃんでした。背は高いほうだと思います。結構素敵な人でした」
「素敵な人・・・ねぇ・・・」
白髪の老人とはちょっと驚き。
警察内部でのイメージは中年の学者タイプと思われていたのだ。
待て待て・・・
決め付けるのは早いわ。
犯罪教授とは限らないのだから。
「このあたり・・・あ、あそこ」
郊外の別荘地の一角まで来た私は車を止める。
響子ちゃんの指差したところには雑木林に囲まれた別荘があった。
「あそこ? 何の変哲もない別荘の一つのようね・・・」
「何を期待しているんですか? 特撮にでてくる悪のアジトでも?」
響子ちゃんが私に振り向く。
うっ、いかんいかん。
そんなつもりはなかったのだけど、ついつい何かの研究所っぽい建物を意識していたのかも。
「そ、そんなわけないじゃない」
私はそう言ったものの、響子ちゃんの苦笑を見るとごまかしきれてはいないようね・・・
「と、とりあえず様子を探ってくるわ。響子ちゃんはここにいて」
「あ、待って」
車から出ようとした私を響子ちゃんが呼び止めた。
「え? なに?」
振り向いた私の顔面に何かが吹きかけられる。
な・・・しまった・・・
急激に遠くなる意識。
「うふふ・・・わたしのアジトにようこそ。伊家原刑事さん」
そんな中で私は響子ちゃんがそう言ったのをはっきりと聞いていた・・・
******
「ハッ!」
急激に意識が戻る。
目を開けた私は、自分ががっしりとした重厚な椅子に両手両脚を固定され座らされていることに気がついた。
「な、これは・・・」
思わずそう口走るが、私は必死に心を落ち着ける。
こうなったからには焦っても仕方がない。
それにしてもいったいどうして・・・
「お目覚めのようね、伊家原刑事さん」
先ほどまで助手席で笑顔を見せていた少女の声がする。
私の周囲が明るく照らされているせいで、周囲は薄暗くよく見えない。
「ようこそ私のアジトへ。歓迎するわ」
薄暗い室内の奥から姿を現す案西響子。
驚いたことに彼女は先ほどまでのセーラー服ではなく、漆黒のロングドレスを纏っていた。
「あなたはいったい・・・」
私は彼女の変わりように驚いた。
清純そうな少女の面影は影を潜め、妖艶さを漂わせている。
長い吸い口で先がちょっと広がったシガレットホルダーでタバコを吸い煙を吐き出すその姿は、幼さの残る顔とのギャップがかえって魅力的にすら見える。
「ふう・・・初めまして。自己紹介させてもらうわ。私があなたたち警察が犯罪教授と呼んでいる人物よ。よろしくね」
「な?」
私は驚いた。
まさか犯罪教授が女性、しかも女子高生だったなんて。
「じょ、冗談でしょ?」
にわかには信じられない。
「そう思うのも無理はないわね。私自身こうやって大人びた振りしても限界があるわ。小娘が犯罪教授なんて大それた人物のはずがない。そう言いたいんでしょ?」
再びタバコを吸う響子。
「ふう・・・でもね、私は紛れも無く犯罪教授よ。別に私が言い出したわけじゃないんだけどね。どこかのバカが私の名前を聞き間違えたらしいの。案西響子を犯罪教授ってね。まあ、結構気に入っているんだけど」
タバコの煙が漂い私は気分が悪くなる。
もっとも、タバコのせいばかりじゃないだろう。
子供のくせにタバコを吸うなんて・・・
タバコなんか大嫌いよ。
「あなたが犯罪教授だとして、さまざまな手口はあなたが考え出したというの? それとも別に共犯者がいるというの?」
「ふう・・・さすがね。この状況でも動揺せずに情報収集? できるだけ私の情報を手に入れるつもりなんでしょ?」
私はドキッとした。
見抜かれてる。
この娘いったい?
「いいわ。あなたには教えてあげる。あなたは私の片腕になる人だから」
「片腕? どういうこと?」
私の質問に笑みを浮かべる響子。
いったい私をどうするつもりなの?
「私の父親はどうしようもない男だったわ。借金にまみれ酒におぼれ私の母に手を上げるというろくでなしの典型ね。あるとき私は殴られそうになった母をかばって父に殴られた。そして頭を強く打ち付けたのよ」
「な・・・」
そんなことが・・・
「目から火花が散るって言うけど、あれは本当のこと。私は強い衝撃でしばらく動けなかったわ。でもね、そのとき私は目覚めたの。能力によ。いいえ、脳力かしらね」
くすっと笑ってタバコを吸う響子。
「ふう・・・一瞬にして世界が180度変わったわ。悩みなんか全部吹き飛んだ。すごくすっきりした気分になったのを覚えているわ」
「ど、どういうこと?」
「人間の脳は三割程度しか使われていないってのは知っているわよね? 私の脳は今八割が使用可能状態なの。そこらのコンピュータは及びもつかないわ。犯罪計画なんてたやすいものよ」
八割?
まさか・・・
信じられないわ。
「それと同時に特殊能力も身につけたわ。私の脳波は相手の思考を変えることができるのよ」
「思考を変える?」
「そう。赤い色が好きな人を赤が見るのもいやなぐらいにするなんてのは朝飯前。根本的な思考改変を行えるのよ私は。いわば洗脳ね」
ぞっとするような笑みを浮かべる響子。
洗脳って・・・
まさか私を?
「くすくす・・・ご名答。これからあなたの思考を変えてあげるわ。私に忠実で言うことをよく聞き犯罪が大好きな邪悪な女にしてあげる。もちろんあなたはそれを感謝するようになるわ。あはははは・・・」
「く、狂ってる。あなたは狂っているわ。正気じゃない!」
私は必死に手足の戒めを解こうとする。
だが、がっちりと固定された手足はまったくはずれようとはしてくれない。
どうしたらいいの?
「そうかもね。私は狂っている。でも狂って何が悪いの? ルールにがんじがらめになって生きる人形のような生よりもずっと健全だわ。欲しいものは奪い気に入らないものは殺す。弱ければ殺されたって文句は言えない。それが正しい世界じゃないの? ふう・・・」
タバコの煙を吹きかけてくる響子。
思わず私はむせかえる。
「そっか、あなたタバコ嫌いなんだ。こんなに美味しいのにね。いいわ。タバコも大好きにしてあげる。それと脳の活動も少しアップさせてあげるね」
「ふざけないで。何様のつもり? だいたいどうして私を連れてきたの?」
「あなたが優秀な刑事だからよ。前から目をつけていたの。正義感にあふれる若い女性刑事。闇に落とすのにこれほどふさわしい人はいないんじゃなくて?」
響子はくすくすと含み笑いをもらす。
そんなバカな話が・・・
「おしゃべりはここまで。これからいくらでもおしゃべりできるわ。あなたは私の片腕になるんだもの。運動神経抜群のあなたなら、私の作った道具もいろいろと役立ててくれるでしょうしね」
「いやっ、いやよ! 洗脳なんて真っ平だわ! 私の頭をいじらないで!」
私は必死で首を振る。
私が変わってしまうなんて絶対にやだ。
そんなことになるぐらいなら死んでやるぅ・・・
黒い長手袋に包まれた響子の手が私の額にかざされる。
私は思わず身を固くして襲い来る衝撃に耐えようとした。
でも・・・
何も感じない?
痛みも衝撃も何も感じないわ。
いったいどういうこと?
洗脳なんてうそだったのかしら?
「ふふふ・・・これでいいわ」
手を下ろされる響子様。
おいしそうにタバコを吸う姿が美しい。
一本欲しいな。
高校のときいたずらで吸ったけど、あれは美味しかったな。
どうして最近は吸ってなかったのかしら。
「響子様。私はいったい?」
「ああ、もうすんだわ。待ってて、今はずすから」
響子様は奥へ行ってスイッチを切る。
すぐに私の手足の戒めは解かれた。
私は立ち上がると手首をさすって痛みを和らげた。
「響子様、私はいったいどうしたんでしょう? 何か悪い夢を見ていたような気もしますけど」
「そうね。悪夢に浸っていたようなものね」
いたずらっぽく笑う響子様。
なんだかその笑顔はすごく貴重なものに思えるわ。
「タバコはどう?」
一本差し出される響子様。
「いただけるのですか? ありがとうございます」
私はひざまずいてタバコを受け取ると、響子様が差し出してくださったライターで火をつける。
「ゲフォ、ゴホ・・・」
なんてこと。
久しぶりだからむせちゃうなんて。
だらしないにもほどがあるわ。
「も、申し訳ありません響子様。せっかくいただいたタバコなのに」
「くすくす・・・すぐに慣れるわよ。美味しいでしょ?」
「はい、とっても。タバコ大好きですわ」
私はむせないように慎重にタバコを吸う。
肺の奥まで煙が流れ込みえもいわれぬ美味しさが広がる。
「ふう・・・美味しい」
「あそこの戸棚にあるから好きなだけ吸いなさい。それと、その野暮ったいスーツは脱ぎなさい」
「えっ? か、かしこまりました。直ちに」
私はタバコをいったん灰皿に置くと、すぐにスーツを脱ぎ始める。
おっしゃるとおりだわ。
こんなスーツを着ているなんて変だわ。
脱ぎ捨てなきゃ。
私は着ているものを脱ぎ捨てると、下着姿で響子様に向き直った。
「さあさあ下着も脱いで脱いで」
微笑みながら奥から紙袋を持ってくる響子様。
あう~・・・
下着も脱ぐなんて恥ずかしいな。
でも響子様の言いつけだわ。
従わなくちゃ。
私は覚悟を決めるとエイヤッとばかりにブラもショーツも脱ぎ捨てる。
生まれたままの姿になるのはいくらお言いつけでも恥ずかしい。
「ぬ、脱ぎました。これでいいでしょうか響子様?」
私はどうにか両手で胸と秘部を隠してひざまずく。
は、恥ずかしい・・・
「これを着なさい。これからのあなたにはふさわしい衣装だわ」
響子様が持ってきた紙袋を私に差し出す。
「これを・・・ですか?」
私は渡された紙袋の中を覗いてみる。
紙袋の中にはたたまれた衣装とブーツなどが入っていた。
私はそれを取り出して広げてみる。
「これは・・・」
私はびっくりした。
響子様より渡されたのはレオタード。
漆黒のレオタードだったのだ。
しかも胸のところには八本の脚を広げた蜘蛛の図案が白く染め抜かれている。
どうして蜘蛛なんか・・・
私は蜘蛛が苦手なのに・・・
「あら、蜘蛛は苦手だった? じゃあ、私の目を見なさい」
えっ?
私は言われるままに響子様の目を見つめる。
茶色の瞳が私を映し出していてとても綺麗。
「この衣装はあなたにふさわしいものよ。邪悪な女怪人“ミス・スパイダー”にね」
邪悪な女怪人ミス・スパイダー?
私はふと手にした漆黒のレオタードに目を落とす。
白く染め抜かれた蜘蛛がとても素敵。
そうよ・・・
そうだわ。
これこそが私が着るにふさわしい衣装よ。
この私、女怪人ミス・スパイダーがね。
私は早速レオタードを身につけると、黒い太ももまであるロングブーツを履き、ひじまでの長手袋に手を通す。
ぎゅっぎゅっと握ったり開いたりして手になじませると、まさに黒い蜘蛛になったようでいい気分。
蜘蛛って本当に素敵な生き物よね。
大好きだわ。
私の胸はそれほど大きいものではないけど、それでも白い蜘蛛の図案が私の胸に押し上げられてまるで私の胸を愛撫しているかのよう。
最高だわ。
そして私は最後に残った漆黒のマスクをかぶる。
このマスクの額には胸と同じく白い蜘蛛の図案が染め抜かれ、口元だけが覗く形。
これで私の顔は誰にも見られない。
まさに女怪人にはふさわしいわ。
「ふふふふふ・・・これであなたは邪悪な女怪人ミス・スパイダー」
響子様の言葉が私の心に染み込んで行く。
私は邪悪な女怪人ミス・スパイダー。
響子様のご命令ならどんなことでもいたしますわ。
それとも犯罪教授様とお呼びすべきなのかしら・・・
******
警報機の音が闇に鳴り響く。
でも、もう遅い。
私は響子様お手製の伸縮式ワイヤーでビルの間を飛び渡る。
その姿はまるで蜘蛛が糸を使って別の場所に移る様を彷彿とさせるだろう。
それこそが私の得意技。
この私、ミス・スパイダーと呼ばれる所以だわ。
パトカーのサイレンの音が鳴り響く。
赤色回転灯の赤い光が瞬いている。
おろかな警察ども。
今頃来てもお前たちが目にするものは警備員の死体だけ。
価値ある宝石はすべて頂いたわ。
せいぜい何も残ってない痕跡を探ることね。
お前たちは響子様はおろか、私の足元にも及ばない連中。
悪あがきをして悔やむがいいわ。
それじゃあね。
私は敬愛する美しき響子様の元へ戻るべく、次のビルへ飛び移るのだった。
END
よければ拍手や感想くださいませー。
- 2008/05/04(日) 19:34:02|
- 犯罪教授響子様
-
| トラックバック:0
-
| コメント:8