本当にたまたまではあるのですが、ちょうど三連休ということでいいタイミングとなりましたので、今日はSSを一本投下いたします。

タイトルは「犬と猫」です。
私がpixivで相互フォローさせていただいております絵描きさんに「
マーチン・シン」さんという方がおられるのですが、以前イラストネタに怪人のモチーフを何かと求められたことがありまして、その時に「犬と猫」はどうでしょうとお話ししたところ、一目で惚れこんでしまうようなラフイラストを描かれまして、これは逆に私がSS化したいぞと思ったのが始まりでした。
それでマーチンさんといろいろとお話をしていくうちに、組織や悪の女幹部さんや戦闘員さんという周囲のキャラをお見せいただけましたので、そのあたりを加えてSSを書き上げたのが今作となります。
ですので、ある意味共作という形になりますでしょうか。
扉絵もマーチンさんが描かれましたもので、使用を快諾していただきました。
まさに犬怪人と猫怪人ですね。
(*´ω`)
そのほかの人物等はマーチンさんがこちら「
“牙王戦士ガウル”キャラクター紹介」にアップされておりますので、先にこちらをご覧になられるとよろしいかと思います。
ということで、「ガウル」本人は登場しませんが、彼を狙う怪人にされてしまう二人の話です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
それではどうぞ。
犬と猫
「これまでのアニマロイド(獣人戦士)よりも強力なビーストロイド(猛獣人戦士)……ねえ。面白そうじゃない?」
バサリとテーブルの上に資料を落とす一人の女性。
その口元に笑みが浮かぶ。
「まずはこれを作ってみようかしら。あの脱走体を処分するためにも、タカスギとは違うところを見せておかないとね……ふふふ……」
組んでいた足をほどき、椅子からスッと立ち上がる。
「すぐに素体にふさわしい者を選んでおいで。そうね……パワータイプがいいわ。お前たち、行きなさい。ホッ!」
「「ネッ!」」
女性の言葉と振られた腕に返事をするかのように暗がりの中から奇声が響き、黒い影が数体闇の中へと消えていく。
「ふふふ……」
その姿を女性は満足そうに見送った。
******
「お前たちそこに並べぇ!」
太く威圧感のある声が廊下に響く。
この学校の体育教師である犬田豪次(いぬた ごうじ)の声だ。
筋肉隆々の躰に厳めしい顔をした彼は、その苗字から生徒たちにブルドッグと呼ばれ恐れられている。
体罰こそ行わないものの、その顔で睨みつけられ、腹の底から響く声で怒鳴られるのはなかなかきつく、女子生徒には泣き出してしまう子もいるという。
今朝も些細なことで数人が廊下に立たされ怒鳴られているようだ。
「犬田先生」
ちょうど通りかかったらしい手に数学の教科書を持った女性教師が声をかける。
「ん? またあんたか、猫川先生」
犬田が声をかけてきた女性教師の方を向く。
そこにいたのは数学教師の猫川美弥(ねこがわ みや)だ。
若くてスタイルもよく、美しい女性教師ということで生徒たちの人気も高いが、物事をちゃんと理路整然と説明するために、生徒たちへの指導にも定評がある。
どちらかと言うと感情的に怒鳴り散らす犬田にしてみれば、話せばわかるという態度で生徒に接する美弥は煙たい存在でもあった。
「またかではありません。もう一時間目の授業が始まります。その子たちへの指導はもういいでしょう」
まるでドラゴンに立ち向かう女騎士のような凛とした姿できっぱりと言い放つ美弥。
「ふん! 猫川先生は甘すぎる。生徒たちはまだ未熟。そこをしっかりしつけてやらんと教師を舐めてかかるようになるんだ」
犬田は不愉快だとでもいうように鼻を鳴らす。
「生徒たちと言っても一人一人の人間。高校生にもなれば充分に考える力は身に付いてます。威圧するようなことはしなくてもちゃんと話せば理解できるのです。犬田先生にはそれがわからないのですか?」
最後の一言はやや余計だろうが、犬田の言葉に反論する美弥。
「さあさあ、授業を始めますので生徒たちを解放してください」
チャイムも鳴ったことから美弥は、生徒たちを犬田から引き離し強引に切り上げようとする。
犬田も教師である以上、授業の邪魔になると言われるのは本意ではない。
「ふん! 猫川先生もそのうちわかりますよ。こいつらにはまだまだ教師による強いしつけが必要だということをね」
捨て台詞を吐いて立ち去っていく犬田。
その後ろ姿にふうと肩をすくめる美弥。
やれやれ……
ホント犬田先生ったらすぐに力で押さえつけようとするんだから……
まったく忌々しい女だ……
ドスドスと足音を響かせて体育教官室に戻ってくる犬田。
そのままドカッと椅子に腰を下ろす。
彼自身は今日の一時間目は空き時間なので、あの生徒たちをもう少し説教してやりたかったのだが、どうもあの女教師は苦手なのだ。
これが英語の坂木(さかき)のようなジジイ教師ならひと睨みすれば黙るので、授業時間に差し掛かろうと気にすることはないのだが、あの女は睨みつけてもびくともしない。
だが……あの女の顔と躰はまぎれもなく一級品。
まさに俺好みの女と言っていい。
いずれ組み伏せて手籠めにし、俺のメスにしてやりたいものだ……
そんなことを考えながら席に着く。
そのジャージに包まれた股間が妄想に膨らんでくるが、幸いほかの教師はみな授業で出払っている。
今ここでそんなことをするつもりはないものの、たとえオナニーしたところで気付かれる心配はないだろう。
ふふ……
ここであの女を犯してやるのも一興か……
犯され続けたあの女は、やがてその快楽に溺れチンポなしではいられなくなっていく……
あのくそ生意気な女が、俺のチンポを求めてその躰を差し出してくるようになる……
脳裏の中で美弥がいやらしい下着姿で彼のチンポに頬擦りをしてくる。
そんなまるでどこかのアダルトビデオのようなことを考え、笑みを浮かべる犬田。
機会があればその欲望を実現したいものだ。
「ふふふ……なるほど、屈強そうな男だわ。それにどこか邪悪さも持っていそうね。デスカルの選択に間違いは無さそう」
突然女の声が犬田の耳に入ってくる。
「な、なんだ?」
慌てて声のした方を振り返ると、いつの間にか教官室の入口の所に女が一人立っていた。
整った美しい顔をしているが、流した前髪で片目が隠れており、犬田のまったく見覚えのない女性だ。
それにどう見ても学校の関係者とは思えないような、ナチスの制服めいた軍帽と軍服を身にまとっている。
肘までの長い革手袋を嵌めたその手には乗馬鞭が握られており、そのある意味美しい姿とは全くそぐわない冷酷な雰囲気がにじみ出ていた。
「な、なんだ貴様は? どうやって校内に入ってきた? 今すぐ出ていけ! ここは学校だぞ!」
立ち上がって女の元へ行く犬田。
「ふふふ……そうわめくな。我が名はクローディア。お前は我らデスカルに選ばれたのだ。光栄に思うがいい」
「クローだか何だか知らんが出ていけ! 警察を呼ぶぞ!」
腕をつかんで廊下に引きずり出そうとする犬田。
女に暴力を振るうつもりはないが、この華奢な躰なら片手一本でどうにでもなるだろうと彼は思う。
だが次の瞬間、犬田の巨体が宙を舞い、背中から床にたたきつけられる。
「うぐぅっ!」
何が起こったのかわからない。
まさかこの女に投げ飛ばされたというのか?
この俺が?
「下等な人間風情が私に気安く触れるな! お前が素体でなければ生かしてはおかんところだ! おい、こいつを引っ立てろ!」
床に倒れたままキョトンとしている犬田を見下ろし、クローディアが鞭を振り上げる。
すると廊下から頭部をドクロのような模様の付いたマスクで覆い、全身をぴったりとした黒い全身タイツのような衣装で身を包んだ男たちがずかずかと入ってきた。
「ホネーッ!」
「ホネーッ!」
「な、なんだ?」
奇声を発しながら近づいてくる男たちに驚く犬田。
「こいつらは我がデスカルの戦闘員ボンヘッドだ。こいつらにすら人間のお前では歯が立つまい。だがお前は選ばれたのだ、おとなしく来るがいい!」
ボンヘッドたちは犬田を取り囲むように彼の周りに立ち、そのまま彼の両腕を掴んで立ち上がらせる。
「わ、な、何をする!」
クローディアの言うとおりボンヘッドの力は強く、犬田が振りほどこうとしてもまったく振りほどけない。
「は、離せ! 離せぇ!」
わめく犬田を引きずるようにして連れ出していくボンヘッドたち。
そのまま彼らの姿は部屋から消えていった。
******
「みゃー先生さよならー」
「先生まったねー」
生徒たちが美弥にすれ違いざまに手を振っていく。
今日も一日の授業が終わり、生徒たちは帰宅していく時間だ。
ひとまずはやれやれと言うところだが、教師にはこれからもたくさんの仕事が待っている。
ここからもうひと頑張りしなくてはならない。
美弥は生徒たちに手を振り返し、職員室へと向かう。
職員室に入った美弥は、何か室内がざわめいていることに気付く。
何かあったのだろうか?
「ああ、猫川先生」
「あ、はい?」
何事だろうと思いながらも席に戻った美弥に、隣の佐久間(さくま)教師が声をかける。
「朝から犬田先生の姿が見えないのですが、見かけませんでしたか?」
「犬田先生が?」
犬田とは朝のあの一件以来顔を合わせてはいない。
姿が見えないとはどういうことだろう?
「見てませんけど……犬田先生がいなくなったんですか?」
「どうもそのようで。二時間目の授業にも現れなかったようです」
頭の禿げあがった佐久間が額に汗を浮かべている。
「そうなんですか?」
「ええ、なので見かけたら教頭や主任に連絡をとのことでした」
「わかりました」
コクンとうなずく美弥。
確かに粗野で腕力中心主義のような犬田は美弥にとっては苦手な人間だ。
理詰めで話そうにも、相手の方が感情的になって話し合いになりそうもない。
近づかないに越したことはないのだ。
だが、いなくなるとはどうしたのだろう……
もしかして、またどこかで生徒にねちねちとくだらない説教でもしようとしているのではないだろうか……
「ちょっと校内を見てきます」
「ええ?」
立ち上がった美弥に対し、何もそこまではという顔をする佐久間。
それに昼頃から数人の教師が校内は見回ったのだ。
おそらくもう校外に出てしまっているのだろうし、いまさら校内を見回ったところで見つかるはずもない。
だが、そのことを伝えようと思った時には、すでに美弥は職員室を出て行っていた。
「あ、みゃー先生だ。先生さようならー」
美弥を見かけて声をかけてくる女子生徒。
生徒たちの一部は美弥のことをみゃー先生と呼んで慕っているのだ。
「あ、ちょっと」
渡りに船とばかりに美弥は呼び止める。
「はい?」
「犬田先生見なかった?」
足を止めた女子生徒に尋ねる美弥。
「えー? ブルドッグなんて見てないですよー。てか見たくもない?」
露骨にいやな表情をする女子生徒。
まあ、犬田は一般的に生徒には嫌われているのでこういう反応も不思議はない。
「こら、先生をブルドッグ呼ばわりしちゃダメでしょ」
「てへ」
一応教師として注意する美弥に小さく笑う女子生徒。
「でも、みゃー先生だってあの脳筋は好きじゃないでしょ?」
「う、そ、そんなことは……」
思わず図星をさされてしまう美弥。
「ま、まあ見かけてないならいいの。ごめんね呼び止めちゃって。じゃあまた明日ね」
そそくさとその場を離れる美弥。
まあ、犬田が脳筋だのブルドッグだのと言われるのは無理も無いと思うし、美弥も苦手なのは間違いない。
こうして探すような理由もないのにねとも思う。
それでも、また生徒たちに難癖をつけるネタ探しでもしているんじゃないかと思うと、気になってしまうのだ。
なにせあの男は自分の楽しみのために生徒たちに説教するようなところがあるから。
「ふう……」
結局一通り校内を見回ったが、どこにも犬田の姿はない。
美弥は軽い徒労を覚えて職員室に戻るべく廊下を歩く。
どうやら本当に犬田は校内にはいないようだ。
いったい私は何をやっていたのか……
はあ……
「ヒッ!」
角を曲がったところで息を飲む美弥。
人の気配のなくなった廊下に、まるで軍服のような衣装を着て帽子をかぶった女性が立っていたのだ。
しかもその手には鞭を持っている。
誰?
いったい彼女は何者なの?
美弥がそう思った時には、すでに彼女の両腕は何者かの黒い手によって背後から掴まれ、口元に布のようなものが押しあてられてくる。
薬?
そんな……いつの間に?
誰かに助けを……
そう思った時には、すでに意識が朦朧となってくる。
「ふふふ……連れていけ」
「ネッ!」
軍服を着た女の声と奇声を聞きながら、美弥の意識は闇に沈んでいった。
******
「う……うーん……」
ゆっくりと目を開ける美弥。
「えっ?」
気付くと、自分がどこか知らない見たことのない場所にいるのがわかる。
しかも着ていたものはすべて脱がされて裸であり、何かガラスケースのような箱の中に寝かされているのだ。
「こ、これはいったい?」
ケースはそれなりに大きさを持ってはいるものの、美弥が立ち上がれるようなものではなく、上半身を起こすことも難しい。
さらにガラスケースにはいろいろなコードやチューブが接続されていて、まるで何かの実験機材のようだ。
ここはいったいどこなのか?
なぜ自分はこんなところに入れられているのか?
美弥にはさっぱりわからなかった。
「あら、お目覚めかしら?」
「グルルルル……」
低い犬の唸り声のようなものと一緒に女の声が聞こえてくる。
「ひいっ!」
声の方を見て思わず小さく悲鳴を上げる美弥。
そこには廊下で見た軍服姿の女性と、その背後にいる巨大な犬のような化け物がいたのだ。
それは全身が筋肉の塊のような巨体で、まるでゴリラのような印象すら与えるが、全身を短いやや灰色がかった茶色の毛が覆い、ピンと立った耳と大きく開いた口から覗く牙がそれが犬であることを示していた。
太い両腕の手首と肩にはトゲの付いたリングが嵌まっており、同じものが足首にも付いている。
腰には髑髏を模したような模様のバックルの付いたベルトが締められており、立ち上がって歩いているその姿は人間のようでもある。
その犬と人間が掛け合わさったような化け物の赤い目が、美弥をずっと見つめていた。
「うふふ……どう? この女で間違いない?」
軍服の女が背後の犬の化け物に問いかける。
「グルルル……間違いありませんクローディア様。この女です」
犬の化け物が人間の言葉をしゃべったことに美弥は驚く。
「そう……ふふふ……よかったわね。ガブーンがお前をパートナーにと望んでいるわ。これからお前を我がデスカルのビーストロイド(猛獣人戦士)に改造してあげる」
つかつかと近寄ってくるクローディアと呼ばれた軍服姿の女と犬の化け物。
「えっ? 改造? パートナー?」
どういうことなのか?
まさかこの化け物のパートナーに?
「グルルル……猫川、俺がわかるか?」
犬の化け物に問いかけられ、美弥はブンブンと首を振る。
こんな化け物、わかるわけがない。
「あらあら、同僚の顔を見忘れたのかしら? 今朝まで一緒の学校にいたんでしょ」
「えっ? 今朝まで?」
「ワォーーン! そうだ。俺だ。犬田だ」
「えええっ?」
驚愕する美弥。
この犬の化け物がいなくなった犬田先生だというの?
「グルルル……俺はクローディア様のおかげで生まれ変わったのだ。今の俺は人間の犬田などではない。デスカルの犬型ビーストロイドのガブーンだ。人間を超えた存在なのだ」
「嘘……そんな……」
美弥は信じられない。
この犬の化け物が犬田だなどと、そんなことがあり得るのだろうか?
とても信じられるものではない。
「グルルル……猫川、お前は忌々しい女だ。いつも俺の邪魔をした。俺が生徒をいたぶって楽しむのを邪魔してきたのだ。だが、お前はいい女だ。そんなお前をいつか我がものにしたいと思っていたのも事実だ。お前を俺のものにな」
「なっ!」
美弥は愕然とする。
そんな……そんな邪な思いをこの男は抱いていたというの?
なんてこと……
「グルルルル……だから俺はクローディア様に頼んでお前をパートナーにしてもらうことにした。お前も俺と同じビーストロイドとなるのだ。ともにデスカルのために働こうではないか。ワォーーーン!」
大きく吠え声をあげるガブーン。
ガラスケースがびりびりと震えるような吠え声だ。
「いやっ! そんなのいやっ! いやです! ここから出してぇ!」
化け物にされるなんてありえない。
青ざめてガラスケースを叩く美弥。
だがケースはまったくびくともしない。
「ふふふ……お前に拒否する権利などないのよ。もともとビーストロイドは複数用意したいと思っていたところだから、ちょうどよかったわ」
クローディアが鞭でケースをピシッと叩く。
「喜びなさい。お前は人間を超越した存在になれるのよ。デスカルのビーストロイドになれば、その喜びを感じるようになるわ」
「いや……やめてください……お願い……」
美弥は泣きながら懇願する。
だが、クローディアは笑みを浮かべ、くるっと振り返るとスイッチへと向かっていく。
そしてその黒い革手袋に包まれた指が、ボタンを押した。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
美弥の躰に電気が走り、その痛みに悲鳴が上がる。
躰の中に何かがねじ込まれるような感じがして、全身がバラバラにされていくようだ。
実際美弥の躰には新たに猫の因子が流し込まれていっており、その躰を変化させ始めている。
皮膚には白く短い毛が生え始め、それがやがて全身を覆うスーツのようなものへと変化する。
肘から先は黒い手袋状に同じく変化し、指先からは鋭く長い爪が伸びていく。
両足も膝から下がブーツのように変化するが、指先は猫の足のような形となり、こちらも鋭い爪が生えてくる。
肩から首にかけても黒が覆い、その上から白い毛が首輪のようにリングを作る。
美しかった美弥の顔も口元以外は猫の顔にように変化していき、三角形の耳が両側に広がっていく。
お尻からはしなやかな長いシッポが伸びていき、美弥の躰は猫と人間が融合したような姿になっていった。
「あああああ……・ニャァーオ……ニャァァァーオ……」
美弥の口から猫の鳴き声が流れてくる。
変化は美弥の精神をも歪めていくのだ。
偉大なるデスカル。
自分はそのデスカルに選ばれた存在なのだ。
ちっぽけでくだらない下等な人間であることをやめ、デスカルのビーストロイドとして生まれ変わる。
それは喜びであり誇らしいこと。
この苦しみも生まれ変わるための前段階。
これが終われば自分は素晴らしい存在に変わるのだ。
美弥の心がそう思う。
彼女はもう以前の猫川美弥ではなくなっていたのだ。
やがて装置のうなりが収まり、ガラスケースのふたが開く。
「ニャァァァーオォ!」
一声大きく鳴き声を上げてゆっくりと起き上がる美弥。
すでにその姿は人間ではなく、人と猫が融合したビーストロイドの姿だ。
「うふふふ……おめでとう。今日からお前はデスカルの猫型ビーストロイド、ソウガットよ」
クローディアが美弥に近寄りそう言うと、その手にデスカルの紋章の付いたベルトを渡す。
「これはデスカルの一員である証。さあ、つけなさい」
「はい、クローディア様。ニャァーオ」
美弥はベルトを受け取ると、そのまま腰へと巻いていく。
ベルトについたデスカルのドクロの紋章がなんとも誇らしい。
「うふふふ……よく似合うわ。さあ、偉大なるデスカルに忠誠を誓いなさい」
「ニャァァァーオ! アタシは偉大なるデスカルの猫型ビーストロイドのソウガット。デスカルとクローディア様に永遠に忠誠を誓います。ニャァァァーオ!」
スッと両手をクロスさせてその爪をかざすソウガット。
「それでいいわ。ほら、あそこにあなたのパートナーが待っているわよ」
微笑んでガブーンを指し示すクローディア。
「はい、クローディア様。ナァァーオ」
少し甘えるような声を出してガブーンの方へと向かうソウガット。
ふふふ……
うまくいったよう……
どうやら人間の男でも女でもビーストロイドにするのは問題なさそうね……
クローディアはそう思う。
「グルルルル……どうやら無事に終わったようだな」
足音も立てずにしなやかに歩くソウガットを、ほれぼれするような目で見つめるガブーン。
「ニャァァァーオ……ええ、アタシは生まれ変わったわ。これもあなたのおかげよガブーン。うふふ……」
ソウガットはそう言うと、ガブーンの躰に身を預ける。
「気付かなかったわ……ダメねアタシったら……あなたがこんなにたくましく素敵なオスだったなんて……」
ガブーンの胸にその頭をすり付けるソウガット。
ソウガットにとってガブーンはもはや嫌悪の対象ではない。
それどころか、ともにデスカルのビーストロイドとしてとても好ましいパートナーだと思うのだ。
これはある種の洗脳の効果であったが、ソウガットにとっては今のこの感情こそが“本当の”感情である。
「グルルルル……そいつはうれしいな。お前も俺好みの美しいメスだぜ、ソウガット」
ガブーンがその手でソウガットの顎を持ち上げ、自分の顔と向きあわせる。
「うふふ……アタシたちいいパートナーになれそうね。ナァァーオ」
「ワォーーーン! そいつはベッドの中でもという意味かな?」
「うふふ……試してみる? ナァァーオ」
妖しく微笑むソウガット。
「もちろんだとも」
ガブーンもニヤッと笑ってソウガットを抱き上げる。
「あらあら……まあ、仲良くしなさい。うふふふふ……」
ソウガットを抱きかかえて改造室を出ていくガブーンに、クローディアは苦笑した。
******
「うわぁぁぁっ! ば、化け物め!」
「は、博士! 早く逃げて!」
男たちの声が錯綜する中、白衣を着た初老の男がなんとか部屋を飛び出していく。
「グルルルル……」
突然壁をぶち破って入ってきた巨大な犬の化け物がうなり声をあげる。
「こいつめ!」
数人の男たちが手近な椅子や棒を持って立ち向かっていくが、まったく傷一つ付けられない。
それどころか、その太い腕に掴まれて鋭い牙を持つ大口で頭をかみ砕かれていく。
「うわぁぁぁ!」
「に、逃げろ!」
「だ、ダメだ! 今逃げたら博士の方に行かれてしまう。ここで……がっ!」
同僚たちに踏みとどまるように言おうとした男が殴り飛ばされ、壁にケチャップをぶちまけたかのように血だまりを作って絶命する。
「グルルル……歯ごたえがないな」
男を殴り飛ばしたガブーンが、その大きな口でにやりと笑う。
あと三人……
ターゲットは逃げ出したがこれは予定通り。
せいぜい残り三人を楽しませてもらうとしよう。
ガブーンは恐怖に青ざめている男を一人捕まえると、その頭を牙でかみ砕く。
「ふん……楽しみにもなりはしないな。ワオーーーン!」
「は、博士、早く! ここを曲がれば出口が……えっ?」
博士を逃がそうと先導していた男が思わず立ち止まる。
「と、富田(とみた)君、どうしたね?」
先を走っていた男が突然立ち止まったことに驚く博士。
「そ、それが……」
富田の記憶では曲がった先には外に通じる玄関があったはずなのだ。
それなのに今彼の目の前にはここまでと同じような廊下が奥へと続いている。
おかしい……
どこかで道を間違えたのか?
だが、そんなはずは……
いったい……
だが、富田がその答えを知ることはできなかった。
「うごっ!」
突然その廊下の“中から”鋭い爪が飛び出し、富田の腹をえぐったのだ。
「うふふふふ……アタシの幻術はどうかしら? 本物の廊下にしか見えなかったでしょ? ニャァァァーオ」
誰もいないはずの廊下の“中から”、猫の鳴き声が響いてくる。
やがて奥へと伸びていた廊下がすうっと消え、すぐ目の前の出口が幻で隠されていたことがわかる。
それと同時に、彼の腹をえぐったのが白く美しい躰をした猫の化け物であったことも。
だが、すでにこと切れた富田にそのことが理解できるはずはなかった。
「う、うわぁ! こ、こっちにも!」
目の前に現れた猫の化け物に驚く博士。
「うふふふふ……アタシたちビーストロイドから逃げられるとでも思っていたのかしら? 下等な人間のくせに」
富田の腹を貫いた爪を抜き、その爪をぺろりと舐めるソウガット。
「ひいっ!」
目の前で富田がどうッと倒れ、博士は恐怖のあまり床にへたり込んでしまう。
「ニャァァァーオ。岡田(おかだ)博士、お前の研究はアタシたちデスカルにとっては目障りなの。死んでもらうわ」
「う、うわぁぁぁっ!」
必死に這いつくばって逃げようとする博士を背中から爪で引き裂くソウガット。
血しぶきが上がり、返り血がその身を染める。
「ニャァァァーオ! ニャァァァーオ!」
楽しそうに博士を爪で切り刻んでいくソウガット。
やがて博士はピクリとも動かなくなってしまう。
「ニャァァァーオ……あら? もう死んでしまったの? つまらないわね」
ソウガットは立ち上がって爪を舐め、死体を蹴り飛ばす。
「うふふ……これで任務完了」
その口元には笑みが浮かんでいた。
「グルルル……終わったようだな」
暗い廊下の奥から姿を現すガブーン。
彼の方もあちこちと返り血を浴びている。
それだけじゃなく人間の肉片も付いているようだ。
「ええ、ターゲットは始末したわ。ニャァァァーオ」
ソウガットはうっとりした目でガブーンを見つめる。
獲物の血に塗れたたくましいオスというのはどうしてこんなに魅力的なのだろうか。
彼に抱かれたいと思わないメスなどいないに違いない。
もちろんアタシも……
くふふ……
ソウガットはうっとりとガブーンの姿を見つめていた。
「グルルル……よくやったぞソウガット。これで初任務は成功だな」
ソウガットに近づくと、その身をそっと抱き寄せるガブーン。
「ニャァァァーオ。あなたのおかげよガブーン。あなたが雑魚どもを引き付けてくれたから」
ガブーンに抱き寄せられるままにソウガットは身を任せる。
そのたくましい腕に抱かれるのはなんとも心地よい。
「グルルル……まさに雑魚どもだった。まったく歯ごたえがない」
「くふふ……所詮は下等な人間ども。あなたにかなう相手などいるわけがないわ」
「そうかもしれんが……もう少し抵抗をだな……」
不満そうにするガブーンの口を、ソウガットが指でやさしく押しとどめる。
「ねえ、そんなことより早く引き揚げましょ。一緒にシャワーを浴びて、そのあと……ね?」
ガブーンの口に当てた指を、そのまま彼の股間へと下ろしていく。
「グルルルル……まったくいやらしいメス猫だ」
「ああぁん……だってぇ、たくましいオス犬に抱かれるのが大好きなんですもの。ニャァァァーオ」
もう待てないという感じで身をよじるソウガット。
「グルルル……困ったやつだ」
ガブーンはニヤッと笑ってソウガットを肩に乗せる。
そしてそのまま二体のビーストロイドは闇に消えた。
******
******
「おはよー、こよみ」
背後から声をかけられ、振り向く制服姿の女子高生。
「おはよー、真由香(まゆか)」
声をかけてきたのが友人の真由香とわかり、こよみも挨拶を返す。
彼女の名前は早瀬こよみ。
ショートカットの髪に人懐こい笑顔がかわいいごく普通の女子高生だ。
だが、姉の絡みで普通じゃない居候が家にいることを除けば。
「ねえねえ聞いて。夕べちょっと気になるもの見ちゃった」
追いつくようにしてこよみの隣にやってきた真由香が話しかけてくる。
「気になるもの?」
ゴシップ好きの真由香のことだから、どうせろくでもないことだろうけど……とこよみは思う。
「うん。昨日さ、家族と外食に行ったんよ。その帰りにさ、見たの」
「見たって、何を?」
「それがね。みゃー先生」
なーんだ……
こよみは苦笑する。
教師と言えども夜出歩いていることなど、何の不思議もないではないか。
「それは猫川先生だって夜に……」
「違うの違うの。一人じゃなかったの」
「一人じゃなかった?」
「そうなの。誰といたと思う?」
もったいぶるようにそこで話を止める真由香。
「ええ? 教えてよ」
つい引き込まれてしまうこよみ。
「それがね……ブルドッグだったの」
「ええええ?」
思わずこよみは声を上げてしまう。
あの犬田先生と?
「びっくりでしょ? 私も思わず車の窓からじっと見ちゃったもん。あれは間違いなくブルドッグとみゃー先生だった」
「で、でも、ほら、先生同士の会合があったとかじゃないの?」
教師同士なんだからそういう会合みたいのだってあるだろう。
「だとしても、帰りまであんなに楽しそうにする? ブルドッグなんかみゃー先生の腰を抱くようにして一緒に歩いていたんだよ」
「えええ?」
にわかには信じられない。
猫川先生は犬田先生をかなり嫌っていたはずじゃ……
それなのにそんなことが?
こよみは首をかしげる。
「ねえ、どのあたりで見たの?」
こよみが場所を確認する。
もしかしたら酔った猫川先生を犬田先生が無理やり連れまわしていたという可能性は無いだろうか?
歓楽街ならそういうこともあり得るだろうし。
「うーんとね……確か大学病院の近くだったかな……」
「大学病院?」
こよみは朝その単語を聞いたばかりだった。
数日前の東都物理研究所に続き、夕べ大学病院でも数名の行方不明者が出たのだ。
双方ともに室内には破壊の跡があったうえ、あちこちに血も飛び散っていたらしいのだが、ケガをしたであろう人たちが誰も残っておらず、みんな消えてしまっていたのだ。
警察では事件事故両面で捜査をしているそうだが、こよみの姉のみどりもカメラマンとして取材に駆り出されていて、朝あわただしく出かけていったところだった。
そしてこれはおそらく、デスカルのアニマロイドの仕業ではないかとも姉は口にしていたのだ……
「こよみ?」
黙ってしまったこよみに真由香が声をかける。
「え? あ、うん、そうなんだ」
「ねー、あの辺りってさ、デートスポットも無いし、ふたりで何やっていたんだろうね? 気になるよねー」
どうやら真由香は大学病院の一件はまだ知らないらしい。
まだ報道されていないから当然かもしれないが。
それにしても、猫川先生と犬田先生がどうしてそんなところにいたのだろうか……
まったくの偶然だとは思うけど……
「あ、ちょうどよかった。みゃー先生!」
学校についたところで美弥を見つけた真由香が、手を上げて駆け寄っていく。
「あら、おはよう」
冷たい目でそっけない返事をする美弥。
その様子にこよみは少し背筋が冷たくなる。
なんだろう……
数日前に犬田先生と猫川先生が一時的に学校からいなくなってから、ふたりが以前となんとなく違ったように感じる。
なにか……どこかが変わったような……
「みゃー先生、夕べブルドッグと一緒じゃなったですか?」
こよみの覚えた違和感をまったく気にしていないのか、真由香は普通に美弥に話しかけていく。
「犬田先生をブルドッグ呼ばわりとは失礼ね。人間のくせに」
「えっ? あ、はい、すみません」
鋭い目で睨みつけられ、思わず真由香は謝る。
「そう……見ていたのね……見ていたのはあなただけ? それとも彼女も?」
美弥がこよみの方を見る。
「あ、いえ、私だけです」
「そう……ふふ……私が彼と何をしていたか知りたい?」
「ええ、まあ……みゃー先生は犬田先生のことを嫌っていたんじゃないのかな、なーんて思いまして」
「いいわ、話してあげる。ついてきなさい。あなたも来る?」
こよみにも声をかける美弥。
「あ、いえ私は……真由香、一時間目が始まっちゃうよ。後にしたら?」
こよみは首を振る。
「先に行ってて、私ちょっとみゃー先生の話聞いてくるから」
真由香はそのまま美弥のあとについていく。
「真由香!」
こよみはなんだか不安を覚えつつも、二人の後ろ姿を見送ってしまう。
結局真由香が教室に戻ってきたのは一時間目もかなり過ぎてからだった。
どことなく虚ろな感じで、教科担当の問いかけにも要領を得ず、生返事を返すのみなのだ。
こよみも気になって休み時間に話しかけたが、なんでもないわと答えるだけだったし、猫川先生のことについてもはぐらかされるだけだった。
******
「グルルル……やはりソウガットの膝枕はたまらんぜ」
その巨大な頭をソウガットのしなやかな脚に乗せ、ソファに寝そべっているガブーン。
学校の中だというのに堂々と擬態を解いてビーストロイドとしての姿に戻っているのだ。
「ニャァァァーオ。アタシの膝枕で良ければいつでもいいのよ」
気持ちよさそうに寝そべっているガブーンを、ソウガットもその青い目でやさしく見つめている。
たくましいオスが自分の膝でリラックスして横になっているなど、メスにとっては幸せなことではないだろうか。
「グフフフ……こうして学校で擬態を解くことができるのはお前のおかげだな」
下から見上げるようにして、その太い腕でソウガットの頬を撫でるガブーン。
「ニャァァァーオ。だってぇ……アタシたちはビーストロイドよ。ずっと人間に擬態しているなんていやだわ」
「グフフフ……まったくだ。人間の姿なんて息がつまるぜ」
「でしょう? やっぱりこの姿の方が落ち着くわ。ニャァァァーオ」
気持ちよさそうに頬を撫でられるソウガット。
その猫のひげが撫でられるたびに揺れている。
「ニャン! もう……まだ昼間よ」
ソウガットが一瞬びくっと躰を振るわせ、思わず苦笑する。
ガブーンの手が頬からお尻に回ってきたのだ。
「グルルル……お前を見ているとしたくてたまらなくなるんだよ。どうせお前の鬼火催眠でほかの教師はこの体育教官室には来ないように仕向けたんだろ?」
「ニャァァァーオ。それはそうだけど……」
学校の中に落ち着ける場所を作るべく、ソウガットは教師たちに軽い催眠をかけ、この体育教官室には近づかないようにさせたのだ。
だからここで二人が何をしようが知られる可能性は低い。
「グルルル……まあ、俺はお前に嫌われているようだからな。残念だ」
まったく残念とは思っていないくせに、ガブーンはそう言って意地の悪い笑みを浮かべる。
その間もソウガットのお尻を撫でるのはやめようとしない。
「ニャァァァーオ。もう……それはアタシがくだらない人間だった時のことでしょ。力より知恵の方が大事だなんて、ホントおろかな考えだったわ。知恵などというものは力をより効果的に使うためにあるもので、力こそが世界を支配するのよ。力の無いものが知恵で対抗しようなんて馬鹿のすること。力こそがすべて。そうでしょ?」
そう言って自分の鋭い爪をぺろりと舐めるソウガット。
「おや? そうだったか? てっきりお前は脳筋ブルドッグの俺なんかよりも、優しく知恵のあるあの男の方が好みなんだと思ったぞ」
にやにやと笑うガブーン。
あの男とは、美弥が人間だったころに付き合っていた男性のことだ。
「ニャァァァーオ。やめてってば怒るわよ。あんな男、今のアタシにはどうでもいい存在なのはわかってるでしょ?」
そう言ってソウガットはガブーンの頬を撫でる。
「アタシにとって一番のパートナーはガブーン。アタシたちはともにデスカルのビーストロイド。躰の相性もいい最高のパートナー同士でしょ」
「グフフフ……まったくだ。よろしく頼むぜ、可愛いメス猫よ」
「ええ、こちらこそ。さあ、そろそろ来る時間よ」
ソウガットがガブーンの上半身を起こしてやる。
「そうか……そうだったな。噂の脱走者とかかわりのある生徒か……」
名残惜しそうに躰を起こすガブーン。
ソウガットをかわいがるのは夜までお預けのようだ。
******
「こよみ。犬田先生があなたを呼んでるわ」
「えっ? 犬田先生が? ど、どうして?」
お弁当を食べ終わってゆっくりしていたこよみに、真由香が声をかけてくる。
今日の真由香はなんだかいつもと様子が違い、お弁当も一人で食べていた。
いつもは一種に食べるのだが。
それに犬田先生が呼んでいるとはどういうことだろう?
別にこよみは体育関係の委員とかでもないし、授業でもあまり接点はない。
呼び出される理由が思い浮かばないのだ。
「さあ。とにかくあなたを呼んでくるように言われたわ。一緒に来て」
有無を言わせず立たせようとする真由香にこよみは驚く。
「ちょ、ちょっと、わかったから」
こよみは戸惑いながらも立ち上がると、真由香とともに体育教官室へと向かう。
「ねえ、真由香? 朝何かあった? 今朝からなんかいつもと違う感じなんだけど」
廊下を歩きながらこよみは隣の真由香に声をかける。
「別に……何も無いわ」
真由香はまっすぐ前を見たまま歩き続けている。
やはり何かがおかしい……
こよみはそう思う。
だが、なぜおかしいのかがわからない。
いったい真由香に何があったのだろう?
朝の一件が関係しているなら猫川先生が絡んでいるのかもしれない。
でも、今呼びだしてきたのは犬田先生だ。
いったい何がどうなっているのだろう……
体育館の脇にある体育教官室。
昼休みと言っても、このあたりは静かなもの。
廊下を歩いていて誰かとすれ違うこともない。
とはいえ、こんなにどこか異質な感じがしたものだっただろうかとこよみは思う。
気のせいかもしれないけど……
「二年C組の早瀬です。犬田先生に呼ばれました」
教官室のドアをノックし、要件を言うこよみ。
『グルルル……おう、入れ』
部屋の中から声がする。
「失礼します。えっ?」
ドアを開けて一歩室内に入り込み、こよみは息を飲む。
奥のソファには、猫と女性が融合したかのような姿の獣人が座っており、その隣にはまるでゴリラかと思うような巨体をした犬頭の男の獣人が立っていたのだ。
「ア、アニマロイド!」
思わずそう口にしてしまうこよみ。
それは彼女の姉を以前襲ってきた獣人をさす言葉。
彼女の姉は事件の取材中に、デスカルの生み出したアニマロイドの襲撃を受け、間一髪のところをタケルという青年に救われたことがある。
タケル自身ガウルというデスカルの生み出した犬型アニマロイドの一体なのだが、彼はデスカルを脱走し、自分を改造したデスカルと戦っていたのだ。
姉はその時以来タケルと協力し合うために、彼自身と彼とともにいたロキという少年の二人を家に居候させている。
こよみとしてはそんな連中を家にかくまうのは不安以外の何者でもないのだが、姉は一度言い出すと聞かないため、しぶしぶ二人の居候を受け入れていたのだった。
「きゃっ!」
入口で立ち止まってしまったこよみは、いきなり後ろから突き飛ばされる。
「グルルル……ほう、やはり俺たちのことを知っているようだな」
「でも、旧式のアニマロイドと一緒にされるなんて不愉快だわ。アタシたちはアニマロイドなんかじゃなくビーストロイドよ。ニャァァァーオ」
突き飛ばされて部屋の中に倒れ込んだこよみに、ソファから立ち上がった猫型の獣人と犬型の獣人が近寄ってくる。
「ど、どうして……」
どうして学校にデスカルの獣人がいるのだろう?
いや、それよりもこのことを知らせなくては……
「あぐっ!」
こよみはすぐに立ち上がろうとするが、その背中を踏みつけるようにして立ち上がれないようにしてくる者が背後にいた。
「ま、真由香?」
「ダメよ、こよみ。ここからは逃がさないわ」
冷たい目でこよみを見下ろしている真由香。
「オホホホホ……残念ね。その娘はもうアタシの支配下なの。アタシの言うことしか聞かないわ。ニャァァァーオ」
手の甲を口元に当てて笑うソウガット。
「さて、お前にはいろいろとしゃべってもらうぞ。グルルルル……」
ガブーンの太い腕がこよみの頭を掴んで引き起こす。
「ガッ! あぐっ!」
頭を締め付けるように掴まれて無理やり立たされるこよみ。
その前に笑みを浮かべたソウガットがやってくる。
「ニャァァァーオ……うふふふ……安心なさい。殺したりはしないわ。お前にはいろいろとやってもらうことがあるからね」
「だ、誰が……あ、あんたなんかの……」
「うふふふ……お前の意思など関係ないの。さあ、これを見なさい。ニャァァァーオ」
ほくそ笑むソウガットの周囲にぼうっといくつもの鬼火が現れる。
それらはゆらゆらと揺らめき、こよみの目を引き付けていく。
しまった……見てはいけない……
こよみはそう思ったものの、すでにその目は鬼火に引き付けられ、目を離せなくなっていた。
あ……あああ……・
意識がだんだんぼうっとなっていく。
どこか夢の中にでも引き込まれていく感じ。
考えがまとまらない。
私は……いったい……
「グフフフ……お前の鬼火催眠はさすがだなソウガット」
捕まえていた女子生徒の腕がだらんと垂れさがる。
「うふふふ……人間の小娘を支配するなど簡単なことだわ。ニャァァァーオ」
ぺろりと舌なめずりをするソウガット。
ガブーンに褒められるのはとてもうれしい。
すでにこの娘は支配下に墜ちた。
あとはゆっくり脱走者の情報を聞き出し、罠を張ればいい。
ガブーンと二人で協力すれば、脱走者を始末することも容易いだろう。
ソウガットはそう思い、冷たい笑みを浮かべるのだった。
END
いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想コメントなどいただけますと嬉しいです。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2022/09/23(金) 20:00:00|
- 怪人化・機械化系SS
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