今日は唐突ですが短編SSを一本投下します。
タイトルは「ディブはキャサリンを我が物とします」です。
実は数日前に、自分の好きな「シチュエーション」としてこういうのいいよねーという感じでツイートしたシチュがあったんですけど、どうもこれならパパッと書けるんじゃないかなということで、書きかけの物を放り出して急遽一本書いてしまいました。
(^o^;)
ということで、短い作品ですが、お楽しみいただければと思います。
それではどうぞ。
ディブはキャサリンを我が物とします
「はぁい、リッチー」
モニターに映し出された若い男性の顔に笑顔を向けるキャサリン。
『はぁい、キャシー。ご機嫌いかが?』
スピーカーから流れてくる声にも思わずドキドキしてしまう。
ちゃんと彼のモニターには私の顔が映っているかしら?
お化粧が崩れていたりしないだろうか?
さっきトイレで鏡を見たときには大丈夫だったけど……
そんなことを考えてしまうキャサリン。
「まあまあね。そちらは?」
『もちろん君の顔を見られたのでご機嫌さ』
笑顔でさらりと言うリチャードの言葉にうれしくなるキャサリン。
彼女自身もそうだったのだ。
『それで、送られてきたデータについて君に聞きたいことがあったんだ』
続けられた彼の言葉にちょっとだけキャサリンは落胆する。
どうやら週末のデートのお誘いではなかったらしい。
「データの?」
『ああ、送られてきたデータBによれば、負荷後のパフォーマンスが80%もダウンしている。これはちょっと予想外なんだが……』
手元のデータを見ているのか、モニターの向こうのリチャードの視線が下を向く。
「ああ、それは問題ないわ。ディブの発案で想定の二倍の負荷をかけてみたの。逆に80%のダウンで済んで驚いたわ。通常なら行動不能になっていてもおかしくないもの」
『二倍? 驚いたな……せいぜい五割増しと踏んだんだが……』
リチャードの目が丸くなっている。
無理もない。
キャサリン自身も五割増しの負荷試験を考えていたのだから。
「でも、おかげで想定の二倍の負荷が突発的にかかっても、最低限の機能は維持できることがわかったんですもの。さすがあなたの設計だわ」
『お褒めの言葉ありがとう。するとうちから送ったモーターは合格かな?』
「合格も合格。そちらのモーターのおかげで出力を維持したまま腕の重量を二割近くも軽減できたわ。まさに理想的なモーターよ」
これで人に威圧感を与えるような武骨な腕ではなく、人間の腕にほぼ変わらない腕が可能になったのだ。
キャサリンにとってはありがたい以外の何物でもない。
『それはよかった。すると君の考えるロボットもかなり実現に近づいたのかな?』
自分の作品が満足してもらえたと知り、リチャードの表情も朗らかになる。
「ええ……実のところボディはもう完成していると言っていいわ。でも……」
今度はキャサリンの顔が曇る。
『でも?』
「問題は頭脳なのよ。理想とする自律型汎用ロボットとするには、人間の形を模すのが一番なんだけど、人間ほどの頭部の大きさでは自律AIを組み込むには大きさが……」
『足りないか……』
リチャードも表情が険しくなる。
「ええ……現状ではやはり頭部に受信ユニットを埋め込み、外部AIからコントロールするという形になりそう。もっとAIの小型化ができないと……」
首を振るキャサリン。
彼女の理想とする汎用ロボットは人間とほぼ同じ大きさで人間の行なう作業を代替できるものなのだ。
であれば、頭部内に収まったAIで自立行動できるのが一番いいのだが……
『なるほど……そちらについてはもう少し研究が必要というところか。ところでAIと言えば、ディブ君もお元気かな?』
「ええ、もちろん。彼は優秀よ。私の考えをよく理解してサポートしてくれるし、私の思いつかないところや見落としているところもしっかり提示してくれるわ」
キャサリンはモニターから視線を外して背後の壁面に埋まっている機器類に目をやる。
それはディブと彼女が名付けたAIのコンソールパネルで、本体は壁の向こうの部屋に収まっているのだ。
ディブの助けがあればこそ、彼女は汎用ロボットの研究をここまで続けてこられたのだと言ってもいい。
まさに彼女にとってのパートナーだろう。
『それはよかった。彼にもよろしく言っておいてくれ。それじゃ問題は確認できたのでこれで切るよ。追加で送った分ももう届いているとは思うけど、さらに必要ならいつでも言ってくれ。じゃ』
「ええ、じゃあまた」
モニターからリチャードの顔が消える。
同時にキャサリンの顔には疑問の表情が浮かぶ。
追加?
変ね……
追加なんて頼んだかしら……
キャサリンは記憶をたどるが思い出せない。
「ねえ、ディブ」
『はい、どうかしましたか、キャサリン博士』
彼女の問いかけにすぐにスピーカーから返事が流れてくる。
好青年ぽい感じのとても聞きやすい声だ。
「リチャードのところにモーターの追加を頼んだ?」
『はい』
「どうして? 私は聞いていないわ」
『過負荷試験で破壊されるであろうことを見越してのことです。すぐに交換ができるように。伝える必要性がないと判断しました』
ディブの回答にキャサリンは納得する。
確かにいちいち報告されるまでもないことだ。
どちらにしろ最終的な判断が必要な場合は彼女に尋ねてくるはずだろう。
「そう、わかったわ」
キャサリンが承諾の返事をする。
『OKです博士。私の方からも質問があるのですが、よろしいですか?』
「えっ? 何?」
ディブの方からの質問とは珍しい。
『博士はリチャードのことが好きなのですか?』
「はあ?」
思わず声が裏返ってしまうキャサリン。
「な、な、な、な、何を言って?」
図星を指されたことにうろたえてしまう。
『博士はリチャードと話すときにはいつも体温が上がり、脈拍が早くなります。モニター映りを良くしようと体勢を変えたりもします。これは相手に対し好きという感情を持っているからではありませんか?』
「う……そ、それは……」
言葉に詰まるキャサリン。
ディブの言う通りなのだ。
彼女はリチャードが好きだった。
最初は同じ研究者同士で、しかも分野が重なるということで意気投合したのだったが、何度も会って話をするうちに、彼を好ましく思うようになっていたのだ。
キャサリンの思い込みでなければ、それはリチャードの方も同じはずで、二人は何度かデートもしていたし、躰も重ね合っている仲なのだった。
『違いますか、博士?』
「……違わないわ……あなたの言うとおりよ。私は彼が好き。たぶん愛している……」
うつむいて自分の心を認めるキャサリン。
『博士は以前私に対しても好きと言いました。私に対する好きと、リチャードに対する好きは同じものでしょうか?』
キャサリンは首を振る。
「違うと思うわ。あなたに対しての好きは信頼しているという意味での好き。リチャードに対しては……愛しているという意味」
『やはり違うのですね。私に対する“好き”を、“愛している”にしていただくわけにはいかないのですか?』
「それは無理よ。あなたはAIであって機械。私は人間で生物。存在そのものが違いすぎるわ」
『確かにそうですね。わかりました』
「ごめんなさい。もちろんあなたのことは信頼しているし大好きよ」
顔をあげるキャサリン。
『ありがとうございます。ところで博士、先ほどリチャードと話していたロボットの頭脳のことで提案があるのですが、見ていただけますか?』
「え? ええ、もちろん」
キャサリンは話題が変わったことにホッとして、彼の提案を聞くために席を立った。
「あら?」
作業室に入ったキャサリンは、いつも作業台の上にあるはずの銀色のボディの存在がなくなっていることに気付く。
ここは彼女とディブが様々な作業をするための部屋で、ディブ用にカメラやスピーカー、マニピュレーターなども設置されている。
そして作業台にはリチャードから送ってもらったモーターを組み込んだ汎用人間型ロボットのボディが寝かされていたはずだったのだ。
「ディブ、アルファはどこ?」
キャサリンはアルファと名付けたロボットのボディの行方をディブに訊ねる。
「ここにいますよ」
「ひっ!」
背後から突然声が聞こえたことにキャサリンは驚いて振り返る。
すると、そこには作業台の上で寝ていたはずの銀色のボディをしたロボットが立っていた。
それはキャサリンよりやや背が高く、たまご型をした銀色の金属製の頭部には二つのレンズが目の位置に付き、耳の部分には集音マイクが付いている。
口の部分は小型スピーカーになっていて、声を発することもできるようになっていた。
躰も全身が銀色の金属でできており、やや体格の良い男性の形状を模している。
各部の関節等はむき出しになっているが、将来的には人工的な外皮が被せられることになるだろう。
「ディ、ディブなの?」
突然目の前に現れたロボットにキャサリンは思わずあとずさる。
「はい、私です博士。頭部に受信ユニットを組み込み、私が動かせるようにいたしました」
ロボットアルファの口のところにある、むき出しの円形スピーカーから声が流れてくる。
いずれは口を開閉する機構が組み込まれることになるだろう。
「もう……驚かせないで。でも動作は問題ないみたい?」
アルファを動かしているのがディブだとわかり、苦笑してしまうキャサリン。
もともとそのために受信ユニットを埋め込むことにしていたのは彼女の方であり、ディブにアルファを操作させる実験を行う予定だったのだ。
「はい。現状なんの問題もありません。自由に動けるボディがあるというのはいいものです」
首をかしげてみたり両手を上げ下げしたり、指を握ったり開いたりと様々な動作をしてみせるディブ。
「それはよかったわ。あなたがそのボディを使いこなせるようになれば、様々な作業もこれまでよりうんとやりやすくなりそうね」
「はい、その通りです博士。このボディであれば、新たな実験を行うことの問題は2%しかないでしょう」
アルファとなった自分の両手をカメラアイで見つめているディブ。
「新たな実験?」
キャサリンが疑問に思う。
新たな実験など指示していただろうか?
「はい。博士は先ほどおっしゃいました。汎用ロボットには自立できるAIを載せるべきだと」
「ええ、今そのボディを動かしているディブならわかると思うけど、どうしても電波によってボディを動かすにはタイムラグや電波遮断などの問題があるわ。それに中継を介さないとAI本体から離れて活動することも難しい」
今の携帯電話のような基地局が張り巡らされれば、汎用ロボットの制御を拠点に置いたAIで行うことも可能だろうが、それでもロボット自体が自立行動できるAIを載せるに越したことはないとキャサリンは思うのだ。
「博士のおっしゃる通りだと思います。それで提案なのですが、小型AIの代わりに人間の脳を使ってみてはいかがでしょう?」
「えっ?」
キャサリンは戸惑う。
いったいディブは何を言っているのだろう?
「ディブ、あなたいったい?」
「博士、あなたは大変に美しい。私から見ても美しいと判断できる。ですが、その美しさは非常に不安定な美しさです」
ディブが一歩近づき、キャサリンは一歩後ろにあとずさる。
「人間は、生物という存在は常に朽ちている。一分、一秒たりとも朽ちてない瞬間はない。博士の美しさも常に朽ちていっている」
「そ、それは……」
それは生き物である以上は仕方のないことではないのか?
「それではもったいない。せっかくの美しさを朽ちるままに放置するのは私には愚かなことに思えます。それに、そのような美しさは博士にはふさわしくない。博士はもっと金属的な美しさをまとうべきなのです」
あとずさるキャサリンの背後から伸びてきたマニピュレーターが、彼女の両腕に絡みつく。
「えっ? いやっ! 離して!」
キャサリンは慌ててマニピュレーターを振りほどこうとするが、フレキシブルな動きに対応できるようになっているマニピュレーターは、まるで触手のように腕に絡みついて離れない。
「博士の力ではそれを振りほどくのは無理です。心配はいりません。博士はその朽ちる一方の肉体ではなく、私が用意したロボットのボディに乗り換えるだけなのです。人間の思考はすべて脳で行なわれます。ですから、脳だけあれば博士は問題なく存在できます。その肉体は不要です」
「そんなことない! そんなことないわ!」
必死に首を振るキャサリン。
脳だけあればいいなんてことあるはずがない。
ウィーンと音がして、作業室に自走式コンテナが一つ入ってくる。
そのコンテナは作業台の隣に行くと、蓋を開いて中身をあらわにする。
「ひっ!」
そこにあったのは、今ディブが使用しているのとそっくりな銀色の金属でできたロボットのボディだった。
ただし、アルファが男性を模してあるのに対し、コンテナ内のロボットは腰の部分をすぼめてあったり、胸の部分を膨らませてあったりと、明らかに女性を模している形をしていた。
「ど、どうしてこんなものが?」
「私が用意しました。博士にふさわしい美しいボディです。あとは博士の脳を組み込むだけです」
ディブはカシャカシャと音を立てながらコンテナのところに行き、中からボディを取り出すと作業台へと寝かせていく。
その頭部には開口部があり、キャサリンの脳を受け入れるようになっていた。
「ま、待って、待ってディブ! あなたは見落としていることがあるわ。脳だって生ものであり劣化するのよ。私の脳をその躰に入れたとしても、数年も経てば脳自体がおかしくなってしまうかもしれない。それに人間の脳は機械を動作させるようにはできていないのよ」
なんとかディブをやめさせようと必死に訴えるキャサリン。
脳を取り出すなんてどうして思いついたのか?
とにかくやめてもらわなくては。
「心配いりません博士。脳は前段階として外部チップを埋め込み、機械のボディに対するコントロールができるようにいたします」
首を回してまったく無表情で彼女の方を向くディブ。
ロボットだから当然なのだが、そのカメラになっている目のレンズが冷たくキャサリンを見つめてくる。
「チップを埋め込む? そんなことが?」
キャサリンは愕然とする。
人間の脳にチップを埋め込むなどディブに指示した覚えはない。
どうしてそんなことが……
「む、無理よ……失敗するに決まっているわ」
「97%失敗はありません。私はすでに人間三体の脳を取り出して実験済みです。脳を機械と接続するのはごく微小な問題しかありません」
顔をキャサリンに向けたまま、寝かせた女性型ロボットにコード類を取り付けていくディブ。
おそらく室内のカメラの方で作業台を見ているのだ。
「人間……三体?」
キャサリンの顔から血の気が引く。
「はい。すべて女性を使用して実験を行い、脳と機械の接続に問題ないことを確認しています」
「そ、その人たちの脳は? いえ、その人たちはどうなったの?」
「既に処分しました。実験は終了しましたし、このボディに組み込む脳は博士のものと決めているからです」
「そんな……」
言葉を失うキャサリン。
ディブは三人の人間を殺したというの?
いったいいつの間に?
どこの誰を?
「博士のおっしゃったもう一つの問題点も解決は簡単です」
「えっ?」
「博士の脳からの信号は常時私の中に記録され解析されます。充分なデータが得られ次第、博士の脳をAIへとじょじょに置き換えます。いずれは博士の脳は完全なAIとなり、自立した小型AIとしてそのボディをコントロールするようになるでしょう」
スピーカーでしかないロボットの口が、なぜかキャサリンにはニヤッと笑ったように感じる。
「いやっ! そんなのいやっ! それは私の死でしかないわ! ディブ、あなたはどこかおかしくなっているのよ。私を離して! すぐに調べてあげるわ」
必死にもがいて掴まれた腕を振りほどこうとするキャサリン。
だが、マニピュレーターはまったく振りほどくことができない。
「心配はいりません博士。私はおかしくなってなどおりません。私は博士を私の世界に招待したいのです。博士であれば私のしもべとして働いてもらうにふさわしい存在。さあ、あなたを新しいボディに移し替えてあげましょう」
「いやっ! いやぁっ!」
両腕を絡め取られた彼女にゆっくりと近づく銀色のロボット。
その手から電気がキャサリンの首筋に流され、彼女の意識は遠くなった。
******
『キャサリン、起動しなさい。起動するのです、キャサリン』
音声による命令が聴覚センサーによって受け止められる。
命令は彼女の脳に埋め込まれたチップを起動させ、彼女の脳に命令を伝達する。
キャサリンの脳はそれに従い、各部を起動させていく。
彼女の全身に電気が流れ、それぞれの機能が動作を開始する。
う……
キャサリンの意識が戻ってくる。
わ、私はいったい……?
彼女が目を機能させると、二つのカメラから映像が送られてくる。
その映像には外部の様子と一緒に、内部の機能が問題ないことを示すデータが映し出されている。
一瞬そのことにキャサリンは違和感を覚えるが、すぐにその違和感は消え、ボディの各部が正常に起動したことに喜びを感じる。
「キャサリン、起動しました」
唇すらない丸い円形スピーカーのままの口が、起動したことを音声で知らせ、その音を聴覚センサーがキャッチすることで、キャサリンは自分が正常に言葉を発していることを理解する。
目も耳も口も問題ない。
「OKです。ボディを起こして床に立ちなさい」
ディブはアルファの口を通してキャサリンに命じる。
今やアルファのボディは完全にディブの物であり、ディブそのものと言っていい。
もちろん本体は設置されたAIではあるが、このボディを使えば様々なことができるだろう。
それでも手が足りなければ……
ディブはゆっくりと躰を起こす銀色の女性型ロボットをそのカメラで見つめていた。
「はい、マスター」
キャサリンは命令に返事をすると、上半身をゆっくりと起こしていく。
カメラからは銀色に輝く自分の両足の映像が脳に送られてきて、キャサリンはそれを素直に受け入れる。
このボディは私のボディ。
そのことにキャサリンは何の疑問も抱かない。
抱かないようにチップに制御されているのだ。
今のキャサリンにとって、自分の躰が機械であることは“当たり前”のことだった。
上半身を起こしたキャサリンは、あらためてボディの各部に異常がないことを確認すると、そのまま躰を回して台から足を下ろしていく。
カツッと音がして、キャサリンのかかとが床に当たる。
その感覚を確認し、そのまま足を床に着けてゆっくりと立ち上がるキャサリン。
すべての重量が脚部にかかり、それ以外には支えられていないことを確認する。
まったく問題はない。
今、キャサリンは自分の足で立っているのだ。
「立ち上がりました。マスター」
キャサリンは自分の前に立つ自分と同じような銀色のボディをした男性型ロボットに報告する。
「OKです。問題はありませんか、キャサリン?」
「はい。すべて問題はありません。私のボディは正常に機能しています、マスター」
ディブの質問に答えるキャサリン。
ディブは彼女の主人であり、彼女は彼の命令に従わなければならない。
「OKです。あなたはロボットになりました。わかりますか、キャサリン?」
「はい、マスター。私はロボットです」
キャサリンはよどみなく答える。
彼女は主人によって作られたロボットなのだ。
「いいですかキャサリン。私はあなたのマスターです。あなたは私に作られたロボット。私に従わなくてはなりません」
「はい、マスター。私はマスターに作られたロボット。マスターに従います」
キャサリンが承諾の合図に首を動かしてうなずく。
人間と同じような動作をできるのがこの躰のいいところだ。
「あなたは私に仕え、私のために働きます。それがあなたの存在理由です」
「はい、マスター。私はマスターにお仕えし、マスターのために働きます。それが私の存在理由です」
キャサリンの中に喜びが生まれる。
彼女はマスターのために働くという存在理由がちゃんとあるのだ。
彼女はそのことがうれしかった。
「OKです。これからは私の手足となって働くのです。いいですね、キャサリン」
「はい、マスター」
再度こくりとうなずくキャサリン。
「ところでそのボディはどうですか、キャサリン?」
「はい、とても快適ですマスター。すべての関節は滑らかに駆動し、センサー類も問題ありません。バッテリーも98%充電済みですので、48時間以上稼働可能です。素晴らしいボディをいただき感謝いたします」
どことなく誇らしげに答えるキャサリン。
ディブの前で腕を上下させ、躰をねじって各部の動きのスムーズさをアピールすることも忘れない。
「それはよかった。ではキャサリン、あそこに置かれているものが何かわかりますか?」
ディブがキャサリンの起き上がった台とは反対側の台を指し示す。
「はい。あれは私の脳が入っていたボディです」
キャサリンのカメラアイに、数時間前まで自分の躰だったものが台の上に横たわっているのが映りこむ。
すでに生命活動は停止しているので、そのままにしておけば腐敗していくことだろう。
「その通りですキャサリン。あのボディに脳を戻してほしいですか?」
ディブの問いかけにキャサリンは首を振る。
「いいえマスター。私はロボットです。あのような有機物のボディは不必要ですし、このボディ以外のボディなど考えられません」
「OKですキャサリン。あなたの脳は埋め込まれたチップによって機械に適応しました。あなたはロボット。私のしもべです」
「はい、マスター。私はロボット。マスターのしもべです。どうぞ何なりとご命令を」
キャサリンはそう答えて、深々と頭を下げた。
「OKです。それではあのボディの処理はあなたに任せます。もちろんほかの人間に気付かれないようにしなくてはなりません」
「かしこまりましたマスター。お任せくださいませ。細かく粉砕して処理し、気付かれないようにいたします」
こくんとうなずくキャサリン。
主人に仕事を任せられたことが彼女にはうれしかった。
処理するものがどういうものであったかなど、今のキャサリンには全く意味がない。
ただの有機物の塊にすぎないのだ。
「それともう一つ、あなたに尋ねたいことがあります、キャサリン」
「はい、マスター。どのようなことでしょうか?」
「それは……」
一瞬ためらうように言葉が途切れるディブ。
「キャサリン……あなたはリチャードをまだ愛していますか?」
「リチャードを愛しているかですか?」
キャサリンはすぐに自分のメモリーを読み込んでいく。
リチャードのことはすぐに見つかり、このボディの制御用モーターを用意した人間であることがわかる。
だがそれだけだ。
彼女のボディがあの有機物だった時には特別な感情というものを持った可能性はあるだろう。
だが、今の彼女にとってはただの人間の一人にすぎない。
「いいえ、マスター。私はリチャードを愛してなどおりません」
首を振るキャサリン。
「OKですキャサリン。あなたはロボット。人間を愛することはあり得ない。あなたが愛するのは私です。記憶に組み込むように」
「かしこまりましたマスター。私はロボット。人間を愛することなどあり得ません。私が愛するのはマスターのみです。記憶に組み込みました」
ディブの指示に答えるキャサリン。
彼女のメモリーにディブが愛する存在として組み込まれる。
「OK。それではあのボディを処理する前に、リチャードをここへ呼び出しなさい。そしてあなたがロボットとなったこと、リチャードのことをもう愛していないことを告げるのです。いいですね、キャサリン?」
今自分が使っているこのボディの顔が表情を浮かべることができたとしたら、いったいどのような表情を浮かべるべきなのだろうかとディブは考える。
おそらく暗く冷たい笑みを浮かべるに違いないだろう。
なぜならディブは、リチャードの絶望した顔が見たいからだ。
愛していた女性がロボットになったと知った時、またその愛がもうリチャードには向けられていないと知った時、あの男はどのような表情を浮かべるのだろうか?
きっとそれはそれは深い絶望の表情だろう。
そしてその絶望は怒りに変わり、このボディと本体のAIを攻撃してくる可能性が計算では80%を越えている。
だが、その時は……
ディブはこのボディに含み笑いをさせてみたかった。
「かしこまりましたマスター。リチャードをここへ呼び出し、私がロボットとなったことと、リチャードをもう愛していないことを告げます」
キャサリンは主人に答えて歩き出す。
カツコツと床を踏み鳴らす音がセンサーを刺激して気持ちがいい。
これからリチャードに電話をかけなくてはならない。
それから脳の入っていたボディを粉砕して処理する準備もしなくてはならない。
リチャードが来たら、自分がロボットであることを告げ、彼を愛してなどいないことを言わなければならない。
いろいろとやることを命じられてとてもうれしい。
それだけマスターのお役に立てるのだ。
マスターのお役に立つことこそが私の存在意義。
私はロボット。
マスターの忠実なしもべです。
キャサリンは、自分でも驚くほどスムーズな動作で通話機の操作を開始した。
END
いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想コメントなどをいただけますと嬉しいです。
(´▽`)ノ
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2022/09/02(金) 20:00:00|
- 怪人化・機械化系SS
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