ブログ丸17年達成記念SS「ゲジゲジ怪人のパートナーにされてしまった人妻」の後編です。
ゲジギーラにされてしまった梨帆がどうなっていくのか……
お楽しみいただけましたら幸いです。
それではどうぞ。
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「ギチチチチチッ! そう不満そうな顔をするな。言っただろう? お前もすぐに怪蟲人であることに慣れるさ」
「キチチチ……そうかしら?」
ゲジゲランについて歩きながらも、ゲジギーラにはとてもそうは思えない。
いや、思いたくないのだ。
躰は変えられてしまったが、心までは変わりたくない。
あの二人にこの姿を受け入れてもらうのは難しいかもしれないが、それでも二人を愛するメスでありたかった。
だが、自分が急速にこの躰を理解し始めているのはわかる。
ギザギザの歯は獲物の肉を噛み裂くのに好都合だし、においを感じるのも鼻ではなく長い触覚が感じ取っているのがわかる。
なにより呼吸も背中にある気門で行っているのだ。
人間とは全く違うこの感覚に慣れることなんて考えられない。
きっと私はこの違和感を覚えたまま、この先怪蟲人として生きるしかないのかもしれない。
ゲジギーラはそう思う。
でも……これはヒロカズさんとヒロキのためなのよ……
「ギチチチチチッ! ここだ」
しばし薄暗い廊下を歩いたところでゲジゲランが立ち止まる。
そこには頑丈な鉄の扉があり、左右にバグドレーが立っていた。
「キチチチ……ここは?」
黒々とした円形の複眼が扉を見つめる。
「ギチチチチチッ! ここは怪蟲人の訓練場のようなものだ。我々とてある程度の訓練は必要だからな」
そう言ってゲジゲランは顎をしゃくり、バグドレーに扉を開けさせる。
そこもやはり薄暗い大きな部屋だったが、ところどころにいくつか器具のようなものが置かれているのがわかる。
怪蟲人用のトレーニング器具なのかもしれない。
「ギチチチチチッ! 来るのだ」
室内に入っていくゲジゲランに、ゲジギーラはついていく。
どうあれ今は彼に従うしかないのだ。
二人を助けるためにも、表面上は怪蟲人として認めてもらうしかない。
「ギチチチチチッ! これを曲げてみろ」
差し出される太い鉄の棒。
「えっ?」
ゲジギーラは驚いた。
こんな太い鉄の棒を曲げられるはずがない。
「キチチチ……む、無理よ。私には無理だわ」
「いいから持って曲げてみるのだ。ギチチチチチッ!」
首を振るゲジギーラにゲジゲランは棒を押し付ける。
仕方なく棒を受け取るゲジギーラ。
曲げろと言われても……
ゲジギーラは棒を両手で持ち、なんとか曲げてみようと力を入れる。
ええっ?
またしても驚くゲジギーラ。
まるで針金を曲げたように鉄の棒が簡単にへの字に曲がったのだ。
確かに少しは力は必要だったが、まさか曲がるなんて……
「ギチチチチチッ! どうだ? 曲がっただろう?」
「え、ええ……まさか曲がるなんて……キチチチ……」
自分でこの鉄棒を曲げたことがどこか信じられない気もする。
だが、確かに鉄の棒は曲がったのだ。
「ギチチチチチッ! それが怪蟲人の力だ。お前は人間なんかよりもはるかに優れた力を持った選ばれた存在となったのだ」
ゲジゲランの言葉にゾクッとする快感を感じるゲジギーラ。
確かにこんな力は人間の時には考えられない力だ。
これが怪蟲人の力……
「ギチチチチチッ! 次はこれだ」
ゲジゲランは今度は鉄の板を持ってくる。
「ギチチチチチッ! 俺様が持っててやる。お前の爪でこいつを貫いてみろ」
「キチチチ……私の爪で?」
「そうだ。お前のその鋭い爪でだ。ギチチチチチッ! 」
言われてゲジギーラは自分の手を見る。
黒とこげ茶のまだらな外皮に覆われた手には、確かに鋭い爪が生えている。
これを使って……貫く……
先ほどまでなら無理だと思っただろう。
だが、今はそうは思わない。
「キチチチ……えいっ!」
勢い良く突き出されたゲジギーラの爪が鉄の板を突き破る。
鋭い爪が板を貫く感触がすごく気持ちがいい。
こんなにすごいなんて……
なんだか胸がすっとするわ……
「ギチチチチチッ! どうだ? 怪蟲人の力はすごいと思わないか?」
「キチチチチッ! ええ、思うわ。とってもすごい。こんなに私の力がすごいなんて……キチチチチッ」
ゲジギーラは自分の爪を惚れ惚れしたように見つめる。
人間だった時とは比べ物にならない力。
こんなに力があるなんてうれしくなる。
ゲジギーラはもっとこの力を試したいと感じていた。
「ギチチチチチッ! ではこれも試してみるがいい?」
ゴトリと置かれるやや大きめの耐火金庫。
普通なら人間が二三人で持ち運ぶくらいのものを、ゲジゲランは一人で持ってくる。
それだけでも怪蟲人の力の強さがわかるというもの。
「キチチチチッ! これにも穴を開けろと?」
「ギチチチチチッ! いや、これはお前の別の能力を試してもらうのだ」
「キチチチ……私の別の能力?」
いったいなんの能力だろう?
「ギチチチチチッ! ここに立ってみろ」
「キチチチ……こ、こう?」
言われたとおりに金庫に向かって立つゲジギーラ。
「ひゃぁん!」
すすっと背後に回ったかと思うと、いきなり腕を伸ばして胸を揉んできたゲジゲランに、ゲジギーラは思わず声を上げてしまう。
「キチチチ……な、なに? や、やめて……はぁぁん」
同心円状の節に覆われたゲジギーラの胸。
その先端から乳首のような突起が顔を出す。
「ギチチチチチッ! やはり思ったとおりだ。ゲジギーラの胸はたまらんぜ」
「や、やぁぁん」
そう言いながらもゲジギーラも胸を揉まれて気持ちよくなってしまう。
「キチチチ……はぁぁん……なにか……なにか変」
「ギチチチチチッ! 怪蟲人に母乳は必要ないからな。メスの怪蟲人のここはたいてい毒液の袋になっているものさ。お前のこれもそうだ」
「はぁぁん……な、なんなのぉ?」
ゲジゲランに揉まれた胸がどんどん気持ちよくなっていく。
それと同時に突起の先端からは紫色の液が垂れてくる。
「ひゃぁぁん」
やがて突起はその液を勢いよく飛ばし、金庫へと浴びせかける。
「あぁぁん……えっ? えええ?」
みるみるうちに溶けていく金庫。
液が掛かった部分がドロドロに溶けていくのだ。
「キチチチ……な、なに? なんなの?」
「ギチチチチチッ! 酸だ。まあ、消化液の一種だな。オスの俺様は口から毒液を吐くのだが、メスのお前はここから消化液の酸を出すというわけだ。酸を出すのは気持ちいいだろう?」
そう言いながらもなおもゲジギーラの胸を揉むゲジゲラン。
「はぁぁん……酸が……キチチチチ……」
ゲジギーラはゾクゾクした気持ちよさを感じていく。
オスに胸を揉まれる快感、溶けていく金庫を見たときの悦楽、人間にはあり得ない胸から酸を噴き出すという快楽。
それらが重なり合ってゲジギーラを愉悦に導いていく。
「ギチチチチチッ! どうだ? もっと揉んでほしいか?」
「は……はいぃ……キチチチチ……」
快楽に歯を鳴らしていくゲジギーラ。
怪蟲人が……
怪蟲人がこんなに素晴らしいものだったなんて……
一通り能力を確認した後に、ゲジゲランに食事に誘われるゲジギーラ。
断ることなどできない彼女は、やむなくゲジゲランと食事を共にする。
人間とは全く異なるペースト状の食事。
ゲジゲランが言うには、これは単なる栄養補給のためのものであり、美味いのは生き物の肉だという。
ゲジゲジは肉食であるから、お前も肉を食うようになるというのだ。
梨帆は別に菜食主義でもなんでもなかったので、肉を食うということに特に疑問に思うことはなかったが、ゲジゲランがそのうちお前にも肉の味を覚えさせてやると言った言葉には、少し楽しみを感じたことも事実だった。
食事のあとはゲジゲランの隣室に案内される。
元の部屋に戻してもらえる様子はなく、どうやらこれからはここが当面の住処になるようだ。
薄暗くひんやりして殺風景ではあるが、どこか感触に合うようで居心地がいい。
ゲジギーラはとりあえず部屋の隅のマットが敷いてある場所に横になる。
なんだか疲れた。
一気に人間から怪蟲人になってしまったからだろうか……
あの二人、ヒロカズとヒロキのことは気になるけど、今はどうしようもない。
いずれ私が怪蟲人として認められればなんとかできるかもしれない。
でも、それよりも……
「キチチチチ……」
ゲジギーラは歯を擦り合わせながら自分の手を見る。
指先から延びる鋭い爪。
この爪があんなに鋭く強いものだとは思わなかった。
鉄の板をも一撃でぶち抜く強さ。
おそらく建物の壁なんかも崩せるだろう。
それに歯の強さも驚いた。
最初に折り曲げた鉄の棒を簡単に噛み折ってしまったのだ。
怪蟲人なのだから当然かもしれない。
でも、その強さが気持ちいい。
「はぁぁん」
先ほどのことを思い出し、ゲジギーラは自分の胸を揉みしだく。
ゲジゲランに揉まれた時の感触がよみがえる。
ヒロカズに揉まれた時もあんなに気持ちが良かっただろうか?
思い……出せない……
「あぁぁぁん……いい……この躰……いい……」
硬い外皮に覆われているはずなのに、ぐにゅぐにゅと揉まれていく二つの乳房。
すぐに先端から突起が姿を現し、とろとろと酸があふれ出る。
気持ちいい。
これならすぐに自由に酸を出せるようになるだろう。
金庫だって溶かせるの強力な酸。
そんな酸を自分が出せることが、ゲジギーラにはうれしかった。
「キチチチチ……あぁぁぁん」
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腕時計しか時間を知るすべがないが、今はもう深夜。
父に寄り掛かるようにして弘樹は眠っている。
泣きつかれてしまったのだろう。
何も無いこの部屋に閉じ込められてもうかなりの時間が経つ。
化け物が持ってきてくれた自分たちのバスケットの中のお弁当を食べて腹を満たしたものの、それ以外には水も食事も与えられない。
妻の梨帆の分は残してあるが、梨帆は連れ去られたまま戻ってくる気配もない。
せめて別の部屋に監禁されているとかならいいのだがと弘和は思う。
だが、そうだったにしても、何かひどい目に遭わされていたりしていないだろうか?
まさか……
思いたくはない。
妻が殺されたとは思いたくない。
朝になれば化け物が顔を出すかもしれない。
その時妻に会わせてくれるように言ってみよう。
いくらなんでもひどすぎる。
なんとしてもここから出なくては……
その時には三人そろって……
梨帆……
無事でいてくれ……
そうじゃなければ弘樹が……
弘和は息子をそっと抱き寄せた。
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「キチチチ……私にやってほしいこと?」
ゲジゲランに呼び出されるゲジギーラ。
なんでも彼女にやってほしいことがあるのだという。
「ギチチチチチッ! お前もバグゲランの怪蟲人だからな。お前にも働いてもらうのだ」
「そんな……私は……」
ゲジギーラは違うと言いたかった。
彼女自身はバグゲランに属したというつもりは無いのだ。
これはあくまでもヒロカズとヒロキのためにやっていることであり、喜んでバグゲランの怪蟲人となったわけではないのだ。
しかし、彼女が怪蟲人として認められなければ、二人を解放することができない。
やらないわけにはいかないだろう。
ゲジゲランにちゃんと怪蟲人として認められれば、あの二人を自由にできるのだから。
「キチチチ……それで何をやればいいのですか?」
「ギチチチチチッ! なに、簡単なことだ」
また昨日とは違う部屋へと案内するゲジゲラン。
それにしてもここはいくつも部屋があるらしい。
どうもここはバグゲランのアジトと呼ばれる場所らしく、他にも怪蟲人が何体かいるとのこと。
そのうち他の仲間にも会わせるとは言うものの、今のところ怪蟲人はゲジゲランしか見ていない。
他は全身真っ黒のマネキンのようなバグドレーばかり。
ただ、バグドレーにもオスとメスがいるらしく、ゲジギーラの世話はメスのバグドレーがしてくれるという。
メスのバグドレーがどんな姿をしているのか、ちょっと楽しみではある。
「キチチチチ……ここは?」
ゲジギーラは一瞬ここがあのヒロカズとヒロキがいる部屋ではないかと思う。
だが、鉄のドアを開けて中に入ると、そこには見知らぬ二人の中年男女が怯えるように抱き合っていた。
「ひぃっ!」
「ば、化け物が二体も?」
女性をかばうように抱きかかえる中年の男。
女性も真っ青な顔でゲジゲランとゲジギーラを見上げている。
いったいこの二人は何者なのだろう?
どうしてこんなに恐怖におびえているのだろう?
「キチチチ……この二人は?」
「ギチチチチチッ! こいつらはこのあたりをうろついていたので捕まえてきた人間どもよ。奴隷労働にも向かない連中だ。お前にはこいつらの始末をしてもらう」
「えっ? 始末?」
その言葉にゲジギーラは思わず聞き返す。
「そう、始末だ。こんな役立たずどもを食わせておく必要はないのでな。ギチチチチチッ!」
楽しそうに笑うゲジゲラン。
「そ、そんな……」
ゲジゲランの言っていることは明白だ。
始末とはこの二人を殺せということ。
それをゲジギーラにやらせようというのだ。
ごくりと唾を飲むゲジギーラ。
目の前でおびえる男女は、もしかしたら自分たちだったかもしれないのだ。
この哀れな連中を始末しなくてはならないというの?
だが……ゲジギーラの中で奇妙な興奮が湧き上がってくる。
こいつらは奴隷労働にも適さない無能な連中。
下等な人間の中でもさらに役に立たない連中なのだ。
そんな連中を始末して何が悪いというのだろう。
バグゲランの役に立たない人間など生きている価値はないではないか。
それに……このおびえた表情で見上げてくる目がすごく心地よいのだ。
彼女に自らの優位性をこれでもかと言うほどに感じさせてくれるのだ。
それはゾクゾクするほどの快感。
ドキドキするほどの興奮。
無様で無力な人間をいたぶることのできる楽しさだ。
爪で引き裂くのも楽しそうだし、腕をちぎるのもよさそう。
胸から酸を出して溶かしてしまうのもいいかもしれない。
なんだかすごく楽しそうだわ。
「キチチチチ……」
歯を鳴らしながら女に向かって手を伸ばすゲジギーラ。
「ヒイッ!」
「や、やめろ!」
男が女をかばおうと前に出る。
それがゲジギーラにはなんだかとても癪に障る。
私の邪魔をしようというの?
人間のくせに……
下等な人間のくせに……
人間のくせに私の邪魔をするつもりなの?
「うわぁっ!」
ゲジギーラが軽く払いのけるだけで、男は部屋の隅まで吹っ飛んでいく。
「キチチチチッ! 邪魔をしないで!」
イラついたように怒鳴りつけるゲジギーラ。
人間のくせに余計なことをするからよ。
壁にたたきつけられて頭を抱える男を見てゲジギーラはそう思う。
いい気味だわ。
下等な人間はおとなしくしていればいいのよ。
「ひいーっ!」
グイッと女を引き寄せるゲジギーラ。
中年のさえない女で、確かに何の役にも立ちそうもない。
無様な女だわ。
ゲジギーラは女を抱きかかえるようにして立たせ、その爪で服を引き裂いていく。
「いやぁっ!」
「や、やめろぉ!」
男の声と女の悲鳴が交錯し、それがまたゲジギーラに興奮をもたらしてくれる。
この無様で下等な連中を好き勝手にできるのだ。
なんて気持ちがいいのだろう。
「ギャーッ!」
ゲジギーラの爪が女の肌を斬り裂いていく。
なんて柔らかく無防備な肌。
こんなに簡単に斬り裂けるなんて。
力もほとんどいらないぐらいだわ。
「キチチチチ……」
ゲジギーラは思わず歯を鳴らしてしまう。
血しぶきが飛び女の片腕が引きちぎられる。
ちょっと力を入れてひねれば簡単にもぎ取ることができた。
人間を傷つけるなど簡単なこと。
これこそ赤子の手をひねるようなということなのかもしれない。
硬い外皮に覆われていないなんて、哀れなものね。
女の悲鳴が消え、首ががっくりとうなだれる。
どうやら死んでしまったらしい。
ええ?
こんな簡単に死ぬの?
まだ片腕をもいで内臓を引きずり出した程度じゃない。
なんてつまらないのかしら。
こんなに簡単に死ぬなんて、やっぱり人間は下等な存在だわ。
「ああ……あああ……」
恐怖と悲しみの目でゲジギーラを見る男。
そうだわ。
まだこっちがいたわ。
こっちはオスだからもう少し楽しめるかも。
メスみたいに簡単に死なれちゃつまらないわ。
周囲に広がる血のにおいがゲジギーラを興奮させる。
「キチチチチ……」
ゲジギーラは男にゆっくりと近づいた。
やがて男も動かなくなる。
こっちも死んでしまったようだ。
足と腕をねじ切り、胸を爪で貫いたら死んでしまった。
ふん……
床に転がった男の頭を足で踏みつぶす。
まあ、少しは楽しめたかしらね。
「ギチチチチチッ! よくやったぞ」
ゲジゲランが声をかける。
正直ここまで人間を無残に殺すとは思わなかったのだ。
だが、なんとも頼もしいではないか。
「キチチチ……こんなものでよかったかしら?」
ようやく興奮が収まってくる。
足元の床は血まみれで、死体と肉片が散らばっていた。
「部屋を汚してしまったわ。バグドレーに掃除させなきゃね。キチチチチッ」
そういう仕事も彼らの仕事だということを、ゲジギーラは理解していた。
「充分だ。見事だったぞ。ギチチチチチッ!」
「ありがとう。でも褒められるようなことじゃないわ。バグゲランの役に立たないクズなど始末して当然なんでしょ? キチチチ……」
振り向いて微笑むゲジギーラ。
その笑みがゲジゲランにはとても好ましいものに思える。
「ギチチチチチッ! そうだな。役に立たない人間など始末するに限る。ところで腹は減ってないか? メシでも一緒に食おうぜ」
「いいわね。ご一緒するわ。行きましょ。キチチチチ……」
差し出されたゲジゲランの腕を嬉しそうに受け取るゲジギーラ。
二人は楽しそうに手を取って、血のにおいの充満した部屋を後にした。
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「キチチチ……いったいどこへ行くの?」
深夜の街中を走る一台のワンボックスのシートで揺られているゲジギーラ。
「ギチチチチチッ! 深夜のドライブと行きたいところだが、一仕事することになったのでな。お前にも手伝ってもらいたいのだ」
向かいの席に座るゲジゲランがその長い触角を窮屈そうに床まで垂らしている。
「キチチチ……それならちゃんと言ってくれればいいのに」
「ギチチチチチッ! すまんすまん。行きたくないと言われたくなかったからな」
キリキリとゲジゲランの爪が頭の外骨格を掻く。
「キチチチ……そんなことしないわ。ちゃんと言われたことはします。キチチチ……」
不満そうに歯を鳴らすゲジギーラ。
もう……別にやりたくないとか言わないのに……
やがてワンボックスはある大学の前で停車する。
「ギチチチチチッ! ここから先が腕の見せ所さ。あの建物まで気付かれないように接近するのだ」
「あの建物まで?」
「そうだ。あそこはこの大学の薬学研究所でな。我々バグゲランには不都合な薬品を開発中という。その研究をつぶすのだ。俺たちの手でな。ギチチチチチッ!」
「キチチチ……そう……そう言うことなのね」
ゲジゲランの説明にうなずくゲジギーラ。
あの建物の中ではバグゲランに不都合な薬品を開発中だという。
それはバグゲランの邪魔をするということ。
バグゲランの活動の邪魔をしようとするなんて……
なんだか怒りが湧いてくる。
人間のくせに……
下等な人間どものくせにバグゲランに歯向かうなんて赦せないわ。
ワンボックスカーの影に隠れるようにして地面を這い始めるゲジギーラ。
躰の両脇にある細い歩脚たちが滑らかに動き、ゲジギーラの躰を進めていく。
はぁん……
なんて素敵なの……
人間風情には絶対に真似のできない動き。
バグゲランの怪蟲人だからこそできる動きだ。
彼女は選ばれたのだ。
偉大なるバグゲランの怪蟲人として選ばれたのだ。
それはゲジギーラにとって、とてもうれしいことだった。
鋭い爪が建物のコンクリートにあっさりと穴を開け、ゲジギーラはその中へと潜り込んでいく。
建物の床下は暗く湿っているが、ゲジギーラにはそれがかえって心地いい。
複眼はかすかな光もとらえるし、それ以上に触覚が周囲の様子を伝えてくれる。
暗闇をこうして這いずり回るのはなんて気持ちがいいのだろう。
「キチチチチ……」
思わず歯を鳴らしてしまう。
気持ちがいい。
どんどん先に這って行ける。
地面を這うのが楽しいのだ。
二本の足で歩くより動きやすいぐらいだわ。
ゲジギーラはそう思う。
自分がゲジゲジだからなのかもしれない。
それにこれからバグゲランに歯向かう連中を始末しに行く楽しさも感じる。
くふふ……
ゲジギーラの口元に笑みが浮かぶ。
彼女の後ろには、その様子を満足そうに見るゲジゲランが続いていた。
研究棟の床に穴を開けて顔を出し、周囲をうかがうゲジギーラ。
彼女の鋭い爪には床に穴を開けることなど簡単なこと。
ここはどうやら研究室の一つのようだが、この時間はさすがに誰もいないようで、室内は真っ暗だ。
もちろんゲジギーラにはその方が都合がよい。
「キチチチ……誰もいないわ」
「ギチチチチチッ! よし、よくやったぞゲジギーラよ」
彼女が室内に這い出ると同時に、彼女の開けた穴からゴソゴソと這い出てくるゲジゲラン。
その言葉にゲジギーラはうれしくなる。
やはり褒めてもらうのはうれしいものだ。
「キチチチ……ありがと。でも私には簡単なことよ」
そう言ってゲジギーラは自分の爪を見る。
本当にこの爪は素晴らしい。
この爪で今度は人間を……
「キチチチチ……」
怪蟲人であることの素晴らしさをゲジギーラは感じていた。
燃え上がる炎。
悲鳴を上げる警備員たち。
研究中の薬品も研究の成果を収めた資料もすべて爪で引き裂き、酸で溶かしていく。
コンピュータを破壊し、データも読み取れなくしていく。
バグゲランに歯向かうおろか者のやることなど消してしまうのだ。
下等な人間どもに報いを与えてやるのは気持ちがいい。
ゲジギーラはゲジゲランとともに研究所を破壊する。
なんて楽しいのだろう……
人間どもを殺すのがこんなに楽しいとは思わなかった。
最高の気分だわ。
鳴り響く警報と窓から吹き出す炎を背にして、ゲジゲランとゲジギーラはその場を後にする。
素早く地面を這い、通りのワンボックスへと戻ってくる。
ゲジギーラは這いずるようにしてワンボックスの側面ドアから車内に入り込むと、手を伸ばしてゲジゲランの手を掴む。
そしてそのまま引っ張り上げるようにして彼を車内に引き込むと、ゲジゲランがドアを閉めた。
「ギチチチチッ! ありがとうよゲジギーラ」
「キチチチ……どういたしまして」
くすっと笑うゲジギーラ。
こんなことは仲間同士なら当たり前のこと。
それなのにお礼を言ってくれるなんて。
ゲジゲランったら律儀なんだから。
ワンボックスカーは深夜の道を走っていく。
遠くでサイレンの音が聞こえてくる。
うふふ……
今頃行ったところでもう遅いわ。
ゲジギーラは仕事を終えた満足感と、それに伴う心地よい疲れを楽しんだ。
******
「「かんぱーい」」
ペコンと軽い音が響き、プラスチックのボトルが軽くぶつかり合う。
ゲジゲランはそのボトルのストローから吸うように、ゲジギーラはそのままボトルを傾けて中身を飲む。
ゲジギーラの口元が人間の時と同じ形状のため、ストローを使わなくても飲めるのだ。
甘い液体がのどを潤す。
少しアルコールも入っているようだ。
「ギチチチチッ! 任務は成功だ。よくやったぞゲジギーラ。これで俺様も首領様にお前を怪蟲人にしてもらうよう頼んだ甲斐があったというものだ」
「キチチチ……ありがとうゲジゲラン。少しでも役に立てたのならうれしいわ」
首領様にはまだお会いしたことはないが、ゲジゲランの言葉ではとても偉大な方だという。
このバグゲランを支配し、すべての怪蟲人の上に立つお方なのだそう。
そんなお方の役に立てるのは光栄であり、怪蟲人として喜ばしいこと。
いつかはお会いすることになるのだろうし、お会いできる日が楽しみだ。
ゲジギーラはそう思う。
「ギチチチチッ! それでどうだった?」
隣に座るゲジゲランが声をかける。
「キチチチ……えっ? どうだったとは?」
「楽しかったか? ギチチチチッ!」
ハッとするゲジギーラ。
確かにゲジゲランの言う通り楽しかったのだ。
壁に穴を開け床下を這いまわるのも、機材を破壊し胸から酸をかけて溶かすのも、爪で逃げようとする人間を捕まえて殺すのも、みんなみんな楽しかったのだ。
だが、それは怪蟲人であるからこその楽しさであり、怪蟲人であるがゆえにできることなのだ。
人間では味わうことのない楽しみ。
そのことにゲジギーラは気付いたのだ。
私は……
私はもう……
心まで怪蟲人になってしまったというの?
「キチチチ……そ、それは……」
ゲジギーラは言葉に詰まる。
楽しくなかったと言えば嘘になる。
それどころか心から楽しかったと言っていい。
でも……
それを言ってしまうと私はもう……
「ギチチチチッ!」
スッと席を立ち、ゲジギーラの前に立つゲジゲラン。
「あ……」
その鋭い爪の生えた手がゲジギーラの顎を持ち上げる。
そしてそのままゲジギーラを立たせると、その身をぐいと抱き寄せた。
「ギチチチチッ! 楽しかったのだろう? 何を思い悩む必要がある? お前はバグゲランの怪蟲人なのだ。楽しんで当たり前ではないか」
「キチチチ……それは……」
違うと言いかけるゲジギーラ。
だが、何が違うというのだろう?
ゲジギーラの躰はもう人間とは全く違うものになっている。
あんな無防備で醜く弱い生き物ではない。
爪の一撃であっさりと死に、身を護る外皮すらない無様な生き物。
そんな下等生物を殺して楽しんで何がいけないのだろうか……
ゲジゲランの言うとおり、私はバグゲランの怪蟲人なのではないだろうか……
「あ……待って……」
抱きしめてキスをしようとするゲジゲランを押しとどめ、顔をそむけるゲジギーラ。
「ギチチチチッ! どうした? 何をためらう? 俺たちはパートナーだ」
「キチチチ……あ……わ、私には……」
「ギチチチチッ! あの人間どもか? なぜあんな連中のことを気にかける? あの連中がお前にとって何だというのだ? くだらぬ下等生物ではないか?」
ゲジギーラがハッとして顔を上げる。
あの二人は私にとって……何?
何だというの?
どうして私はあの人間どもが大事だなんて思っていたのだろう?
以前は私も人間だったから?
でも、今の私はもう人間とは違う……
今の私はバグゲランの怪蟲人ゲジギーラ。
ゲジゲジの怪蟲人よ。
人間なんかとは違う……
「ん……」
ゲジゲランの顎がゲジギーラの唇に重なり合う。
硬い顎がゲジギーラの柔らかい唇に優しく押し付けられる。
なんて素敵な甘いキス。
ゲジギーラはそう思う。
「ギチチチチッ! もうあの人間どものことは忘れろ。お前は俺様のメスだ。俺様こそがお前の大事なオスなのだ」
「キチチチチ……ああ……はい……」
ゲジゲランの言うとおりだ。
私は何をためらっていたのだろう?
私は何を苦しんでいたのだろう?
私は選ばれたのだ。
偉大なるバグゲランの怪蟲人に選ばれたのだ。
人間という下等な生き物だった躰を捨て、このようなすばらしい躰に生まれ変わったのだ。
私はもう人間なんかじゃない。
怪蟲人ゲジギーラ。
この素晴らしい躰にしてくれたゲジゲランこそ、私の大事なパートナーではないか。
「ん……」
あらためて今度は自らゲジゲランにキスをするゲジギーラ。
彼の躰をその手でぎゅっと抱きしめる。
硬い外皮が密着し、お互いの歩脚が絡み合う。
ああ……なんて素敵。
彼こそが最高のパートナー。
私はゲジゲランのメス。
怪蟲人ゲジギーラよ。
「ギチチチチッ! どうだ? 二人で楽しまないか? たっぷり可愛がってやるぞ」
「キチチチ……ええ、喜んで」
ゲジゲランの言葉にゲジギーラがほほ笑む。
「ギチチチチッ! ならば来るがいい」
ベッドルームへと誘うゲジゲラン。
だがゲジギーラは動こうとしない。
「キチチチ……ええ。でもその前にお願いがあるの」
「ギチチッ! お願いだと?」
「ええ。とっても大事なお願いなの。キチチチ……」
ゲジギーラの目には決意が浮かんでいた。
******
「パパァ……」
悲しそうな目で父親を見る弘樹。
お腹が減っているのだ。
とはいえ、弘和にもどうしようもない。
監禁されてからもう数日が経つのだが、一日一回出されるペースト状の味もそっけもないような食い物だけが頼りなのだ。
何度も違う食事を出してほしいことや妻の梨帆に会わせて欲しいとも頼んではいるものの、あの黒いマネキン男どもは言葉が通じているのかも怪しいくらいで、まったく言うことを聞いてもらえない。
いったいどうしたらいいのか……
弘和も頭を抱えるばかりだった。
ガチャリと音がして鉄のドアが開く。
「ひっ」
小さく悲鳴を上げて弘和の影に隠れる弘樹。
いつもの黒いマネキンのようなバグドレーではなく、あのゲジゲジの化け物が入ってきたのでおびえたのだ。
さらに今日はその背後にもう一体、茶色に黒のまだら模様で躰の両側に細い脚をワサワサと動かす二体目のゲジゲジの化け物がいるではないか。
いったいどういうことなのだ?
ゲジゲランとともに二人の部屋にやってくるゲジギーラ。
恐怖に震えて父親の影に隠れている人間の子供と、子供をかばうようにして背後に隠す父親の姿がある。
名はヒロカズとヒロキ。
大事な人間だったはずなのに、こうして会うとそんな気持ちが消えていることがわかる。
こいつらは私にとって何だったのだろう?
私にとって役に立つ存在?
むしろバグゲランの役に立ちそうもないクズにしか見えないではないか。
本当に私はこの下等生物たちを大事な存在だなどと思っていたのだろうか?
逆におびえた表情の二人の顔を見ていると、ゲジギーラはゾクゾクするものを感じてしまう。
こいつらは下等な生き物。
身を護る術を持たない弱い連中。
だから強い私たちにおびえる。
そのおびえた表情を見るのはとても気持ちがいい。
もっともっとおびえさせ、人間をいたぶりたい。
ゲジギーラの心には、そういう感情が生まれていた。
「ギチチチチチッ! まだ元気そうだな?」
「お、俺たちをどうするつもりなんだ? 頼む、開放してくれ。ここのことも君たちのことも絶対に誰にもしゃべったりしない。信じてくれ」
男がゲジゲランに懇願する。
哀れな人間。
強い者にすがることでしか生きられない下等な生き物。
無様な存在だわ……
「ギチチチチチッ! そいつは俺様のパートナー次第だな」
「パートナー?」
「ギチチチチチッ! そうだ。お前らにも紹介しよう。俺様のパートナーで偉大なるバグゲランの怪蟲人ゲジギーラだ」
ゲジゲランが誇らしげにゲジギーラの肩を抱く。
「キチチチ……」
パートナーと言われてうれしくなるゲジギーラ。
彼女にとってもゲジゲランこそ大事なパートナーだ。
そのためにもここでその証を見せたかった。
「そ、そうなのか。なあ、た、頼む。もう子供も限界なんだ。俺たちを解放してくれ。それと妻に……梨帆に会わせてくれ。この通りだ」
必死で頭を下げる弘和に、ゲジギーラはなんだか可笑しくなってくる。
梨帆に会わせてくれ?
梨帆……
それはかつては自分の名前だった気がする。
だが、今ではただの音の並びにすぎないし、それが自分の名前だったなどとも思いたくもない。
そもそもこの男は目の前にいる私が誰なのかわかっているのだろうか?
触覚も持たない下等な人間にはわかるはずもないのかもしれない。
無様な気色悪い生き物だわ……
「キチチチ……ねえ、その梨帆ってメスに会いたい?」
目線を合わせるようにかがみこむゲジギーラ。
弘和の顔が正面に来るが、不思議なほどに何の感情も湧いてこないことに気付く。
この男はもう自分とは何の関係もない男なのだ。
それどころかただの下等な生き物であり、バグゲランの役にさえ立たない男なのだ。
こんな人間が生きていること自体に逆になんだか嫌悪感が湧いてくるようだ。
「会いたい。会わせてくれ。頼む。梨帆に会わせてくれ。妻の梨帆に……ぐはっ」
梨帆梨帆と連呼する男を手の甲で殴り飛ばすゲジギーラ。
「パパ!」
弘樹が父親の元に駆け寄っていく。
「梨帆梨帆とうるさい男ねぇ。梨帆だったらお前の前にいるじゃない。キチチチチッ!」
立ち上がって親子をさげすむように見下ろすゲジギーラ。
こいつらは下等なクズども。
生きる価値などないのだ。
「うう……え? 梨帆? え?」
殴られた頬を抑えつつ弘和はゲジギーラを見上げる。
「梨帆……お前は梨帆なのか?」
信じられない。
あの梨帆がゲジゲジの化け物にされてしまったというのか?
「キチチチチ……ええ、そうよ。でも私はもうお前たちのような下等生物じゃないわ。それにもう梨帆なんて名前でもないの。私はゲジギーラ。偉大なるバグゲランの怪蟲人ゲジギーラよ。キチチチチッ!」
誇らしげに胸を張り歯を擦り合わせるゲジギーラ。
そうよ。
私はもう人間なんかじゃないわ。
私は選ばれたの。
ゲジゲランのおかげで私は偉大なるバグゲランの一員に……怪蟲人ゲジギーラに生まれ変わったのよ。
ゲジギーラは心からそう思う。
悩んでいた自分がバカみたいだ。
自分はなんて幸運だったのだろう。
ゲジゲランがもし自分を選んでくれてなかったらと思うとぞっとする。
彼のような素敵な怪蟲人にパートナーに選ばれたのは最高の幸せ。
私は彼のパートナー。
ゲジゲランこそが私にとって一番大事な存在なのよ。
「キチチチチッ!」
「そんな……まさか……梨帆……げほっ!」
「パパッ!」
つかつかと近寄ってきたゲジギーラに、脚で蹴り飛ばされる弘和。
「キチチチ……お前はバカなの? 言ったでしょ。私はもうそんな名前じゃないと。私はゲジギーラよ」
黒く丸い複眼が冷たく男を見下ろしている。
「う……うう……」
痛みにうずくまる弘和。
弘樹も父のそばで震えていた。
「ギチチチチチッ! ゲジギーラよ、お前の願いというからここに連れて来たが、こいつらにまだ未練があるんじゃなかったのか?」
ゲジゲランは男たちに対するゲジギーラのふるまいにやや驚く。
「キチチチ……ああ、違うの。そうじゃないの。私は自分の気持ちを確かめたかったの……」
驚いたような表情をしたゲジゲランに、ゲジギーラはその身を寄せて腕を絡める。
「ギチチチチッ! 気持ちを確かめるだと?」
「ええ……私の中のこいつらに対する気持ちを……キチチチ……」
ゲジギーラの口元に笑みが浮かぶ。
そう……
ここに来たのは正解だった。
ゲジギーラは目の前の男たちになんの感情も湧かない自分に満足する。
当然ではないか。
私は偉大なるバグゲランの怪蟲人ゲジギーラなのよ。
人間のような下等な生き物に好意を持つはずなどないのだ。
私が好意を持つのは……
うふふふ……
ゲジギーラはゲジゲランの腕をぎゅっと抱きしめる。
この素敵なオスだけよ。
「ギチチチチッ! それで答えは出たのか?」
「ええ、もちろん。ねえ、ゲジゲラン……私、もうこいつらの顔など見たくないわ。キチチチチ……」
冷酷に言い放つゲジギーラ。
「ギチチチチッ! 本当か? こいつらを始末しても本当にいいのか? お前の大事な連中だったのではないのか?」
ゲジゲランが念を押す。
先ほどは男を蹴り飛ばしていたとはいえ、本当に未練が無くなったとみていいのか?
「うふふ……もちろんよ。私にとって大事なのはパートナーのあなた。怪蟲人ゲジゲランなの。キチチチッ」
うっとりと躰をすり寄せてくるゲジギーラに、ゲジゲランはうれしく思う。
ついにこのメスは俺様のものになったのだ。
怪蟲人に改造した甲斐があったというものだ。
「ギチチチチッ! ならばこいつらはお前の手で始末するがいい」
「えっ?」
驚いて顔を上げるゲジギーラ。
「ギチチチチッ! 以前言っただろう? お前が怪蟲人になれば、こいつらはお前の好きにさせてやると」
「キチチチチ……ああ……そう言うことだったのね」
ゲジゲランの言っていた言葉の意味を、今理解するゲジギーラ。
あの言葉はこいつらの処分を任せるということだったのだ。
だったらもう答えは決まっていた。
ゲジゲランから離れ、男たちに近づくゲジギーラ。
「キチチチ……」
そのままゆっくりと自分の胸を揉み始める。
うふふ……気持ちいい……
外骨格の節の隙間が少し開き、乳首のような突起が顔を出す。
酸を出す準備ができたのだ。
はぁぁん……
ゲジギーラが胸を揉みながら、その胸をかつての夫に向けていく。
「あぁぁぁん……キチチチッ!」
外骨格の隙間の突起から酸が勢いよく噴き出していく。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
酸をかけられた弘和が悲鳴を上げ、その躰が焼けただれて溶けていく。
「パ、パパァッ! うわぁぁぁぁ」
目の前でジュウジュウと音を立てて溶けていく父親に泣き叫ぶ弘樹。
「あはははは……なんて気持ちがいいのかしら。人間を溶かすのは最高だわぁ。キチチチチ……」
悲鳴に重なるようにゲジギーラの笑い声が響く。
「さて、次はお前ね。キチチチ……」
ゲジギーラの複眼が弘樹を捕らえる。
「いやだぁ! ママァッ!」
それはゲジギーラに向けて言われたのではなかったかもしれない。
この場にいない過去の梨帆に向けられたものだっただろう。
「キチチチ……残念ねぇ。私はもうお前のママなんかじゃないの。私はゲジギーラ。人間のガキなんて目障りなのよねぇ」
ゆっくりと弘樹に近づくゲジギーラ。
「ひぃぃぃ……」
ああ、ゾクゾクする……
この恐怖におびえる子供の顔。
これこそが怪蟲人にとっての最高の快楽かもしれない。
ただ酸で溶かしてしまうなんてもったいないわ。
お前は私の爪でたっぷりと切り刻んであげる。
「キチチチチ……」
ゲジギーラはその鋭い爪の生えた手を少年へと振り下ろしていった。
******
鉄のドアを開けて部屋から出てくる二人の怪蟲人。
「ギチチチチチッ! ずいぶんと楽しんでいたじゃないか。自分の子供をあそこまで切り刻むなんて」
ゲジゲランも驚きを隠せない。
人間を殺すのをあそこまで楽しむようになるとは頼もしいじゃないかと思う。
「キチチチ……違うわ。あの下等生物どもと私はもう何の関係もないの。私はただバグゲランの役にも立たないようなカスを始末しただけ。過去なんて思いだしたくもないわ」
誇らしげに胸を張って廊下を歩くゲジギーラ。
これでもう自分が人間だったことなど思い出さなくて済むだろう。
いやな過去は葬り去るに限るのだ。
「ギチチチチチッ! もうすっかり身も心も怪蟲人になったようだな」
「当然でしょ。私は偉大なるバグゲランの蟲人ゲジギーラよ。キチチチチ……」
「ギチチチチチッ! これからもよろしく頼むぜ、ゲジギーラ」
「こちらこそよろしくねゲジゲラン。ねえ、さっきのお誘いはまだ有効なのかしら? 私、あなたとベッドを共にしたいわ。キチチチチッ!」
ゲジギーラがあらためてゲジゲランの腕に自分の手を絡めていく。
「ギチチチチチッ! 俺様でいいのかい?」
「もちろんよ。だってあなたは私の大事なパートナーなんだから。キチチチチ……」
ゲジギーラはゲジゲランの横顔を愛しそうに見つめる。
これからは彼とともにバグゲランのために働くのだ。
ゲジギーラはそう思い、ゲジゲランと躰を重ねるのを楽しみにするのだった。
END
いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想コメントなどいただけますと嬉しいです。
明日は二本目の記念SSを投下いたしますね。
それではまた。
- 2022/07/18(月) 20:00:00|
- 怪人化・機械化系SS
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