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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

ダンケルクとストラスブール

海軍軍縮条約真っ只中の1931年、フランスで一隻の新型戦艦が起工されました。
そして、その後1934年には同型二番艦も起工され、この二隻はダンケルクおよびストラスブールと命名されることになります。

ダンケルク級は、まさにフランスの新型戦艦の第一陣とも言うべき存在であり、条約によって認められていた旧式戦艦の代艦として建造されたものでした。

その姿は英国のネルソン級と同じく、四門の33センチ主砲をひとつの砲塔にまとめ、それを二基前甲板に集中して配置するという形をとっておりました。
後甲板には13センチ副砲四連装砲塔を三基備え、観測用水上機の発進設備を設けてありました。
こうすることにより、二連装の主砲塔を四基備えるよりも、重量にして30%近くも軽減することが可能だったというのです。

もちろん誇り高きフランス人ですから、ネルソン級のマネをしたなどとは断じて言いません。
独自発想がたまたま似通ったということにしてあります。

ダンケルク級は全長が215メートル、最大幅31メートル、基準排水量26500トン。
速力が31ノットも出る高速艦であり、今までのフランス戦艦と同一行動をとることは難しい高速戦艦でした。

1936年にダンケルクが、1938年にストラスブールが竣工し、この二隻はフランスの最新鋭戦艦として第二次世界大戦を迎えます。

しかし、この二隻が活躍できるような状況をフランスは作り出すことができませんでした。
1939年から1940年の初めにかけて、ノルウェーや大西洋などでは英国海軍とドイツ海軍が死闘を繰り広げていたにもかかわらず、フランス海軍の行動はきわめて散漫なものでした。

そうこうしているうちに、1940年の6月にはフランスはドイツ軍の侵攻に遭い降伏してしまいます。
親ドイツの傀儡政権として樹立したペタン首相のヴィシー政権は、一応フランス海軍の艦艇はドイツには引き渡さないという約束を得たうえで休戦していたのですが、英国のチャーチル首相にしてみれば、そんな約束はいつ反故にされるかもわからない上、もしフランスの艦艇がドイツ海軍に編入される事態になれば、アメリカがまだ参戦していない時期においては英国海軍の深刻な脅威になると考えました。

フランス海軍の主だった艦艇は、休戦前にはドイツ軍による接収を恐れてフランス本土を離れており、ダンケルクとストラスブールはフランスが北アフリカに保持していたメルセルケビルという港に退避しておりました。

英国としてはフランスの艦艇が連合国側としてともに戦ってくれるのであれば言うことなしでしたが、入ってきた情報によれば、フランス艦艇は連合軍として行動する意思はないであろうというものでした。

味方にならないのであれば、敵の手に渡ることをなんとしても阻止しなくてはなりません。
英国はダンケルクとストラスブール(もちろんほかの艦艇も)を捕獲するか沈めるために動き出すことになりました。

ジブラルタルに集結していたサマーヴィル提督指揮下のH部隊(戦艦ヴァリアント、レゾリューション、高速戦艦フッド、航空母艦アークロイヤルを中核とした有力な艦隊)に出動命令が下ります。
行き先はメルセルケビルでした。

1940年7月3日、イギリス政府はメルセルケビルのフランス艦隊指揮官ゲンゾール提督に最後通牒を発します。
それは以下のうちからひとつを選べというものでした。

A:フランス艦隊は連合軍としてともに戦う。
B:英国の指示の下艦艇を英国に移送する。艦艇は戦後に返還、もしくは補償金を支払うものとする。
C:アメリカなど適地に回航し、武装解除して終戦まで停泊する。
D:6時間以内に自沈する。
以上、どの条件も飲めない場合には、英国は実力を持ってダンケルクとストラスブールを撃沈する。
というものでした。

ゲンゾール提督もフランス政府も提案を最初は拒否します。
しかし、英国が本気であることを知ると、やむなくアメリカへの回航に同意しようとしました。
ですが、時すでに遅かったのです。

6時間が過ぎてしまい、7月3日午後5時54分、英国艦隊はフランス艦隊に砲撃を開始しました。
この攻撃でダンケルクは擱座。
ストラスブールは駆逐艦に護られてメルセルケビルを脱出、フランス本土のツーロンに逃げ込みます。

擱座したダンケルクも、応急修理の後にツーロンに逃げ込んでいることから、英国の攻撃は徹底したものではなかったようですが、以後ストラスブールとダンケルクはツーロン軍港に閉じ込められてしまいます。

そして、1942年11月27日。
ドイツ軍によるフランス軍艦接収を防ぐため、ツーロン軍港にやってきたドイツ軍の目の前でフランス艦隊はいっせいに自沈。
ダンケルクとストラスブールもこのとき自沈してその生涯を終えました。

太平洋とは違い、地中海や大西洋ではまだまだ戦艦の価値があったので、ダンケルクもストラスブールも使いようによっては活躍できたかもしれません。
しかし、祖国フランスの運命がこの二隻の戦艦をも翻弄したといえるのかもしれません。

それではまた。
  1. 2007/12/06(木) 19:39:19|
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