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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

ノモンハン10

今日もASLをソロプレイ。
SK1のシナリオS6をプレイしました。

ソ連軍が最後まで押しておりましたが、最後の最後でドイツ軍の分隊を除去できず、ドイツ軍の辛勝でした。

さて、今日はノモンハンの10回目です。
いよいよ戦闘が始まります。


第23師団長小松原道太郎中将は陸軍きってのソ連通として有名でした。
中尉の時にロシア語研究のためロシアに派遣。
その後も大尉の時にロシア大使館つき武官補佐官、中佐の時にソ連大使館つき武官と何度もソ連に派遣されていたのです。
その後はハルビンにあった関東軍特務機関の機関長も勤め、歩兵第8旅団長、第2独立守備隊司令官などを経て第23師団長となりました。

経歴から言って、確かにソ連については詳しかったと思われる小松原師団長でしたが、反面部隊指揮の経験には乏しく、与えられた師団も新設の三単位師団(連隊が三つしかない)ということで、関東軍司令部においてはその戦闘力に疑問符がつけられておりました。
関東軍参謀の辻少佐は、新婚早々の新世帯で、鍋釜だけで店開きした師団に過ぎないと言い切っており、侮蔑感さえ漂わせておりました。

当然、関東軍司令部のその雰囲気は小松原師団長も察しており、加えて越境ソ蒙軍(ソ連及び蒙古軍)を断固撃滅するという「満ソ国境紛争処理要綱」が下達されたばかりの時期とあっては、ここで第23師団を持ってソ蒙軍を撃退すれば、師団に対する不評もぬぐうことができる上に自身に対しても評価が上がると考えたとしても無理からぬことだったでしょう。

満州国国境警察よりの出動依頼に小松原師団長は第23師団の一部を派遣することを決めました。
「昨12日朝来、外蒙軍約700がノモンハン南方においてハルハ河を渡河し不法越境、満州国軍と交戦中」
「防衛司令官(小松原中将のこと)は師団(第23師団)の一部及び在ハイラル満軍(ハイラル駐在満州国軍)全軍をもってこの敵を撃滅せんとす」
この電報が関東軍司令部に到着したのは昭和14年(1939年)5月13日のことでした。

この時辻少佐は、「関東軍司令部の幕僚中誰一人としてノモンハンという地名を知っているものはいなかった」と後の手記に書いています。
満州国成立以後、年を経るごとに増えていった国境紛争に関連する地名を満州国防衛の責任を負うとしていた関東軍の幕僚が知らないなどということがありえるのでしょうか?
もし事実ならば、関東軍は満州防衛の責任など果たしえなかったでしょう。
自己弁護だと考えた方が良さそうです。

関東軍司令官植田大将は、すぐさま小松原中将を支援するべく航空隊や自動車隊を派遣。
バックアップを万全にします。
その上で東京の参謀本部に外蒙兵の侵入を報告し、参謀本部もその旨了承して次のような電報を関東軍に送りました。
「軍(関東軍)の適切なる処置を期待されあり」

当時の陸軍のソ連軍軽視は以前にも書きましたが、ソ連通と言われた小松原中将も例外ではありませんでした。
ソ連軍でさえ日本軍の3倍の数でも対処しうると豪語する関東軍にあって、ソ連軍に指導されているとは言え外蒙軍などはいくら数がいても鎧袖一触であるとの考えが小松原中将にはあったでしょう。

そのため、小松原中将は、外蒙兵約700という報告に対し、東八百蔵(あずま やおぞう:一部資料ではひがし やおぞうとなっている)中佐を長とする第23師団第23捜索隊(敵兵力捜索や威力偵察に当たる部隊)を中心とした約300名の部隊を送り出します。
「断固敵を撃滅せん」と言っておきながら、約700と言われる敵に対し300の兵力を送るあたり、小松原中将ひいては関東軍の敵を蔑視する風潮がうかがえます。

5月15日。
東捜索隊の到着により、越境してきていた外蒙軍(報告上は700だが、実際は60名ほど)は、抵抗しても無駄だとして早々にハルハ河を渡って退却します。
関東軍は越境してきた外蒙軍を追い返すという目的は達しました。

小松原中将は東捜索隊に同行した満州軍第8団にそのまま現地にとどまるよう指示し、東捜索隊はハイラルに戻るよう指示しました。
外蒙軍は精鋭関東軍が出て行けば逃げるだけ。
何も恐れることは無い。
小松原中将も関東軍司令部もそれを確信したにとどまりました。
小松原中将にいたっては、出動しても戦火を交えることも無かったため、もっと早く現地へ到着しないと逃げる敵を追いきれないとして、食料や弾薬を減らして出動することすら考えるのです。
後の戦闘で食料弾薬の不足に苦しむことになるなどまったく思いもよらなかったのでした。

さらにこの時、関東軍はやってはならないことをしていました。
植田司令官により小松原中将の指揮下に加えられていた航空隊の一部が、満州国側の主張する国境線すら越えて外蒙軍を攻撃しているのです。

誰が命じたものかは現在わかっていませんが、天皇陛下の命令なくしては国境を越えることのできないはずの日本陸軍(関東軍)はまったく頓着することなく国境を越えて外国軍を攻撃したのです。
これはとんでもないことであり、命じた方は銃殺にされても文句は言えない行動でした。
しかも、この攻撃により、日本軍に脅威を感じたソ連がいよいよ本腰を上げて戦闘参加を考えたのです。

また一つ、タガが外れました。

その11へ
  1. 2007/08/19(日) 20:40:20|
  2. ノモンハン事件
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