新潟・長野を中心に、大きな地震がありました。
亡くなられた方も出てしまったということで、あらためて地震の恐ろしさを感じます。
被災なされた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
さて、二周年記念として、「ホーリードール」を少しですがお送りします。
本来二周年記念として書いてきたSSもあったのですが、日程的に間に合わず、いずれ一気に掲載させていただこうと思います。
では、少しだけで申し訳ありませんが、「ホーリードール」お楽しみ下さい。
24、
「ん・・・」
人もうらやむような熱いキス。
夜の帳が下りた公園にはまだまだ人が多い。
家路を急ぐ人。
これから仕事に向かう人。
そして、二人だけの時間を楽しんでいるカップル。
彼女もそのカップルのうちの一人だ。
付き合って一年になる彰(あきら)はもったいないほどの彼。
今日はこれからホテルへ行ってたっぷりと楽しむのだ。
下着だって黒でまとめ、お手入れだってしっかりとした。
もうすぐ二人は一緒になる。
二ヵ月後には結婚式。
少し不安だけど、彰だったら私を守ってくれるよね。
「あれ?」
戸惑ったような彼の声。
「どうしたの?」
甘い口付けから引き離され、紀代美(きよみ)はちょっと不満を覚えた。
「いや・・・その、あたりが急に静かになったなと思って・・・」
紀代美を抱きしめた腕を緩め、周囲を見回す彰。
何となく背筋に冷たいものを感じて紀代美も周囲に目を配る。
「何? 何なの?」
「わからない。誰もいなくなっちまった・・・」
それは事実だった。
先ほどまで聞こえていても気にならなかった周囲の喧騒がまったく聞こえなくなっている。
人の姿も無く、噴水の近くのベンチに座る二人を、月と街灯だけが照らし続けている。
「彰・・・」
何となく恐ろしくなり、紀代美は彰にしがみつく。
「だ、大丈夫だよ。たまたまさ。そう、たまたまだよ」
自身の不安を隠すことができずにいながら、男はそう答えるしかない。
いったい何が起こっているのか?
二人にはまったく想像できなかった。
ふっと周囲の街灯が一斉に光を失う。
「きゃぁー」
悲鳴を上げる紀代美。
噴水を彩っていたさまざまな色彩のイルミネーションも消え去り、樹木が闇を増大させて不気味この上ない。
「て、停電だよ、停電」
彰は自分自身の恐怖も手伝って、紀代美をしっかりと抱きしめる。
カツコツと足音が響く。
「?」
静かな暗闇の中、人影が近づいてくるのだ。
シルエットになっているので顔はわからない。
だが、何か長い布・・・そう、マントのようなものを羽織っているような姿であることは見て取れた。
「こんばんは」
優しそうな声がする。
女の人だ。
落ち着いた大人の女性。
二人にはその声にホッとしたのと同時に、得体の知れない不気味なものをも同時に感じていた。
樹木の影が作った闇。
その影から姿を現した女性を月明かりが照らす。
「ヒッ」
月明かりが照らし出したその姿に息を飲む紀代美。
その女性は、まさに闇の中から現れた女性といっていいいでたちだった。
身に纏っているのは黒いエナメルのレオタードタイプのボンデージ。
銀色の鋲やチェーンをあしらったベルトが腰周りを飾り、肩には鋭いとげが付いたパッドが突き出している。
両手は肘から先を同じく黒エナメルの手袋が包み込む。
両脚は太ももまである黒いロングのハイヒールブーツが覆い、肩からは裏地の赤い黒マント。
そして額に嵌めたサークレットの両脇からはねじれた角が額の方へと伸びていた。
「な、なんだ、あんたは?」
彰は精いっぱいの虚勢を張る。
本当は一も二も無く逃げ出したいような恐怖を女からは感じていた。
しかし、ここで逃げたりしたら紀代美に軽蔑されてしまう。
ただそれだけのために彰はこの場にとどまっていたのだ。
「私はデスルリカ」
「デスルリカ?」
男の方には一瞥をくれるだけで、デスルリカの視線は紀代美に向けられていた。
得体の知れない恐怖にガタガタ震える彼女を、慈愛に満ちた笑みで見つめる闇の聖母。
まさにデスルリカの笑みはそう言って差し支えなかった。
「あなた。あなたには素敵な生命力が満ち溢れているわ。さあ、私にそれを差し出しなさい」
すっと誘うように右手を差し出すデスルリカ。
その目が一瞬赤く輝き、紀代美の瞳を射抜いていた。
「あ・・・」
ふらりと立ち上がる紀代美。
「き、紀代美?」
すっと自らの腕をすり抜けるようにして立ち上がった彼女に戸惑いを隠せない彰。
「紀代美!」
慌てて紀代美の腕を掴み取る彰。
おかげで紀代美の動きが止まる。
しかし、彼女の目はデスルリカに向けられ、腕を離されればすぐにでも彼女の元へ行ってしまうに違いない。
「てめぇ! 紀代美に何をした! 紀代美をどうするつもりだ!」
先ほどまでの恐怖は怒りに変わり、彰はデスルリカをにらみつける。
「お前には用は無い。死にたく無ければ邪魔をするな」
ウザったい虫けらでも見るような目でデスルリカは男をにらみつける。
くだらない人間。
黙って立ち去ればいいものを・・・
この女を確保しようとした時にどうしても結界に入れざるを得なかっただけの男。
わずらわしい・・・
「ふざけんなよコスプレババァ! 紀代美は俺の彼女だ! てめぇの好きになんかさせるかぁ!」
ピクッと躰を震わせるデスルリカと紀代美。
いずれもが彰の言葉に反応してのものだが、反応した言葉自体はまったく別物だ。
「邪魔するなだぁ! そっちこそさっさと失せな! 俺はこれでも剣道四段なんだぜ」
それは事実。
彰は高校時代は県大会で優勝したこともある実力の持ち主だった。
「紀代美、下がっていろ」
ぐいと紀代美を無理やり引き寄せ、ベンチに被さるように茂っていた木の枝を一本へし折る。
木刀としては心もとないし、使い勝手もまったくよくないのだが、このイカレタ女を相手に脅しには使えるだろう。
「そう・・・死にたいのね。その願い、かなえてあげるわ」
デスルリカの口元に冷たい笑みが広がる。
単に無視したかったから放っておいただけなのに・・・
わずらわしいから捨て置きたかっただけなのに・・・
でも・・・
邪魔するなら容赦はしない。
デスルリカはその手に漆黒のハルバードを呼び出した。
長さ三メートルほどもあろうかという漆黒の柄のハルバード。
先端には槍の穂先と斧の刃先が付いている。
突いてよし、切ってよしの実用的な武器。
もちろん魔力を帯びたそれは切れ味も並ではない。
男の顔色が変わる。
まさか武器を持ち出すとは思わなかったのだろう。
だがもう遅い。
ベータに必要な魔力を抽出する前に虫けらを一匹始末しよう。
ほんの一手間だけでいいのだ。
「クッ・・・」
男が逡巡する。
相手が持ち出したのは槍だ。
木の枝では勝負にならない。
だが・・・
だが・・・
「うわぁぁぁぁぁっ!」
男は木の枝を振りかぶって駆け出した。
「デスハルバード」
デスルリカはそう一言つぶやくと、笑みを浮かべながら無造作にデスハルバードを突き出した。
「グホッ」
男の声が響き、デスハルバードは男の胸を貫く。
そして、驚いたことにデスルリカは男の躰を突き刺したまま、デスハルバードを一閃して男の死体を遠くへ放り投げた。
すうっと実体を失うデスハルバード。
デスルリカの手にはすでに何もない。
呆けたように立ち尽くす紀代美のもとへ彼女は向かう。
「待たせたわね。さあ、あなたの生命力をちょうだい」
「は・・・い・・・デス・・・ルリカ様」
見つめられ、話しかけられるままに紀代美はうなずく。
その目はデスルリカから離れない。
「ふふ・・・」
デスルリカはそっと紀代美を抱き寄せると、静かに唇を重ねた。
「ん・・・んん・・・」
紀代美の躰が小さく震える。
そして、手の指先がぴんと伸ばされ、ガクガクと震えたかと思うと、すべすべして綺麗な肌が急速に萎び始めた。
「んんんー」
紀代美は目を見開いて恐怖に身を振りほどこうとしたものの、すでに躰の自由は利かなかった。
やがてミイラのように萎びてしまった紀代美の死体は崩れ落ち、笑みを浮かべたデスルリカだけが立っていた。
「まあまあね。さ、急いで戻らないと・・・ベータが待っているわ。それに紗希も。うふふふふ・・・」
黒く塗られた唇を舐め、妖しい笑みを浮かべたデスルリカは、優雅にその場を立ち去って行く。
結界が消え、ミイラのような紀代美の死体が見つかったのは、それから程なくのことだった。
- 2007/07/16(月) 20:14:29|
- ホーリードール
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3年前の中越地震が記憶に新しい中、ほぼ同じ地域での地震。以前の地震での傷が癒えないうちにまた起こってしまったことで、想像以上にショックは大きいと思われます。この国に住んでいる以上、人事ではありませんね。
ホーリードールは、デスルリカ様が相変わらず暗躍していますね。しかしあの彼氏、デスルリカ様に対してバb(後が怖いのでこれ以上口に出して言えません・・・)よばわりとは、身の程知らずもいいところですね。闇側は上司と部下の関係を超えた、まさにユリの世界ですね。今回も楽しませていただきました。
ホーリードールの続きも気になりますが、二周年記念のSSも気になります。公開を楽しみにしています。
- 2007/07/16(月) 22:22:14 |
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- metchy #-
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