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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

アメリカ南北戦争概略その21

物資不足にあえぐ南軍の惨状は主に靴に現れておりました。
南軍兵士のほぼ半数は靴を履いておらず、着の身着のままに銃を担いでいるだけといった状況でした。
南軍兵士であることを示す灰色の軍服ですら満足にいきわたってはいなかったのです。

略奪行に出た南軍スチュアートの騎兵隊は、略奪そのものはそれなりに成果を上げましたが、そのために偵察という重要任務が行なえなくなり、リーは北軍主力の位置を正確にはつかめなくなります。

北軍の位置がわからない南軍は、一説によるとある噂に踊らされることになります。
「近くに北軍の軍靴を収めた倉庫があるらしい」

これは噂だったとも事実だったとも言われますが、鉄道や街道の結節点であり、部隊集結や補給の要衝であったゲティスバーグは、確かに噂を信じてしまいそうな場所でした。
索敵もかねてゲティスバーグに向かうことは、南軍にとっても理にかなったことだったのです。

「靴が欲しい」
この兵士たちの訴えを無視できなくなっていた南軍ペティグルー准将は、ついに部隊を率いてその噂を確かめるべく動き出します。
彼は麾下の部隊を率いて、ゲティスバーグという重要ではあるが小さな田舎町に向かいました。

1863年7月1日、ペティグルー隊はゲティスバーグの町の方から近づいてくる一隊を認めます。
付近の北軍側民兵が偵察にでも来たのかと思ったペティグルー隊は、近づいてくる一団に射撃を開始。
これが史上名高い「ゲティスバーグの戦い」の始まりとなりました。

ペティグルーが民兵と思った一隊は、北軍の正規の青服を着たビュフォード准将の騎兵旅団でした。
早朝だったために見誤ったのかもしれません。
双方はすぐに各部隊の上位司令部に連絡をまわします。
この瞬間、南軍も北軍も予想もしていなかった決戦に巻き込まれていくことになりました。

双方とも重要地点であるゲティスバーグ近郊での小競り合いは繰り返しておりました。
しかし、お互いに決戦を挑むには自軍の状況が良くないと思い、決戦は避けようと考えていたのです。
リーも、ミードも戦闘に流されることになるのです。

ペティグルー隊の報告を受けた師団長ヒースは、直ちにその旨を軍団長のA・P・ヒルに知らせるとともに、麾下の部隊を率いてペティグルー隊の応援に向かいます。

北軍ビュフォード隊はゲティスバーグ郊外の神学校付近の丘に部隊を布陣させました。
騎兵部隊でありましたが、全て下馬して歩兵として南軍を迎え撃ったのです。

先に援軍を受けたのは南軍でした。
ヒースの師団主力がペティグルーの部隊と合流したのです。
ヒースはそのまま丘に向かって攻撃を集中し、北軍ビュフォード隊は苦境に陥りました。

二時間後、今度は北軍に援軍が到着します。
第一軍団長レイノルズ(その20のコメントでChadwick氏が指摘していたあのレイノルズ少将です)麾下の先遣歩兵部隊が軍団長レイノルズ自ら率いてゲティスバーグに到着したのです。

戦力が増強された北軍は逆襲に転じ、一時は丘の放棄寸前まで行っていたビュフォード隊とともにヒース隊を追い返します。
しかし、その最中に、戦況を把握しようと前線に出たレイノルズ少将が南軍兵士の銃撃を受け戦死。
北軍は大事な将を失います。

ペティグルー隊が戦闘を開始したことを知らされたリーは頭を抱えました。
北軍主力の位置も定かでない今、ゲティスバーグにいるのがただの小部隊なのか、北軍主力の一部なのか判断が付かなかったのです。
スチュアートの騎兵隊の目が使えないことがリーを苦しめました。

一方の北軍司令官ミードもゲティスバーグの戦闘は小競り合いなのか、南軍主力との遭遇なのか判断が付きませんでした。
しかし、始まってしまった戦闘を止めることは、軍団に余計な損害を与えることにもなりかねませんし、かといって中途半端な増援は戦力の逐次投入となり、各個撃破されかねません。
で、あれば、全軍を投入して南軍を叩き潰す。
これが一番であるとミードは考えます。
北軍は予定外ではありましたが、全力投入を決意しました。

リーが戦場に到着したのは午後2時過ぎのことでした。
交通の要衝であるゲティスバーグは、軍勢の集結が容易であり、それゆえにリーも現状到着が早かったのです。

「ゲティスバーグの戦い」はアメリカ南北戦争史上もっとも有名な戦いであり、そのためさまざまな分析が行なわれ、すでに虚実入り乱れてさまざまな説が提示されています。
以下の文章も一つの説であるということを含み置きください。

リーはこのまま戦闘が拡大し、なし崩し的に北軍の大兵力との消耗戦的決戦になることを恐れました。
そのため、戦闘停止命令を出そうと思いましたが、まさにその時、戦場に到着したエーウェルの軍勢が北軍側面を襲います。

北軍はレイノルズを失っており、その後を継いだのはダブルディという師団長でしたが、北軍側も第十一軍団が到着しており、第十一軍団長のハワードが指揮をダブルディから引き継いでおりました。
しかし、ハワードも第十一軍団もエーウェルの側面からの攻撃にはなすすべもなく、北軍は算を乱して後退します。
北軍はかろうじてゲティスバーグ南側のセメタリーヒルと言う丘に再度防衛線を構築、そこで何とか踏みとどまります。

ここで南軍がもう一押ししていれば、歴史は違った方向へ流れたでしょう。
しかし、南軍は止まります。

この停止についてはいろいろな説があります。
一つはリーがやはりずるずるとした戦闘を避けるために部隊の集結を優先させたという説。
戦場にはまだロングストリートが到着しておらず、彼の到着を待って再度攻撃に出ようとしたのかもしれません。

もう一つはエーウェルの独断での戦闘停止という説。
当時エーウェルはマラリアに罹っており、朝からおかゆしか食べられない状態でした。
しかも、胃潰瘍と戦傷による細菌症と病気のオンパレードであり、適切な判断が下せなかったのかもしれません。
彼は北軍への攻撃は無理だとして、自軍戦力の増強がなされるまでは攻撃をしないつもりだったというのです。

ともあれ南軍は北軍への追撃をしませんでした。
北軍は貴重な時間を稼ぐことができたのです。

北軍は時間とともに各軍団が戦場に到着し始めます。
その中でミードが重視したのがウィンフィールド・スコット・ハンコック少将でした。
ミードはハンコックが塹壕戦を初めとする防御戦闘の巧者だと知っており、セメタリーヒルの防衛をゆだねたのでした。

ハンコックは期待にこたえます。
彼はセメタリーヒルばかりか、周囲の丘一帯を強化し、さらには南のリトル・ラウンド・トップまで防衛線を広げます。
このことは後に重要な意味を持ちました。

ついに南軍はにらみ合いのまま夜を迎えました。
エーウェルは防備の整わない北軍陣地への夜襲もかけませんでした。
7月1日はこうして終わったのです。

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  1. 2007/04/07(土) 21:36:21|
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(まいかた まさと)と読みます。
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このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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