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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

アメリカ南北戦争概略その14

リーの布陣したシャープスバーグ近郊は防御拠点としてはそれなりの場所でした。
広い川幅のアンティータム川が前面に広がり、その川岸は斜面となって攻撃側を苦しめる防壁となります。
左翼(南軍から北軍を見て)には林やトウモロコシ畑が射線をさえぎり、中央部の平地に向かってはダンカー派の教会(ダンカー教会と呼ばれる)付近の高地に大砲を据えて射界に収めてありました。
さらに窪地に作られた切り通し道路が天然の塹壕となって部隊を保護してくれます。
防御陣地を作る暇のなかったリーにとってはありがたい地形でした。

しかし、いかんせん南軍は北軍の半分の戦力です。
北軍の総攻撃を受けた場合、この場を支えきれるかどうかは疑問でした。

一方、八万の軍勢を戦場に集結させたマクレランでしたが、前日の戦いの折に重傷者を収容した建物の二階で作戦会議を開くなどをしたため、うめき声と悲鳴ですでに戦う前からげんなりしていました。
戦力差2:1の状況であれば、いろいろと取りえる策はあったでしょう。
マクレランは麾下の軍勢を南軍を半包囲するような形で両翼に展開させました。
北から第一軍団(フッカー隊)、第十二軍団(マンスフィールド隊)、第二軍団(サムナー隊)、第五軍団(ポーター隊)、第九軍団(バーンサイド隊)の五隊です。

今となっては彼が何を考えていたかを知るすべはありませんが、戦闘というものに造詣の深いマクレランは、おそらくナポレオン戦術に範を得ていたのかもしれません。
彼はまず右翼(北軍から見て)から攻撃し、継いで左翼、そして中央から予備隊を投入して突破するという作戦だったと思われます。
しかし、この作戦は数の優位さをまったく生かすことができません。
現実にも北軍は苦戦を強いられることになります。

1862年9月17日。
朝のコーヒーすら飲むことができないまま、ジョゼフ・フッカー率いる北軍第一軍団が南軍左翼に攻撃を開始します。

余談ですが、彼のあだ名はファイティング・ジョーと呼ばれるのですが、これは公式文書の一文の句読点の位置が、「戦闘中(ファイティング)、ジョー・フッカー」となるべきところを、「ファイティング・ジョー、フッカー」としてしまったためらしいです。
また、規律に厳しくなかった彼が、北軍部隊の行軍に民間人が入り込むことを許したために、売春婦が出入りするようになり、以来売春婦のことをフッカーと隠語で呼ぶようになり、現在に続いているとのことです。
(異説あり:ただしフッカー=売春婦が広まったのは南北戦争から)

ファイティング・ジョーのあだ名に相応しく、彼は勇んでダンカー教会周辺の南軍へ向かいます。
その近辺にいたのはジョン・B・フッド准将率いる南軍でしたが、彼は冷静に北軍の攻撃を受け止め、フッカー隊に出血を強いて行きます。
横合いの高地からの砲撃と、フッド隊の射撃により、フッカー隊はただただ損害ばかり多い前進を続けることになります。

第一軍団(フッカー隊)の苦境を支援するべく動き出したのが、ジョゼフ・マンスフィールド率いる第十二軍団でした。
フッカー隊の隣に配された彼の軍団は、トウモロコシ畑を横切ってダンカー教会を目指します。
待ち受けるのは同じく南軍フッド隊。
彼らの射撃でトウモロコシ畑は血の海となり、マンスフィールドも馬上で銃弾を受け戦死。
同じ頃にフッカーも負傷します。
しかし、それでも数に優る北軍は必死に攻撃し、午前九時ごろにはどうにかダンカー教会周辺を確保しました。

北軍はさらにエドウィン・V・サムナーの第二軍団に前進を命じ更なる圧迫を加えようとします。
彼はアンティータム川北側の浅瀬を渡り、南軍中央部の切り通し道路に攻撃を加えました。
そこを守っていたのは南軍D・H・ヒルの部隊でした。
天然の塹壕に立て篭もったヒルの部隊は、せまり来る北軍サムナー隊を打ち倒して行きます。
南軍の射撃により甚大なる損害をサムナー隊は出しますが、それでもじりじりと南軍を押して行き、D・H・ヒル隊は三時間ほど粘ったのちについに切り通し道路を明け渡します。
後退する南軍と前進する北軍の兵士たちの死体が折り重なり、切り通し道路はのちに「血の小径(こみち)」と呼ばれる事になります。

左翼及び中央部での北軍の猛攻により、南軍防御陣は崩壊の危機に瀕しました。
ここでのもう一押しがあれば南軍を全面潰走に導くこともできたかもしれません。

しかし、マクレランは第一、第十二、第二軍団のあまりの損害の多さに躊躇します。
彼はこの三つの軍団に一時的に進撃を停滞させ、左翼(北軍側の)に位置するアンブローズ・バーンサイド麾下の第九軍団に攻撃命令を出します。

これにより南軍左翼は壊滅の危機をまぬがれ、南軍は体勢を整える時間的猶予を得ることができました。
このマクレランの判断は最悪の結果となってしまいます。

バーンサイドはアンティータム川に架かる石の橋を目指して進撃します。
ほかにもいくつかの渡れる浅瀬はあったのですが、彼は偵察をしておかなかったので、知らなかったのです。
一本の頑丈な石橋が、戦いの焦点となりました。
南軍ロバート・トゥームズ准将率いる部隊がこれを迎撃します。
とはいえ、南軍は持てる兵力のほとんどを左翼と中央に移しておりました。
石橋周辺を守るのはわずかに数百人の南軍兵士たちだけ。
まさに北軍の巨大兵力からすれば鎧袖一触の危険すらありました。

しかし、橋という狭い通路によって北軍は戦力を展開できません。
南軍のわずかな兵士たちの射撃が北軍第九軍団を釘付けにします。
バーンサイドは苛立ち、何度も攻撃を仕掛けますが、そのたびに撃退され、以後、この橋は「バーンサイド橋」と呼ばれるようになります。

午後一時ごろ、ようやくバーンサイドの第九軍団は橋を奪取。
そのままトゥームズ隊を蹴散らしてシャープスバーグのリーの本陣に迫ります。
しかし、攻撃に手間取っているうちに時間だけが過ぎて行きました。

午後三時ごろ、果敢に攻め立てる北軍第九軍団の横合い、南方から新たな軍勢が現れます。
南軍A・P・ヒルの部隊でした。
ようやくこの戦場に合流してきたのです。

A・P・ヒルの出現は北軍第九軍団にとってはまさに予想外でした。
横合いから攻撃を受けた第九軍団は、たまらずに「バーンサイド橋」まで後退します。
戦闘はここで日暮れにより終結しました。
「アンティータムの戦い」は終わったのです。

翌9月18日は双方ともにらみ合いに終始し、9月19日にリーは戦場を離脱しました。
南軍はメリーランド州を離れ、ヴァージニア州まで後退したのです。
戦場に残ったのは北軍でした。

9月17日のわずか一日の戦いにおいて、北軍は一万二千五百の死傷者を出し、南軍も一万から一万四千ほどといわれる死傷者を出しました。
一日の死傷者数計二万五千近くというのは、合衆国史上最大であり、この記録は第二次世界大戦、ベトナム戦争、湾岸戦争を経た現在まで破られておりません。
まさに血みどろの一日だったのです。

その15へ
  1. 2007/03/23(金) 20:11:00|
  2. アメリカ南北戦争概略
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

リトル・マックの言い分

マクレランの側にも言い分がいろいろあるでしょう。
その中の最大のものを挙げるなら――
防御陣形を敷く南軍(しかも両側を河に守られていて翼側を包囲できない)に、たかだか倍程度の戦力で正面突撃をかけて、十字砲火を受けながら突破できると思いますか? 私は無理だと思います。
これから先、水準以上の指揮官であるU・S・グラントが、倍以上の戦力を投入しても、リーを最後まで殲滅することはできなかったというのに、マクレランにだけどうしてそーゆー異様に高い目標が化されなければならないのでしょう。いいじゃないですか、勝ったんだから。北軍に必要なのは「負けないこと」であって、アンティータムにおけるこの戦い方はまったく健全なものです。

むしろ彼に責められるべき問題があるなら、「アンティータム以前」でしょう。合流前の南軍を捕捉するべく積極的に行動するか、有力な支隊を繰り出して合流を妨害するべきだった、という主張には妥当性があります。
ただ、これも、相手がリーやジャクソンやロングストリートだということを考えると、軽率すぎるかもしれません。U・S・グラントか、ウィリアム・テカムセ・シャーマンが東部戦線にいれば、そーゆー選択肢も取れたのでしょうが――
半島戦役のマグダウェル、アンティータムのバーンサイド……、この人、無能者に足を引っ張られすぎです。リーの手元には、ジャクソンにロングストリートに二人のヒルにジェブ・スチュアートと、名将がいくらでも揃ってるのに。
  1. 2007/03/23(金) 22:21:52 |
  2. URL |
  3. とくめー@MCリンク集 #-
  4. [ 編集]

>>とくめー様
おっしゃるとおりかもしれませんね。
手元の資料に基づいて記載していると、どうしてもマクレランに厳しいものが多い気がします。
2:1なら攻撃側が不利なのは、当時ばかりじゃなく現代でもそうですからねー。
攻撃側は最低でも3倍は欲しいところですね。
それにしても南軍は名将が揃っていますよね。
ジャクソンあたりは結構気まぐれで、進軍したりしなかったりもしたみたいですけどね。
  1. 2007/03/24(土) 21:23:51 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
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