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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

アメリカ南北戦争概略その9

う~
20年前の自分にカツを入れたいよ~。
どうしてあの頃買い逃したのかなぁ。
タクテクス誌の1987年10月号付録「ワグラムの戦い」の別売ユニットを買いそびれたんですよねー。
何で買わなかったのかなー。
「マレンゴの戦い」と「イエナ・アウエルシュタットの戦い」のコマは持っているのにね。
当時は買う気にならなかったんだろうなー。
タイムマシンがほしいよー。(笑)

さて、アメリカ南北戦争概略もその9です。
まだしばしお付き合い下さいませー。

マクレランが上陸後進軍を停止したことは、南部諸州同盟にとってはまたとない僥倖でした。
南部同盟大統領ジェファーソン・デイビスは急遽作戦会議を開き、今後の方針を探ります。

ブル・ラン(マナサス)近辺にとどまっていたジョゼフ・ジョンストンは、マクレランの上陸以前からすでにリッチモンド近くまで戻っており、このまま南軍をリッチモンド周辺に集めて北軍を迎え撃とうと進言しました。
一方デイビスの軍事顧問という立場になっていたロバート・E・リーは、ヨークタウン半島において北軍を撃破し、リッチモンドへの脅威を取り除くという進言をします。
デイビスはリーの進言を受け入れ、ジョンストン隊にマグルーダーと合流を果たし、できるだけ北軍を食い止めるよう指示しました。
「半島戦役」の始まりです。

ジョンストンはしぶしぶながら命令に従います。
彼の部隊はマグルーダーの部隊と合わせても五万五千を超えるぐらい。
一方のマクレランは、なんだかんだ言っても戦力をかき集め(マクドゥウェル隊は来なかったが)十万の戦力を集結させていたのです。
これでは勝負になろうはずがありません。
ジョンストンはヨークタウンの町近辺に陣を敷き、そこで北軍をただ待ち受けるだけとなりました。

マクレランはこのヨークタウン半島に上陸するにあたり、綿密な作戦を練っていました。
ヨーク川を北軍艦隊の支援の下で一部部隊(これに特別訓練を施したマクドゥウェル隊を充てるつもりだった)を南軍の後背に上陸させ、前後からの挟撃で一気に南軍を屠るつもりだったのです。

しかしこれは叶いません。
マクドゥウェル隊は来ず、ヨーク川への入り口付近の南軍砲台が思いのほか強力なのと装甲艦ヴァージニアの脅威がまだあったため、北軍艦隊の支援が当てにできなかったからです。
マクレランは次善の策として、大兵力による陣地攻略戦に切り替えます。
敵の銃火を避けるために、塹壕を掘りながら徐々に徐々に南軍陣地に近づくのです。

無論これは大規模な土木工事が必要なため、時間がかかります。
しかし、時間さえかければ、かなり効果的に陣地攻撃ができるのです。
マクレランはここでも教科書どおりの攻撃をすることにしたのです。

ジョンストンは北軍が土木工事を始めたのを見て、ヨークタウンでは持ちこたえられないと覚悟しました。
無論援軍を要請はしていたのですが、援軍が間に合わないと感じた彼は自発的にヨークタウンを放棄。
ウィリアムズバーグ付近まで後退します。
1862年5月3日のことでした。

マクレランは一兵も損なうことなくヨークタウンの町を手にいれ満足でした。
海軍の支援もマクドゥウェル隊の不足も彼の手腕にかかればちょっとしたハンデに過ぎなかったとさえ思ったかもしれません。
南軍の放棄した五十六門もの大砲は勝利の証であり、マクレランはリンカーンに大勝利の報告をします。

しかし、勝利を得るために使った一ヶ月という時間は後々北軍に重くのしかかりました。
リッチモンド周辺に南軍部隊が集結し、防備を整えるのに間に合ったからです。

ジョンストンはウィリアムズバーグも放棄してリッチモンド周辺に陣を敷きマクレランを待ち構えました。
両軍は5月31日、フェアオークスという駅の近くにあるセブンパインズという小さな町でぶつかります。
北軍呼称フェアオークスの戦い(南軍呼称セブンパインズの戦い)です。

この戦いは両軍ともに軍を分割し、バラバラになった状態で戦うという、褒められたものではありませんでした。
北軍は十万もの軍勢であるがゆえに近くを流れるチカホミニー川で両岸に分断されてしまいます。
マクレランの主力は東岸に、西岸にはハインツェルマンとキーズの二個軍団が配されました。
ジョンストンも麾下の軍勢を二手に分け、マグルーダーとA・P・ヒルの部隊にマクレランをひきつけさせ、主力は老ピートことジェームズ・ロングストリートに率いらせて、キーズの部隊を叩き潰すつもりでした。

しかし、ジョンストンの命令は適当で混乱を招き、ロングストリートは部隊を見当はずれの方に導いてしまって右往左往する羽目になります。
ロングストリートと共同で北軍キーズ隊を攻撃するはずだったD・H・ヒル(先ほどのA・P・ヒルとは別人)は、待てど暮らせどロングストリートが来ないので、ついに単独でキーズ隊に攻撃を開始。

リッチモンドを背後にして果敢に戦う南軍兵士は、北軍兵士を圧倒しましたが、総兵力に余裕のある北軍は援軍を差し向けます。
D・H・ヒル単独では攻撃にも限界があり、やがて日没とともに南軍は後退。
戦闘は終結しました。

北軍の損害は五千ほど。
対する南軍の方が六千ほど失った上に、司令官ジョンストンが負傷。
指揮を取ることができなくなりました。

一見南軍の方が損害もひどく司令官も失って被害が大きく感じますが、この戦闘で五千の兵力を失ったマクレランはまたしても“戦闘はいやだ病”が再発。
以後リッチモンドを目の前にしながら進軍は止まりました。
逆に南軍は司令官の負傷ということもあり、デイビスはリーに軍勢の指揮を任せます。
南軍は最高の司令官を得ることになったのでした。
半島戦役は次の局面を迎えます。

その10へ
  1. 2007/03/14(水) 20:43:42|
  2. アメリカ南北戦争概略
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

長い長い道

老将って、ロングストリートは1821年生まれですよ! そして彼、それから1904年まで生きるのです。
40にしては老獪な戦術家であるとは思いますが。今回の記事のアレも……知っててやってるサボタージュなんじゃないですかね。マクレランほど極端ではないにせよ、ロングストリートも、ブラディなばかりで得るところの少ない正面攻撃を嫌う指揮官ですから。
なにしろ、彼、半島戦役の前にこーゆー提案をしてるんです。ワシントンDC直撃案。いやー、実現したらさぞや面白いことになっていたでしょうね。首都めがけて軍隊同士のクロスカウンター。残念ながら南部政府と南軍首脳部はそんな大博打を打つつもりはなく却下されましたが、相手がマクレランだということまで考えると、これが最善手だったかもしれません。
  1. 2007/03/15(木) 01:57:18 |
  2. URL |
  3. とくめー@MCリンク集 #yfe3OhEo
  4. [ 編集]

>>とくめー@MCリンク集様
うわわー
それは失礼しました。
手元の参考図書に老け顔の写真と「老ピート」もしくは「老ピーター」と呼ばれていたとでていたものですから。
修整しておきますです。
それとまさにおっしゃるとおりワシントン直撃作戦を進言しておりますよね。
実行されたらどうだったかなぁ。
  1. 2007/03/15(木) 02:23:25 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
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