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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

薔薇戦争(7)

「ノーサンプトンの戦い」に勝利し、再び護国卿となって権力を握ったヨーク公でしたが、ランカスター派は当然このままで済ますつもりはありませんでした。
ヘンリー6世の王妃マーガレットは、息子エドワード王子とともにランカスター派の影響下にある北部ウェールズへと逃れ、そこから船でスコットランドに渡り、スコットランド王に軍勢の派遣を要請します。
スコットランド側は土地の割譲と姫とエドワード王子との結婚を代償にマーガレット王妃の申し出を受け入れ、スコットランド軍が王妃とともに南下してヨークシャーを制圧しました。

マーガレット王妃の下には次々とランカスター派の貴族が集結し、またしてもヨーク公は軍勢を率いて対決することを余儀なくされました。
1460年の暮れ、ヨーク公はソールズベリー伯とともに出立し、ウェークフィールド近郊まで進出します。
しかし、その時点でマーガレット王妃の下に集まったランカスター派の軍勢はなんとヨーク公側の四倍を越えており、とても正面切って戦闘を挑めるような状態ではなくなっておりました。

ヨーク公の軍勢はやむを得ずサンダル城に篭もって援軍を待つことにしましたが、ランカスター派はこれを包囲。
食糧補給の道を閉ざされたヨーク公は一か八かの野戦を戦うべく出撃し、ここに「ウェークフィールドの戦い」が始まります。

この戦いは最初からヨーク公側の圧倒的に不利な状態での戦闘でした。
四倍を誇るランカスター派の軍勢の前にヨーク公側はかなうはずもなく、ヨーク公は戦死。
一緒に来ていた次男エドムンドも戦死し、ソールズベリー伯は捕らえられて斬首されました。

「ウォークフィールドの戦い」はランカスター側の圧勝でした。
ヨーク公が戦死したことで、この内戦にも目処が付いたかとも思われました。
ですが、そうはなりませんでした。

ヨーク公は次男を戦場に連れて行っておりましたが、長男のマーチ伯エドワードは残っておりました。
エドワードはすぐにヨーク公位を継承し、王位継承権をもそのまま受け継ぎました。
新たなるヨーク公の誕生でした。

ヨーク派はすぐさま反撃に打って出ました。
翌1461年、ウェールズに侵攻してきたランカスター派の貴族オウエン・テューダー率いる軍勢を「モーティマーズ・クロスの戦い」で撃破し、オウエン・テューダーを処刑します。
そして、援軍のスコットランド軍に給料を払えなかったことからやむなく略奪を認めたマーガレット王妃を非難し、ヨーク派の支持を集めていきました。

マーガレット王妃とその軍勢は「第二次セント・オールバーンズの戦い」でウォリック伯の軍勢を破り夫のヘンリー6世を救出しますが、南イングランドでの略奪を知った市民らの反応は悪く、ランカスター派の威信は地に落ちました。
国王と王妃の軍勢はロンドン市民に受け入れられず、ロンドンに入城することはできなかったのです。

マーガレット王妃の軍勢に敗北したウォリック伯の残存戦力は、新ヨーク公エドワードの軍と合流します。
エドワードは軍勢をロンドンに向けますが、すでにロンドンをあきらめたランカスター派は遠ざかっており、ヨーク派は難なくロンドンに入城することができました。

ロンドンに入城した新ヨーク公エドワードは、ロンドン市民から新王に推戴されました。
ヘンリー6世は王位継承者たる前ヨーク公リチャードの殺害を許してしまっており、王位にいる権利を喪失したとみなされたのです。
評議会と市民の推戴を受けたエドワードは新王となることを了承し、ここにエドワード4世として即位します。
しかし、ヘンリー6世とマーガレット王妃が処刑、もしくは国外追放されるまでの間は戴冠式は行なわないとしました。

新王エドワード4世はいよいよ決着をつけるべく、軍勢を率いて出発します。
1461年3月、ヨーク西方のタウトンと言うところで、ランカスター派とヨーク派は激突しました。
この「タウトンの戦い」は、季節柄吹雪の中で行なわれ、その風向きによって矢が届いたり届かなかったりと言う状況でした。
やがて両軍は接近戦にもつれ込みましたが、一進一退の膠着状態となり、ただただ熾烈な戦闘が続きました。
やがてヨーク派のノーフォーク公の軍勢が参陣し、ヨーク派の勢いが増すと、ランカスター派は突然崩れ去りました。

こうして「タウトンの戦い」はヨーク派の勝利に終わりましたが、薔薇戦争最大の戦闘となったこの戦いでは双方の死傷者がとても多く、一説によるとヨーク派で12000、ランカスター派で20000の損害を出したと言います。
また、ランカスター派の貴族も次々と討ち死にし、ランカスター派は瓦解しました。

この敗戦でヘンリー6世とマーガレット王妃、エドワード王子はスコットランドに逃亡。
残ったランカスター派の貴族は、多くが新王エドワード4世に従うこととなり、一部が北部で対抗を続けました。
しかし、ほぼヨーク派の勝利は決まり、エドワード4世はロンドンで戴冠式を行い正式に国王として就任しました。
イングランド北部ではまだランカスター派の抵抗はありましたが、それもじょじょに収まり、ヘンリー6世は捕らえられ、マーガレット王妃とエドワード王子はフランスに亡命します。

こうして薔薇戦争の第一幕は終結いたしました。

(8)へ
  1. 2012/10/24(水) 21:07:39|
  2. 薔薇戦争
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<藤浪君キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!! | ホーム | 戦闘新体操部員>>

コメント

王位継承者の殺害は、王位を維持する資格の喪失を意味するというわけですね。
ほかにも

不倶戴天の関係であるスコットランドを味方にした。

とか、
ランカスター家のほうが、「やっちゃいけない」ことをいろいろやって、ポイントを大きく喪失したという印象を受けました。
でも案外、勝者であるヨーク家のやったことのなかにも、「やっちゃいけない」ことはあったのかも。
勝った側の都合のわるいことは、ある程度隠ぺいが可能ですからねー。 笑
  1. 2012/11/04(日) 05:15:24 |
  2. URL |
  3. 柏木 #D3iKJCD6
  4. [ 編集]

>>柏木様
ランカスター家もヨーク家も言ってしまえば五十歩百歩と言うところなんでしょうね。ww
  1. 2012/11/04(日) 20:57:24 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

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