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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

アメリカ南北戦争概略その2

サウスカロライナ州にあるチャールストン港は、アメリカ屈指の貿易港でした。
その良港を諸外国の軍隊から守るために、港の入り口にはいくつかの要塞が築かれます。
その一つがサムター要塞でした。

サウスカロライナ州が連邦を離脱し南部同盟に加わった時も、要塞群は北部連邦に所属したままでした。
ジェファーソン・デイビスはリンカーンに対し要塞を明け渡すように使者を送りますが、リンカーンはぐずぐずと使者に会うのを避けて返事をしません。

要塞群のひとつモルトリー要塞の守備隊指揮官はロバート・アンダーソン少佐という人物でした。
彼は70人の部下とともに、防御しやすいサムター要塞に移り、そこで北部からの援軍を待つつもりでした。

サムター要塞は港の中央にある島に作られた当時最新鋭の要塞で、充分すぎるほどの防御力を持っていました。
しかし、基本的には港に侵入する敵艦を攻撃する要塞ですので、内陸側からの攻撃は考慮されておりません。

それでも島の上の要塞ということで他の要塞よりは防御しやすかったのです。

戦闘に備えて移動した北部連邦軍(以後北軍)兵士たちと、使者に会おうとしないリンカーンの態度に南部同盟は、北部が開戦やむなしの意思を持っていることを悟ります。

南部同盟軍(以後南軍)はついにサムター要塞を陸上から包囲。
アンダーソン少佐に降伏を迫ります。

わずか70人の部下では要塞にこもっても勝ち目はありません。
しかしアンダーソンは北軍仕官として降伏を拒否します。
ただし、食糧不足なので、数日後には降伏せざるを得ないだろうとも付け加えました。

しかし南軍はその回答に満足せず、1861年4月12日、ついに砲撃を開始しました。
この日をもって南北戦争の開戦日とされています。

アンダーソン少佐は部下を鼓舞し、次々と撃ち込まれる砲弾を必死に耐え忍びます。
対岸の要塞を砲撃するようにはできていないサムター要塞は積極的な反撃も行なえないまま、それでも三日間耐えました。

これ以上の篭城はできないと判断したアンダーソン少佐はついに降伏を決意。
南軍も三日間耐え抜いた北軍兵士たちを礼節をもって迎え入れ、港の沖合いにやってきた北軍輸送船に引き渡します。
この三日間の戦闘は驚いたことに両軍の死傷者0というものでした。
わずかに戦闘後の降伏時に北軍の大砲が暴発し、怪我人が出たのが唯一だったのです。

サムター要塞の降伏は北部の人々を愕然とさせました。
南部の独立容認派は黙り込み、南部に対して思い知らせるべきだという声が大勢を占めるようになります。
後戻りはできなくなりました。

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  1. 2007/03/06(火) 21:02:18|
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