今日は4月1日で「エイプリルフール」です。
というわけで三年連続の「四月馬鹿」ネタです。
楽しんでいただければうれしいです。
それではどうぞ。
「きゃぁぁぁぁ・・・」
闇の中で絶叫を上げ、青白い炎に包まれる妖怪。
短い茶色の毛の生えた躰に馬のような顔と鹿のような大きな角。
昔から日本では有名な妖怪だ。
名を「馬鹿(うましか)」といい、人をだますことに長けている。
普段はめったに姿を見せないが、毎年今頃になると人里に現れて悪さをするのだ。
そう・・・日付の変わった今日はエイプリルフール。
一年でもっとも嘘が・・・それも他愛のない嘘があちこちでつかれる日。
多くの人はだまされたりしないだろうけど、逆にだまされやすい日でもある。
普段は嘘をつかない人が、この日に限って嘘を言ったりするからだ。
そして純真な人ほど、そういった他愛もない嘘にだまされやすいもの。
馬鹿はその純真な人がだまされることが大好物。
中でも凶悪な「四月馬鹿(しがつうましか)」はだますだけではなく、相手を取り込んで配下の馬鹿にしてしまうことがある。
純真な人がだまされ嘆くのを楽しみながら、さらにその人を馬鹿に変えてしまうのだ。
馬鹿に変えられた人は、身も心も馬鹿となって新たに人をだますようになる。
そうやって四月馬鹿は配下の馬鹿を増やしていくのだ。
青白い炎が消えていく。
夜の闇が再び周囲を染めていく。
あとに残されたのは白い裸体を横たわらせた若い女性。
彼女も四月馬鹿によって馬鹿に変えられてしまった犠牲者なのだろう・・・
私はとりあえずかばんの中から布を出すと、彼女の躰にかけてから彼女を起こす。
偶然出会ってしまったから着せるものを用意していなかったのはやむをえない。
とはいえ裸で起こすわけにも行かないものね。
「う・・・」
女性が息を吹き返す。
閉じられた目が開いて、きょろきょろと周囲を見回した。
「こ・・・ここは? 私はいったい? ひゃっ!」
自分が裸で布一枚かぶせられているだけに気がついたのだろう。
「落ち着いて」
私はそっと小声で言う。
「落ち着いてください。あなたはちょっとしたトラブルに巻き込まれていたんです。これからあなたを近くの神社まで連れて行きます。おとなしくしてください」
「は・・・はい・・・」
こくんとうなずく女性。
何がなんだかわからないという表情だ。
今まで妖怪になっていたんだから無理もないわ・・・
******
私は彼女を近くの神社まで連れて行き、身分を明かした上で彼女の保護を求めた。
私は退魔師。
古来から日本に潜む邪悪な魔性のものを退治するのが仕事。
その仕事柄神社とのつながりは深く、日本各地の神社は私たち退魔師にいろいろと協力をしてくれるのだ。
私は彼女から情報を探る。
どうやら彼女は昨年のエイプリルフールに馬鹿にされたらしい。
そこから後のことはあんまりよく覚えていないらしいが、人をだますのが楽しかったということだけは覚えているらしい。
後遺症が残らなければいいのだけど・・・
四月馬鹿のことは彼女はよく覚えてなかった。
とはいえ、彼女はまだ単独でうろつくには未熟なはず。
近くに四月馬鹿がいるのは間違いない。
私は彼女を神社に託して夜の街に再び出向く。
今日は4月1日。
これから残り23時間ほど。
この街を四月馬鹿から守りきらなくては・・・
******
「つーかーれーたー」
私は公園のベンチに腰を下ろしてへたり込む。
すでにお日様は中天高く、もう少しで天頂に差し掛かるという時間。
ぽかぽかといい陽気に思わず眠気を誘われる。
桜はまだほとんど咲いていないけど、この分では週末には花が咲きそうだわ。
結局いまのところ見つけたのは夜中に出会ったあの馬鹿のみ。
今年はこの街が狙われるといっていたけど、お師匠様の勘が外れちゃったのかな。
今頃はどこか別の街で四月馬鹿が暗躍しているのかも・・・
「ん?」
私は公園から見える通りを歩いている人物に気がついた。
その人物はこの暖かな陽気だというのに黒いコートをぴっちりと着込み、つば広の帽子を目深にかぶっている。
なんだか怪しそうな人物だ。
背格好からはおそらく大人の男性っぽいけど、もしかしたら女性ということもありうるか。
コートの襟を立ててゆったりと歩いている。
私がちょっと気になって見ていると、その人物は、公園に遊びに来たのであろう女の子を見つけると何事か声をかけて呼び止めたようだった。
私はコートの人物は変質者かもしれないと思い、すぐに少女を助けに行けるよう立ち上がる。
そして足早に公園の外へと向かった。
コートの人物はその女の子に何事か話しかけている。
そのことは雰囲気でわかるものの、いったい何を言っているのかまではここからではわからない。
このあたりは閑静な住宅街で、ほかに人通りもない。
私はもしかしたらコートの人物が単に道を尋ねているという可能性もあると思いながらも、足を止めずにそちらへ向かった。
「そんなの嘘! 嘘でしょ!」
近づくにつれて女の子の声が聞こえてきた。
嘘?
あの子は嘘を言われている?
「嘘なものか。おじさんはちゃんと知っているんだよ。嘘だと思うならママに聞いてごらん。おじさんの言うことが正しいと教えてくれるよ」
「そ、そんな・・・」
二人の会話が聞こえてくる。
私は背筋が冷たくなるのを感じていた。
馬鹿だ・・・
このコートの人物は馬鹿に間違いない・・・
「君のママがおじさんの言葉は嘘だって言ったら、またこの公園においで。そのときはおじさん、嘘を言ったことをちゃんと謝ろう」
「嘘だもん。そんなことないもん。ママに聞いてくる」
くるりと背を向けて来た方向に向かって駆け出していく女の子。
私はとりあえずホッとする。
コートの人物がその場で少女を捕まえようとしなかったことに対してだ。
だが、このまま見過ごすわけには行かない。
私はコートの人物に近づいた。
「ちょっとあなた、すみませんが帽子を取っていただけますか?」
私はコートの人物に声をかける。
すると、コートの人物は帽子で顔を隠したまま、私のほうへと振り向いた。
「おや、こんなところで退魔師と出会ってしまうとはついてない。まさかこんな街にまであなた方がうろついているとは思いませんでしたよ」
「私が退魔師と知っている?」
間違いない。
こいつは馬鹿だ。
私はすぐさま身構えた。
「ええ、すぐにわかりますとも。先ほどからずっと俺のほうを見てましたしね。俺があの子に声をかけるとすぐに立ち上がった」
「それはあなたが変質者かもしれないと思ったからかもしれないじゃない」
「こんな昼間に巫女服姿で公園でたたずんでいるあなたの方がむしろおかしなコスプレネーチャンかもしれませんよ・・・ククク」
「言ってくれるじゃない。そろそろ正体を現したらどうなの、妖怪!」
私は懐に手をやり、いつでも破魔札を取り出せるように指に挟む。
「ククククク・・・あせるなよ退魔師のネーチャン。相手の正体を尋ねるからには、まず自分から名乗るのが礼儀というものだ」
小バカにしたような物言いでせせら笑っているコートの人物。
「クッ、わかったわ。私は三須美秋穂(みすみ あきほ)。あなたの言うとおり退魔師をしているわ。覚悟することね」
私は相手をにらみつけながら名乗りを上げる。
相手の言いなりになっているようで癪ではあるが、これから退治する相手に名乗っておくのも悪くない。
「ククククク・・・三須美秋穂ね。俺様は四月馬鹿。察しの通り妖怪だ」
黒コートの人物がゆっくりと帽子を取る。
思ったとおりその下からは鼻面の長い馬の顔が現れ、その頭部からは立派な鹿角が生えている。
いったいどうやってあの帽子の中に収めていたのか理解できないが、それこそが妖怪の妖怪たるゆえんだろう。
「やはり四月馬鹿だったのね。あの娘に嘘をついてだまそうとしたんでしょうけど、私がそうはさせないわ」
「ククククク・・・俺様はちょっとからかっただけだぜ。それを信じるのは相手の勝手だ」
鼻を鳴らすようにして笑う四月馬鹿。
「黙りなさい!」
私は破魔札を投げつける。
もとより当たることを期待したものではないが、まずはご挨拶というところ。
案の定、四月馬鹿は破魔札をかわし、羽織っていたコートを投げ捨てる。
私はコートに視界をさえぎられないように動きを変え、再び破魔札を投げつけた。
******
四月馬鹿はその角で私を攻撃する。
私はそれをかわしながら念を込めた術を使い、四月馬鹿の足を止めにかかる。
何合かのぶつかり合いののち、私の一撃が四月馬鹿の脚部に衝撃を与え、相手の躰を地面にたたきつけた。
私はすぐに浄化の破魔札を取り出し、四月馬鹿の額に貼り付けようとする。
これで四月馬鹿も終わり。
穢れを祓って消滅させるのだ。
「ま、待った待った!! 待ってくれ!」
両腕のひづめを私に向けて私を押しとどめようとする四月馬鹿。
「勝負あったわ。おとなしく浄化を受けなさい!」
「待ってくれって・・・俺様の負けだ。あんたつえーよ・・・」
素直に負けを認める四月馬鹿。
地面に横たわりもう身動きもできないようだ。
何度かのぶつかり合いがかなり堪えているのだろう・・・
「負けを認めたのならおとなしく浄化を受けなさい。そうすればいずれは転生ができる可能性があるわ」
「わかった。わかったよ。浄化を受けるよ。だが、少し待ってくれ」
「待ってくれ? 何を言っているの? 待てるはずないでしょう」
私は驚いた。
いったい何を言い出すのやら。
「わかってる。わかっているが、そこを曲げて待ってくれないか? 俺様は名の通り四月馬鹿だ。いわばエイプリルフールの妖怪ってわけだ。人をだましてバカにするのが俺様の性分だ・・・」
「ええ、あなたのためにエイプリルフールを素直に楽しめない人たちが出てしまうのよ」
「もうしない。もうしねーよ。だからだ。せめて今日一日が終わるまで浄化は待ってくれ」
「今日一日?」
私は浄化の破魔札を少しおろす。
「そうだ。今日は俺様の日だ。この4月1日に俺様が浄化されたんじゃ俺様の気がおさまらねぇ。せめて明日の日付に変わってから浄化してくれないか」
私を見つめて拝むようにして懇願してくる四月馬鹿。
確かに、今日4月1日はこの四月馬鹿にとっては特別な日なのかもしれない・・・
「本当に明日になれば浄化を受けるんでしょうね」
「もちろんだ。信じてもらってかまわない。なんだったら明日になるまで俺様をどこかに閉じ込めたっていい」
「ふう・・・」
私はため息を付く。
「仕方ないわねぇ。絶対に明日には浄化するからね」
私は捕縛の破魔札を取り出そうとした。
「えっ?」
私は驚いた。
破魔札を取り出そうとした私の手は、指先がなくなってまるで馬のひづめのようになっていたのだ。
「こ、これは?」
私はあわてて四月馬鹿を見た。
「ク・・・クク・・・クハ・・・クハハハハハハ・・・」
突然狂ったように笑い転げる四月馬鹿。
「信じたな! 信じちまったな!! 俺様の言葉をよ!! クハハハハハハ・・・」
私はハッとした。
そうだ・・・
私は信じてしまったのだ。
相手の嘘を・・・
明日まで待ってほしいと言った四月馬鹿のついた嘘を・・・
「だ、だましたのね!!」
「あーそうさ。俺様はお前をだましたのさ。そしてお前はまんまと引っかかったってわけだ。お前はおろかな馬鹿になるのさ」
「嘘・・・そ・・・そんな・・・」
だが、それはもう嘘ではなかった。
私の躰はじょじょに馬と鹿のかけ合わさったような躰に変化し始め、両手も両足もひづめのように変化してしまっていた。
巫女服はぼろぼろに破れ、全身には茶色の短い毛が生え、鼻先は前に伸びて頭のてっぺんからは鹿の角が生えてくる。
「ああ・・・ああああ・・・」
私は全身をかき抱くようにして何とか変化をとめようとしたが、もはやそんなことは無駄だった。
それどころかなんだかとっても開放されたような気分になってきていたのだ。
馬でも鹿でもない馬鹿。
人間たちはそんな私たちを見て馬だろうか鹿だろうかと混乱する。
おろかな連中・・・
私たちは馬でも鹿でもないのにどっちかに結び付けようとしてかえって混乱するバカな連中・・・
そんな連中をたぶらかすのはきっと気持ちがいいに違いないわ。
おろかな連中だから、きっと私たちが何を言っても信じたり疑ったりして疑心暗鬼を生じるだろう。
そして右往左往して無様な姿を見せてくれるに違いないわ。
あー、なんて素敵なのかしら。
人間どもをたぶらかすのは最高の楽しみ。
それこそが私たち馬鹿の喜びなんだわ。
「ククククク・・・これでお前も俺様のしもべ。妖怪馬鹿に生まれ変わったのだ」
痛めた足をかばうようにゆっくりと立ち上がる四月馬鹿様。
「はい。私は四月馬鹿様の忠実なるしもべ、妖怪馬鹿です」
私はすぐさまひざまずいて偉大なる主である四月馬鹿様に一礼する。
「ククククク・・・いいぞ。それでいい。これからはお前もたっぷりと人間どもをたぶらかすのだ」
「はい、もちろんです。人間どもにこの姿を見せつけて馬か鹿か存分に惑わしてやりますわ。うふふふふ・・・」
私は四月馬鹿様の下でおろかな人間どもをたっぷりとたぶらかしてやることを想像し、その喜びに身悶えた。
END
- 2012/04/01(日) 21:00:00|
- 四月馬鹿
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