FC2ブログ

舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

またまた「べ、別にあなたのために作ったんじゃないんだからね!」

日本軍の真珠湾攻撃を機に第二次世界大戦に参加することになったアメリカは、まずは欧州での対ドイツ戦に力を傾注することにいたしました。
この時点でアメリカ陸軍は次期主力戦車となるM4中戦車の量産体勢をほぼ整えることに成功しておりましたが、問題点がまだいくつかありました。

その最たるものはエンジンの問題でした。
M4中戦車はコンチネンタルR975という星型エンジンを搭載しておりましたが、このコンチネンタルR975エンジンは航空機用のエンジンとして使われるものだったため、今後戦争で航空機が増産されることになればそちらに振り向けなくてはならず、さすがのアメリカと言えどもM4中戦車用にも振り向けるだけのエンジン生産能力は持ち合わせていなかったのです。

そこで米軍はジェネラルモーターズ、フォード、クライスラーの各社にM4中戦車用のコンチネンタルR975に代わる代替エンジンの用意するよう求めました。
この米軍の要求に応じた各社は、それぞれ代替エンジンとしてフォードはGAA液冷V型8気筒エンジンを、クライスラーはA57マルチバンクエンジンを、ジェネラルモーターズがGM6046ディーゼルエンジンをそれぞれ用意しM4中戦車に搭載することでエンジン不足に対処しようといたします。
このジェネラルモーターズ社のディーゼルエンジン搭載型M4が、M4A2と呼ばれる形式でした。
(ちなみにフォード製エンジンを積んだM4がM4A3、クライスラー製エンジンを積んだM4がM4A4となりました)

M4A2はまさにM4中戦車のエンジンをただGM6046ディーゼルエンジンに換装しただけと言ってもいい車両でしたので、量産に至るまでの時間は短く早くも1942年の4月には量産が始まるという状況でした。

このM4A2のGM6046ディーゼルエンジンは、何と民間向けのトラック用ディーゼルエンジンを横に二つ並べて結合し一基のエンジンとしてしまったものというものでした。
なので、最悪の場合は片方のエンジンだけでも走行が何とか可能というすごいエンジンであり、ディーゼル特有の低速トルクの強さもあってコンチネンタルR975に劣らないいいエンジンという評価の高いものでした。
ただ、二つのエンジンを結合していることから整備性が若干悪くなるのと部品数が多くなることでほこりなどに弱いという弱点もあったようです。

こうして欧州でのドイツに対する反攻に向けて量産が開始されたM4A2ですが、思わぬ運命が待っておりました。
ディーゼルエンジンであるM4A2は当然軽油を燃料にすることになったと思われますが、補給の容易さを考えて使用燃料はガソリンで統一するというアメリカ陸軍の方針から、アメリカ陸軍ではM4A2は使えないということになってしまったのです。

かろうじて上陸用舟艇と燃料が共通使用できるアメリカ海兵隊がM4A2を採用することになりましたが、その使用量はそれほど多いものではなく、このままではせっかく量産態勢が整ったM4A2は行き場がなくなってしまうことにもなりかねませんでした。

ところがM4中戦車を欲していたのはアメリカだけではありませんでした。
ドイツとの戦いを続けている英国やソ連も自国で生産できる戦車だけでは足りず、アメリカ製戦車を一両でもいいから欲しいという状況だったのです。

かくしてM4A2はこうした英国やソ連向けレンドリースの中核として送り出されることになりました。
特に大量に受け取ったのは英国であり、M4A2総生産数8053輌中5041輌もが英国向けに送り出されたのです。
これらのM4A2は早くも北アフリカでの戦いの山場である「エルアラメインの戦い」で活躍するほか、「シシリー上陸作戦」等でも英国機甲師団の中核として使われており、まさにM4A2は英国戦車部隊の主力戦車として使われたのです。
M4A2自由フランス

また、英国には及ばないものの、1990輌のM4A2がソ連に対して送られており、ソ連でも親衛戦車軍団等に配属されてドイツと戦っておりました。
ソ連兵は自国のT-34に比べて故障しづらいM4A2(含めM4系列)をとても愛用したと言われます。

M4A2はその後対ドイツ戦車との戦訓から主砲を75ミリ砲から貫徹力の高い76ミリ砲に変更したM4A2(76)が作られました。
こちらは足回りを強化したり新型車体となるなどいくつかの変更点がありますが、エンジンは変わらないものでした。

M4A2は多くが英国に送られましたが、このM4A2(76)は2915輌が作られたうち、英国にはたった5輌しか送られませんでした。
これは英国には17ポンド砲を装備したファイアフライがあったからかもしれません。
一方ソ連にはこちらも大量に送られ、2073輌が引き渡されました。
何とM4A2よりも多い数です。
M4A2(76)はソ連軍のためにアメリカが生産していたと言っても過言ではありません。
M4A2(76)W.jpg

M4A2は生産国アメリカではほとんど使われませんでしたが、こうしてレンドリースの主力として英軍やソ連軍、自由フランス軍などに使われました。
もしかしたら本家米軍のM4シリーズよりも戦場でドイツ軍と戦ったのはM4A2のほうが多かったかもしれませんね。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/09/21(水) 21:20:50|
  2. 趣味
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<8年間お疲れ様 | ホーム | マリー・ザ・ピエロ>>

コメント

その後の熾烈きわまる冷戦のほうがどうしてもイメージ強いですけど第二次世界大戦当時は
ソ連とアメリカってこの記事で語られているような関係だったんですね。
大まかには知ってましたけど具体的な、2000両という数字を見ると圧巻です。

M4は自衛隊の戦車としても長い間頑張りましたし
機械的な性能だけ見た場合はティーガーとかと比べちゃうと
アレですけどとても愛嬌がある戦車だと思います。
  1. 2011/09/22(木) 22:28:31 |
  2. URL |
  3. GUNHED #RpRZ5X7E
  4. [ 編集]

>>GUNHED様
確かに2000輌というのは結構な数字ですよね。
ところがアメリカは何とトラックを47万輌もソ連にレンドリースで送っているのです。
ソ連軍の補給部隊等はほとんどアメリカ製のトラックでまかなわれていたようなものだったそうですよ。
他にもソ連の軍服や燃料食糧に至るまで。
ある部隊ではソ連製は兵士の肉体のみだったということもあったそうです。
M4はまさに数は力というのを見せ付けた戦車だった気がしますね。
  1. 2011/09/23(金) 21:43:25 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

47万両!
トラックとはいえまさに空前絶後の数ですね。
そこまでとは想像もつきませんでした。
アメリカはつくづく凄い国だったんだと思い知らされます。
  1. 2011/09/24(土) 22:00:44 |
  2. URL |
  3. GUNHED #RpRZ5X7E
  4. [ 編集]

>>GUNHED様
数量については資料によってばらつきもあるようですが、それでも膨大な量のトラックやジープがソ連に引き渡されたのは間違いないところですね。
しかも自国で使用する分は当然別に確保してあるわけですから、製造されたトラックの数量は想像もつきません。
やはりアメリカの生産力は恐ろしいものだったんですね。
  1. 2011/09/25(日) 19:26:44 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://masatomaikata.blog55.fc2.com/tb.php/2478-74ee80c6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カレンダー

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

AquariumClock 2

プロフィール

舞方雅人

Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

ブログバナー


バナー画像です。 リンク用にご使用くださってもOKです。

カテゴリー

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

管理人にメールなどを送りたい方はこちらからどうぞ

ブログ内検索

RSSフィード

ランキング

ランキングです。 来たついでに押してみてくださいねー。

フリーエリア

SEO対策: SEO対策:洗脳 SEO対策:改造 SEO対策:歴史 SEO対策:軍事

フリーエリア