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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

巨弾を撃ち出すコオロギ

第二次世界大戦序盤、ドイツ軍は強力ではあるけれども運用に難のある15センチ重歩兵砲を自走化して運用しやすくしようと考え、一号戦車に搭載して自走化した一号自走重歩兵砲と、二号戦車に搭載して自走化した二号自走重歩兵砲の二種類を開発いたしました。

ですがこの二種の自走砲は、それぞれ搭載した15センチ重歩兵砲が強力だったこともありそこそこの活躍を見せてはくれましたが、車体と搭載した砲のバランス等の悪さが問題となり軍の満足の行く自走砲ではありませんでした。

そこでドイツ軍は、車体の大きな三号戦車の車体を使って15センチ重歩兵砲を搭載した車両を開発いたしますが、この三号自走重歩兵砲とも言うべき車両(搭載した砲がsIG33と言う砲だったことから33B突撃歩兵砲と呼ばれる)は、密閉された戦闘室が使い勝手が悪かったのか、はたまた三号戦車がその時点での主力戦車だったために戦車型の生産が阻害されると思ったのか、この車両も24輌しか生産されずに終わってしまいます。

一号戦車でも二号戦車でも三号戦車でもだめ、しかし15センチ重歩兵砲はどうにか自走化したい。
そんなドイツ軍にちょうど手ごろな車両がありました。
第二次世界大戦直前に無理やり併合したチェコで製造直前だった38(t)戦車です。
(tはチェコ製を表している)

38(t)戦車は、もともとはチェコ軍向けに開発された戦車でしたが、一号二号戦車を上回る戦闘力と手ごろな大きさがドイツ軍にとっても魅力的であり、ドイツ軍向けに生産が行われることになった戦車でした。
この38(t)戦車を手に入れたことでドイツの戦車戦力は格段に向上し、ポーランド戦や西方電撃戦での勝利を得ることができたと言っても過言ではありません。

しかし、主砲は37ミリ砲であり、対ソ戦が始まった1941年以降では戦車としての戦力はほとんど無価値になってしまっておりました。
もはや戦車は75ミリクラスの砲が必要になってきていたのです。

そこでこの38(t)戦車の車体を使って自走砲をつくろうという考えは自然な流れでした。
38(t)戦車はエンジンや足回りの信頼性も高く、自走砲の車体としてはうってつけだったのです。

早速1942年3月、この38(t)の車体を使った対戦車砲と重歩兵砲を搭載する二種類の自走砲の開発がBMM社に命じられました。
BMM社はすぐに開発に取り掛かりましたが、この時期ドイツ軍はソ連軍のT-34に苦しめられていたため、どうしても対戦車自走砲を優先せざるを得ず、15センチ重歩兵砲搭載型は後回しにされてしまいます。

ところが、この重歩兵砲搭載型が後回しにされていることを知ったヒトラー総統が、至急重歩兵砲搭載型を開発するよう命じます。
BMM社としては、どうせ作るのであればきちんとした自走砲を作りたいと考えていたため、38(t)戦車の車体をそのまま使うのではなく自走砲車体としてエンジンの位置などを変更した専用車体を開発しようとしていたのですが、それでは時間がかかってしまうため結局38(t)戦車の砲塔と上部車体を取り除き、車体中央に15センチ重歩兵砲を載せた自走砲を開発せざるを得ませんでした。

こうして1943年初頭に完成したのが、15センチ重歩兵砲搭載38(t)戦車H型でした。
H型はまさに今までの一号自走重歩兵砲や二号自走重歩兵砲と同様に、戦車の上部を取り払って15センチ重歩兵砲を搭載し、その周囲を装甲板で囲ったものというものでした。
ある意味いわばやっつけ仕事で作られた自走砲だったのです。
グリレH

しかし、一号戦車や二号戦車よりも車体余裕が大きかったことがよかったのか、この15センチ重歩兵砲搭載38(t)戦車H型はそれなりに好評だったようで、1944年9月までに約400輌が製造されました。
そして東部戦線の激戦に投入され、ドイツ歩兵の支援に当たったのです。

15センチ重歩兵砲搭載38(t)戦車H型は、急造作とはいえまあまあのできでした。
とはいえ、やはり急造作には違いなく砲と車体のバランス等満足のいくものではありませんでした。

そこでBMM社はその後も開発を続け、38(t)戦車の車体を自走砲専用車体として改良したK型車体を完成させます。
このK型車体は、車体後部にあったエンジンを中央部に移し、その上に重歩兵砲を搭載することで重量物をすべて車体中央部に集め、車体後部を砲の操作員のスペースとすることができるというものでした。

このK型車体が完成すると、すぐに15センチ重歩兵砲搭載型が生産され、15センチ重歩兵砲搭載38(t)戦車K型として量産されました。
H型より若干装甲厚は薄くなったものの、よりバランスが取れたK型はついに15センチ重歩兵砲を搭載する自走砲の決定版といえるものでした。
グリレK

K型は1943年12月から1944年9月まで生産が行われ、約300輌が生産されました。
この二種類の車両はH型K型区別なく運用され、装甲師団や装甲擲弾兵師団の重歩兵砲中隊に配属されました。
前線の兵士たちはこの二種類の自走砲をグリレ(ドイツ語でコオロギのこと)と呼んで親しみ、のちのこのグリレが正式名称として登録されることになり、グリレH型、グリレK型と呼ばれるようになりました。

15センチ重歩兵砲をとにかく自走化したいという思いが最終的にグリレK型という巨弾を撃ち出すコオロギに行き着いたんですね。
それだけ前線では必要とされた車両だったんでしょう。

それではまた。
  1. 2011/09/16(金) 21:10:49|
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