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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

より軽く、より速く

第二次世界大戦末期に完成した米軍初の実用ジェット戦闘機であるP-80(F-80)シューティングスターを送り出したロッキード社は、すぐさま次のジェット戦闘機の開発に取り掛かっておりました。

しかし、ロッキード社が提示した敵国侵攻用のジェット戦闘機XF-90は、1950年に正式に米空軍の採用が得られないことが確定し、次期戦闘機の開発は一度頓挫してしまいます。

P-80(F-80)を開発したロッキード社の開発チーム「スカンクワークス」の中心人物であったケリー(クラレンス)・ジョンソンは、XF-90に替わる新型戦闘機のデザインに取り掛かりますが、この時点での彼の考えは、大型のジェット戦闘機を開発しようというものでした。

ところが朝鮮戦争が始まり、米軍が北朝鮮軍の戦闘機と空中戦を行うようになったこともあり、ケリー・ジョンソンは前線のパイロットはどのような戦闘機を求めているかを知ろうと思い、わざわざ朝鮮半島に赴いて前線のパイロットに聞き取り調査を行います。

その結果は意外なものでした。
前線のパイロットたちは、朝鮮上空に現れたソ連製のMig-15の高性能、特に高速力と上昇力の優れていることに脅威を感じ、米軍にも小型軽量の高速で上昇力の優れたジェット戦闘機が欲しいと思っていたのです。

このことは推力に余裕のある大型ジェット戦闘機を考えていたケリーには驚きでした。
しかし、パイロットの要求はやがて米空軍全体の要求ともなっていき、ケリーはあらためて必要最小限の装備のみに特化した小型軽量の戦闘機を作ることにいたします。

こうしてケリーを中心とした「スカンクワークス」がデザインした新型戦闘機は、胴体がほとんどエンジンの太さそのものというまでに細くされ、空気取り入れ口を左右に分割し、その先にコクピット部分をおいて先端を絞り込むというまるでロケットかミサイルのような細い胴体に小さな主翼と尾翼を持つ特異な形をした戦闘機でした。
重量も軽量化のために削りに削られ、全長15メートルの機体でわずか5トンを少し超える程度とすごく軽いものでした。

試作機ナンバーXF-104とされた試作機は、1954年3月に初飛行が行われ、この時点では搭載する予定のJ79エンジンが完成していなかったためJ65エンジンを搭載しての飛行でしたが、すでにF-104の高速性能のよさは発揮され、7月のテスト飛行ではマッハ1.49を記録しました。

XF-104のテストは1号機2号機ともに墜落事故を起こすという結果に終わりましたが、事故の原因はすぐに突き止められ機体そのものに大きな問題はなかったことから、試作量産型のYF-104が作られました。
YF-104は完成した新型のJ79エンジンを搭載しており、XF-104よりも全長が2メートル近く伸びており、それにともなって重量も5.7トンと増加しましたが、J79エンジンのパワーはそれを補って余りあり、1956年4月には実用戦闘機としては世界初のマッハ2を達成いたしました。
そしてYF-104は当時の世界最速記録と世界最速上昇記録を打ち立てることに成功します。

YF-104は米空軍に正式採用され、晴れてF-104として量産が開始されました。
最初の量産型F-104Aは153機が生産され、防空部隊に配属されることになります。
これはF-104の高速性と上昇力が迎撃用戦闘機としてうってつけとみなされたことと、F-106防空戦闘機の配備の遅れからといわれます。

F-104は徹底した軽量化と簡素化によって高速力と上昇力を手に入れることができました。
しかし、反面速度発揮に有利な小さな主翼は旋回力維持には不向きであり、F-104は旋回性能はあまりよくないものでした。

また簡素化によってレーダーも簡易な索敵レーダーしか持たず、レーダー誘導ミサイルを使用することは不可能で、全天候能力も持てませんでした。
そのため武装は新開発された20ミリバルカン砲と、赤外線誘導のサイドワインダーミサイルを最大4発搭載するにとどまりました。

XF-104、YF-104の特徴の一つはパイロットの脱出装置が下方射出というものでした。
これは脱出時のさまざまな困難(キャノピーが開かなくなったりパイロットの足が引っかかったり背の高い垂直尾翼に引っかかったりする可能性)を一挙に解決できるものとして採用されましたが、搭乗するパイロットからは不評が相次ぎ、結局上方に射出するタイプの脱出システムが量産型では採用となりました。

F-104は最初の量産型F-104AからF-104Cへと発展しましたが、米空軍での評価はあまり芳しいものではありませんでした。
これはもともとMig-15のような軽量の戦闘機に対抗する昼間制空戦闘機であるF-104を、全天候戦闘機としては能力不足と感じ、戦闘爆撃機としては武装の搭載量が少なく感じるという米空軍の使用法に問題があったのですが、当時の米軍はあまりそのことに気がついていなかったようです。
米軍のF-104C

せっかくの戦闘機が少数生産で終わりそうなことに危機感を感じたロッキード社は、F-104を諸外国の空軍に売り込むことにいたしました。
電子装備を強化し、エンジンをさらに強力なものとし、主翼にフラップをつけて運動性を向上させたF-104Gを開発し、NATO諸国に売り込みをかけたのです。

この売り込みは成功を収め、F-104GはNATO諸国の標準型戦闘機といえるほどに各国に採用されました。
採用国はベルギー、デンマーク、西ドイツ、ギリシャ、イタリア、オランダ、ノルウェー、トルコのNATO諸国に加え、カナダ、中華民国(台湾)、スペイン、ヨルダン、パキスタン、そして日本の十四ヶ国でした。
(上記はF-104Gだけではなく、F-104の運用国)
西ドイツのF-104G

F-104はこうした採用国では主に迎撃機として使われ成功を収めました。
台湾やパキスタンのF-104は実戦も経験し、敵機撃墜も記録しています。
ただ、事故も多く、特に西ドイツでは天候の不安定な欧州での使用ということもあり、300機近くもが失われるという事態を引き起こし、「未亡人製造機」というありがたくないあだ名を付けられてもおりました。

米軍ではあまり使われなかったF-104でしたが、こうして各国の採用のおかげで生産数は2500機を超えるものとなりました。
イタリア空軍のF-104が姿を消したのは2005年になってからで、息の長い戦闘機でもありました。
そしてまた、日本の航空自衛隊にとっても、F-104は重要な戦闘機となりました。

つづく
  1. 2011/08/16(火) 21:17:54|
  2. 趣味
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<栄光 | ホーム | なかったよ・・・orz>>

コメント

スターファイター
きましたわぁ(笑)
  1. 2011/08/17(水) 03:11:49 |
  2. URL |
  3. 七誌 #-
  4. [ 編集]

>>七誌様
お待たせいたしましたー。
  1. 2011/08/17(水) 20:51:38 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

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