二月最後の今日と明日の二日間で、短編SSを一本投下します。
タイトルは「サイボーグ兵57号」です。
楽しんでいただければと思います。
それではどうぞ。
『・・・・・・』
俺は無言で夜の通りを走る。
以前ならとっくに息が切れて走れなくなっているに違いないはずなのに、今の俺は息一つ切らしてはいない。
体内の機械化された循環器系や呼吸器系が俺の人工筋肉の運動を強力にアシストし、俺は通常の人間ではなしえないことを平気で行えるような躰になっていたのだ。
走る速度だって、時速四十キロという自動車のような速度でもう二時間も走っている。
人間じゃありえない・・・
そう、俺はもう人間じゃない・・・
全身を真っ黒な強化ラバーの皮膜で覆われ、頭には頭部をすっぽりと覆うヘルメットのようなものをかぶせられ、顔面部分にはガスマスクのような顔全体を覆うマスクが付いている。
目はそのガスマスクのレンズとなり、鼻と口はそのガスマスクの呼吸器部分になったのだ。
内臓は機械化され、骨も筋肉も人工のものに置き換えられ人間の数倍のパワーを発揮する。
右腕の外側には小型のレーザーガンが仕込まれ、背中には動力源となる小型のバックパックが背負わせられ、そこから伸びるパイプが腰の両脇へとつながっていた。
そして腰にはご丁寧に組織の紋章の付いたベルトが嵌っている。
全身を闇に溶け込む黒に覆われた異形の姿。
これこそが今の俺の姿であり、俺はサイボーグ兵57号という化け物になっていたのだった。
最初はただの転職説明会のはずだった。
不況で勤めていた会社が倒産してしまった俺は、次の就職先を探してその説明会に顔を出したのだ。
そこでは年齢二十代以下と三十代以上に分けられ、俺は二十代以下のグループで適性検査というものを受けた。
就職先の斡旋のため適性を検査するんだということだった。
そしてその検査でさらにグループが分けられ、別室に通された俺は、そこでガスのようなものをかがされて意識を失った。
今思えば、それは俺のようなサイボーグ兵にするための素材を求めていたのだろう。
俺は気が付くとどこか工場か研究所のようなところに連れてこられていた。
そしてベルトコンベアのようなものに躰を固定され、機械の中を通されたのだ。
機械の中を通るうちに、俺の躰の中は次々と機械に置き換えられていった。
意識はやがて失われ、次に目が覚めたときには俺の躰は今のようなサイボーグになっていたのだ。
俺は何の疑問も持たなかった。
サイボーグになったことをおかしなこととは思わなかった。
俺は組織の一員であり、組織の命令に従って行動することが当たり前に思えたのだ。
今ならそれが頭脳制御装置によるものだったとわかっている。
だからその装置が故障しなかったなら、俺は今でも組織の忠実なる一員だったに違いない。
その日、俺は組織のサイボーグ兵として仲間とともに戦闘訓練を行っていた。
訓練と言っても実戦形式であり、実弾も使われる。
訓練で破壊されてしまうサイボーグ兵もいるぐらいなのだ。
だが、その訓練を行うことで肉体の制御を機械が覚え、サイボーグとしての能力を発揮できるようになる。
サイボーグ兵が一人いれば、通常の軍隊の兵士など百人単位で相手ができるのだ。
組織がサイボーグ兵を使って何をするつもりなのかはわからない。
だが、遊ばせておくために作るのではないだろう。
いずれは戦争に使われることは明白だ。
だが、俺はそんなこと疑問にも思わず、組織の命令に従うことのみを考えていた。
誤射だったのか、それとも意図的だったのかはわからない。
俺の近くに砲弾は着弾し、俺はその爆発をまともに受け取った。
強化ラバーの表皮は砲弾の破片程度では傷一つ付かないが、爆風は俺を激しくたたきつけ、俺は頭を打ってしまったのだ。
すぐに体内のチェックが自動で行われ、戦闘能力等肉体機能には問題がないことがわかった。
だが、俺はそのときから組織の命令を素直に聞けなくなっていた。
おそらく頭脳制御装置に損傷が起こったのだ。
サイボーグ兵として組織に忠実に従うよう頭脳を制御する制御装置。
それが故障してしまったことで、俺は自我を取り戻した。
そして、自分がサイボーグ兵になってしまったことに気が付いたのだ。
俺の躰はもう元には戻らない。
この躰で生きていくしかない。
いっそのこと死んでしまったほうがいいのではとも思ったが、この躰はそう簡単に死ぬことすらできはしない。
自殺などしようと思ってもできないようになっている。
だとしたら、俺は最後に決定的な場面で組織を裏切ってやろうと考えた。
組織の命令に忠実なふりをして、組織の作戦に従い、その大事な場面で作戦を失敗させてやるのだ。
もちろん俺は殺されるだろう。
だが、作戦の失敗は組織にだってダメージを与えるはずだ。
何より裏切るはずがないと思い込んでいるサイボーグ兵の裏切りは大きなダメージになるはずだ。
うまく行けばサイボーグ兵自体の製造をやめることだってありえるだろう。
そうなればもう俺のような存在は生まれなくてすむ。
俺はそれ以後も組織に忠実なサイボーグ兵であり続けた。
組織の命に従い、ほかのサイボーグ兵たちと何も変わらないふりをし続けた。
幸いサイボーグ兵はある程度の自我は持っているので、ロボットのようなふりは必要ない。
組織に逆らいさえしなければいいのだ。
だが、俺はついに組織を抜け出さざるを得なくなってしまった。
決定的な場面で裏切るという思惑は費えてしまうが、仕方がない。
綾子(あやこ)・・・
お前を死なせたくはないんだ・・・
綾子・・・
俺の愛しい人。
お前だけは・・・
お前だけは死なせたくない。
俺は走る。
夜中の道をただひたすら彼女のいる町に向かって。
彼女に危険が迫っていることを知らせなくてはならない。
組織の次の作戦は病原菌の撒布だった。
伝染性は低いものの致死性の病原菌を撒いてその効果を確かめるというもの。
その対象となった地域には綾子が住んでいるのだ。
綾子とはもう三年の付き合いになる。
結婚の約束もしていた。
だが、勤め先の倒産で落ち着くまで延期ということになっていたのだ。
落ち着くための就職先を探してこんな目に遭うなんて・・・
あれから一ヶ月が経つ。
いまさらこの姿で綾子に会うなんてできるはずがない。
だが、せめて危険を知らせて町から脱出させなくては・・・
綾子に死んでほしくない。
綾子の住むアパート。
今俺はようやくたどり着いた。
すでに深夜の時間帯。
周りには誰もいない。
俺が組織を抜け出したことはまだ気付かれていないようだ。
俺は一気に三階建てのアパートの屋根にまでジャンプし、そこから綾子の部屋のベランダに飛び降りる。
傍から見れば不審者以外の何者でもないが、この際そんなことは言っていられない。
俺はそっとベランダの窓を叩き、綾子を起こそうとする。
彼女の部屋のベッドはこの窓のそばだ。
きっとすぐに気付くはず。
『だ、誰? 誰かそこにいるの?』
中から怯えたような声がする。
当然だろう。
夜中にいきなり三階の窓を叩く者がいるのだ。
恐怖に思って当たり前である。
『綾子・・・綾子・・・俺だ。健一(けんいち)だ』
俺はかつての自分の名を告げる。
ナンバーで呼ばれることが当たり前になっていたので、忘れかけてしまっていた名前だ。
ガスマスク状になってしまった口のために、マイクを通した声のように聞こえるかもしれないが仕方がない。
『えっ? 健一さん? 健一さんなの?』
『そうだ。俺だ。健一だ』
少し綾子の声から怯えが取れたようだ。
『健一さん・・・どうして? 今までどこに?』
起き上がってカーテンを開けようとする気配がわかる。
『だめだ。開けるな』
『えっ?』
『今の俺は以前の俺じゃない。綾子の知っている健一じゃないんだ』
そう・・・今の俺の姿は見せたくない。
こんなサイボーグ兵になってしまった姿など見せられるはずがない。
『健一さん・・・何が・・・何があったの? あなたがいなくなって一ヶ月も経ったわ。一体どこで何をしていたの?』
カーテンの向こうで問いかけてくる綾子。
きっとその表情は曇っているだろう。
俺が姿を見せないのを不審に思っているに違いない。
『それについては今は答えられない。だが、君に危険が迫っているんだ。どうか俺を信じて朝になったら実家に戻ってくれ』
『実家に? どういうことなの?』
『このあたり一帯に、ある組織の手で病原菌が撒かれる。だから避難してほしいんだ』
これを言わなければおそらく彼女は避難してくれないだろう。
だが、彼女がそのことを周囲に訴えても誰も信じまい。
ここは平和の国だからな。
『病原菌? そんな・・・信じられない』
『信じてくれなくてもいい。とにかく明日からしばらく実家に避難して・・・』
俺はその先を言えなかった。
周囲にサイボーグ兵の存在を感知したからだ。
『綾子・・・俺はもう行かなくちゃならない。俺のことは忘れてくれ。避難だけはしてくれよ』
『健一さん!』
俺がベランダからジャンプして飛び上がろうと思った時と、彼女がカーテンを開けるのは一緒だった。
彼女は口に手を当てて驚きの表情で俺を見つめ、俺はその目に俺の姿が映ったのを見ながらジャンプした。
『ここにいたのか、57号』
『お前が来るとしたらここだと命じられたが、その通りだったな』
綾子のアパートから少し離れたビルの屋上。
そこにジャンプした俺を挟むように、俺の左右両側にジャンプしてくる38号と40号。
この二人はコンビを組むことが多く、連携はお手の物だ。
まずいぞ・・・これは。
『おとなしくしろ。お前を連れ帰る』
『抵抗はするな。仲間と戦いたくはない』
38号と40号がじりじりと近寄ってくる。
連れ帰られてたまるものか。
脱走した俺が生かしておかれるはずがない。
どうせならただ殺されるよりもできるだけ逃亡して、組織の手を煩わせてやるほうがいい。
もしかしたらそのことで組織のことが明るみに出るかもしれないじゃないか。
俺は二人から逃げ出そうと走り出す。
隙をうかがってジャンプして逃げるのだ。
車の通りの多い幹線道路に出れば、人目につくような真似はできまい。
『ガッ!』
突然俺の躰に衝撃が走り、躰がまったく動かなくなる。
俺の脳には各部作動不能の警告が送られてくる。
ど、どうしたことだ・・・
動力にまだ不足はきたしていなかったはず。
何が一体?
『無駄だ。逃がしはしない』
『これはサイボーグの機能を封じる電磁パルスを撃ち出す銃だ。これで撃たれればサイボーグといえども動作不能になる』
俺のそばにやってきた38号と40号が、変わった形の銃を持ち俺を見下ろしていた。
レンズの目は無表情で、彼らが俺のことをどう思っているかはまったくわからない。
くそっ!
まさかこんな銃があったなんて・・・
『安心しろ。お前を生かして連れ返れとの命令だ。このままお前を連れ帰る』
『女はどうする? こいつと接触してしまったぞ。まあ、二三日中にはこのあたり一帯にあの作戦が行われるから放っておいてもいいのかもしれんが・・・』
『待て、本部に確認する・・・』
動けない俺を前に二人が会話する。
くそ、躰さえ動けば・・・
綾子・・・逃げろ・・・
『本部からの命令だ。女を連れて来いという』
『ほう、では連れて来るとしよう』
40号がジャンプする。
くそっ、声も出せないし首も動かせない。
まったく身動きができないなんて・・・
綾子・・・
逃げてくれぇ!!
『さて、戻るとしようか57号』
俺の躰を担ぎ上げる38号。
そのままジャンプしてその場を後にする。
俺はただなすすべもなく連れて行かれるままだった。
- 2011/02/27(日) 20:06:05|
- 怪人化・機械化系SS
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