本日から2000日連続更新達成と260万ヒット達成の記念としまして、SSを一本投下いたします。
タイトルは「騎士物語」です。
悪堕ちSSとしてはちょっと微妙かもしれませんが、お楽しみいただければと思います。
それではどうぞ。
「騎士物語」
ノーライフドール・・・そは命のないアーマドールのこと。
闇の中、永劫に動き続ける呪われしアーマドール。
命あるものを憎み、妬み、そして殺していく魔に取り憑かれたアーマドール。
そに魅入られしアーマドールもまた、ノーライフドールとなりにける。
その邪悪なる姿を見た者で、帰ってきた者はいまだおらず・・・
(吟遊詩人の間で伝わる詩の一節)
******
ずしんと言う衝撃がシートに伝わってくる。
“エリーヌ”の持つバスタードソードが相手のブロードソードを受け止めたのだ。
思わず操縦悍を握る手に汗がにじむ。
もし受け損なっていれば、あのブロードソードは“エリーヌ”の鎧をぶち破り、私の肉体など赤い血の染みに変えてしまっていたことだろう。
『どうしたのですか、マスター? 動きが鈍いです』
頭上からエリーヌの声がする。
クッ・・・
ここ数日乗らなかっただけで、動きに鈍さが出ているのかしら?
「ありがとうエリーヌ。助かったわ」
私は素直に感謝する。
私の反応だけでは、正直あの一撃は受け止められなかったかもしれない。
『礼は不要です、マスター。気をつけてください。次が来ます』
操縦席にいる私の正面にはスリット状の覗き穴があり、そこから相手の重厚なアーマドールが見えている。
相手は一度後退して間合いを取り、私と向き合っていた。
その剣が陽光に輝き、次の一撃を繰り出すべく伺っている。
「了解。次は油断しない」
私は唇を舐めて湿らせる。
騎士が乗り込んで操縦する巨大な自動鎧とも言うべきアーマドール同士の戦いは、一瞬の油断が命取りになるのだ。
『それでこそマスターです。おそらく次は中段からの一撃を狙ってくると思います』
「了解。中段ね」
私はエリーヌの判断に全幅の信頼を置いている。
アーマドールの頭部に位置する彼女はまさしく“エリーヌ”の頭脳。
“エリーヌ”を使う上で、彼女のサポートは欠かせない。
『王の騎士よ! おとなしく降伏するんだな。女のくせにアーマドールなどに乗って命を粗末にするものではない』
相手のアーマドールから声がする。
こちらに降伏せよと言っているのだ。
冗談ではない。
国王陛下の命なのだ。
むざむざとこの地を獲られてなるものか。
私はペダルを踏み込んだ。
すぐに私の動きに反応して、“エリーヌ”の巨体が走り出す。
相手との距離を一気に詰め、その胴を薙いでやるのだ。
『何っ?』
こちらの反応が予想外の早さだったのか、相手の対応が一瞬遅れた。
ラウンドシールドを構えてこちらの攻撃を受け流そうとするが、私の方が動きが速い。
“エリーヌ”のバスタードソードが、相手のシールドごと腕を弾き飛ばし、そのまま胴に一撃を食らわせる。
アーマドールの循環液が飛び散り、銀色の鎧がひしゃげていた。
そしてそのまま巨体が倒れこみ、納屋を一軒押しつぶす。
「そこまで! 陛下の騎士の勝ちとする」
戦いの見届け人が宣言し、戦いは終わった。
私はほっと一息を付くと、バスタードソードを鞘に収める。
見ると、倒れこんだ相手のアーマドールの胸と頭から、騎士とユニットドールが這い出してくるところだった。
「くそっ。こんなはずでは・・・お前がちゃんとしないから!」
いかにもプライドの高そうな若い騎士がユニットドールを蹴飛ばしているのを見て、私は気分が悪くなる。
どうして自分のアーマドールのユニットドールを蹴り飛ばすなんてことができるのだろう。
ユニットドールなくしてアーマドールなど動かすことはできないのに・・・
「申し訳ありません、ガストン様。申し訳ありません・・・」
地面に蹴り転がされ、踏みつけられながら必死に謝罪しているユニットドール。
人間ではないとはいえ、その外見ははかなげな少女に過ぎない。
躰にぴったりした特殊なスーツをまとい、アーマドールの頭部で動きを制御する大事なユニットなのに・・・
「そういうことは領地へ戻ってからやってくれない? 見るに耐えないわ」
私は“エリーヌ”をしゃがませて、胸のハッチを開ける。
そして操縦席から降りると、相手の騎士に向かってそう言った。
「くそっ! この俺が女に負けるだなんて・・・くそっ! くそっ!」
もう一度足でユニットドールを蹴り、こちらに一瞥をくれて去っていく相手の騎士。
よくあれで騎士が務まるもの。
男爵領の人間が嫌われるのもわかる気がするわ。
地面から起き上がった紫色の髪のユニットドールが私をチラッと見て、すぐに自分のアーマドールに戻っていく。
再起動して引き上げの準備をするのだろう。
巨大な家畜モーガブルが六頭で牽く台車がやってきて、胴部のひしゃげたアーマドールを載せて行く。
それを見ていた私の横に、“エリーヌ”を同じく台車に横たえたエリーヌがやってきた。
「お疲れ様でした、マスター」
「ありがとうエリーヌ。あなたのおかげで何とか勝てたわ」
「いいえ、マスターの実力です。おめでとうございます」
躰にぴったりした白いスーツを着た小柄な少女が、私ににこやかに微笑んでいる。
金色の髪と青い目が美しい。
騎士たちの間で、ユニットドールを愛玩する者たちがいるというのもうなずける。
「国王陛下の代理人たる見届け人として宣言する。この土地争いは国王陛下の騎士、クロディーヌ・ラシェルの勝利を持って決着となす。ビュシエール男爵家も異論はありますまいな?」
「ビュシエール男爵家の代理人たる見届け人も了承する。男爵閣下にはそのように伝えましょう」
双方の見届け人が書類にサインを交わしてお互いに渡す。
これでこの戦いは終わったのだ。
「おめでとう、ラシェル殿。国王陛下の代理として礼を言いますぞ。これでこの村の帰属は王家直轄領に組み入れられることになった。今後ますます発展していくであろう」
栄養の行き届いた血色のいい中年の男性が私の元へ来る。
私はすっと膝を折って一礼した。
相手は国王陛下の代理人。
機嫌を損ねるわけには行かない。
「ありがとうございます。これもひとえに国王陛下のご威光の賜物と存じます」
「おそらく王都に戻り次第陛下からお言葉を賜ることになるでしょう。しかと心得て置かれますよう」
「ハッ、ありがたき幸せ」
私は陛下の代理人が立ち去るまで頭を下げていた。
やがて代理人が立ち去ると、私は立ち上がってほっと一息つく。
「おめでとうございます。マスター」
後ろに控えていたエリーヌがやってくる。
「ありがとうエリーヌ。でも、王都に戻ればまた陛下のお呼び出しがあるんでしょうね」
私は思わず苦笑する。
「仕方ありません。マスターはそれだけのことをしているのですから」
エリーヌが微笑んでいる。
この笑みが作られたものであるなんて考えづらい。
ファクトリーの連中はいったい何を考えてユニットドールの形を少女を模して作ったのかしら。
「“エリーヌ”の固縛は完了しました。いつでも出発できます、マスター」
金色のショートの髪が陽光に輝く。
ぴったりした白い特殊スーツはその少女らしい躰つきをまったく隠そうともしていない。
普通ならばとても恥ずかしいだろうに、彼女はまったくそんなことは感じていないのだろう。
私ならあのスーツはとてもじゃないが着られない。
今着ているこの躰にフィットしたチェインメイルだって、アーマドールから降りたらなんとなく恥ずかしいのに。
「それじゃ、戻るとしましょう。まだ日は高いから、次の町までは充分に行けるわ」
「はい、マスター」
エリーヌがにっこりと微笑んだ。
******
日の傾いた中、町へと通じる道を馬を進ませる。
そろそろ宿場町が見えてくるころだ。
今日はそこでゆっくりできるはず。
“エリーヌ”の本格的な点検は無理でも、表面の汚れぐらいは落としてやらないとね。
先頭を行く私の背後では、ごろごろと重い地響きを立てて六頭のモーガブルが牽く台車が、アーマドールである“エリーヌ”を載せて付き従っている。
傾いた日が“エリーヌ”の白銀の装甲板を輝かせ、その脇にちょこんと腰掛けている金色の少女の髪も同時に輝かせていた。
“エリーヌ”を載せた台車のさらに後ろには、国王陛下より付けられた従者が数人、荷馬車に乗って付いてくる。
荷馬車の荷台には、彼らのほかに“エリーヌ”用の消耗品が山のように載せられていた。
巨大な魔法機械であるアーマドールは簡単には動かない。
動かすにはそれこそ大量の消耗品が必要になる。
各部を駆動させる循環液も、動くたびに補充してやらなくてはならない。
関節の部品も磨り減るのが早いので、先ほどのような戦闘をやった後は取り替えるのが望ましい。
動力源の心臓石も、一定期間ごとに取り替えなくてはならない。
アーマドールを所有するということは、本当に金がかかるのだ。
今回のような国王陛下からの命での出陣であれば一定額の支度金が出るものの、陛下の命令を賜るのは名誉であるとの思いから、たいていは自腹で不足分を補わなくてはならない。
それだけは頭が痛いことではある。
私は再度背後を振り返る。
小山のような巨獣モーガブルの背中越しに、台車に横たわった“エリーヌ”が見える。
その横の少女が歌っているのだ。
アーマドールと同名の少女。
アーマドールと一緒に作られ、一生をその制御にささげる少女。
見た目は人間となんら変わらない。
白磁のような肌はやわらかく温かみすら持っている。
青い目は澄んでいて美しく、その声は聞くものを虜にするほど綺麗。
後ろの連中もエリーヌの声に聞き惚れているようだ。
先ほどまでの無駄口が静かになっている。
私もその歌声を聴きながら、馬を進めるのだった。
******
五日後、私たちは王都カディアスへと戻ってきた。
今回の遠征はそれほど僻地というほどでもなかったが、辺境であったことに間違いはない。
王都の城門をくぐれば、そこには懐かしくなる喧騒が満ち満ちていた。
雑踏の大勢の人の体臭。
道路の隅にぶちまけられている汚物。
商店に並ぶ干し魚や干し肉の臭い。
同じ商品でも果物や野菜はまた違う香りを放っている。
それらが入り混じって、なんともいえない空気のにおいを形作る。
帰ってきた。
思わずほっとするものを感じる。
私は馬を進めながら、このけっしていいとは言えないにおいの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「アーマドールだー」
「わーい」
「わーい」
子供たちが駆け寄ってくる。
ここ王都カディアスでは、アーマドールはそれほど珍しいものではない。
とはいえ、王宮内に鎮座するアーマドールを見る機会など子供たちには無いだろうし、各貴族の所有するアーマドールにしても、そうそう目にするものでもないだろう。
子供たちは物珍しそうに、ゴトゴトと重い音を立ててゆっくりと通りを進む六頭牽きの台車の周りに集まり、その上に横たわる銀白色に輝くアーマドール“エリーヌ”を、その輝きに負けぬほどに目を輝かせて見ているのだった。
「あんまり近寄ってはいけません。危ないです」
「はーい」
台車の上からエリーヌに注意され、子供たちは素直に答える。
それでも子供たちは付いてくるのをやめようとはしない。
男の子も女の子もそれぞれ、台車の上の白銀の巨人と白い服の少女に目を奪われているのだった。
私は歩みを速めるでも遅くするでもなく、子供たちが付いてくるに任せる。
追い払うなんてまねはしたくないし、かといって帰宅を遅くする気にもならない。
子供たちも飽きればすぐに去っていくに違いない。
はたして、通りを一丁も進めば子供たちは去っていった。
台車の上で寝ているだけの動かないアーマドールなどすぐに興味を失ってしまうのだ。
私は子供たちに事故が無かったことに安堵し、やがて目的地に台車を着ける。
なつかしの我が家だ。
やっと帰ってきた。
私はエリーヌに指示して“エリーヌ”を起動させる。
モーガブルの牽く台車から降ろし、格納場所に置かねばならないのだ。
私はしゃがみこんだ“エリーヌ”の腹部にあるハッチから中に入り、操縦席に座り込む。
そして再度“エリーヌ”を立ち上がらせると、外に向かってこう言った。
「皆さんご苦労様でした。今回の遠征はこれで終了です。解散してください」
国王陛下から派遣されてきた付き人たちは、一様にほっとした表情で立ち去っていく。
モーガブル六頭立ての台車もごろごろと音を立てながら去っていく。
アーマドールは戦うための武器であり、移動のための道具ではない。
そのため、長距離の移動にはこうして台車で運ぶ必要があるのだ。
私はアーマドール用に設えられた出入り口から庭に入り、その一画を占める格納場所に“エリーヌ”を座らせる。
“エリーヌ”が入ってきたことで、家の中から黒服を着たベシエールがでてきて、にこやかに私を迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、クロディーヌお嬢様」
私はハッチを開けて“エリーヌ”から飛び降りた。
「ただいま、ベシエール。お爺様はお元気?」
「はい。このところはご気分もよろしいようです」
初老のベシエールは、父の代から仕えてくれる執事で、留守の間は屋敷のことを取り仕切ってくれている。
もっとも、うちはそれほど裕福ではないので、屋敷といっても小さなものだし、使用人もごくわずかだけどね。
「そう、それはよかったわ。外に馬と馬車が止めてあるので中に入れておいてちょうだい。私はエリーヌと一緒にお爺様に帰還の挨拶をしてくるわ」
「かしこまりました、お嬢様」
うやうやしく一礼するベシエール。
私は“エリーヌ”の動力を停止させてから降りてきたエリーヌを連れ、家の中に入っていった。
- 2011/02/08(火) 20:54:41|
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