「科学主任穂純」の二回目です。
楽しんでいただけましたらうれしいです。
2、
それからの穂純は、時々神能の誘いに応えるようになっていた。
もちろん仕事に差し支えるようなことはまったくなかったが、今までなら自主的に残って作業にあたっていた時間も、神能からの誘いがあればいそいそと出かけることが多くなっていった。
「それじゃ、あとはお願いね。そっちの作業は止めといてもいいわ。あとで私がやるから」
作業員に指示を出し、あわただしく更衣室に消える穂純。
その様子を技師たちは微笑ましく見ている。
男っ気のなかった風戸博士にも春が来た。
そう言われていたのだ。
「それじゃお先にー」
短めのタイトスカートのスーツに身を包んだ穂純が手を振って出て行く。
司令室で桃子の指示を受けていたテラズガーズの三人が、思わずその姿を目で追った。
「穂純博士はこれからデートかな?」
「そのようですね。楽しそうです」
佳乃と美愛がその様子を微笑ましそうに見送る。
タイトスカートから伸びる穂純の脚は、同性から見てもきれいで美しい。
あれなら心惹かれる男性も多いはずなのに、今までは白衣のすそで隠してしまっていたのだ。
「でも、大丈夫なのかな? 穂純博士がいないときに神聖帝国が攻めてきたりしたら・・・」
早智恵が心配そうに司令官の桃子を見る。
だが、桃子はまったく心配していなかった。
「大丈夫よ。穂純さんは仕事をおろそかにするような人じゃないし、すぐに連絡はつくようになっているわ。それに・・・」
「それに?」
「穂純さんに頼らなくても、あなた方がしっかりしていれば問題ないことよ」
にやりと笑う桃子。
もちろんこれは意地悪で言っているのではなく、三人に心配ないことを告げているだけなのだ。
「うわっ、やぶへび」
「仕方ない、トレーニングルームで一汗流してくるか」
「そうしましょう」
苦笑しながら司令室を出て行く三人。
「遅くなったかしら・・・」
腕時計に目をやりながら道のりを急ぐ穂純。
待ち合わせ場所には、すでに神能が待っていた。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
「いや、今来たところだから気にしないでいいよ」
神能はそう言ってくれるが、おそらくは10分ぐらいは待たせたはずだ。
穂純は神能の心遣いがうれしかった。
「それじゃ行こうか。美味しい店があるんだ」
「ええ、聖さん」
穂純はいつものように神能の腕を取る。
男性の腕に寄り添って歩くのは素敵だった。
穂純は神能に連れられ、今日も楽しい時間をすごすのだった。
こういうのも悪くないものだな・・・
ワゼックは、隣で寄り添うように寝ている女を再び抱き寄せる。
カザトホズミ・・・
最初はテラズガーズの科学主任ということで、うまく行けば手駒とし、悪くても抹殺することでテラズガーズの力を弱めることができればいいと思っていた。
だが、ここ数日付き合っているうちに、この女を心底から配下にできればと思っていたのだ。
そのために洗脳装置を作らせる。
この女の持つ技術であれば、おそらく不可能ではないだろう。
問題はいかにして作らせるかだ。
幸い、精神感応の力で、この女はかなり自分に気を許している。
こうしてベッドを共にすることもできるようになった。
セックスの相性も悪くない。
自分に抱かれて淫らにあえぎまくるところは可愛いものだ。
この女ならそばに置いてもいいだろう。
ククククク・・・
******
「穂純博士、どうしたんです?」
「何かあったんですか?」
ぼうっとしている穂純を見かけ、早智恵と美愛がやってくる。
「えっ? あ、ああ、なんでもないのよ」
穂純は笑みを浮かべて首を振った。
まさか作業中にほかの事を考えていたとは言えない。
今は作業に集中しなくては・・・
そう思う穂純だったが、頭の中は神能に言われたことでいっぱいだった。
心を開かせるための機械・・・
それが聖さんには必要だという。
重病を患っている少年。
だが、手術を受ければ助かる見込みはあるらしい。
でも、少年は病気のせいで心を閉ざし、誰の言うことも信じない。
手術を受けるように説得しても、どうせ手術したって苦しんで死ぬだけだと拒絶する。
聖さんは何とかその少年を助けたいのだ。
だから、一時的なものだとしても少年に彼のことを信じさせたいのだという。
聖さんは私が科学技術に通じていると叔父から聞いて知っていた。
だから、もしその子の心を開いてくれるような機械があれば・・・と言ったのだ。
私なら・・・
私なら多分できる。
人間の脳波に影響を与え、暗示を焼き付けて心理的な障壁を取り除くような装置を作る。
私ならできる。
でも・・・
そんなものを作ってもいいのだろうか・・・
もし・・・
もし悪用されたりしたら・・・
人の心に影響を与えてしまうような装置だから・・・
「穂純博士!」
「えっ?」
「データいつまで取るんですか?」
「えっ? あ、ああ、もういいわ」
あわてて穂純は早智恵から機器を取り外す。
ガーズスーツの強化に向けて、三人の基礎的データを取り直しているのだ。
今日は早智恵と美愛の二人だが、明日には佳乃も参加する。
神聖帝国が動きを見せない今のうちに、ガーズスーツの強化に取り込み、いずれ訪れるかもしれないピンチに備えるのだ。
「穂純博士・・・」
「えっ? 何?」
自分の躰から計測機器を外している穂純に美愛が声をかける。
「やっぱり変ですわ。心ここにあらずという感じです。何かあったのですか? もしかして彼氏さんとケンカでもしたのですか?」
背中までの長いつやつやした黒髪と切れ長の目をした物静かな雰囲気の少女が、穂純をじっと見つめている。
その目には彼女のことへの心配が浮かんでいた。
「ううん・・・そんなことないわ。ただ、ちょっと考え事をしていただけ」
穂純は微笑んで首を振る。
この子達に心配をかけることなどできない。
今回のことは単なる個人的なことなのだから。
だが、彼氏とケンカしたのかと言われたとき、穂純の心臓はどきんと跳ね上がったのだ。
聖さんとケンカ・・・
もし、今回のことを断ったことで聖さんとケンカ別れになってしまったとしたら・・・
キューっと胸が痛くなる。
いやだ・・・
そんなのはいやだ・・・
穂純にはもう神能のいない状況など考えられない。
神能を失うなど考えたくもなかった。
早智恵と美愛が退室してから、穂純はいつしか機能の計算を始めていた。
神能に頼まれた機械を作るのだ。
もちろんその少年にだけ使うことを約束してもらう。
一回だけ使ってすぐに廃棄すればいい。
そうすれば誰かに悪用されることもないだろう。
設計図も完成後は廃棄して、二度と作らなければいいのだ。
一回だけ。
一回だけ聖さんに使ってもらえればいい。
穂純は一心に少年の心を解きほぐすための機械を作り始めていた。
******
「ふあ・・・」
思わずあくびが出てしまう。
「眠そうだね。退屈かな?」
笑いながら話しかけてくる神能。
あわてて穂純は首を振った。
「とんでもない。聖さんとのおしゃべりが退屈だなんてことはぜんぜん。ただ、ちょっと寝不足で・・・」
「おや、仕事が忙しいのかい?」
穂純はまた首を振った。
「そんなことはないんだけど・・・聖さんに喜んでほしくて・・・」
少し頬が赤くなったのは、食事についているワインのせいではないだろう。
「ほう・・・もしかして脇にあるそれかな? 楽しみだね」
「あとでお渡ししますね」
穂純はそういって脇に置いた紙袋に目をやった。
美味しい食事と楽しい会話。
穂純は神能と過ごすこの時間が本当に好きだった。
食事を終え、少しほろ酔い気分の穂純を、神能が優しくエスコートする。
二人はいつもと同じく、二人きりになれる場所に入っていった。
すとんとベッドに腰を下ろす穂純。
隣には神能が腰掛け、穂純の肩に手を回す。
「聖さん・・・」
「穂純」
神能の唇が穂純の唇と重ね合わされる。
その手が胸に滑り降りてきたとき、穂純は残念そうにこう言った。
「待って・・・先にお渡ししたいものが」
「先に?」
お預けを食らったことに面食らう神能。
だが、渡したいものがあると言っていたことを思い出す。
「明日の朝バタバタするのはいやだし、きちんと話をしておきたいの」
「わかった。穂純の言うとおりにするよ」
ちょっと残念そうに穂純から身を引く神能。
ここ数回の逢瀬で、ワゼック自身穂純の躰に惚れ込んでもいたのだ。
穂純は一息ついてから、ゆっくりと紙袋の中のものを取り出した。
紙袋から出てきたものが、手編みのマフラーなどではないことに、思わず神能は笑みを浮かべる。
だが、穂純はまったくそれに気が付いた様子もなく、二人の間に取り出したものを置いていった。
「これは?」
おおよその見当は付いていたが、ワゼックである神能が問いかける。
「聖さんに頼まれたものを私なりに作ってみたの。おそらく、これで聖さんの言っていた少年の心を開くことができると思う」
真剣な表情を浮かべる穂純。
人の心を外部からいじろうという機械なのだ。
真剣になって当然である。
「本当かい? これで人の心を操ることができるのかい?」
「操るというのとは違うわ。これは相手に強力な暗示を刷り込む機械なの」
「暗示?」
「ええ。たとえば、聖さんはとても信用置ける人だから、その言うことには素直に従わなくちゃいけない。彼の言葉は信用できるから従わなくちゃいけないって言うような暗示を相手に刷り込むの。そうすれば、相手の少年は聖さんを信用するようになって、聖さんが手術を受けるように言えば、きっと言うとおりにするわ」
穂純の言葉にうなずく神能。
まさにこれこそが望んでいたものだ。
それをわざわざ敵である穂純が作ってくれるとはな。
「暗示か・・・だがすぐに暗示が解けてしまうような心配はないのかい? そのせいで逆にもっとかたくなになられてしまっては・・・」
「それは大丈夫だと思うわ。暗示はかなり強力に焼き付けられるはず。少々のことでは暗示が解けてしまうようなことはないと思うの」
「そうか。それならばいいんだ。ありがとう穂純。これで俺の願いがかなうよ」
神能は穂純の両手を取り、握り締めて感謝の意を伝える。
地球人には効果的なしぐさのはずだ。
「聖さん」
「ん? なんだい?」
「約束してほしいの。その少年に暗示をかけたら、すぐにこの機械を私に返すって。その子にだけ使って、ほかには一切使わないって約束して。そうじゃないと、私・・・」
真剣な表情を向ける穂純。
「わかったよ。俺が使うのは一回だけだ。約束する。それでいいかい?」
穂純が安心したようにうなずく。
メガネの奥の瞳もようやく安堵の色を浮かべていた。
「ん・・・」
意識がゆっくりと戻ってくる。
朝が来たのだろうか?
穂純はゆっくりと目を開けた。
見知らぬ部屋・・・ではない。
夕べ泊まったラブホテルの一室だ。
そういえば、夕べは聖さんと一緒に泊まったんだったっけ・・・
ベッドから起き上がろうとした穂純は違和感を感じた。
手足が動かないのだ。
「えっ?」
穂純は驚いた。
両手が後ろ手に縛られ、両足も足首のところで縛られている。
まったく身動きが取れなくなっているのだ。
「ど、どうして? 聖さん。聖さん!」
パニックに陥って神能の名を呼ぶ穂純。
その声を聞いたのか、すぐに神能が現れる。
「やあ、お目覚めかな? カザトホズミ」
「ああ、聖さん。お願い、誰かに縛られたの。解いてくださいませんか?」
「それはできないな。縛ったのは俺なんだから」
「えっ? ど、どうして?」
穂純は神能の言葉に面食らう。
いったいなぜ自分が縛られなくてはならないのだろう?
「君の作ってくれた機械の性能を、これから君で試させてもらうんだ。暴れられたりしたら厄介だからね」
「そんな・・・試すなんてしなくても・・・機械の性能は保証します」
「まだわかっていないんだね、カザトホズミ。俺はこの機械をガキのために使うつもりなんかないんだよ」
笑みを浮かべる神能に、穂純は背筋が冷たくなるのを感じた。
もしかして、自分はとんでもないことをしてしまったのではないのだろうか・・・
「テラズガーズの科学主任カザトホズミ。君にはいろいろと苦労をさせられたものだ。わが神聖帝国の魔獣をことごとく返り討ちにしてくれたね」
「えっ? どうしてそのことを?」
穂純がテラズガーズに所属していることは極秘中の極秘である。
知っているものは彼女の身内にさえいないはずなのだ。
なぜそのことを神能は知っているのだろう。
「ククククク・・・まだ気が付かないのか? 俺は神能聖などという地球人ではない。神聖帝国の皇子にして地球侵略の指揮官であるワゼックである」
神能の姿が揺らぎ始め、じょじょに黒い金属質の鎧とマントを身にまとった姿となる。
それは穂純も見たことのある、神聖帝国の指揮官の姿に他ならなかった。
「うそ・・・うそでしょ? 聖さんがワゼックだなんて・・・」
目の前のことが信じられない。
あの優しい聖さんが神聖帝国のワゼックだなんて・・・
そんなバカなことがあるはずが・・・
「うそではない。俺はお前を信用させるために地球人神能聖として振舞った。お前はそれにまんまと引っかかったというわけだ」
冷たい笑みを浮かべるワゼック。
穂純の目から涙が落ちる。
「信じていたのに・・・聖さんとなら一緒に生きていけると信じていたのに・・・だましたのね!」
「そういうことだ。俺はお前をだました。だが安心するがいい。すぐにまたお前は俺を信じ、俺のために尽くすようになる」
穂純の目が見開かれる。
「まさか・・・そんな・・・」
自分の頭に感じる異物感は、あの機械のリングだったのだ。
穂純は一度しか使わないという神能の言葉を信じ、機械の使い方を教えていた。
相手の頭にリングをはめ、暗示をパルスとして脳に送り込む。
そうして暗示を焼き付けることで、相手の心に作用し、暗示を強固に植え付けるのだ。
そのやり方を一から丁寧に穂純は神能に教えていた。
まさかそれが自分に使われることになるなどとは思いもせずに。
「お前の作った機械を、俺は有効に使わせてもらう。お前を俺のそばで働く一匹のメスにしてやろう。一生手元で可愛がってやるぞ」
「いやぁ・・・いやぁっ! やめてぇっ! 使わないでぇっ!」
必死に身をよじって手足の戒めを解こうとする穂純。
だが、ベッドに寝かされている穂純の両手も両足も自由にはならず、頭のリングも何かに引っ掛けてはずすということはできなかった。
- 2010/12/25(土) 20:31:33|
- 科学主任穂純
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