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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

エチオピア戦争(3)

本国のクリスピ首相の命令により、重要地点であるアンバ・アラギまで進出したイタリア軍約二千でしたが、その行動はついにメネリク二世からの宣戦布告を呼び込んでしまい、「(第一次)エチオピア戦争」が始まりました。

メネリク二世は、イタリア軍が欧州の近代火器を駆使してくるのを知っておりましたので、火力及び兵力でイタリア軍より優位に立とうといたします。
フランスより購入していた近代火器を装備した皇帝直属の部隊約三万人を集めたメネリク二世は、アンバ・アラギのイタリア軍に襲い掛かりました。

双方が近代火器を装備している以上、戦いの趨勢を決めるのは兵力の多寡でしたが、エチオピア軍三万に対し、イタリア軍二千では勝負になりません。
この「アンバ・アラギの戦い」で、イタリア軍は約千三百ほどもの損害を受け、後退せざるを得ませんでした。

この「アンバ・アラギの戦い」での敗北は、現地のイタリア軍司令官であるエリトリア総督バラティエリ将軍にとっても衝撃でした。
しかし、彼はエチオピア軍の実力をきちんと評価していたので、この敗北を受け入れ、分散していたイタリア軍を集結させることにいたします。
そして前衛をいったん下げ、拠点であるマカラにて防備を調えようといたしました。

「アンバ・アラギの戦い」でヨーロッパの軍(イタリア軍)に勝利したメネリク二世は、余勢を駆ってイタリア軍にさらに攻めかかります。
彼はマカラに後退したイタリア軍に攻撃を仕掛けますが、さすがに拠点にこもったイタリア軍は手ごわく、なかなか落とすことができませんでした。

しかし、マカラの守備隊もメネリク二世の軍勢に包囲されてしまったことで補給が続かなくなり、ここも後退を余儀なくされてしまいます。
イタリア軍の守備隊司令官はエチオピア軍と交渉の末、武装を保持したまま後退し陣地を明け渡すこととなりました。
メネリク二世もこれを承認し、イタリア軍は堂々と陣地を明け渡して後退していきました。

バラティエリはこれによって前線拠点を失いましたが、兵力は失うことを避けることができました。
彼はほぼ全兵力に等しい兵力をアドワに集め、そこでメネリク二世を迎え撃つつもりでした。
正確な情勢判断のできる彼は、メネリク二世の軍が皇帝直属の部隊以外は寄せ集めであること、アドワまで進出してくれば補給が続かなくなることなどをわかっておりました。
そのため、アドワでしばらく防御に徹することができれば、メネリク二世の軍勢は後退せざるを得なくなり、皇帝としての威信も地に落ちるだろうと考えていたのです。

アドワに集結したイタリア軍は、本国からのわずかばかりの増援や、現地徴収兵部隊(アスカリ部隊と呼ばれました)などを含め約二万人ほどだったといわれます。
砲も新式旧式合わせて50門ほどを装備しており、この兵力でアドワに篭もれば、メネリク二世もちょっと手が出せないだろうと思われました。

一方のメネリク二世も、自軍の有利な点と不利な点は承知しておりました。
彼の下にはエチオピア各地の軍閥が応援に駆けつけ、その数はなんと約十二万にまで膨れ上がっておりました。
また、彼らの三分の二は小銃などの近代火器を持っており、砲も40門ほどを装備していたため、火力の点でも引けは取らないものでした。

しかし、この数の多さは逆に不利な点でもありました。
皇帝直属の部隊だけではなく、各地の軍閥兵力も加わっていることで、指揮統率の面で困難であるばかりか、この大人数を食わせるための補給がまず追いつかないであろうことが予想できたのです。
そのため彼は短期決戦を目指さざるを得ず、バラティエリのイタリア軍がアドワに篭もって長期戦を戦う構えであれば、なかなか苦しい状況に追い込まれかねない状態でした。

ですが、戦いの女神はメネリク二世に微笑みました。
近代装備のヨーロッパの軍勢が、アフリカの原住民ふぜいに押されて立て篭もっているなどということは、政治的な状況からイタリア本国では認められるものではありませんでした。
当時の欧州各国の情勢では、そんなことをしていたら外交的に舐められてしまいかねなかったのです。
クリスピ首相は、バラティエリに出撃を命じざるを得ませんでした。

バラティエリ将軍は、本国からの勝手な命令を最初は何とかごまかして無視しようとしておりました。
十二万の軍勢に対して、のこのこ出て行っても勝ち目は薄いでしょう。
しかし、しばらく粘っていれば相手は自滅するのです。
それがわかっているのに、出撃するのは無意味です。

しかし本国はそれを許しませんでした。
バラティエリは解任もちらつかされ(実際に解任されたという説も)、出撃を強要されました。
ついにバラティエリは本国の命令に従わざるを得なくなり、イタリア軍はエチオピア軍に向かってアドワを出撃いたします。
1896年2月29日のことでした。
(第一次)エチオピア戦争の決戦である、「アドワの戦い」が始まろうとしておりました。

(4)へ
  1. 2010/08/27(金) 21:37:31|
  2. エチオピア戦争
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

はじめまして。

こんにちわ!はじめてのコメントします。
ブログ足跡ついでに挨拶コメントしちゃいました!
また覗きにきますね♪
僕のブログはちょっと気分悪くするかもしれないのであまりみないほうがよいかと・・・ではでは失礼します。
  1. 2010/08/27(金) 23:37:10 |
  2. URL |
  3. 信長 #-
  4. [ 編集]

>>信長様
こんばんはですー。
なんと、あれをお試し中ですか。
効果はどうなのかなーと気になっていたところです。
経過を楽しみにしておりますね。
  1. 2010/08/28(土) 20:54:11 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

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