今日は早めに更新。
お待たせいたしました。
丸五年連続更新達成記念&230万ヒット達成記念第二段SSを、今日明日で投下させていただきます。
タイトルは「クイーン・ビー」
なんと約一年半ぶりに帰ってきました「犯罪教授響子様」シリーズとなります。
お楽しみいただけますとうれしいです。
それではどうぞ。
1、
「はい、おしまいです」
私は患者さんの肩に打ち込んだ針をはずしてそのあとを消毒する。
「いやぁ、肩がずいぶん軽くなったよ。さすが馬(マー)先生のは本場大陸の鍼ですな」
患者さんが治療の終わった肩をぐるぐると回し、にこやかに肩こりが解消したことを伝えてくれる。
「あら、私は日本で開業してますから、もちろん日本の資格を得てますのよ。ですからどちらかというと日本鍼だと思いますわ」
これは本当のこと。
確かに基礎は大陸で身につけたものだけど、こうして日本で暮らすにあたって、日本で本格的に学んだことも多いのだ。
「本当ですか? いやぁ、でもそこらの鍼師とは違いますよ。実際先生にやってもらえば肩こりが一発で治りますからな」
太ったお腹を揺らして豪快に笑う患者さん。
どこぞの会社の社長さんって言う話だけど、こうして話している分には気のいいおじさんと変わらない。
「ありがとうございます。でも、鍼は気持ちの問題も大きいんですよ。お客様が私を信頼してくださっているからこそ、効果も大きいんですわ」
私はシャツを着ている患者さんにワイシャツを渡して着替えを促す。
おしゃべりもいいんだけど、次の患者さんが待っているのだ。
「そうなんですかねぇ。や、どうもありがとうございました。また寄らせてもらいますね」
「はい、ありがとうございます。」
私はにこやかに患者さんを送り出すと、次の患者さんを呼び込んだ。
「ふう・・・」
ようやく最後の患者さんを送り出したらもう八時。
遅くなってしまったわ。
芙美(フーメイ)が待っている。
早く帰らなくちゃ。
私は治療院の入り口を締めると、裏にある家に帰る。
この距離の近さだけは救いだわ。
でも、このぐらいの時間までやらないと患者さんは来てくれない。
会社帰りの方や、場合によっては残業を抜け出して来てくれる方もいる。
本当はもう少し早く閉めたいけれど、それでは食べて行くことができない。
「ふう・・・」
先ほどとは違う意味のため息が出てしまう。
日本で暮らすのは大変だわ・・・
「お帰りなさい、お母さん」
「ただいま芙美、いつも遅くなってごめんね」
玄関まで出迎えてくれた娘を私は抱きしめる。
まだ小学校3年生の娘を一人で留守番させておくのはとても忍びない。
でも、芙美は気にする様子もなくお手伝いもしてくれる。
なんてありがたいことだろう。
「待っててね、すぐにご飯の支度するからね」
「うん、芙美も手伝う」
「ありがとう。じゃ、さっさとやっちゃいましょう」
私は芙美をつれて家の中へと入っていく。
今日も一日が無事に終わった。
「はい、次の方どうぞ」
いつものように治療を終え、次の患者さんを呼ぶ。
すると、二人のグレーのスーツ姿の男性が入ってきた。
その胸に何か重そうなものが入っているのが一目でわかる。
「くっ」
私はとっさに腰を浮かすが、二人は黙って身振りで座るように促した。
「馬女士(ニュシー:女性に対する尊称)ですな。今日の診察は終わりです。われわれといっしょに来ていただきましょう」
「まさかここまで・・・お願い・・・どうか見逃して」
「そうはいきません。あなたはわれわれの一員ですからな。おとなしく来てください」
二人は鋭い眼光で私をにらみつける。
仕事に命を賭けている男達だ。
二人を相手にするのは容易ではない。
でも・・・
私はそっと針に手を伸ばす。
「おっと・・・下手な真似はしないほうが身のためですよ。お嬢さんがどうなってもいいのですか?」
私は全身に冷水を浴びた思いがした。
まさか芙美が・・・
まだ学校では?
「われわれの仲間が見張っています。いつでもお嬢さんは拉致することができますよ」
「くっ・・・」
私は唇を噛んだ。
こんな場所でひっそりと暮らしていれば見つからないと思っていたのに・・・
そこまでして私を・・・
「では、来ていただけますな? 馬女士」
「わかりました・・・」
私は従うしかなかった。
******
車に乗せられた私が連れてこられたのは、とある高級マンションだった。
街中の一等地にあるセキュリティ完備のすばらしいマンション。
あこがれる人も多いかもしれないが、今の私には無理やり連れてこられた牢獄に過ぎない。
エレベーターに乗せられた私は上層階の一つで下ろされる。
そしてそのうちの一室に連れて行かれた。
コンコンとノックの音が響く。
「馬女士をお連れしました」
インターホンに向かってつぶやくように言う灰色のスーツの男。
もう一人はピッタリと私の背後に立っている。
いつでも私を撃てる態勢にいるのだろう。
『入れ』
インターホンから声がして、男がドアを開ける。
「入れ」
促されるようにして私はその室内に入り込む。
床には絨毯が敷かれ、日本だというのに靴を脱ぐようにはなっていない。
そのまま入れということなのだ。
私は仕方なく足を踏み入れる。
芙美が人質となっている以上、私に選択の余地はない。
「ニイハオ、ようこそ同志馬美華(マー メイファ)」
奥の部屋、壁際に設えたデスクの向こうに座っている男が顔を上げる。
背後にはこちらをにらみつけてくる虎の旗。
男は多少やせ気味の躰をビジネススーツに収め、口元には柔和な笑みを浮かべるものの、射るような眼差しで私を見ていた。
「こんにちは。馬美華です。何か私に御用でしょうか? あいにく出張治療はおこなっていないのですが」
私はわざとに名前を日本語読みして、皮肉っぽく言ってやる。
この程度のことはしてもいいだろう。
「ふむ・・・それほど捨てたきた国は嫌いかね? 君の故郷だろう」
「私には思い入れのない故郷ですので」
机にふんぞり返って私を見上げる男に、私は嫌悪感しか抱けない。
「おい、この方は・・・」
私の背後にいた男達の一人が口を挟む。
「いい、いい、この女は私が何者かぐらいは知っているよ。なあ、馬女士」
当然ここへ私を連れてくるぐらいだもの、この男が組織の一員であることは疑いないし、背後の旗から見て老虎(ラオフー)会の幹部であることは一目瞭然。
「それで、私に何の用なのですか?」
私は彼らの会話を無視して用件を聞く。
どうせろくでもないことに決まっているけど、今の私は聞かざるを得ない。
ふう・・・
もう一度身を隠すにはどうしたらいいかしら・・・
「馬女士、君は“犯罪教授”と呼ばれる人物を知っているかね?」
「犯罪教授?」
なにかしら、そのふざけた名前は。
まるでフィクションから出てきたような名前みたい。
「そう・・・犯罪教授だ。最近あちこちで名前を聞くことが多くなっているのだが、知らないかな?」
「いいえ、聞いたことありません」
私は素直に首を振った。
犯罪教授など聞いたことがない。
「ふむ・・・最近ネットなどでは結構名が知れているのだがね。新聞にもちらほら名前が出ているようだが」
上目遣いに私を見上げてくる男。
いやらしい目つきだわ。
「あいにくネットはやりませんので」
家にパソコンはあるけど、ネットはほとんどやっていない。
治療院の会計などに使っているだけ。
たまに芙美と一緒に見ることもあるけど、犯罪がらみなど見たりしないし・・・
「まあ、いい・・・最近その犯罪教授に教えを請おうというけしからん連中が、本国内にも出始めたのだ」
「教え?」
「そう。犯罪教授は自分では何もしない。せいぜい部下を使って強盗や殺人をやるぐらいだ。むしろ奴はその知能を持って犯罪の教唆をおこなう。だからこそ犯罪教授と呼ばれるのだ」
苦々しい口調で男が言う。
どうやらその対応に苦慮しているというところか。
だが、どうして?
「奴は最近本国の富裕層からの依頼を結構受けている。他人を蹴落として這い上がってきた奴らだ。犯罪すれすれのことをやるぐらいはどうってことないのだろう。だが、それによってわれわれのビジネスに問題が起こるのはまずい」
「ビジネスに?」
「そうだ。奴らは今までわれわれが築き上げたバランスを崩しかけている。それはわれわれにとっては面白いものではない」
なるほど・・・
今まではそれぞれの組織を通して行っていたことを、犯罪教授の力を借りることで、彼らは自前で行い始めたということか・・・
組織に流れ込むはずの金が流れてこなくなるのは、組織にとっては死活問題。
何とかその影響を食い止めようというのだろう。
「そこでだ・・・君には犯罪教授と直接接触をしてもらいたい」
「直接接触?」
どういうことだろう・・・
「そうだ。犯罪教授の知能は並みじゃない。できればわれわれで確保したいが、それが無理な場合は・・・」
「無理な場合は?」
「抹殺しろ」
私はため息をついた。
私が呼び出された以上、そう言われることはわかりきっていたのに・・・
「なぜ私なのですか? 私は組織を捨てた身です。他にも暗殺を専門とする人間はたくさん・・・」
「数人送り込んださ。接触のために君以前にもな。だが・・・」
「だが?」
「誰一人帰ってこなかったよ。いずれもが行方不明だ。おそらく返り討ちに遭ったのだろう」
「まさか・・・組織のその手の人間を?」
私は驚いた。
だが、目の前の男の表情を見れば、それが嘘ではないことが理解できた。
「犯罪教授がどこの誰かはわかっているのですか?」
ターゲットがわからなくては話にならない。
だが、男は首を振る。
「確証を得るまでには至っていない。だが、少なくとも、ここにいることだけはわかった」
一枚の写真が私の前に放られる。
「女子高?」
「そうだ。君には組織の伝手を使って臨時職員として赴任してもらおう。そこにいる誰が犯罪教授なのかを確認して接触するんだ。そして場合によっては始末しろ」
私はもう一度ため息をついた。
拒否することなどできはしない。
芙美のためにも、私はここへ行くしかないのだった。
******
「おはようございます、馬先生」
「おはようございます」
「おはよう、ちゃんと朝食は食べてきた? 朝食抜きはだめよ」
私は苦笑しつつ、廊下ですれ違う生徒達と朝の挨拶を交わす。
国では先生とは男の人に対する尊称であり、女性に対しては使わない。
だが、ここは日本。
どこをどう操作したのかわからないが、私はこの学校の臨時養護教諭ということで赴任した。
以前勤めていた本当の養護教諭がどうなったかは私は知らない。
あんまり知りたいとも思わない。
「いっけない、遅刻遅刻ぅ」
「廊下を走っちゃだめよ。転んで怪我しないでね」
あわてて廊下を走っていく生徒に私は注意する。
以前叩き込まれた組織の特務としての習性が、私を養護教諭として違和感無く見せてくれている。
ふう・・・
それにしても・・・
本当にこの学校に“犯罪教授”とやらはいるのだろうか。
ここにいるのは600名ほどの女子生徒たちと、60名近い教職員。
その中に犯罪教授がいるとして、それは一体誰なのか。
接触しようと探った私の前任者達は、ここにいるらしいことまで突き止めたあとで全員が行方不明になっている。
ということは、逆に考えればここにいる可能性は高いということになる。
ふう・・・
私は保健室に入り込んで扉を閉める。
養護教諭のいいところは、普段は授業などを受け持ったりしないところ。
その代わり、いろいろな細かい仕事は多いんだけど、それでも保健室で一人になれるというのはありがたい。
私はとりあえず職員名簿と生徒達の名簿に目を通す。
こんなものを見ても意味はないけど、まあ、見ないよりはマシでしょう。
それにしても・・・
芙美さえ取り戻すことができれば・・・
こんな気の進まないことをする必要もないのだけど・・・
コンコンとノックの音が響く。
「どうぞ」
私は入り口に向かってそう言った。
「失礼します」
少し青い顔をしたセーラー服の少女が入ってくる。
またも私は苦笑した。
ここは女子高。
いつもの治療院ではないのだ。
セーラー服の少女が入ってくるのは当たり前ではないか。
「どうしたの?」
「すみません。朝からちょっと具合が悪くて・・・」
私はそう言う少女を椅子に座らせて額に手を当てる。
「熱はないようね。貧血気味とかある?」
「少し・・・」
「そう・・・だったらベッドで少し寝ていきなさい。一時間目はお休みしちゃいなさい」
私は多少強引に少女を寝かせることにする。
さっさと仕事を終えて芙美を取り戻すのだ。
「これを飲むと少しは楽になると思うわ」
私は薬棚から薬ビンを一本取り出す。
そこからシロップ状の液をスプーンにとって少女に渡す。
「これは?」
「漢方薬を液状にしたものなの。貧血には効くわよ」
私はできるだけさりげなくそう言った。
幸い私が大陸系の人間であることは紹介のときに言われたので、漢方に詳しいと思われてもいるはずだ。
「ん・・・」
少女は一息でスプーンの液を飲み干す。
ごめんね。
それは貧血に効く薬ではないの。
これから私が仕事をする上で、あなたに眠ってもらいたいためのお薬なのよ。
「すう・・・すう・・・」
薬を与えて十分。
少女は深い眠りについている。
私は机のところから立ち上がると、カバンから針を取り出した。
そして眠っている少女のところへ行き、少し着ているものを緩めさせた上で数ヶ所に針を打つ。
これこそが私の仕事。
尋問と暗殺を教え込まれた私の仕事なのだ。
「ん・・・」
少女の寝息が少し乱れる。
「聞こえますか? 聞こえたら返事をしなさい」
「は・・・い・・・」
少女は眠りながらそう答える。
問題はない。
「よろしい。あなたの名前は?」
先ほど保健室の利用者名簿に名前を記入してもらったけど、これで嘘かどうかが判別できる。
私の鍼で嘘をつける人間はいない。
「の・・・野川由美香(のがわ ゆみか)です・・・」
名簿と違わない。
偽名は使っていないということ。
まあ、普通の女子高生が偽名を使うわけもないけど。
「では、由美香さん、私の質問に答えなさい」
「はい・・・」
「犯罪教授というものを知ってますか?」
「はい・・・」
「どこで知りましたか?」
「テレビで知りました・・・」
もし誰か見ていたら、普通に私たちが会話していると思うだろう。
でも、少女は眠りの中。
起きたときには記憶はない。
「その犯罪教授がこの学校にいるということは知っていましたか?」
「いいえ・・・知りません」
「あなたから見て、もしかしたら犯罪教授かもしれないと思われる人はこの学校におりますか?」
「いいえ・・・おりません」
即答か・・・
怪しい人物らしき影は見えないということか。
まあ、当然でしょうけどね。
私はその後も二三質問したあとで彼女から針をはずす。
この娘は何も知らない。
でも、これをいくつか繰り返せば、犯罪教授の影を掴むことができるかもしれない。
だが、それ以上に、犯罪教授そのものが探られていることを感じて動き出す可能性が高いだろう。
それこそが狙い。
だから、多少怪しい行動だと思われても構わない。
動いてくれたほうが対処もしやすいのだから。
「ん・・・」
少女が目を開ける。
「あら、起きた? よく寝ていたようだけど調子はどう? もうすぐ一時間目が終わるけど、戻っても平気?」
「えっ? あ、は、はい。大丈夫です。なんだかすごくすっきりしました。ありがとうございます」
気分のいい目覚めだったのだろう。
彼女はとてもいい表情をしている。
まあ、尋問後に少し針でツボを刺激してあげたのが効いたんでしょうけどね。
私は頭をペコリと下げて保健室を出て行く少女を見送った。
******
「ふう・・・」
またしても私はため息をつく。
手がかりなし・・・
あれから一週間にもなるというのに、犯罪教授の影さえ見ることができない。
すでに針を使って尋問した人数は20人近い。
教職員も生徒もおこなっているが、そのいずれもがニュースやネットで犯罪教授を知っているに過ぎなかった。
それはある意味予想通りだったけど、犯罪教授側からの動きもないのだ。
もちろん私が針を使って尋問しているなどということは、そうはわからないだろう。
でも、臨時の養護教諭が何か怪しげな行動をしているというのは掴んでいるはずだ。
そうでなければ犯罪教授などとご大層な名前を名乗るには役者不足というものだろう。
できれば早く動いて欲しい。
いつまでもここで養護教諭の真似事をしているわけにはいかないわ。
芙美を早く迎えに行きたい。
毎日電話で話してはいるものの、芙美に会うことは許されない。
奴らの手の内に隔離されているのだ。
聞きわけがいいあの娘は今のところおとなしくしてくれているけど、そろそろいつもの学校に行きたいのは間違いないだろう。
一刻も早くこの仕事を終えて、芙美を迎えに行ってやらなければ・・・
「失礼します」
一人の生徒が保健室に入ってくる。
「あら、どうしたの?」
私は椅子を回して入り口のほうを向く。
入ってきたのは肩口までの茶色の髪にくりくりとした瞳の可愛らしい少女だった。
「なんだか朝から調子が悪くて・・・少し休ませてもらえませんか?」
「そう・・・顔色はそう悪くないようだけど、熱はありそう?」
私は立ち上がって女生徒のところに行く。
無言で首を振る女生徒の額に私は手を当ててみた。
「確かに熱はなさそうね。いいわ、少しベッドで寝ていきなさい」
私はいつものようにベッドを勧め、薬ビンからスプーンに薬を取った。
「これを飲むといいわ。漢方薬だけど楽になるわよ」
どうせたいした情報はつかめないだろうけど、情報収集は欠かせない。
彼女は黙って薬を飲むと、利用ノートに名前を書いてベッドに入る。
二年D組の案西響子さんか・・・
犯罪教授について何か知っているかしら・・・
すうすうと気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
私は仕事をこなしながらベッドにチラッと目をやった。
あどけない寝顔。
まだまだ彼女達女子高生は幼さが残っている。
可愛いものだわ。
そろそろいいかしらね。
私はカバンから針を取り出すと、静かにベッドに近づいた。
- 2010/08/17(火) 20:34:15|
- 犯罪教授響子様
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