帝都奇譚18回目です。
戦闘ばかりになりました。
とりあえず一段落・・・なんでしょうね。
18、
「ん?」
外に出た三倉は周囲を見回して雛華を探す。
だがそこに雛華の姿は無く、代わりに一人の女が近づいてきた。
長い黒髪を背中でまとめ、きりっとした表情で彼の方を見つめている。
とび色の瞳はまるで彼の内面を射すくめるかのようだ。
只者ではないな。
三倉は瞬時にそう思う。
「警視庁の三倉警部補・・・ですね?」
女性の質問に三倉はただ黙ってポケットからタバコを出す。
そしておもむろに火をつけ、深く吸い込んで吐き出した。
その煙は風に乗り、女性の方へ流れて行く。
「・・・・・・」
ほう・・・
女性はむせもしなければ顔をしかめもしない。
自制が効いているということか。
「だとしたら?」
三倉は再びタバコを吸う。
この女は何者だ?
どうして雛華はいない?
この女に救いを求めたとでもいうのか?
「あなたを処理します。これ以上あなたを野放しにはできないようですから」
冷たい声で静かに女はそう言った。
「処理? 処理する? どういうことかな、お嬢さん?」
おそらくは雛華よりも年下だろう。
青臭い小娘に何ができるのか・・・
「こういうことですわ。吸血鬼さん」
瞬時に三倉は横に飛ぶ。
彼のいたところをきらめくものが飛びさり、脇の電信柱に突き立った。
手裏剣?
棒手裏剣か。
この女・・・
よけられた・・・
月子は舌打ちをする。
充分に予測の範囲内ではあったものの、やはり目の前でよけられるというのは屈辱だ。
札と手裏剣を主武器とする彼女にとって、最初の一撃はやはり重要。
魔物相手には速戦即決が大事なのだ。
月子は飛び退って距離をとる。
捕まるわけには行かない。
魔物の強大な力に捕まったら逃げようが無いのだ。
「ちいっ! 女、何者だ!」
三倉もカンカン帽を手で押さえながら電信柱を盾にする。
懐から取り出した拳銃が鈍く光る。
「宮内省の者よ」
月子は苦笑しながらそう言った。
魔物相手に所属を教えても意味が無いのにね・・・
「宮内省だと? そんなところが・・・」
三倉の銃が火を噴く。
だが、月子はすでに位置を変え、拳銃の弾は空しく月子の影を撃ちぬいて商店のガラスを突き破る。
「キャー!」
「うわぁ~!」
周辺を歩いていた人々から悲鳴が上がる。
すでにそこそこ遅い時間だったが、銀座の夜はこれからなのだ。
周囲には人も多い。
結界は張っているものの、音までは遮断できないし、姿を消せるわけでもない。
せいぜいが人の注意をそらし、結界内に入らないようにさせるぐらいなのだ。
こんなところで殺りあう羽目になるとは・・・
わかっていたことだが悔やまれる。
だが、魔物を放置しチャンスをうかがっているうちに、一般人が犠牲になるのであれば本末転倒だ。
魔物は見つけ次第倒す。
これが宮内省所属の退魔師の基本姿勢であった。
もっとも、この方針が疑問の余地があるのも疑いない。
このような人目のあるところでの戦闘は決して好ましいものではないのだから。
「チッ」
自前の桑原製軽便拳銃を構え、月子の動きを目で追う。
宮内省か・・・
なるほど、俺たちの相手は警察でも軍でもなく宮内省だったとはね。
気が付かなかったぜ。
三倉は電信柱の影から再び拳銃を撃つ。
もとより命中してくれればそれに越したことは無いが、おそらくは無駄だろう。
だが、足止めになればそれでいい。
おそらく弾を入れ替えようとすれば近づいてくるだろう。
それが狙いだ。
そのときは・・・
三倉は唇を舐める。
あの女も美味そうだ・・・
拳銃の弾などはさほど気になるものでは無い。
向けられる瞬間のタイミングさえはずさなければ、かわすぐらいはできるのだ。
でも、いつまでも撃たせておくつもりも無い。
月子は棒手裏剣を取り出し、三倉の右手に投げつける。
牽制だがその間に近づければいいのだ。
かつかつという小気味のいい音が響き、電信柱に棒手裏剣が突き刺さる。
「うおっ!」
動き回りながらだというのに、女の手裏剣は正確そのものだ。
腕を引っ込めるのが遅かったら、銃は弾かれていただろう。
やはりこんなものに頼るのは無意味か・・・
三倉は周囲を見渡す。
あの女の結界やら銃の音やらで人は逃げ散っている。
もう少ししたら巡査あたりが駆けつけてくるだろう。
まあ、その時には肩書きがモノを言い、黙らせるぐらいは問題ない。
問題はあの女だ。
ちょっと手強そうだが・・・
人間風情に何ができるものか・・・
月子はそのまま躰を回転させて地面を転がる。
動きを止めるわけには行かない。
拳銃弾もそうだが、目で射すくめられることも避けねばならないのだ。
彼らの目はこちらの動きを封じてしまう。
そうなればまな板の上の鯉よろしく、月子は三倉の思うままにされてしまうだろう。
月子は手近な遮蔽物に身を潜めて札を取り出す。
そして、念を込めるとその札を放った。
かかった!
三倉が笑みを浮かべる。
弾を取り替えるために軽便拳銃を折り、薬莢をばら撒いたのだ。
それが罠とも知らずに女は遮蔽物を飛び出してくる。
拳銃などはおもちゃに過ぎない。
爪と牙が本命なのだ。
三倉は拳銃を放り投げ、肉食獣の機敏さで電信柱の影から飛び出す。
その右手の爪は鋭く尖り、女の柔肌を切り刻もうと突き出された。
スッ・・・
「なにっ?」
三倉は驚いた。
彼の爪は飛び出してきた女の躰を何事も無かったかのように通り抜けたのだ。
それと同時に女の躰もかき消すように消え去って行く。
後には爪の先に引っかかった紙切れがあるだけだった。
「しま・・・った」
三倉は臍を噛む。
その瞬間に彼の腹に衝撃が走った。
三倉の腹には月子より放たれた棒手裏剣が深々と刺さっていた。
そして、その棒手裏剣にはまたしても紙切れが付いている。
「滅!」
月子のその言葉と同時にそれは発火し、一瞬のうちに三倉の全身を炎が包んでいた。
「バ、バカな・・・」
それが最後の言葉だった。
「ふう・・・」
月子は立ち上がって衣服に付いた土を払い落とす。
こんな時のための洋装ではあるものの、やはり戦装束とは違って動きづらい。
まあ、着物も動きづらいのは同じことだけどね。
そう思いながら、目の前で燃え崩れて行く三倉の姿を黙って眺める。
これでまた一体魔物は消えた。
効率が悪いようだが、こうやって一体ずつ倒して行くのが、結局は早道となる。
「やれやれ・・・」
周囲に目を向ける月子。
派手に殺りあったせいであちこちガラスが割れたりと被害も大きい。
「金がかかるわね・・・所長が頭を抱えそうだわ・・・」
月子はそう言うと、周囲の喧騒をしり目にその場を後にした。
- 2006/12/29(金) 21:16:24|
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