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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

三突

1914年に始まった大戦争、いわゆる第一次世界大戦は、塹壕に立て篭もる敵の機関銃との戦いと言ってもいい戦争でした。
塹壕陣地に適切にすえつけられた機関銃は、故障したり弾が切れたりしなければ、いつまででも火力を発揮し続けて歩兵の接近を許さないものでした。

砲撃で大量の砲弾を叩き込んでも、必ず数ヶ所の機関銃陣地は生き残り、歩兵の突撃を阻止してきます。
各国はこの機関銃対策に頭を悩ませました。

そこで英国が発明したのが戦車でした。
装甲を貼った車両を使うことで、機関銃弾を跳ね返しながら進もうというのです。
この構想は成功を収め、ドイツ軍は大きな衝撃を受けました。

しかし、当時の戦車はまだまだ未成熟の兵器でした。
故障も多く、攻撃配置につくことさえ至難の業であり、さらには装甲も薄かったため、野砲で簡単に撃ち抜かれてしまう程度だったのです。
そのため、ドイツはこの時点では戦車にさほど魅力を感じませんでした。

ドイツは歩兵の問題は歩兵で解決することを考えます。
攻撃前におこなわれる砲兵の砲撃のあと、歩兵が突撃をするそのときが一番無防備になる瞬間でした。
そのときに、歩兵のすぐそばで歩兵といっしょに動く軽量の小型砲があれば、歩兵を狙ってくる機関銃陣地をその砲でつぶそうと考えたのです。
いわゆる歩兵部隊に配備される歩兵砲の開発でした。

歩兵砲は、歩兵支援には有効な兵器ではありましたが、操作するのはあくまで生身の砲手であり、防盾があったりするものがあるとはいえほとんど無防備に近いものでした。
そうなると、砲手も機関銃弾に倒されてしまうことになり、突撃時の火力支援がうまくできなくなる可能性も充分に考えられます。
そこで歩兵砲を装甲で囲んで、さらに自走できるようにしたらどうだろうと言う考えが生まれました。
これが突撃砲の概念でした。

第一次大戦終結後、戦車先進国であった英仏では、戦車による歩兵支援というものが当たり前と考えられておりました。
戦車は歩兵に従属するべきものであり、当然敵機関銃に対する攻撃を行なうのも戦車でした。

しかし、ドイツでは第一次世界大戦後戦車に対する考え方が大きく進みました。
戦車はその機動性を発揮して敵の弱点を着くべき機動兵器と考えられたのです。
そのためには戦車を歩兵に従わせるのではなく、歩兵が戦車に追随することが求められます。
そのため歩兵の自動車化や機械化が進むことになるのですが、そうなると歩兵の支援を戦車がおこなうということは考えづらくなりました。

そこで突撃砲の概念が有効と見なされ、新たに開発されることになります。
1935年、のちにドイツ軍の名将とされるマンシュタイン将軍によって突撃砲の開発が提案され、翌1936年6月にダイムラーベンツ社に車体の、クルップ社に搭載砲の開発が命じられました。
この両社に開発が命じられたという時点で、ドイツ軍には突撃砲がどのようなものになるのかは見えていたのではないでしょうか。
なぜならダイムラーベンツ社はのちの三号戦車を開発中であり、その車体を使うであろうことは自明の理でしたし、クルップ社はのちの四号戦車に搭載する短砲身75ミリ砲を開発中であったため、その砲が流用されることもまたわかりきったことだったからです。

こうして開発が始まった突撃砲は、のちに予想通りに三号戦車の車体に四号戦車の主砲と同等の75ミリ砲を備えた自走砲として完成しました。
特筆すべきはその背の低さであり、開発目標とされた当時のドイツ人の平均身長を越えないという目標よりはやや高いものの、それでも人間の身長とほぼ変わりない低さだったのです。
背の低さと大口径砲を搭載するために砲塔はなくなりましたが、機動兵器である戦車とは違うので、固定砲でも充分と考えられました。
その代わり、元となった三号戦車よりも装甲厚は若干増して50ミリにされました。
これは歩兵とともに敵陣に突撃するため、近距離で敵弾を受けるだろうと考えられたからです。

三号突撃砲の試作車は1938年ごろには完成したといわれますが、最初の時点では天井のないオープントップだったと言います。
ただ、オープントップでは敵弾の影響を受け安いため、1939年ごろには天井をつけたクローズトップへと変えられました。
top1.jpg

最初の量産型のA型は第一陣として30両が作られ、のちに20両が追加されて合計50両が作られました。
そして1940年に始まった西方電撃戦に投入され、歩兵支援に活躍します。
終戦までドイツ歩兵の一番頼りになる頼もしい味方、三号突撃砲の完成でした。

それではまた。
  1. 2010/06/03(木) 21:30:32|
  2. 趣味
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  4. | コメント:3
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コメント

機関銃

舞方雅人さん、こんにちわ。
時々覗かせて貰っています。
レギュラーじゃない私がここに書いても良いのかしな?

「機関銃」に反応します。

ご存知かも知れませんが「ガトリング銃」を発明した「リチャード・ガトリング」が「私の発明は世界の人々の平和の役に立つ。今まで100人の兵士が100挺の鉄砲を持つしかなかったのが、たった一人の兵士で済むからだ」とか何とか言っていましたよねえ。
物は言いよう。
何を言っているんだか、ですよねえ。
  1. 2010/06/04(金) 18:58:32 |
  2. URL |
  3. SYU #7uWSEVlg
  4. [ 編集]

>>SYU様
ようこそおいでくださいました。
いつでも書き込んでくださいませ。
毒ガスも原爆も開発するときにはこれで戦争ができなくなるっていいますよね。
でも、作られたけど使われない兵器ってのは、これからも多分ないんでしょうね。
  1. 2010/06/04(金) 21:15:35 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

>>拍手コメントの山崎様
こちらこそこちらでははじめまして。
当方のブログ記事が少しでもお役に立てるというのは私にとってもうれしい限りです。
今後ともよろしくお願いいたします。
  1. 2010/06/07(月) 21:14:52 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

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Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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