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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

フォークランド紛争(2)

英国が機動部隊を送り出した1982年当時、フォークランド諸島には約千八百人ほどの島民がおりました。
その95%は植民地時代に渡ってきた英国人の末裔であり、島民自体がフォークランド諸島が英国の領土として存続することを望んでいるという英国の主張を裏付けるものでした。

しかし二十世紀に入り、二度の世界大戦によって疲弊した英国がその世界的な経済力を失ってくると、アルゼンチン内部で英国による経済支配からの脱却を図ろうという動きがでてきます。
彼らは英国による経済的植民地支配の象徴とも言うべきフォークランド諸島を取り戻すべく、英国に対し働きかけを開始しました。

1964年にはこのフォークランド諸島の帰属問題をアルゼンチンが国連に提訴。
翌65年の国連総会では、英国及びアルゼンチンに対し、この問題を平和的に解決するようにとの決議も採択されました。

また、英国の低下した能力では維持しきれなくなっていたフォークランド諸島における行政や医療などの各種サービスを、アルゼンチン側が肩代わりをして行なうということまで、アルゼンチンは行なっておりました。

そのためアルゼンチン国内では、次第にフォークランド諸島の帰属問題についての意識が高まっていき、武装集団が航空機をハイジャック後に、フォークランド諸島の都市ポート・スタンリーに強制着陸させるなどの実力行使も行なわれるほどでした。
しかも、アルゼンチン市民はそうした行動を喝采を持って迎えるようになっていたのです。

一方で英国としては、位置関係から戦略的には重要であるものの、さしたる産業もないこのフォークランド諸島は経済的には維持の難しい海外領土でした。
ですが、だからといってアルゼンチンに無条件で引き渡すというわけにも行かず、アルゼンチン政府との交渉はなかなか進展しませんでした。

英国はアルゼンチンに対し、フォークランド諸島は引き続き英国が統治はするものの、その主権はアルゼンチンに引き渡すというリースバック方式を提案しようとしますが、これはフォークランド島民のみならず、英国国民からも圧倒的な反対を受けてしまい、提案そのものを撤回せざるを得なくなります。
また、アルゼンチン側としても、無条件での返還を要求しており、国民の問題意識の高まりからも、条件付き返還では受け入れられるものではありませんでした。

かつては英国に対する遠慮から、フォークランド諸島の帰属問題を声高には言えなかったアルゼンチンでしたが、第二次世界大戦後の英国の低迷により、英国はアルゼンチンの主要貿易相手国ではなくなっておりました。
1930年代には輸出額の四割を占めていた対英貿易も、1975年には2.5%にまで減少しており、英国に対して遠慮する必要はなくなっていたのです。

1976年3月、それまでも断続的に起こってきたアルゼンチン国内の混乱は、ついに軍のクーデターという状況を迎えました。
ビデラ軍司令官が首班となり軍事政権が誕生しますが、この軍事政権によってフォークランド諸島の帰属問題を軍事行動で解決しようという機運が高まります。

これに対し、英国はさほど危機感を抱きませんでした。
現実的な案であるはずのリースバック方式は両国が受け入れられないために話題に上らず、ただだらだらと交渉が続くことになります。
1979年に英国首相の任についたマーガレット・サッチャーは、国連の提唱する人民の自決による選択という原則を理由に、あくまでもフォークランド島民に帰属を選ばせるべきであると訴えました。

1981年2月に行なわれた、英国とアルゼンチンによる協議が物別れに終わると、アルゼンチン国内ではいよいよ軍事行動が現実味を帯びてくることになりました。
この背景には、軍事政権発足以後のアルゼンチンの急激な経済悪化がありました。
1981年時点でのインフレは年間130%にも及び、GNPもマイナス6%、失業率もなんと30%にも及んでおり、国民の不満が軍事政権に向けられることは避けられない状態だったのです。

1981年12月にビデラのあとを継いで軍事政権の首班の座に着いたレオポルド・ガルチェリ大統領は、この国民の不満をそらす口実にフォークランド問題を使おうと考えます。
フォークランド諸島問題で断固たる行動を取れば、国民の支持も得られるに違いないと目論んだのでした。

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  1. 2010/01/05(火) 22:10:22|
  2. フォークランド紛争
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