170万ヒットに始まる連続SS投下も一週間連続になりました。
今日は「グァスの嵐」の24回目です。
それではどうぞ。
24、
「ほら、どうした。脚がふらついているぞ。躰が泳いでいる」
突き出された剣先を涼しげな顔でひょいとかわす。
もとよりド素人の剣先などかわすのはわけはない。
だが、油断はできない。
素人だからこそ予測できない動きもしてくるからだ。
ダリエンツォはそのこともよく知っていた。
息が上がる。
躰がふらつく。
足元がおぼつかない。
細身の剣だというのに、剣の重みで腕がどうにかなってしまいそうだ。
だけど、なんだか気持ちがいい。
ダリエンツォ様に剣の稽古をつけてもらえるなんて。
彼の部下でもありえない幸運だ。
それに剣を振るうのは楽しい。
あの男を刺したときの気持ちよさが蘇る。
残念だわ。
あの時はたった一回だけだった。
今ならもっともっと切り刻んでやれたのに。
クラリッサの顔が狂気の笑みを浮かべる。
私をもてあそんだ男たちを私は赦さない。
クラリッサはへとへとになりながらも、剣を振るうのをやめなかった。
「まあ、だいぶよくなったかな」
苦笑するダリエンツォ。
タオルで汗を拭き、ワインのビンを傾ける。
「本当ですか、ダリエンツォ様?」
同じく汗を拭うクラリッサ。
白いブラウスが汗でピッタリと張り付き、豊かな胸を強調する。
「ああ、三日前に比べればな」
ワインのボトルを手渡すダリエンツォ。
クラリッサが受け取り、口をつける。
その様子をダリエンツォは笑顔で眺めていた。
この女・・・結構化けるかもしれん・・・
クラリッサを見てそう思う。
今まで家事しかこなしていなかったから動きはよくないが、素質は悪くない。
訓練すれば剣の腕も上達しそうだ。
何よりあの一件で俺に心酔している。
おそらく俺が命じれば、少々のことならやってくれるだろう。
手元において仕込んでみるのは悪くない。
「クラリッサ」
「はい、ダリエンツォ様」
名を呼ばれたことでうっとりとした表情を浮かべるクラリッサ。
ゆがめられた感情が彼女を支配しているのだ。
「俺の言うことなら何でも聞くか?」
「もちろんです、ダリエンツォ様」
「俺はお前の恋人を始末させた男だぞ」
「当然、当然です。あれは当然のことです。あの男は私を支配しようとしたんです。でも、ダリエンツォ様のおかげで私はあの男の本性を知ることができました。あの男は死んで当然なんです、ダリエンツォ様!」
クラリッサの目に狂気が走る。
こぶしを握り締め、まるで目の前にダリオがいるかのようだ。
「ダリエンツォ様が命令なさらねば、私自らが殺しましたわ。うふ・・・そう・・・一インチ刻みで刻んでやりましたわ。あは・・・あはははははは」
高笑いするクラリッサに、ダリエンツォは苦笑する。
ちょっとやりすぎたようだが、まあ、適度に狂った女も悪くない。
「明日出港する。そうガスパロに伝えてこい」
「えっ?」
クラリッサの笑いが止まる。
「ヒューロットからサントリバル、そしてアルバへ向かう。やはり自航船を追うのがいいようだ」
クラリッサが飲んだ後テーブルに置かれていたワインのボトルを取り上げるダリエンツォ。
ふと気がつくと、クラリッサの躰が震えていた。
「どうした? 早く伝えてこい」
「行って・・・行ってしまわれるのですか?」
「ん?」
口へ持って行きかけたワインのボトルが止まる。
「私を置いて・・・私を一人にして・・・行ってしまわれるのですか?」
クラリッサの目から大粒の涙がこぼれている。
その目はまるで主人に捨てられる子犬のようだった。
「やれやれ、何か勘違いしてないか?」
困ったものだとダリエンツォは苦笑する。
「誰がお前を置いていくと言った。お前も来るんだ」
「えっ?」
「お前は俺のものだ。一緒に連れて行ってやる」
「あ・・・」
クラリッサの表情がいきなり明るくなる。
「だから早く伝えてこい」
「かしこまりましたダリエンツォ様」
すぐに部屋を飛び出していくクラリッサ。
やれやれだ・・・
その後ろ姿を見てダリエンツォは肩をすくめた。
「これはいったい?」
物置小屋に入ったエミリオとフィオレンティーナは目を丸くした。
小屋にはさまざまな道具が置かれ、大きな鉄の塊が二つ、どんと鎮座していたのだ。
「ミュー、これはいったい何なんだい?」
思わずエミリオはミューを見る。
ミューは少し黙っていたが、やがて口を開いた。
「ミューは質問には答えなくてはなりません。これは蒸気機関と発電機です」
「蒸気機関? 発電機?」
やっぱり何がなんだかわからない。
おそらく自航船に関するものなんだろうということがうっすらと感じるだけ。
エミリオもフィオレンティーナもお互いに顔を見合わせるしかなかった。
「蒸気機関とか発電機って何をするものなのか教えてもらってもいいかな」
なんとなく尋ねていいのか躊躇する。
でも、目の前にこういうものがある以上、エミリオはそれがどんなものなのか知りたかった。
「今のはミューは拒否してもいいのでしょうか? ミューには教えていいのかどうか判断がつきません。マスターがいないとミューは判断ができないのです」
困ったように首を振るミュー。
その幼い少女のような外見に、エミリオはなんだか自分が悪いことをしている気がした。
「あ、いいんだいいんだ。無理に訊こうとは思わない」
エミリオは両手を振って発言を引っ込める。
「ただ、これがどんな働きをするものなのかが知りたかっただけなんだ・・・」
「もう、エミリオったら。別にこれがなんだっていいでしょ。無くて困るもんじゃなし。ねえ、ミューちゃん」
フィオレンティーナがエミリオをちょっと小突く。
ミューちゃんだって知られたくないことがあるのだ。
そこをちゃんとわかってあげないと。
フィオレンティーナはそう思った。
「はい。これが無いことでエミリオ様がお困りになることはないと思います」
「うんうん、ほら見なさい」
ミューの言葉にうなずくフィオレンティーナ。
「ミューちゃんだって困らないのよね。小屋ごと燃やそうって言うぐらいなんだから」
「はい。これが無くなればミューの動力があと六十五日ほどで停止するだけです」
「ほらね。ミューちゃんだって動力が止まるぐらい・・って、ちょっと待ってよ!」
フィオレンティーナの目が驚愕に見開かれる。
「動力が止まるって、どういうことなの?」
「ミュー、それはどういうことなんだ?」
エミリオも驚く。
先ほどミューは作られたものだと言っていた。
でも、そんなこと信じられるものじゃない。
だが、動力が停止するって・・・それはミューが動かなくなるってことなのか?
「動力が止まるとミューは全ての動作を停止します。再起動が行なわれるまで動くことはありません」
「動かなくなるの? ミューちゃんが?」
「そうです。動力が止まるとミューは全ての動きが止まります」
ミューはこくんとうなずいた。
「こ、これがあれば動かなくなることは無いのか?」
よくわからないが、この鉄の塊がなくなると動かなくなるというなら、これがあればいいのかもしれない。
「これがあれば水素が手に入ります。水素があれば動力が止まることはありません」
「はぁ・・・」
フィオレンティーナがほっと胸をなでおろす。
「よかったぁ。ミューちゃんはこれがあれば動かなくなることは無いのよね?」
「はい。水素を補給すればです。」
そこには微妙な差があるのだが、ミューは短絡的な質問として捉えた。
「ミュー。これをそのまま壊さずに置くことはできないかい?」
エミリオの言葉にミューは首を振る。
「チアーノ様は自ら自航船を破壊されました。それはミューに自航船に関する全てのものを破壊するように指示したのだと思います」
「いや、それはそうかもしれないけど、これは自航船に関するものじゃないだろう?」
エミリオが食い下がる。
難しいことはどうでもいい。
ミューが動かなくなっちゃうなんて、そんなのよくないに決まってる。
- 2009/07/14(火) 21:25:24|
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