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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

クリミア戦争(13)

第93ハイランド連隊の「シン・レッド・ライン:緋色の薄い戦線」とルカン卿の英軍重騎兵の突撃の前に、ロシア軍の騎兵突撃は跳ね返されてしまいました。
しかし、英軍軽騎兵は追撃戦を行なうことはせず、ロシア軍は戦場に居座り続けたままでした。

英軍司令官ラグラン卿は、ここで一気に戦況を好転させたいと思ったことでしょう。
しかし、彼が戦場に投入するべく命じた第一師団と第四師団は、まだ戦場に到着しておりませんでした。
ラグラン卿はじりじりと焦りを感じておりました。

焦る理由は大砲でした。
ロシア軍に占領された各英軍の堡塁には、設置した重砲がそのまま残されていたのです。
ぐずぐずしていると、ロシア軍に大砲を持ち去られかねません。
大砲は軍の貴重な財産です。
それを奪われると言うことは、味方の攻撃力が減るばかりか、敵の攻撃力を増やしてしまうことにもなるのです。
のんびりしている時間はありませんでした。

事実、ロシア軍は占領した堡塁から大砲を移動させ始めようとしているようでした。
歩兵二個師団はいっこうに到着の気配がありません。
ついにラグラン卿は大砲を奪おうとしているロシア軍の妨害を騎兵に命じます。

ロシア軍騎兵を撃退して、再集結していたルカン卿の重騎兵とカーディガン卿の軽騎兵にラグラン卿からの伝令が届きます。
伝令から伝えられた命令は、直ちに大砲を奪おうとしているロシア軍を攻撃しろと言うものでした。
ところがここで齟齬が生じます。
ラグラン卿は丘の上の司令部から状況を見ていたため、攻撃を仕掛けるのは元の第四堡塁へと考えておりました。
第四堡塁は、現在の重騎兵や軽騎兵の位置からそれほど遠くはありません。

しかし、そこは丘の上でした。
一段低いところにいるルカン卿やカーディガン卿にはその場所が見えてませんでした。
そこで当然伝令にどこの敵を攻撃するのか確認します。
伝令は答えました。
「閣下、あそこです」
ルカン卿もカーディガン卿も息を飲みました。

伝令の指し示したのは第四堡塁ではありませんでした。
なんと、戦線後方二キロもの位置にあるロシア軍の大砲陣地だったのです。
しかも、そこへ突撃するためには、狭い谷あいの道を行くしかなく、その間に両側の丘に陣取るロシア軍からの攻撃を受け続けなければなりません。
伝令は誤った攻撃場所を伝えてしまったのでした。

まさに自殺行為と思われる(誤った場所への)突撃命令でしたが、軍務に忠実なルカン卿もカーディガン卿もこの命令を粛々と受け入れます。
軽騎兵を先頭に、英軍騎兵は突撃を開始。
のちに詩人のアルフレッド・テニスンが「死地に乗りいる六百騎」と謳いあげた、英軍史上もっとも勇壮でもっとも悲劇的な騎兵突撃が始まりました。

英軍騎兵はわずか五百メートルほど進んだところで、ロシア軍からの猛烈な射撃を受け始めました。
その凄まじさは、訓練を受けた馬さえも恐慌を起こして制御不能になるほどでした。
ばたばたと倒れていく部下たちを見て、ルカン卿はすぐさま重騎兵の突撃を中止します。
しかし、ルカン卿の義理の弟でありながら日ごろから不仲だったカーディガン卿は、ルカン卿へのあてつけもあったのか軽騎兵をそのまま突撃させ続けました。

千メートル、千五百メートルと軽騎兵は進みます。
その間にもどんどんと損害は増え続けました。
驚いたのは司令部で見ていたラグラン卿と、仏軍のボスケ将軍でした。
ボスケ将軍はすぐさま自軍のアフリカ騎兵をノースバレーのロシア軍へと向かわせます。
せめて北側の丘からの射撃を減らしてやろうとしたのでした。

ついに英軍軽騎兵は二千メートルを走りきりました。
ロシア軍の大砲陣地は英軍軽騎兵に切り込まれます。
ロシア軍砲兵は大混乱に陥りました。

ロシア軍の大砲陣地を混乱に陥れたものの、英軍軽騎兵の奮戦もここまででした。
ロシア軍は砲兵の救援に槍騎兵を差し向けます。
射撃で大きな損害を受けていた英軍軽騎兵に、この槍騎兵の攻撃を耐える力はありませんでした。

英軍軽騎兵はもと来た道を後退するしかありませんでした。
ちょうどその頃、ようやく英軍歩兵二個師団が戦場に到着。
ロシア軍が深追いを避けたために、英軍軽騎兵はどうにか味方のところまで後退することができました。

英軍軽騎兵は約半数の兵と馬を失いました。
戦力としてはもはや全滅に等しい損害でした。
あまりのことに意気消沈するラグラン卿に、仏軍のボスケ将軍はこういったといいます。
「非常に勇敢な行為だが、これは戦争とはいえないね」

英軍は待ちに待っていた歩兵二個師団が戦場に到着いたしました。
しかし、ラグラン卿はもはや戦闘継続の意思を失っておりました。
騎兵の損失がよほど堪えたのでしょう。
彼は戦線を整理し新たなる防御態勢をとることで、ロシア軍と距離をとろうとしました。

一方のロシア軍リプランジ将軍も、自軍の騎兵突撃を跳ね返されたばかりではなく、十字砲火の中を突撃してくる驚くべきほどの英軍の戦意の高さ(たぶんに誤解から来るものではありましたが)に、これ以上の戦闘はするべきではないと考え始めておりました。
いくつかの堡塁を奪取したことと、英軍騎兵に大損害を与えたことで、満足すべき結果だと考えたのです。

結局戦闘は自然消滅的に行なわれなくなり、「バラクラヴァの戦い」はこうして幕を閉じました。
「アルマ河の戦い」に続き、またしても両軍ともに決定的な戦果をあげることができませんでした。

そして、この戦いは、長い間戦場の支配的兵科だった騎兵というものが、もはや過去の存在となってしまったことを告げる戦いでもありました。
小銃と大砲の前には、いかなる勇敢な騎兵突撃も結果を出すことは難しくなってしまったのです。
この後、「アメリカ南北戦争」を経て「第一次世界大戦」にいたり、ついに騎兵は戦場の主役を降ろされることになりました。

ちなみに、この時英軍軽騎兵の指揮を取ったカーディガン卿は、負傷した兵士が暖を取れるようにと、前を開けてボタンで止める着やすいセーターを作らせました。
これが現在に伝わる前ボタンセーター「カーディガン」の由来です。

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  1. 2009/04/20(月) 20:59:56|
  2. クリミア戦争
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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