FC2ブログ

舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

クリミア戦争(10)

なんだかんだと10回目を迎えてしまいました。
まだまだ戦争はこれからなんですけどね。
いよいよ列強国同士の戦い、「アルマ河の戦い」が始まります。

戦いは、まずは海岸側の右翼仏軍の渡河攻撃から始まりました。
アルマ河の河口付近に展開した連合海軍の軍艦からの砲撃支援を受け、フランス軍はアルマ河を渡河して対岸の崖をよじ登り始めます。
ロシア軍はこちら側はメンシコフ公が登坂困難と見て兵力をほとんど配置しておらず、渡河してきたフランス軍に有効な射撃を行なえません。
さらに登坂困難と見ていたロシア軍に対し、フランス軍は事前に細い登板路を発見しており、精鋭のズアーブ兵と呼ばれるアフリカ出身の兵士を中心にした部隊を送り込み、ロシア軍を圧迫します。
しかし、重量があって移動が難しい大砲が歩兵に付いていくことができず、支援砲撃を行なうことができなかったため、フランス軍の進撃もじょじょに鈍るものとなりました。

一方フランス軍に呼応するかのように、中央と左翼の英軍も攻撃を開始します。
その前衛は左に軽歩兵師団、右に第二師団という並びで、それぞれの目標に向かっていくはずでしたが、何を間違ったのか軽歩兵師団は第二師団とぶつかるように動いてしまい、双方が混乱した隊列のままでロシア軍陣地へと突撃することになってしまいます。
斜面を登り始めた英軍に対し、こちら側を重点的に守備していたロシア軍は、堡塁に装備した大砲や崖の上からの射撃によって英軍に痛撃を与えました。

この機を逃すまいと逆襲に転じたロシア軍でしたが、こういうときの英軍の粘りはナポレオン戦争でも定評があるぐらいであり、すぐさま射撃で応戦します。
ライフリングを施された旋条銃を装備している英軍の射撃は強力で、ロシア軍はたちまちのうちに撃退されました。

ロシア軍の逆襲を蹴散らし、じわじわと迫り来る英軍の攻撃に、重砲を設置した堡塁のうち大きいほう(大堡塁と称す)にいたロシア軍砲兵は浮き足立ち、やがて持ち場を離れて逃げ出してしまいます。
英軍はそこになだれ込むように殺到し、大堡塁は英軍の手に落ちてしまいました。

そのような重要局面でありながら、ロシア軍司令官メンシコフ公は司令部を離れている状態でした。
彼は登坂困難と思っていた左翼(連合軍側から見ると右翼仏軍側)の崖を、フランス軍がやすやすとのぼってきて、そちらから半包囲の態勢をとりつつあるという報告に驚き、視察のために左翼方面に向かっていたのです。
彼の目に映ったのは、まさにフランス軍が崖をのぼり終え、攻撃態勢をとっているところでした。
呆然となってしまったのか、メンシコフ公はこの状態に対してなんら有効な手を打つことができず、ただあわてるだけだったと言われます。

一方大堡塁を奪われたものの、そこに布陣した英軍がかなり損耗していることを見て取ったロシア軍のゴルチャコフ将軍は、司令部にいないメンシコフ公の命令を待たずに独断で大堡塁奪回のために部隊を動かします。
迫り来るロシア軍に対し、大堡塁を占領した英軍は、なぜか反撃しようとはしませんでした。
英軍内で、接近してくる部隊はフランス軍だから撃ってはならないと言う、誤った指示が流されてしまったのです。

接近してきたのがロシア軍だと気が付いたときには、英軍はすでに有効な射撃を行なう機会を逸しておりました。
短いが激しい混戦のあと、今度は英軍が大堡塁から追い出されてしまいます。
大堡塁はロシア軍の手に取り戻されたのでした。

ちょうどこの時、英軍は後方にいた第一師団が大堡塁にいる部隊を支援するために接近中でした。
大堡塁を追い出された英軍部隊は、この第一師団になだれ込んでしまい、第一師団は大混乱に陥ります。
ロシア軍はこの混乱した英軍に射撃を集中、英軍はここでもかなりの損害を受けてしまいました。

しかしこのロシア軍の攻撃も、混乱に巻き込まれなかった英軍部隊からの攻撃で撃退されてしまいます。
さらに猛攻を耐え忍んでいたもう一つの堡塁(小堡塁)も英軍の前についに陥落。
大堡塁も再び占領されてしまい、二つの堡塁がともに英軍の手に落ちました。

さらにフランス軍も順調に攻撃を進めており、ようやく崖を上った大砲による支援も加わって、ロシア軍を痛めつけます。
(ロシア軍から見て)右翼の防御の要である大堡塁と小堡塁を失い、左翼からはフランス軍が迫り来る状況に、ついにメンシコフ公は後退を決意。
1854年9月20日16時ごろ、ロシア軍は戦場を離れました。
「アルマ河の戦い」は、英仏連合軍の勝利に終わったのです。

ロシア軍の損害は約五千五百ほど、対する連合軍は英軍が約二千、仏軍が約千三百ちょっとというものでした。
メンシコフ公は秩序ある後退を図りましたが、実際はロシア軍の後退は壊走でした。
英軍の騎兵部隊指揮官であるルカン卿は、騎兵による追撃でさらなる損害をロシア軍に与えるべきだと進言します。
実際この時点で連合軍がロシア軍に騎兵追撃をかけていれば、「クリミア戦争」そのものもここで終わったかもしれないとも言われる状況でした。

ですが、英軍司令官のラグラン卿も、仏軍司令官のサン=タルノー元帥も追撃を認めませんでした。
騎兵単独での追撃は危険すぎるとされたのです。
結局追撃は行なわれず、ロシア軍はどうにかセバストポリへと逃げ込むことに成功しました。

「アルマ河の戦い」は、39年ぶりの列強正規軍同士の戦いでした。
そのため、ずいぶんと不徹底なものでした。
メンシコフ公はロシア軍の半分ほどしか投入することができず、無傷の部隊を残しながらむざむざと戦場を明け渡してしまい、一方の連合軍も勇敢な英軍と慎重な仏軍の共同攻撃のしづらさを実感し、こちらも無傷の部隊が三分の一ほど投入されずじまいでした。
そして、ラグラン卿もサン=タルノー元帥もただお互いに対する不信感だけが募りました。

「クリミア戦争」は、ますます前途多難になっていくのです。

(11)へ
  1. 2009/04/14(火) 21:08:04|
  2. クリミア戦争
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<04月15日のココロ日記(BlogPet) | ホーム | 豹の描き方としては悪くないけど・・・>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://masatomaikata.blog55.fc2.com/tb.php/1518-ce0c9e32
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カレンダー

01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

AquariumClock 2

プロフィール

舞方雅人

Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

ブログバナー


バナー画像です。 リンク用にご使用くださってもOKです。

カテゴリー

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

管理人にメールなどを送りたい方はこちらからどうぞ

ブログ内検索

RSSフィード

ランキング

ランキングです。 来たついでに押してみてくださいねー。

フリーエリア

SEO対策: SEO対策:洗脳 SEO対策:改造 SEO対策:歴史 SEO対策:軍事

フリーエリア