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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

クリミア戦争(1)

1480年ごろに成立した「モスクワ大公国」は、1721年にはのちに大帝とも呼ばれるピョートル一世が元老院より皇帝の位を受け取り、「ロシア帝国」と名を改めます。
この皇帝の位を得ることになった理由が、ロシアを強国に導いたピョートル一世の富国強兵策であり、その一環としてスウェーデンとの間に行った「大北方戦争」の勝利でした。

18世紀のロシアはまだまだ国力も低く、東方の二流国というイメージで欧州各国からは見られておりました。
おおっぴらに田舎の野蛮国と公言する向きもあったのです。

ピョートル一世は、そんなロシアを何とか欧州の一流国の仲間入りをさせたいと考えておりました。
そのためには他国との交流及び貿易を活発化させ、国内を富ませることが第一と考えたのです。

交流及び貿易を行なうには、できれば直接その相手国とやり取りするのが一番です。
当時の欧州の一流国といえば、英国やフランスであり、オーストリアでした。
しかし、いずれもロシアからは遠く、しかも間にいくつもの他国や地域が存在します。
陸路で交流や貿易をするには難しいものがありました。

では海上貿易ではどうでしょう?
船であれば直接フランスや英国の港へ行き、そこで貿易を行なうことができます。
また物資も船ならば低コストで大量にやり取りすることが可能です。
ロシアの産物を取引することで、英仏の優れた商品や武器も手に入るでしょう。
海上貿易ができればこんなにいいことはありません。

しかし、大きな問題がありました。
当時のロシアには面している海が北極海しかなかったのです。
北極海は気象条件などが悪く、航海向きの海ではありません。
また、英仏に行くにも、大きくスカンジナビア半島を回らなくてはなりませんでした。

英仏と海上貿易をする上で一番手っ取り早い海はどこか?
それはバルト海でした。
バルト海は当時スウェーデンが確保しておりましたが、ピョートル一世はこのバルト海への出口を求めてスウェーデンとの戦争を起こします。
これが「大北方戦争」でした。

ピョートル一世率いるロシアは、この「大北方戦争」に勝利し、バルト海沿岸の一部を手に入れます。
そしてこの新しく得た領土を流れるネヴァ川河口に新しい港湾都市を建設しました。
これが、聖なるピョートルの町「サンクト・ペテルブルク」です。
ピョートル一世はこの町に首都を移し、以後ロシア帝国はこのサンクト・ペテルブルクを中心にして国家運営がなされることになりました。

一方、ピョートル一世は、ロシアの南側にも目を向けておりました。
ロシアの南には、当時世界最強国といわれる「オスマン・トルコ帝国」がありましたが、じょじょに斜陽化しており、その国力も衰退の一途をたどっておりました。

北のバルト海と並び、南の黒海もロシアにとっては海上貿易上手に入れたい海でした。
以前はオスマン・トルコががっちりと握っていた黒海周辺でしたが、ピョートル一世は果敢に戦争を挑み、黒海の一沿岸であるアゾフを手に入れることに成功します。
これでバルト海と黒海にロシアは足がかりを得ることができました。
(時期的にはアゾフ占領のほうがバルト海進出より先)

ピョートル一世の死後、時代は下ってドイツ生まれのゾフィー・フレデリーケ・アウグスタ(ゾフィー・アウグスタ・フレデリーケとする資料もあり)という女性が、ロシア皇太子に嫁ぐためにロシアに向かいます。
1744年のことでした。
(結婚は1745年)

ゾフィーはサンクト・ペテルブルクでロシア語を学んだり、ロシア正教に改宗したりして、名前もエカチェリーナ・アレクセーエブナと改名。
奇しくもピョートル一世の妻であったエカチェリーナ一世と同じ名前となりました。

当時の女帝エリザヴェータが1762年に死去すると、エカチェリーナの夫である皇太子ピョートルがピョートル三世として即位。
エカチェリーナは皇后となります。

ロシアは当時中央ヨーロッパで頭角を現してきた「プロイセン王国」との戦争、いわゆる「七年戦争」を戦っている最中でした。
プロイセンは大王とも呼ばれるフリードリヒ二世の下、中部ヨーロッパにおける覇権確立と自国の存亡をかけて「七年戦争」を戦っていたのですが、周りは敵国ばかりという状況でまさに四面楚歌の状況でした。
フランス、神聖ローマ帝国、スウェーデン、オーストリア、そしてロシアを敵にしてしまったプロイセンは、まさに危機的状況だったのです。

即位したピョートル三世は、自他ともに認める大王フリードリヒ二世の信奉者でした。
彼はまさにプロイセンを追い詰めようとしているロシア軍を停止させ、それどころかプロイセンと講和してしまいます。
このことはロシア帝国に対する諸国の信頼を損なったばかりか、国内でもプロイセンびいきの皇帝に対する不満が噴出することになりました。
他にも人気の高かったエカチェリーナ皇后を廃して寵姫を皇后にしようとするなどピョートル三世の行動は貴族層の不満を広め、ついにクーデターが起こります。

ピョートル三世はわずか在位六ヶ月で皇帝の座を追われ、エカチェリーナがエカチェリーナ二世となって即位しました。
こののちエカチェリーナ二世の治世の下で、ロシアはさらなる拡大を続けることになります。

西ではポーランドを分割して地図上から消してしまい、南では二度にわたるオスマン・トルコとの戦争で黒海北部を完全制圧。
クリミア半島もロシアのものとなりました。
このクリミア半島が、「クリミア戦争」の主要舞台となるのです。

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  1. 2009/03/30(月) 21:03:40|
  2. クリミア戦争
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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