鈴美先生のその後です。
個人的にはこうして精神がじょじょに変化して行くのが好きなんですが、やっぱり書ききるのは難しいですね。
今回もうまく心の変化を書ききれていないような気がします。
それと少し冗長になっているような気もしますので、読んでくださる方々にはちょっと辛いかも。
とりあえず投下しますので、よろしければ目を通してくださいませ。
4、
「どういうつもり? 家へ帰しちゃうなんて」
深い青さをたたえた瞳をメガネの奥から向けてくるドクターリン。
「クククク・・・なに、ちょっとした実験ですよ。パルスカラーが彼女を洗脳するのに周囲の環境がどれほど影響を与えるかをね」
チャン・ザ・マジシャンは不適に笑う。
その自信はパルスカラーと呼ばれる洗脳装置に向けられたものだった。
今まで何人もの改造戦士が作り出されてきた。
初期の頃の洗脳技術は未熟であり、裏切り者まで出る始末だったという。
改造されることによって人間とは違った存在になったにもかかわらず、あまりの変貌振りにショック死してしまったものもいた。
そういった失敗を積み重ね、現在もっとも信頼が置けるのが改造戦士たちに取り付けたパルスカラーと呼ばれる首輪だった。
微弱な洗脳波が装着者の脳にじょじょに影響を及ぼし、次第にその精神を暗黒結社デライトの改造戦士としてふさわしいものに変えて行くのである。
先日改造を施した蜘蛛女も、改造以前は優しく慈愛に満ちた主婦だったのだが、このパルスカラーによって今では冷酷で無慈悲な改造戦士として暗殺などに活躍してくれている。
「まあ、改造後の戦士に対してはあなたの権限ですからね。とやかくは言わないけど、目撃されたりしたらまずいんじゃない?」
仕方ないわねという感じで肩をすくめるドクターリン。
その顔にいたずらっ子の少女のような表情が浮かぶ。
「クククク・・・心配は要りませんよ、ドクターリン。すでに彼女はパルスカラーの影響下にありますからね。人間どもを取るに足りない存在と感じ始めているでしょう」
チャン・ザ・マジシャンはこれから起こることへの期待にわくわくするものを感じていた。
郊外にある古びた廃屋。
その地下室の扉が開く。
顔を出して周囲を確認する赤と緑のメイクを施した女性。
「イーッ、こちらです、ゴキブリ女様」
「フシューッ、ありがとうF115号」
無意識に身をかがめて周囲を探る鈴美。
ゴキブリ女と呼ばれることもこの女戦闘員からなら気にならなかった。
「さ、行きましょう」
小柄でまだ幼さの残る可愛いこの女戦闘員F115号を鈴美は気に入っていた。
だから何も考えずにその後ろに従うことができたのだ。
F115号は先に立って廊下を進み、アジトの隠れ蓑となっている廃屋のリビングに到達する。
そこには紙袋と鈴美のハンドバッグが置かれていた。
F115号はそれを拾い上げると鈴美の方へ差し出す。
「フシューッ、それは?」
「イーッ、ゴキブリ女様の着ていらっしゃったお洋服とかが入っています」
「フシューッ、洋服?」
鈴美は自分の躰を見下ろした。
言われるまで気がつかなかったが、今の彼女は裸と言っていいだろう。
でも・・・
服を着るなんて必要あるのかしら・・・
鈴美は不思議に思う。
服を着るなんてのは自分の肉体を保護する必要がある下等な人間だからだ。
だから今の私には・・・
そこまで思って鈴美は何か変なことに気がついた。
私・・・私は人間?・・・私は・・・私は・・・
「イーッ、どうなさったのですか、ゴキブリ女様?」
「え? あ・・・わ、私は・・・私は何なの? 私は人間じゃないの?」
鈴美は何がなんだかわからなくなる。
自分が人間なような気もするし、そんな下等生物とは違うという気持ちもあるのだ。
「イーッ、あなた様は我が暗黒結社デライトの改造戦士ゴキブリ女様。下等な人間のごとき汚らわしい存在ではございません」
F115号は心配そうに鈴美を見つめる。
その目には彼女に対する深い信頼が寄せられていた。
そうか・・・そうよね・・・私は改造戦士ゴキブリ女だったっけ・・・
何か釈然としないながらも鈴美は考えるのをやめた。
そして紙袋を受け取り中身を確認する。
シンプルな白のブラウスと紺のスカート、それにショーツとブラジャーが入っている。
鈴美はそれを見つめていたがどうにも違和感を感じて仕方が無かった。
私はこんなものを身につけていたというの?
服を着るということが必要だとは思えない。
だが、とりあえずは持って行くことにしよう。
鈴美はハンドバッグと紙袋を手に取ると玄関へ向かう。
「イーッ、そろそろ夜明けが近くなります。充分に気をつけてください」
「フシューッ、わかったわ、ありがとう」
鈴美は少し不安に思ったが、意を決して外へでる。
外はまだ星空が広がっていた。
その時になって鈴美は廃屋には明かりがまったく点いていなかったにもかかわらず、まったく見るのに不都合が無かったことに気がついた。
やっぱり私は改造戦士なんだわ・・・
そう思うと何か気分がよくなる。
鈴美は無意識に首もとの首輪に手を当てた。
「イーッ、少しお待ち下さい」
そう言ってF115号は玄関前に止められていた黒塗りのセダンのところへ行き後部扉を開けた。
「イーッ、どうぞ、ゴキブリ女様」
F115号が直立して待っている。
鈴美はすごく気分がよかった。
そうよ・・・そうだわ・・・これこそが秩序よ・・・正しい世界なのよ・・・
「フシューッ、ご苦労様」
そう言って鈴美はセダンの後部座席に座る。
すぐに扉が閉められF115号は運転席へ回り込む。
セダンの窓は全てシェードが掛けられ、外から内部を覗くことはできない。
唯一正面だけがシェードが無かったが、そこから内部はよく見えないだろう。
「イーッ、まだ通る車も少ないはずです。ご自宅の住所をお教えいただいておりますので、しばらくお休み下さい」
そう言ってF115号は車を走らせ始めた。
鈴美はすごく安心した気分になり、やがてうつらうつらし始めたのだった。
「イーッ、ゴキブリ女様、着きました」
その声に鈴美は目が覚める。
見ると窓の外にはいつも暮らしていたアパートがある。
周囲はそろそろ夜が明け始めて薄明るくなりかけていた。
「フシューッ、ありがとう、送ってくれて」
「イーッ、いえ、これも任務ですので」
F115号はにこやかに微笑んだ。
その笑みはすごく可愛い。
鈴美は長い触角を揺らしながら車から降り立つと、自分の部屋がある二階へ向かう。
朝早いため周囲に人影は無い。
鈴美は肩から提げていたハンドバッグから鍵を取り出すと扉を開けて中に入る。
F115号はそれを見届けて車を出した。
「フシューッ・・・」
バッグと紙袋を放り出し、ベッドに寝転がる鈴美。
いろいろなことがあって疲れているはずなのに躰は休息を欲してはいない。
先ほどうつらうつらしたのも躰ではなく頭がこんがらかっていることが大きかった。
私はいったいどうなってしまったのだろう・・・
一人きりになって鈴美はそう思う。
夕べ学校から帰る途中で蜘蛛女に私は捕らわれた・・・
そして暗黒結社デライトのアジトへ連れて行かれ、そこであのチャン・ザ・マジシャン様やドクターリン様に出会った・・・
いつの間にか彼らを様付けで呼んでいることに鈴美は気がつかなかった。
そしてゴキブリとの融合手術を受けたんだわ・・・
鈴美は自分の右手を見つめた。
黒と茶色の外皮に覆われた腕はつややかでとても堅く、力だって強い上に鋭い鉤爪が付いている。
ゴキブリと融合した素晴らしい躰だが人間どもにはこの美しさはわからないだろう。
私・・・どうしたらいいのかな・・・
長い触角をそのまま右手に取り、口元に持ってきて舌で舐める。
舌の感触が触覚を通じて感じられてくすぐったい。
学校へ行かなきゃ・・・
だが果たして学校へ行ってもいいのだろうかとも思う。
この躰じゃ生徒たちが怖がるかな・・・
そう思ったとき鈴美は言い知れない苛立ちを感じた。
この美しい躰は改造戦士たる証だわ・・・
それが人間どもにはわからないのよ・・・
元の躰なら・・・
元の躰?
あんな躰に戻ってどうしようというの?
この躰こそ私の躰・・・
素晴らしい躰なのよ・・・
鈴美は両手で躰を抱きしめる。
でも、どうしよう・・・
今日は学校休んじゃおうかな・・・
鈴美はベッドの上で体を丸めた。
ガチャーン!
皿の割れる音がする。
『出てって! 出てってよ!』
『お前こそ出て行け!』
怒鳴り声も聞こえてくる。
鈴美は頭を抱えた。
また始まったのだ。
アパートの下の階に住む夫婦はしょっちゅう夫婦喧嘩が絶えない。
そのたびに物が投げられ壊れる音や怒鳴りあう声で起こされるのだ。
朝早く出勤する主人が支度をしている時に限ってその妻が不満をぶちまける。
その結果朝っぱらからの怒鳴りあいとなって周囲に迷惑を振り撒くことになるのだった。
それにしても今日は激しいわね・・・
防音が不十分とはいえいつもはこれほどはっきり聞こえることは無い。
それが今日はまるでこの部屋で怒鳴りあっているかのように聞こえるのだ。
『いい加減にしろ!』
『あなたはいつもそうじゃない!』
怒鳴りあいの声が鈴美をいらいらさせる。
布団をかぶってもまったく効き目が無い。
うるさいわねぇ・・・
喧嘩ならどこか別のところでやってよ・・・
下等生物のくせに・・・
鈴美はムカムカと腹が立ってくる。
「フシューッ、ああっもう、うるさいわねぇ!」
布団を跳ね除け、かつかつと足音も高く玄関へ向かい外へ出る。
階段を下りるのももどかしかったので、手すりを越えて飛び降りた。
キャーという悲鳴が聞こえたような気がするがそんなことはどうでもいい。
鈴美は下の階の部屋の前に立つとどんどんと扉をノックした。
「フシューッ、ちょっといい加減にしてよね! こんな朝早くから喧嘩なんて!」
驚いたことに軽くノックをしたつもりだったが、扉がゆがんでしまい開いてしまう。
「えっ? キャー!」
玄関先に出てこようとしていた中年女がいきなり鈴美の顔を見て悲鳴を上げた。
「どうした。うわぁ、ば、化け物!」
奥から様子を覗いたこの家の主人も驚いて悲鳴を上げる。
ば、化け物ですって?
私が化け物?
下等生物のくせに・・・
鈴美は怒りが湧き起こるのを押さえ切れなかった。
目の前で口を開けて驚いている中年女の頬を張り飛ばす。
ベシャッという音がして廊下の壁が真っ赤に染まる。
鈴美の鉤爪が女の顔を切り裂き、首を刎ねたのだ。
ああ・・・
気持ちいい・・・
鈴美は壁に撒き散らされた血を見た瞬間軽くイってしまうほどの快感を感じた。
「あは・・・あはははは・・・」
うっとりと血塗られた鉤爪を見つめる鈴美。
「う、ウワーッ!」
部屋の奥へ逃げて行こうとする男。
「フシューッ、逃がしはしないわ。あははははは」
鈴美は熱に浮かされたように男を追いかけて部屋に入っていく。
そして男の襟首を掴むとそのまま壁に叩きつける。
男の頭部はあっけなくつぶれ、血と脳漿を撒き散らして絶命した。
「あは・・・あははははは・・・」
鈴美はうっとりとして笑い続ける。
気持ちがよかった。
ただ気持ちがよかったのだ。
鈴美はひとしきり笑い続けると足元の死体を見下ろして踏みつける。
「フシューッ、下等生物のくせに私をイラつかせるからよ」
そう言って部屋を出る鈴美。
どうやら何人かの人間どもが見ているようだが、邪魔になるようなら殺せばいいだろう。
そう・・・私は改造戦士ゴキブリ女なのだ。
下等な人間どもは支配してやるのだ。
そう・・・私は選ばれた改造戦士ゴキブリ女。
鈴美の心から『百原鈴美』という名前が消えていく。
笑みを浮かべながらゴキブリ女は自分の部屋に戻った。
「あらあら、騒ぎになっちゃうわよ」
スクリーンを見つめていたドクターリンがニヤリと笑みを浮かべる。
「クククク、ご心配は無用ですよ、ドクターリン」
赤と緑の服の襟に両手の親指を掛けおどけたようなポーズを取るチャン・ザ・マジシャン。
彼はいつでも真面目そうに見えることが無い。
しかしその手腕は確かで、幾つもの作戦を成功させているのだ。
「ゴキブリ女の周囲には女戦闘員と蜘蛛女が待機しています。騒ぎは短時間で収束するでしょう」
「なるほど。手回しがいいのね」
感心したようにうなずくドクターリン。
「クククク・・・あなたの傑作ですからね。失いたくはありません」
「そんなことを言うわりには危ない橋を渡るわね。アジト内で過ごさせれば意識変化も問題無いでしょうに」
ドクターリンがメガネの奥の瞳を無遠慮に向ける。
「クククク、言ったでしょう、実験だと。もし万が一改造後に脱走などされても問題無いのかどうかを確かめるためにね。もちろんパルスカラーの能力は実証済みではありますが、いつ不測の事態というものが起きるかわかりませんからね」
手にしたステッキをくるくると回してドクターリンの目を楽しませながらも、その目はスクリーンの方を向いている。
「うふふふ・・・そんなこと言いながら楽しんでいるんでしょ?」
「おお、もちろんですよ、ドクターリン」
チャン・ザ・マジシャンは右手を胸に当てて慇懃に腰を折った。
姫宮 翼 さんの投稿:
うん、良いですね。ゴキブリ女さん。
私も大好物ですよ~精神が徐々に汚染されて変わっていくの。
台詞の「あははははは」等は基本ですよね。私も汚染系好きなんですよ~。
SKYSTORYさんは汚染系はかなり上手に描かれていますよね~。
この短い中で、精神汚染が良くまとめられていると思います。イライラする要素が入ったのとそれのためにキレたのが良い具合です。
2chの作品読んでもらって嬉しいです。
次の投下は白蟻の件が終わってから書き始めたいと思います。
白蟻はゴキブリの仲間みたいなので・・・・・・。
10 月 18 日
舞方雅人 さんの投稿:
>姫宮 翼様
いつもコメントありがとうございます。
投下したあとで、コメントが無かったら寂しいなぁとか考えちゃいますので、こうやってコメントいただけるのはすごく嬉しいです。
ゴキブリさん楽しんでいただけているようで嬉しいです。
「あははははは・・・」はいいですよね。
SKYSTORYさんは私もよく拝見させていただいています。
素敵な作品がいっぱいでいつも楽しませていただいていますよ。
シロアリさんは私もいずれ使おうかなと考えておりました。
姫宮さんの作品、楽しみにしておりますので頑張ってくださいね。
10 月 19 日
- 2005/10/18(火) 21:34:49|
- デライトもの
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