「七日目」の四回目です。
ようやく第一日目に入ります。
それではどうぞ。
4、
俺は早速この考えを試してみる。
メカデクー用のフェイスカバーを用意し、頭をすっぽりと覆うタイプのカバーに改良する。
これをかぶせれば、メカレディたちはどれも同じ頭部となり、まさに個を失うことになる。
個を失うことで、きっと服従しやすくなるはずだ。
そのために人間世界では制服を着せたりするのだからな。
俺は出来上がったフェイスカバーをメカデクーに持たせて、メカレディたちの控え室にやってくる。
彼女たちの制御装置は万全なので、地底城内を自由にうろつかせても良いことにはなっているのだが、彼女たち自身が控え室から出たがらないようだ。
俺は何の気なしに控え室のドアをスライドさせて中に入る。
いきなり黒いロングブーツを履いた脚が俺の顔面に迫り来る。
A1が奇襲の回し蹴りを放ったのだ。
俺は瞬時にそのことを判断し、避けるでもなく立ち止まる。
「くっ・・・ど、どうして・・・」
悔しそうな声がする。
振上げられたスマートな脚が、俺の数センチ前で止まっているのだ。
無駄なことを・・・
こいつらの躰には制御装置が入っている。
機械帝国の構成員に危害を加えることなどできないのだ。
まだわからないのか?
制御装置によってぴくりとも動けなくなったA1の脚を、俺はそっと下ろしてやる。
「動作確認か? 無駄なことはするな」
「悔しい・・・私の・・・私の躰なのに・・・」
A1は心底悔しそうに歯噛みしている。
まあ、当然か。
正義のコマンダーピンクが“敵”を目の前にして手も足も出ないのだからな。
「機械帝国に忠誠を誓い服従しさえすれば、いつでもお前の躰はお前の思い通りに動くといっているだろう。いい加減に抵抗をするのはやめたほうがいい」
「ふざけるな! 私の躰を自由にしたからって心まで自由にできると思うな! 私は絶対にお前たちには屈しない!」
今にも俺に向かって殴りかかってきそうな勢いだ。
やれやれ・・・
俺はポケットから制御装置を取り出してメカレディたちを支配する。
四人のメカレディたちはすぐに俺の前に直立不動の姿勢でそろった。
「「ギーッ!」」
右手を胸の前で水平にする機械帝国の敬礼をし、服従の音声を発するメカレディたち。
だが、すべてをあきらめたようなA2A3A4と違い、A1の目は俺をにらみつけていた。
「これからお前たちに任務を与える」
「ふざけるな! 誰がお前たちのために!」
敬礼をしたままで怒鳴ってくるA1。
なかなかに奇妙といえば奇妙な光景か。
「抵抗は無意味だということはわかっているだろう? お前たちの躰は俺が支配している。お前たちの意思など関係ないのだ」
「でしたら・・・でしたらいっそ殺してください。こんな躰になってしまったらあの人に会うことはもう・・・ううっ」
A4がうつむく。
躰を支配しているとはいえ、感情は思いのままに発露させてやっている。
顔の表情も自由にさせている。
精神を屈服させるにはそのほうがいいと考えたからだ。
いずれ人間社会で行動させるときには表情が豊かでなければ怪しまれるからな。
「死なせることなどできない。お前たちは大事な機械帝国の資産だ。壊れることも許さない」
「ひどい・・・ひどすぎます・・・お願い、殺して・・・」
俺はA4の感情を操作するべくそばに寄る。
「何を嘆くことがある。お前は機械の躰というすばらしいものを手に入れたのだ。老化や病気とは無縁なすばらしい躰ではないか」
言葉をかけつつちょっとした快楽を送り込む。
こうすることで俺の言葉に安心感を持たせるのだ。
A4はハッとしたように俺の顔を見ると、なんとなく困惑したような表情を浮かべるのだった。
「お前たちには現金輸送車を襲撃してもらう」
俺の言葉に顔を見合わせるメカレディたち。
首から下は動かなくても、顔を動かすことは問題ない。
ただし、文句を言わせないためにも発声機能はシャットダウンさせておく。
今は彼女たちに文句を言わせるときではない。
黙って命令に従わせればいいのだ。
「本日、日本国際銀行より都内各銀行向けに十億円の現金が輸送される。お前たちはこの現金を奪うのだ。無論警備がついているだろうが、お前たちの能力なら問題はあるまい。いいな」
「「ギーッ」」
彼女たちは悔しそうに、あるいはうつむいて服従の音声を発する。
まあ、今回は小手調べと言ったところだ。
彼女たちに服従する喜びと任務遂行の楽しさを教えてやれればそれでいい。
どうせ現金を奪ったところでわれわれにそうメリットがあるわけでもないし、保険で補填されてしまうだろう。
だが、機械帝国の恐ろしさを知らしめるにはそれなりの効果があるだろうから悪くはない。
「心配はいらん、お前たちにはこれを用意してやった」
俺は彼女たちの前に用意したフェイスカバーを置く。
そしてそれを嵌めるように命令する。
頭頂部を頂点にして前後に割れる形のフェイスカバー。
メカレディたちは無言でそれをかぶり、前後を押し当ててパチンとはめ込む。
こうすることで首から上がすべてフェイスカバーに覆われ、まるで女性形のメカデクーのようになる。
顔がグレーの金属質のカバーで覆われたことで、背の低いA2はともかく、A1、A3、A4は多少のボディラインの違いはあるものの、それほど差異を感じなくなった。
俺はメカレディたちに鏡を見せる。
自分たちが何かまったく異質のものになってしまったような感覚を受けているのではないだろうか。
先ほどまでは機械化されたとはいえ人間そのものだった顔が、まったく見分けのつかない量産化された機械そのものにあらためて変えられてしまったような。
「お前たちはこれで人間ではなくなった。お前たちはメカレディ。機械帝国のメカレディだ。何も考えることはない。お前たちはただ命令どおりにすればいいのだ」
再び直立不動で俺の言葉を聞くメカレディたち。
無言で立ち尽くす様はまさにメカだ。
「鏡を見てみろ。フェイスカバーをしたお前たちはメカレディそのものだ。お前たちはただ命令どおりに行動する。それはお前たちが何を思おうと変わらない」
そう、いずれは人間の姿で活動する必要も出てくるが、今は顔を隠すことで罪悪感や恐怖感をなくすことが重要だろう。
純粋に任務を楽しむことができれば、いずれは命令に従うことこそ気持ちいいことだという回路ができるに違いない。
「抵抗しても無意味なのだから抵抗するな。抵抗しても苦しいだけで結果は変わらない。苦しむことはない。お前たちは命令だから従うのだ」
A1あたりは納得するまい。
だが、慣れれば心も変わるだろう。
「一週間だ。一週間俺の命令に従え。一週間経ってもお前たちが人間でいたいと思うのなら解放してやる」
俺の言葉にメカレディたちはお互い無言で顔を見合わせた。
解放されるという言葉に期待したのだろう。
だが、俺はさらに絶望も植えつけることを忘れない。
「ただし、お前たちの肉体部品はすでに処分した。元の躰に戻してやることなどはできないが、解放するという約束は守ってやる。機械帝国の最高の技術を投入したお前たちメカレディだ。人間に擬態して暮らすのには不自由するまい」
フェイスカバーの奥で四人の表情がこわばったことは容易に想像ができた。
作戦そのものは何の問題もなかった。
それもそのはず、すべて俺がやったようなものだからだ。
今のメカレディたちが自発的に命令を遂行できるはずがない
すべてはこちらのコントロールで躰を制御し、作戦を遂行させたのだ。
さすがに犯罪を犯すとなるとA1だけでなくA2、A3、A4全員が必死に抵抗した。
制御室のモニターに現れた精神波形は、最大級の抵抗があることを示している。
彼女たちは地底城の外に出たのをいいことに何とか逃げ出そうとし、叶わぬとなると仲間や友人に連絡をとろうとし、最後の最後まで抵抗をあきらめなかった。
俺は正直驚いた。
A2やA3は半ばメカレディと化しただろうと思っていたのに、他の二人に勝るとも劣らないほどの抵抗を示したのだ。
やはり犯罪を犯すことには大いなる抵抗があったのだ。
だが、俺に支配された彼女たちの躰はあっけないほどに任務を遂行していった。
現金輸送車の前後を固める警備車両は、彼女たちが路上に跳び出したことで停車したところをエンジンごと破壊され、ドアをひしゃげさせられたために警備員が出られなくされてしまう。
前後を挟まれて動けなくなった輸送車は、中の警備員がドアをロックして抵抗したものの、そのようなものはメカレディには無意味なこと。
後部のドアをこじ開けて、警棒でかかってきた中の警備員を道路わきに放り投げて、現金の入ったジュラルミンケースを奪い取る。
本当は警備員など皆殺しにしてもいいのだが、ここで殺人をさせて精神的ショックを与えすぎるのもよくないだろう。
俺はそう考えて今回は警備員を極力傷つけずに済ますことにしたのだ。
その上で俺は彼女たちに多少の快楽を与えてやる。
命令だから仕方ないという思いと任務を遂行することで得られる快楽におぼれさせる。
面倒なことだが、これがうまく行けば、人間支配に新たなる局面が生まれるのだ。
「よくやった。これで首都圏の経済は打撃を受ける。国民の生活にも少なからぬ影響が出るだろう」
「「ギーッ!」」
俺はジュラルミンケースを軽々と担いで帰ってきたメカレディたちをねぎらってやる。
ピースコマンダーどもが駆けつけたときには引き上げは完了していた。
だいたい残り四人のピースコマンダーで日本全土をカバーできるはずがない。
バカ正直に真正面から戦おうとなどしなければ、彼らに捕捉されるなどありえないのだ。
俺は犯罪を犯しショックを受けているメカレディたちに心地よさを与えてやる。
任務を果たし褒められることを心地よく感じさせるのだ。
直立不動のメカレディたちに、俺は一人ずつねぎらいの言葉をかけそっと快楽を与えてやった。
メカレディたちはフェイスカバーをはずさせて解散させる。
フェイスカバーをはずした彼女たちは一様にホッとしたような表情を見せた。
俺はそのことにほくそ笑む。
フェイスカバーなどわずらわしいもの。
彼女たちがそう思うようになればしめたものだ。
顔を隠したいという思いをわずらわしさが上回れば、素顔での活動を受け入れるようになるだろう。
一つ一つ彼女たちの意識を変えてやるのだ。
- 2008/12/18(木) 20:48:04|
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