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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

冬戦争(1)

1917年、第一次世界大戦のさなか、ロシア帝国はロシア革命によって崩壊しました。
その混乱の中、スウェーデンよりロシア帝国に併合されていたフィンランドは、長い間の悲願であった独立を達成し、新生ソビエト連邦にも独立を認めさせることに成功します。

しかし、独立は一筋縄ではいかず、国内の労働者階級は独立よりもソ連への併合を求めて内戦が勃発。
この内戦に政府はカール・グスタフ・マンネルハイムを指揮官として政府軍を編成。
最初は優勢だった労働者階級側でしたが、マンネルハイムの卓抜した指揮能力とスウェーデン及びドイツからの義勇兵の力もあって政府側が逆転に成功します。
ところが今度は政府側が王党派と共和国派に分かれ、王党派がドイツの支援の下でフィンランド王国を樹立。
しかし、第一次世界大戦で今度はドイツ帝国が崩壊し、フィンランド王国もあえなく崩壊。
戦後のヴェルサイユ体制の下、フィンランドは共和国として成立します。

このフィンランドの内戦で労働者側にソ連がついたこともあって、ソ連とフィンランドの関係は良好とはいえないものとなりました。
第一次世界大戦後から第二次世界大戦勃発までの間、両国関係は決していいものではなかったのです。

第二次世界大戦までまだ二年ある1937年。
ソ連はフィンランドに秘密会談を申し入れました。
会談の議題は、勢力を伸ばしてきたドイツに対するフィンランドの対応に関するものでした。

フィンランドとソ連との国境付近には、かつてロシア帝国の首都であったペテルブルク、ソ連時代はレニングラードという大都市がありました。
このレニングラードとフィンランド国境は32キロの距離しかなく、当時の大砲でも射程内に収めることが可能なほどでした。
ソ連はフィンランドがドイツ側につくことを恐れていたのです。

ソ連としてはフィンランドと軍事同盟を結び、軍隊を駐屯させて半ば属国のようにできれば申し分なく、事実そのような軍事同盟を申し入れました。
もちろんフィンランド政府はソ連が油断ならない相手である以上、ひさしを貸して母屋を取られるという事態を避けるためにも軍事同盟は拒否します。
フィンランドは中立を保ち、いかなる国もフィンランドを他国侵略のための基地となすことは許さない。
これがフィンランドの公式見解でした。

軍事同盟でのフィンランド支配は無理だと悟ったソ連は、今度はフィンランドに対して国境線の変更を申し入れます。
わが国第二の都市レニングラードに対し、フィンランドの国境は近すぎる。
国境線をフィンランドの奥地に設定するため、現在の国境のあるカレリア地峡部と、ムルマンスク近くのルイバチー半島をわが国に割譲しなさい。
こういうとんでもない要求を突きつけたのでした。

もちろんこれではフィンランドも受け入れるわけにはいかないでしょう。
そこでソ連は表面上はフィンランド側に有利に見える妥協案を持ち出します。
カレリア地峡部とルイバチー半島周辺の約2700平方キロメートルをわがソ連が割譲していただく代わりに、フィンランドに二倍以上の約5500平方キロメートルを譲渡しようではありませんか。
これはわが国の友好の証であります。
というものでした。

確かに文面だけだとフィンランドが得をするように思えます。
しかし、ソ連が提示した5500平方キロメートルは森と湖の人跡未踏の未開拓地であり、割譲しなければならない2700平方キロメートルは、フィンランドの中でも開けた土地なのです。
フィンランド政府はこの申し入れを拒絶しました。

このフィンランド側の拒絶に対し、ソ連外相モロトフは、もはやわれわれ文官では対処できませんな、次は軍人の出番でしょうと言ったといいます。
1939年11月、スターリンの下にフィンランド軍の戦闘能力に関する調査報告がなされ、11月16日にはフィンランド国境に位置する第7、第8、第9、第14軍に対する作戦命令書が作成されました。

一方フィンランド政府の強硬政策に不満を抱いていたのはスターリンだけではありませんでした。
フィンランド人であるマンネルハイム自身が、あまりの政府の強攻策にソ連の侵攻を呼び込みかねないとして不満を持っていたのです。
もはやことここにいたっては、ある程度の妥協をするのは仕方がないのではないかというのがマンネルハイムの考えでした。
そのためマンネルハイムは、国防議長であった職を辞したいと申し出ますが、時すでに遅く、ソ連軍の攻勢が始まってしまうのです。

1939年11月26日。
カレリア地峡のソ・フィン国境線において、国境守備のソ連軍将兵13人が死傷する砲撃事件があったと発表されました。
ソ連はこの砲撃はフィンランド軍によるものとして抗議。
一気に緊張が高まります。
この事件は、ソ連崩壊後に公開された資料によって、ソ連軍の自作自演であることが明らかになっていますが、ソ連はこの事件を契機に戦争に突き進むべく国交を断絶。
ついに11月30日、23個師団約50万名の将兵をもってソ連はフィンランドに侵攻を開始。
いわゆる「冬戦争」の始まりでした。
  1. 2008/10/24(金) 20:48:26|
  2. 冬戦争
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<冬戦争(2) | ホーム | 10月24日のココロ日記(BlogPet)>>

コメント

凄いや!舞方様。
この戦争の詳細な資料、少ないんですよね。
期待しちゃいますよ(笑)
  1. 2008/10/24(金) 23:55:07 |
  2. URL |
  3. 神代☆焔 #-
  4. [ 編集]

>>神代☆焔様
5回連続で「冬戦争」を書いて行きます。
流れは掴んでいただけると思いますので、お楽しみに。
  1. 2008/10/25(土) 20:23:36 |
  2. URL |
  3. 舞方雅人 #-
  4. [ 編集]

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