新年最初のSSは前後編で投下したいと思います。
今日はその前編です。
タイトルは「怪人スーツを着て女怪人として夜中に暗躍するママだけどいい?」です。
お楽しみいただければと思います。
それではどうぞ。
怪人スーツを着て女怪人として夜中に暗躍するママだけどいい?
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。車に気を付けるのよー」
元気に玄関を飛び出していく息子の紀博(のりひろ)を私は見送る。
もう後ろを振り返りもしないで学校へ向かっていくわ。
学校が楽しそうで何よりねー。
さてと・・・
やっと朝のバタバタが終わった。
毎朝のことだけど、主人と紀博を送り出すまでは戦争よねー。
起きて朝食の支度をして主人を起こして紀博を起こして顔を洗わせて歯を磨かせて・・・
はあ・・・
ホント大変なんだから。
もちろん主人や紀博が出かけたからと言って、のんびりできるわけではない。
掃除も洗濯もしなくちゃならないし、食材の買い物にも出かけなくちゃいけないのだ。
やることはたくさんある。
とはいえ、一息つくぐらいは許されるだろう。
「いい香り」
私はインスタントのコーヒーを淹れ、テーブルについて一息入れる。
主人や紀博には朝食を作るけど、私はいつも朝はコーヒーだけ。
栄養補給なら、あとで特殊タブレットを飲めばいいことだ。
テレビでは相変わらずワイドショーが芸能人ネタや政治ネタをやっている。
いつもと変わらない午前中。
平凡な主婦の生活ってこんなものかしらね。
「さてと、始めましょうか」
コーヒーを飲み終えた私は、立ち上がって台所に向かう。
朝食後の家族の食器と一緒に洗ってしまい、水切り籠に並べていく。
掃除が終わったころには水も切れ、食器棚に戻すのだ。
そろそろ食洗器が欲しいわねぇ。
と、いうことで次は掃除。
私は二階に上がると、掃除機をセットして各部屋ごとにかけていく。
私たちの寝室が終われば紀博の部屋。
扉を開けて私はため息をつく。
今日もまた、いろいろと散らかっているものだ。
やれやれねぇ・・・
仕方なくベッドの周りをかたずけ、シーツと枕カバーを洗濯のためによけておく。
押し入れから洗濯済みのシーツと枕カバーを取り出し、新たにベッドに敷いていく。
床に置かれた本や漫画はとりあえず脇によけておく。
自分で片付けさせないと習慣付かないから、自分でさせなくてはならないのだ。
あの子が帰ってきたら最初にやらせなくては。
一通り終わったところで、今度は机のところに行く。
机の上も乱雑と言えば乱雑だったが、まあ、勉強や宿題をするスペースは確保されているようだ。
それよりも・・・
私は机のすみに置かれたケースに目を向ける。
それは透明で小さな金魚鉢のようなプラスチックケースだが、金魚鉢のような奥行きはなく、むしろすごく厚みがなく薄い。
中には白い砂粒がケースの上の方まで入っていて、その砂粒の中を黒い小さな生き物が動いている。
アリだ。
あの子にねだられて買ったアリの巣観察キット。
先日公園で捕獲してきたアリが十数匹ほど中で活動しているのだ。
白い砂粒が敷き詰まった土の中に見事なトンネルを掘っている。
部屋も二つほどあるようだ。
トンネルの中を動き回るアリたちを見ているだけで、結構面白い。
かわいいわぁ・・・
やっぱりアリは最高よね・・・
あの子はちゃんと餌をあげているのかしら。
あげてなかったら困るから、あとで私からも餌をあげるわね。
楽しみにしててね。
アリ。
キットの中でちょこちょこと動き回るかわいいアリたち。
でも、このアリの巣はそう長くは持たないだろう。
そう思うと私は心が痛む。
ここには大事なものが欠けているのだ。
そう・・・大事なものが・・・
「アリには女王様がいないと・・・ね・・・」
女王様がいないと・・・
私はしばらくアリたちを眺めていた。
ふと目をやると、アリの巣キットのそばには昆虫図鑑が置いてある。
きっとアリに関して調べているのだろう。
あの子がアリに興味を持つなんて・・・
やっぱり私の息子ということなのだろうか・・・
アリの素敵さ、すばらしさをわかってくれただろうか・・・
あの子が本当の“私”を知ったらなんていうかしら・・・
私はふとそう思ったが、慌てて首を振ってその考えを否定する。
本当の“私”を知られるなどということがあってはならないのだ。
そう・・・
本当の“私”を・・・
とりあえず私は掃除機かけを再開する。
本当の“私”?
今の私は偽物なのだろうか?
こうして平和に暮らしている私は・・・
でも・・・
あの子のためにも・・・
私は思いを振り払うように掃除に専念する。
紀博の部屋が終われば次は階段。
そして一階のリビングと和室に掃除機をかけて終了。
ふう・・・
水切りの終わった食器を食器棚に戻したら今度は洗濯。
主人のものと私のもの、紀博のものと区分けし、洗濯機に放り込む。
洗濯機が回っている間に私は冷蔵庫の中身を確認し、買い出しのメモを作っていく。
今晩は何にしようかしら。
ハンバーグは先日作ったし、カレーも最近食べたし・・・
肉じゃがあたりを作ろうかしらね。
きっと主人も喜ぶし。
私はドキッとする。
テーブルに置いてあったスマホが振動しているのだ。
メール?
まさか・・・
私はスマホを取り上げて確認する。
着信は思った通りメールだった。
しかも発信元は・・・グザリアン・・・
仕事が・・・入ったんだわ・・・
ああ・・・
本当の“私”にまた戻る時が来たんだわ・・・
久しぶりの本当の“私”に・・・
******
「いっただっきまーす!」
おいしそうに夕食を頬張っていく紀博。
やっぱり作ったものをおいしく食べてもらえるのはうれしくなる。
いつかこの子も私の味を家庭の味としてお嫁さんに伝えたりするのかしら。
あと10年もしたら・・・
ううん・・・まだまだお嫁さんなんて早いわよ!
変な女を連れてきたりしたら赦さないんだから。
「ママ、どうかした?」
「えっ?」
「ボクの方をずっと見てたから」
ああ・・・
私は首を振る。
「ううん、何でもないわよ。美味しそうに食べてくれるなぁって思って」
「だって美味しいもん」
うれしいこと言うじゃない。
好き嫌いがないのがこの子のいいところよね。
人参もピーマンもちゃんと食べてくれるし。
主人は結構好き嫌いがあるから、きっと私に似たのねー。
いい子ねー。
「ただいまー」
玄関で声がする。
あら、今日は早かったのね。
私は立ち上がって玄関に行き、主人を出迎える。
「お帰りなさい。早かったのね」
「うん、今日は早く帰れた。お、いい匂いだな」
靴を脱ぎながら早速匂いを嗅ぎつけている主人。
「今日は肉じゃがよ」
「お、そいつは早く帰れてよかった」
そういって笑う主人。
いっぱいあるからたくさん食べてね。
夕食後、紀博と一緒にお風呂に入る主人。
私は後片付けをしながら、薬を用意する。
上がってきたら主人にこれを飲ませるのだ。
これはグザリアンが用意した睡眠薬。
これを飲ませれば朝までぐっすりと眠り、少々のことでは起きない。
私が抜け出しても気付かれないようにするには、これを飲ませておくのが大事なのだ。
紀博は部屋が違うし、めったなことでは夜中に起きたりしないから問題はない。
お仕事のためには仕方がないのよ・・・
夜中・・・
すっかり寝入ってしまった主人を横目に私は布団から出る。
そして、クロゼットの奥に隠してあったトランクケースを取り出し、それをもって寝室を出る。
向かいの部屋は紀博の部屋なので、できるだけ音をたてないようにする。
本当なら睡眠薬を飲ませればいいのだろうけど、あの睡眠薬は子供には強力すぎて、おそらく昼ぐらいまで目覚めなくなってしまううえに、躰にもよくないという。
まあ、あの子は一度寝たら起こすまで起きないから大丈夫よね・・・
私はそっと階段を下りて一階のリビングに行く。
そしてトランクケースをテーブルの上に置いてふたを開ける。
そこには黒くつややかな輝きを見せるいくつかの物が入っている。
これをまた身に着ける時が来たのね。
私はケースの中身をテーブルの上に取り出して並べていく。
それはすべすべしたナイロンのような素材でできている全身を覆う全身タイツと、両手両足に着用する手袋やブーツ、さらに全身タイツの上から胴体を覆う硬いプロテクターと頭にかぶるヘルメットだ。
私はそれらを並べた後、着ているものをすべて脱いで裸になる。
そしてマットな黒さの全身タイツを手に取り、背中側の開口部から足を入れて着込んでいく。
これって、吸いつくようなタイツの感触がとても気持ちいいんだけど・・・
「ん・・・きつい? もしかして太った?」
タイツを腰まで持ち上げていくと、いつになく締め付けられる感じがする。
私の躰は調整が行われているから、そんなに体形の変化は起きないはずだけど・・・
前回着た時からしばらく時間が経っているから、そんな感じがするのかもしれないわね。
「んしょ・・・」
私は躰に張り付くように密着する全身タイツをやや苦労しながら着込んでいく。
うう・・・
前回着た時はこんなにきつくなかった気がするのに・・・
少しダイエットしないとダメかしら・・・
体重は変わっていないはずなのに・・・
「ふう・・・」
髪をまとめて頭にかぶるフード部分をかぶり、ようやく全身タイツを着終える私。
これで顔の部分以外はすべて全身タイツに覆われることになる。
それこそつま先から指先、頭のてっぺんまで。
まるでテレビのバラエティ番組に登場するお笑いキャラみたいだけど、この全身タイツは特殊な繊維で作られているので、銃弾なんかは通さない。
それにある程度パワーサポートもしてくれるので、私でも力自慢のプロレスラーを片手でひねり上げることができるのよ。
すごいタイツなんだから。
とはいえ、こうもあからさまに躰のラインが出るのはやっぱり恥ずかしいわねぇ。
私は次に胴体部分を覆うプロテクターを着る。
これはつやのあるやや厚めのエナメルレザーのレオタードといった見た目をしている。
これを着ることで、股間の部分から首元まではタイツと二重に覆われることになるのだ。
この部分は爆弾の爆発だって耐えることができるのよ。
それにとても軽いから、着ていることもあんまり感じないしね。
そして私は膝上までのブーツを履く。
こちらもつややかなエナメルレザーのロングブーツといったもの。
かかとがとがったハイヒール状になっていて、これで蹴りを入れればかなりの破壊力となるわ。
私はファスナーを下ろしてタイツに包まれた足を入れ、ファスナーを上げて密着させる。
これでちょっとやそっとでは脱げないし、私の足そのものといっていいものとなる。
もちろん両手にはめる長手袋も同じこと。
肘までの長さの手袋は手の部分が厚めに保護されており、衝撃を吸収するようになっているし、指先には鋭い爪が付いているので、土はおろかコンクリートさえ突き破ることができる。
まさに私の武器。
今回もこれで・・・
ふう・・・
仕方ないの・・・
仕方ないのよ・・・
私は最後に残ったヘルメットを手に取る。
アリの頭部を模したような形をしており、巨大な複眼が私を見つめてくる。
これをかぶることで私は完成し、私は本当の“私”となる。
そうなれば私はグザリアンの一員として仕事をこなして報酬を得る。
ただそれだけのこと。
ただそれだけ・・・
報酬を得ればあの子の教育資金にできる。
将来あの子が何をするにも、お金は必要。
主人は全力で頑張ってくれているし、私を専業主婦にもしてくれている。
でも、貯金はあるに越したことはないのだ。
私が仕事をすれば、それだけ我が家は潤う。
それだけのこと・・・
それだけの・・・
私は意を決してヘルメットをかぶる。
頭の部分から鼻のところまでを覆うようになっており、口元だけが露出する。
両目の部分は完全に覆われてしまうような形となってしまうものの、ヘルメットの左右に付いた大きな楕円形の複眼と、額部分に伸びる二本の触角とによって、周囲の状況がダイレクトに脳に伝わってくる仕組みになっている。
そのため目が露出していなくても何も問題はなく、むしろ闇の中だろうが何だろうが周囲を把握するには何の問題もない。
それこそ土の中でも行動することができるわ。
そして・・・
このヘルメットをかぶることで、私の中にグザリアンの一員である喜びが湧いてくる。
うふふふふ・・・
そう・・・
これこそが本当の“私”。
私はリビングにある鏡にその姿を映し出す。
全身を黒一色で覆ったその姿は、まるで女の躰を持ったアリのような姿。
そうよ。
私はアリ。
偉大なるグザリアンの一員アリ女。
人間なんかとは違うのよ。
うふふふふ・・・
すべてを身に着け終わった私は、トランクケースのふたの裏側にあるスイッチを入れる。
ふたの裏には偉大なるグザリアンの紋章が描かれており、スイッチを入れることでその紋章が反応を始めるのだ。
「偉大なる首領様。アリ女、準備完了いたしました」
私は右手を斜めに上げ、忠誠のポーズをとる。
グザリアンの一員として心から首領様に忠誠を誓うのだ。
『アリ女よ、任務を与える』
紋章から首領様の重厚な声が聞こえてくる。
ああ・・・なんて素敵なお声だろう。
ちっぽけな私をこうして偉大なるグザリアンの一員にしてくださった首領様。
首領様のためならどんな任務もこなして見せるわ。
首領様に任務をいただいた私は、トランクケースを閉じて庭に出る。
うふふふふ・・・
私はそのまま庭の隅へ行くと、穴を掘って土の中に潜り込む。
アリ女である私にとって、土の中を移動するなどお手の物。
ターゲットに近づくのも容易になるのよ。
うふふふふ・・・
******
土をかき分けて外に出る。
さっき出て行った我が家の庭の隅にぴったりと到着。
あとはかき分けた土を元のように埋め戻せばOKね。
明日にでもこの辺りを手入れと称してほじくり返せば、痕跡もかき消せるでしょう。
私は周囲を見渡して確認する。
誰も我が家の庭をこんな真夜中に注視している様子はない。
私はプロテクターなどに付いた土を払い落とし、そっと家に入る。
ふう・・・
これで一安心。
今回も任務完了だわ。
くふふふふ・・・
容易いもの。
ターゲットの家の庭まで穴を掘り進み、そこから家の中に忍び込んでターゲットを抹殺する。
殺したらあとは私の触角から出る蟻酸で溶かすだけ。
グザリアンにとっての邪魔者はそれで消え失せる。
くふふふふ・・・
首領様にもきっとお喜びいただけるわ。
さて、日が昇らないうちに着替えてしまわないと。
本当の“私”からいつもの私になるのはちょっと残念だけど、いつまでもこの姿でいるわけにもいかないものね。
私がそう思ってヘルメットを外そうとしたとき、突然部屋の明かりが点く。
「えっ?」
「えっ?」
私が振り向くと、そこにはパジャマ姿で立つ紀博の姿があった。
「の、のり君? 起きてきたの?」
「えっ? ママ? ママなの?」
しまったぁぁぁぁぁ!
ついついいつもの感覚でのり君って呼んじゃったぁぁ!
ど、どうしましょう・・・
姿を見られたら・・・
姿を見た者は・・・
グザリアンの怪人の姿を見た者は・・・
続く
- 2020/01/02(木) 20:00:00|
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