今日は四月一日ですねー。
今年もやってきちゃいました。
四月一日と言えばあのお方。
今年もどうぞお楽しみをー。
馬鹿団の女幹部
「うーん・・・いい陽気だわぁ」
私は思わず伸びをする。
お日様ポカポカ。
仕事なんて忘れたくなっちゃう。
私は思わずこみあげてくるあくびを必死に噛みこらえ、再び通りを歩き始める。
「おはようございます」
「婦警さん、おはようございます」
見知った町の人たちが挨拶してくれる。
だいたいいつもパトロールしているルートだから、見知った顔も多いのだ。
今年もここの交番か・・・
年度替わりの異動の辞令は出なかったから、もう一年ここにいろってことなのね。
早く階級を上げて私服警官になりたいなぁ。
あれ?
今何か急に周囲がかすんだというか、もやがかかったような感じがしたけど・・・
気のせいかな?
今は視界もすっきりしてるし・・・
目が疲れたのかな?
「えっ?」
急にけたたましいブレーキ音がして、小型トラックが民家に突っ込んでいく。
大変!
私はすぐに現場に向かって走り出し、民家の近くへ駆け寄っていく。
とりあえず周囲の状況にもかまわず、そのままトラックが突っ込んだ家に走りこむ。
「大丈夫ですか?」
私が声をかけると、トラックからよろよろと男性が下りてくる。
よかった、まだ生きている。
私が駆け寄ろうとすると、その男性は青ざめた顔で通りのほうを指さしている。
「えっ?」
私が振り返ろうとすると、背後で大きな爆発音がする。
と、同時に、風圧を感じ、爆風が来たのだと知らしめてきた。
「な、なにがいったい?」
私が通りのほうを見ると、そこには何か二本足で立つ人間ほどの大きさの奇妙なものが立っていた。
赤茶色のカニのような外皮を持ち、右手は巨大なカニのはさみみたいになっている。
全体的なフォルムは人間ぽいのだけど、なんというか化け物という言葉しか出てこない。
もしかしたらこれが宇宙人?
そ、そんなものがいるはずが・・・
「キーッ!」
「キキーッ!」
そのカニの化け物の背後では、なんだか全身を黒いぴったりした服、全身タイツっていうのかな、に身を包んだ男女が暴れまわってる。
あるものは高齢の女性を突き飛ばし、あるものは営業マンと思しきスーツ姿の男性を殴りつけている。
な、なんなの?
なんなのいったい?
その時私はハタと気が付いた。
これは何かの撮影に違いない。
きっと近くにカメラマンやスタッフがいて・・・
スタッフがいて・・・
いて・・・
いない?
どこにもいない?
どういうこと?
まさか本当にこの化け物たちが暴れているの?
「ぎゃー!」
「ひぃー!」
人々が悲鳴を上げている。
助けなきゃ・・・
助けなきゃ・・・
わたしは足が震えるのを必死で抑えつつ、人々のところへ向かっていく。
「皆さん! 逃げて、逃げてください! 避難してー!」
私は大声で叫びつつ、得体のしれない連中と人々の間に割り込もうとした。
その間にも、あのカニとも人ともつかない化け物が、そのハサミで人の首を刎ね飛ばす。
ごろりと転がった首と、残った胴体から勢いよく噴き出す赤い血が、これが撮影なんかじゃないことをまざまざと見せつけてくる。
信じられない・・・
でも・・・
でも、これは本当のことなんだわ。
なんだかわからないけど、何とかしなくちゃ・・・
「逃げて! 逃げてください!」
私は黒全身タイツの連中に今しも襲われそうになっていた若い女性の前に飛び出した。
「警察です! おとなしくしなさい!」
私は恐怖で膝ががくがくしながらも、必死で連中に警棒を突き付けた。
「カーーーーーーット!!」
そこに脇から声がかけられる。
途端に周囲から緊迫感が消えていく。
周囲が何かゆがんだ気がして、大きな反射板を持った人や、巨大なカメラを構えた人、長い棒の先に吊り下げたマイクを持った人などが現れる。
「え?」
な、なになになに?
何が起こったの?
「おーい! 周囲の通行を止めてなかったのか? 婦警さんが間違って入ってきちゃったぞ」
「すいませーーん! ちゃんと言ってあったんですが!」
「今のはエリカちゃんがザリガニ男や戦闘員に襲われるシーンなんだから、こういうのは困るよ!」
「すいませーん」
なんだか、ざわざわざわめいている。
なにこれ?
もしかしてやっぱり映画の撮影だった?
えええええ?
あれが撮影なの?
「いやー、婦警さん、すみません。映画の撮影なんですよ。驚かせてしまったようで。ちゃんと警察に許可は取ってあったんですけどねぇ。聞いてませんか?」
私のところにつばの広い帽子を深くかぶった人がやってくる。
もしかしてこの人が映画監督?
この暖かな陽気なのに、黒いコートをしっかりと着込んでいて暑くないのかな?
「うああ・・・そうでしたかぁ・・・すみません」
私は監督さんに頭を下げる。
やっぱり撮影の邪魔しちゃったみたいだわ。
でも・・・
でも・・・
あれが撮影だったなんて思えなかったんだもん。
「ああ、いえいえ、お気にせず、頭を上げてください。時々あることですから」
「そ、そうなんですか?」
私は少し救われた気がする。
「それよりも、婦警さんが血相変えて飛び出して来たときはこっちも驚きましたよ。まさか現実の話に思えちゃいましたか?」
「あ・・・う・・・は、はい。お恥ずかしい話なんですけど、人々が殺されるシーンがとても生々しくて、それにスタッフの方々の姿も見えなくて、思わずこれは現実に起きていることなんだって思ってしまって・・・」
私は正直にそういった。
これってむしろ監督さんには誉め言葉にならないかな。
「クククク・・・そうですかぁ。こんな現実味のない特撮映画が現実に思えましたかぁ」
何か監督の言い方が人をバカにしているようでちょっとむっとしたけれど、事実なんだから仕方がない。
「はい。すごく皆さん迫真の演技で、すっかり騙されてしまいました」
「ククククク・・・そうさ。お前は騙されたんだよ。荒唐無稽な特撮映画を本当の話と信じてすっかり騙されたのさ。この四月馬鹿様になぁ」
「えっ?」
監督さんが帽子を脱ぐ。
「ひっ!」
思わず私は口元を両手で押さえて小さな悲鳴を上げてしまった。
帽子の下からは、鼻づらの長い馬の頭が現れたのだ。
茶色の短い毛におおわれ、耳をぴんと立てて歯をむき出して笑っている。
でも、てっぺんには角が生えているわ。
あれって鹿の角?
え?
馬?
鹿?
どっち?
「クククク・・・混乱したか? 俺様は四月馬鹿(しがつうましか)。人をだますことを商売にしている妖怪だ」
「う、馬鹿?」
「そうだ。そしてお前はこの馬鹿様にまんまと騙されたバカな女というわけだ。クックックック・・・」
よ、妖怪?
そんなバカな・・・
そんなものがいるわけが・・・
「クックック・・・まあ、だまされたからと落ち込むことはない。今年は結構大掛かりにやったからな」
目の前の鹿の角を持つ馬の妖怪が手を一振りすると、突然周囲は闇になり、街並みも撮影スタッフも暴れていた怪物たちも消えてしまう。
「クククク・・・これでももう八年目なのでね。しもべたちも増え、俺様も少しは力が強くなっているというわけだ。こうして幻術を使えるぐらいにはな」
「幻・・・術?」
「そうさ。ここは朝の住宅街。お前はそこでぽかんと突っ立って、俺様の幻術に翻弄されていたというわけだ」
「そんな・・・」
なにがなんだかわからない。
これっていったい何なの?
私はどうなってしまったの?
「えっ?」
気が付くと、私は自分から警察の制服を脱いでいた。
「私は・・・何を?」
私は自分の両手を見る。
「えっ?」
すると私の両手は、奇妙な五本の細い指から、力強い蹄に変わっていた。
腕ものっぺりとしたものではなく、短い茶色の毛に覆われていく。
「えっ? えっ? えっ?」
なにこれ?
私はいったい?
「クククク・・・俺様に騙された人間はみな馬鹿になるのさ。お前も馬鹿になるんだ」
馬鹿に?
私が馬鹿に?
四月馬鹿様は何をおっしゃっていらっしゃるのかしら?
私が馬鹿なのは当たり前ですよぅ。
私の顔は鼻づらが伸びて馬の顔に。
頭頂部からは鹿の角が生え、全身は茶色の短い毛で覆われた。
きゃはははは・・・
アタシは馬鹿。
愚かな人間どもをだますのが私たちの喜び。
だまされた愚かな人間は馬鹿になってしまうの。
なんて素敵なことかしら。
「きゃははははは」
アタシは思わず笑ってしまう。
だってすごく気持ちがいいんだもん。
なんか心が解放された感じ。
馬鹿である喜びを感じるわぁ。
そうだ!
「ねえ、四月馬鹿様ぁ」
アタシは甘えたように猫なで声を出す。
だってぇ・・・
四月馬鹿様ってとっても素敵なんですもの。
渋くてかっこいい大ボスって感じ。
アタシ、自分が四月馬鹿様のしもべであることをうれしく思うわぁ。
「なんだ、急に? おかしなやつだな」
「きゃはっ、ねえ、四月馬鹿様ぁ」
「だから何だと言っている」
アタシの変わりぶりに苦笑している四月馬鹿様。
もう・・・あなたがアタシをこんなふうにしたんですわぁ。
「トリックじゃなくいっそのこと本当に“悪の組織馬鹿団”を作りませんかぁ? 四月馬鹿様が首領様でぇ、アタシが女幹部レディウマシカになるの。それで人間たちを馬鹿にして、団員にしちゃうんですわぁ」
「なんだそりゃ? お前、さっきの特撮もどきの影響を受けたか?」
「わかりませんけどぉ・・・四月馬鹿様が首領様でアタシが女幹部の悪の組織っていいと思いません?」
アタシは四月馬鹿様の腕に縋りつく。
「好きにしろ。首領様は忙しいので常に留守という設定でな」
「はぁい。仕方ないですー。でも、時々はお姿をお見せくださいね」
「いいだろう」
「きゃはっ、それじゃ女幹部レディウマシカは、これより団員増加のために働いてきます。きゃははは」
アタシは四月馬鹿様に一礼すると、腰を振って歩き出す。
今日一日でどれだけ団員が増えるかしら。
楽しみだわぁ。
きゃはははは・・・
エンド
- 2017/04/01(土) 20:38:45|
- 四月馬鹿
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