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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

旗艦を他国に任せるとは

昨日はアジアシリーズの決勝が行われましたが、予選を一位通過したソフトバンクホークスが最後の最後で負けちゃいましたね。
アジアシリーズではずっと日本が優勝していたので、連勝が途絶えてしまったのはちょっと残念です。

今日は毎月購入している「世界の艦船」(海人社)の今月号のご紹介。

世界の艦船1201
こちらが表紙。
1989年に撮影されたもので、米戦艦「ニュージャージー」と「ミズーリ」が単縦陣で進み、その後方にも艦艇が続いているところです。

今月号の特集は「海上王 戦艦の時代」
1906年に英国で戦艦「ドレッドノート」が完成して弩級戦艦と言う言葉ができ、それを上回る超弩級戦艦が作られ、2006年に米戦艦「アイオワ」が退役するまでちょうど百年。
その百年間の戦艦の移り変わりが特集です。

私のようなウォーゲーマーにはおなじみとも言える戦艦同士もし撃ち合ったらと言う仮想戦闘の記事もあり、やはり砲撃戦では日本の「大和」級はかなり働けそうですね。

驚いたのはほんのちょっとした写真記事だったんですが、現在米海軍第六艦隊(地中海担当)の旗艦を務める揚陸指揮艦「マウントホイットニー」の定期整備がクロアチアで行われていると言うことでした。

艦隊旗艦ともなれば機密の塊のような気がするので、通常であれば本国で定期修理を行うのではないか、百歩譲っても同盟国で行うのではないかと思っていたので、クロアチアと言う元は東側の国で定期修理が行われるとは思いませんでした。
これも時代の流れなんですねぇ。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/30(水) 21:03:15|
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普墺戦争(11)

1866年6月22日、アルブレヒト大公はイタリア軍第二兵団約八万に対しわずか歩兵1個大隊および騎兵4個中隊だけを残して、全野戦部隊を率いてイタリア軍第一兵団を撃破するべく行動を開始しました。

このときイタリア軍側はまさか兵力の少ないオーストリア軍が打って出てくるとは思わずに油断していたうえ、長期の行軍に備えるために重い装備を背負って行動しておりました。
それに対しオーストリア軍は最低限の装備のみで行動し、悪天候をものともせずに強行軍でイタリア軍に向かって行ったのです。

6月24日、両軍は四ヶ所で激突しました。
ヴィラフランカではオーストリア軍の騎兵2個旅団がイタリア軍の2個歩兵師団を襲撃してこれを撃滅します。
このときイタリア軍側は前夜の悪天候のために大砲が戦場に到着するのが遅れていたことが反撃を妨げてしまったと言います。

オリオシではオーストリア軍1個師団とイタリア軍1個師団がぶつかり合い、一旦はイタリア軍が高地を占領して優勢になったものの、オーストリア軍の反撃を受けてあえなく後退。
さらにオーストリア軍の追撃で大損害を出し、イタリア軍1個師団が救援に駆けつけるもオーストリア軍を食い止めることはできませんでした。

セント・ルシアでもオーストリア軍がイタリア軍を蹴散らします。
この戦闘でも高地を占領したイタリア軍は有利なはずでしたが、オーストリア軍の攻撃に後退せざるを得ませんでした。

クストッツァではイタリア軍3個師団がオーストリア軍の攻撃を一時は食い止めましたが、オーストリア軍が予備の2個旅団を前線に投入し、さらにセント・ルシアやヴィラフランカで勝利したオーストリア軍が戦場に駆けつけてくるともはやどうしようもなく戦場を離脱するしかありませんでした。
そしてこちらでも追撃してくるオーストリア軍のために少なくない損害を出す羽目になったのでした。

この6月24日に行われた一連の四ヶ所の戦いを総称して「クストッツァの戦い」と言います。
イタリア軍は結局のところ四ヶ所すべてで敗退し、オーストリア軍の前になすところがありませんでした。

この「クストッツァの戦い」における敗報を知らされたイタリア軍第二兵団は戦意を喪失してしまいました。
第二兵団はオーストリア軍と戦うことなく後退し、イタリア領まで撤収します。
これを知ったオーストリア軍イタリア方面司令官のアルブレヒト大公はイタリア領まで追撃することも考えましたが、それを行うとフランスの中立を刺激してしまう可能性があったために追撃を行うことはしませんでした。

一方、イタリア方面での勝利とは裏腹に、プロイセン方面でのオーストリア軍は思わしくない状況が続いておりました。
皇帝陛下から会戦を強要する伝聞が届いてしまったベネデク将軍は、やむを得ずプロイセン軍との決戦に臨むことにいたします。

ベネデクは麾下の部隊をケーニヒグレーツ近郊にあるサドワと言う村の付近にある高地に布陣させ、そこでプロイセン軍を待ち構えるつもりでした。
ところがベネデクは戦う気力が尽きていたためか、各部隊に配置は指示したもののどのようにしてプロイセン軍を待ち受けるかの具体的な指示は行われず、それどころか戦う前から退路を考えるような有様だったと言います。
そのためサドワ付近に展開したオーストリア軍は、しっかりした態勢を整えることなくプロイセン軍を迎え撃つことになってしまうのでした。

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  1. 2011/11/29(火) 21:16:05|
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初めての契約更新

昨日に続き今日もプロ野球ネタですみません。

今日はセ・パ両リーグの「ベストナイン」が発表になりました。
阪神からは先日のゴールデングラブ賞を受賞した平野・鳥谷両選手に加え、外野手でマット・マートン選手が選ばれました。
マートン選手は今季も巨人の長野選手と首位打者争いをするなど活躍いたしましたので、そのあたりが選出の要因となったのでしょう。

日本ハムからはこちらもゴールデングラブ賞を受賞した糸井選手が選出されました。
外野守備だけではなく打撃でも活躍しましたので、こちらもそのあたりが評価されたのでしょう。

受賞されました皆様おめでとうございました。

そして今日はうれしい知らせが。
阪神の鳥谷選手が来季の阪神残留を宣言してくれました。
ただしFAの権利は使用しないでの残留と言うことで、来季取得する予定の海外FA権でメジャー挑戦するかもしれないとのことですので、来季またやきもきしてしまいそうです。

そして日本ハムでは契約更新が続々と。
中田翔選手は今季年俸の2.5倍と言う4500万円で契約を更改。
打撃もそうですが守備での貢献度が結構評価されたと言うことらしいですね。
最近はレフト守備も安心して見ていられるようになったので、守備は上手になってきたと思います。

また斎藤佑樹投手も今日プロ入り初めての契約更改が行われ、今季年俸の倍の3000万円での更改となったようです。
(金額はいずれも推定)
今季は6勝6敗と言う成績でしたが、来季は当然これ以上を望まれるわけで、期待料込みと言うことなんでしょうけど、個人的にもやはり二桁勝利はしてほしいですね。

と言うことで今日もプロ野球ネタでした。
それではまた。
  1. 2011/11/28(月) 21:03:57|
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今日はざっと・・・

日曜日だと言うのにちょっとばたばたしておりまして簡易更新ですみません。

プロ野球は日本シリーズが終わったばかりといった感じですが、海の向こう台湾では福岡ソフトバンクホークスが参加しているアジアシリーズ真っ最中ですね。

今日オーストラリアのチームを破ったことで、これでソフトバンクは韓国、台湾、オーストラリアと三連勝で無傷で予選リーグを一位突破です。

決勝は29日に予選リーグの二位と行われますが、ここで負けるわけには行きませんね。
なんとしても勝たねばならないでしょうから、プレッシャーも大きいでしょうけど、やはり勝利で締めくくってほしいものです。

国内では巨人のごたごたがまだ続いてますね。
いったいどういう形で決着となるのかまったく予想が付きません。
法廷闘争になって時間がかかることになるんでしょうかね。

阪神では藤川球児投手が再来年のメジャー挑戦に触れておりました。
来年藤川投手は海外移籍可能なFAの権利を手にする予定ですので、その権利を使っての挑戦と言うことになりそうです。
和田監督は榎田投手を来季も後ろで使うと言っているようですので、もしかしたら藤川投手に代わるストッパー候補として見ているのかもしれませんね。

千葉ロッテでは今岡選手が来季は兼任コーチになるそうです。
阪神から移籍していきました選手ですので気になっておりましたが、若手の指導にあたることになりそうですね。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/27(日) 21:06:31|
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一点差かー

昨晩はMustAttackと言うウォーゲームコミュで知り合いましたセンパー様とVASSALと言う通信対戦ソフトを使って「独ソ電撃戦」(EP/CMJ)を対戦いたしました。

command57.jpg
このゲームは、もともとは1981年にエポック社より同社のウォーゲームの第一弾として発売されたものでしたが、コマンドマガジン日本版の57号に付録として再販されまして、私もこちらの再販版をオークションで手に入れました。

ウォーゲームとしては非常にオーソドックスかつお手軽な部類に入り、当時もウォーゲームの初心者にも最適と言う入門用として発売されたゲームです。

第二次世界大戦最大の戦いである独ソ戦、その一番最初の独軍によるソ連侵攻作戦「バルバロッサ作戦」を扱っており、その中でも中央軍集団によるミンスク方面への侵攻の8日間だけを切り取ったゲームでして、両軍とも一ユニットが一個師団と言う規模になっております。

ドイツ軍には強力な装甲師団と自動車化歩兵師団がありますが、多くのゲームでよく見られるような装甲師団の優位性を表す二次移動などのルールはなく、あくまでも戦力と移動力が高い数値のユニットと言うだけになってます。
一方ソ連軍は当時の独軍の奇襲とスターリンによる高級将校の粛清などで、部隊としての戦力が司令部でも把握できなかったことから、配置の時には裏返して配置し戦闘になったら表にするアントライドという配置方法をとるため独軍はおろかソ連軍プレイヤーにもどの部隊がどの位の戦力を持つのかわかりません。
そのため意外なところで強力な部隊が出現して独軍を食い止めたり、ここぞという場所に貧弱な戦力の部隊が現れたりしてあっという間に陥落したりと毎回展開が変わるのが面白いところです。

勝利条件はお互いの勝利ポイントの差で判定され、多いほうが勝利となります。
勝利ポイントは基本的には都市の占領により手に入りますが、ソ連軍は独軍部隊を除去することでも得点を手に入れることができますので、独軍としては部隊を失いすぎても敗北に直結してしまうので下手な戦闘はできません。

担当は私が独軍を、センパー様がソ連軍を担当いたしました。

独軍は序盤からダイスの目もよくソ連軍のユニットを除去して進撃を開始。
しかし、拠点のソ連軍は結構戦力が高い部隊がいるなどして一回の攻撃では陥落させられないこともしばしば。

センパー様のソ連軍はじりじりと後退しながらも戦線をしっかり張って独軍に付け入る隙を与えてくれません。
独軍は何とか突破を果たそうとしますがなかなかソ連軍の戦線を崩すことができませんでした。

独ソ電撃戦5ターン目
5ターン目開始時でまだヴィルナもバラノヴィチにも達することができず、独軍担当としては焦りが募りました。

それでも着実にソ連軍ユニットを追い立てながら独軍は前進を続けます。
ミンスクまでは時間との勝負になりましたが、ソ連軍の堅い守りの前に最終ターンまでにはついにミンスクに到達することはできませんでした。
独ソ電撃戦終了時

それでもヴィルナとバラノヴィチを落としたことで独軍は13点を確保。
一方ソ連軍はミンスクとスルーツクを保持し続けたことで7点、独軍の10-10ユニットひとつと7-10ユニットひとつ、5-4ユニット二つを除去したことで7点と合計14点。

わずか一点差でしたが独軍の敗北となってしまいました。
悔しー。

とはいえ手軽に楽しめる作戦級ゲームと言うことで今回も楽しんでゲームすることができました。
次回はセンパー様が独軍を担当する入れ替え戦です。
今度は私が突破されないようにしなくては。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/26(土) 20:55:32|
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普墺戦争(10)

参謀総長モルトケの指示のとおり、プロイセン軍は多方面からオーストリア領ベーメンへと侵攻を開始いたしました。
この時点でプロイセン軍の最大の懸念は、オーストリア軍が内線の利を生かして侵攻してきたプロイセン軍を各個撃破してくることでしたが、幸いなことにオーストリア軍はそのような行動をとってはきませんでした。

とはいえ、オーストリア軍もただ座してプロイセン軍の侵攻を指をくわえて見ていたわけではありません。
プロイセン方面に対するオーストリア軍の司令官ベネデク将軍は、プロイセン方面に対する全軍が集結する時間を稼ぐため、小規模な軍勢をそれぞれ侵攻してきたプロイセン軍にぶつけます。

1866年6月27日から28日にかけオーストリア軍の第6軍団、第10軍団、第8軍団がそれぞれプロイセンの第二軍に対して時間稼ぎの戦闘を仕掛けましたが、いずれも撃退されてしまいました。
6月29日にはオーストリア軍の第1軍団とザクセン軍の連合軍がプロイセン第一軍にこれまた敗退。
オーストリア第4軍もプロイセン第二軍に攻撃を仕掛けこちらも敗退という結果に終わります。

プロイセン軍は第一軍とエルベ軍が合流してオーストリア軍の北西から近づく形をとり、第二軍が北東から近づくことでオーストリア軍を挟撃する態勢を整えつつありました。
これに対し当初は対プロイセン方面の全軍を集結させてプロイセンの第一軍と決戦に及ぶつもりであったオーストリア軍のベネデク将軍でしたが、オーストリア各軍団の敗走の報が次々ともたらされるに伴いだんだんと意気消沈してしまいます。

ベネデク将軍はついに対プロイセン方面のオーストリア軍全軍をケーニヒグレーツの要塞に後退させることにし、7月1日にオーストリアとザクセンの連合軍はケーニヒグレーツへと後退いたしました。

プロイセン軍はオーストリア軍がケーニヒグレーツに後退したことでオーストリア軍を封じ込めることに成功しましたが、これは実はモルトケの望んだ結果とは異なりました。
モルトケとしてはオーストリア軍を野戦で包囲殲滅するつもりであり、オーストリア軍を要塞に押し込めるつもりはなかったからです。

一方オーストリア軍司令官のベネデク将軍はすっかりプロイセン軍との戦いに対する自信を失ってしまっておりました。
いまだオーストリア軍は大きな損害を受けてはおらずまだまだ戦える状態にあったにもかかわらず、ベネデク将軍はオーストリア皇帝に対し以下のような電報を打ってしまいます。
「早急に(プロイセンと)講和を結んでください。そうでなければわが軍の破滅は不可避です」

これが「1866年の破滅電報」と呼ばれ戦史に残るものとなりましたが、当然のごとくいまだたいした戦いも行わないうちからのこの電報に対し、皇帝からは「講和は不可能。会戦は行われたのか?」という電報が届き、ベネデク将軍に対して暗にプロイセン軍との決戦を行うよう要求します。
ベネデク将軍はこれにより気の進まない会戦を行わざるを得なくなりました。

一方、プロイセンとともにオーストリアに宣戦布告をしたイタリア軍も、ヴェネツィアを手に入れるために動き出しておりました。

ところがこの戦争は実はイタリアにとっては行う必要のない戦いでした。
プロイセンとオーストリアとの間の戦争が不可避となってくるに従い、オーストリアからイタリアに対して「中立を守ってくれるのであればその見返りとしてヴェネツィアを引き渡す」という申し入れがなされていたのです。
つまり、イタリアは戦争に参加せずに中立を守っているだけで手に入ったヴェネツィアを、わざわざ戦争で取りに行くということをしていたのです。

とはいえイタリアはすでにプロイセンと同盟を結んでしまっていたので戦争に参加せざるを得ませんでした。
イタリア軍はオーストリア方面に約二十五万もの兵力を集めそのうち約二十万を主力とし、国王直卒の第一兵団十二万とジャルジニ将軍率いる第二兵団八万の二つに分けてヴェローナを目指してこちらも分進合撃を行うべくオーストリア領へと侵攻を開始しました。

このイタリア軍に対抗するイタリア方面のオーストリア軍の司令官はアルブレヒト大公でした。
一説によれば彼は激戦の予想されるプロイセン方面の指揮をさっさとベネデクに押し付け、自分はそれほど激戦にはならないと思われたイタリア方面の指揮を引き受けたといいます。

ともあれアルブレヒト大公の手元には、オーストリア軍約十五万がおりました。
しかし、その半数は海岸守備隊や要塞守備隊であり、野戦兵力としては三個軍団約七万五千しかありません。
イタリア軍主力は二十万もいるので、数的にはオーストリア軍は圧倒的に不利です。
しかし、アルブレヒト大公はベネデク将軍とは違い、この七万五千を率いてイタリア軍を各個撃破しようともくろみました。

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  1. 2011/11/25(金) 21:16:27|
  2. 普墺戦争
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大事無いといいのですが・・・

今日は近所のメガネショップにメガネの鼻あての部分の交換とがたつきを締めてもらいに行ったんですが、対応してくださったメガネショップのお姉さんが紺のタイトスカートに真っ黒なタイツ脚という素敵な制服をしておりまして、さらに部品の交換やがたつきの締め付けを私の隣に座った状態でおこなって下さったので、その黒タイツ脚を間近でじっくり見ることができたという幸せな時間を過ごすことができました。

いやぁ、黒タイツ脚はいいですよねぇ。(笑)

ところで今日はプロ野球の三井ゴールデン・グラブ賞の受賞者の発表がありました。
ゴールデン・グラブ賞は守備のベストナインを決めるもので、今年は阪神からは二塁手の平野選手と遊撃手の鳥谷選手が選ばれました。

平野選手は時々外野も守ったりしますが、やはり二塁守備は上手ってことなんでしょうね。
鳥谷選手は初受賞ですが、今年こそはという意気込みもあったようですので、受賞してよかったと思います。

日本ハムからは今年は一人だけ。
外野手の糸井選手が受賞です。
クライマックスシリーズでも魅せた外野からの矢のような返球によるバックホームはすばらしいですよね。

ほかにも両リーグあわせて18人が受賞し、初受賞は8人でした。
受賞されました選手の皆さん、おめでとうございます。

一方昨日の記事でFAを宣言せずに残留ということで触れました阪神の桧山選手が、ファン感謝イベントで転倒し緊急入院したというニュースが流れてきました。

何でもキックベースボールで子供と一緒に走っていたときに足をもつれさせて転倒したそうです。
そのとき子供をかばおうとして受身を取れなかったため、胸のあたりを強打してしまったようですね。
詳しい情報は今後のことになるようですが、大事無いといいのですが・・・

幸い子供さんには怪我はなかったとのことで、桧山選手が身を挺したかいがあったということだと思います。
桧山選手が軽傷であることを祈ります。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/24(木) 21:06:11|
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残留ケテーイ

今日の札幌は日が射して穏やかな天気でした。
気温は最高でも5度と寒いことは寒かったんですけどね。

私は入院中の父のお見舞いに行って帰りに買い物を済ませ、家に戻ってからはDVDで懐かしい「劇場版機動戦士ガンダム」(三部作の一作目)をBGVにしながらちょこっと作業するという感じでした。

プロ野球ではいよいよフリーエージェントの話が本格化して来ましたね。
各球団から宣言する人、しない人の名前がボツボツ出始めてきました。

阪神では新井選手と鳥谷選手のお二人がFAの権利を取得されたということで、その動向が気になるところではありましたが、どうやら新井選手に関しましてはFA宣言をした上で残留ということに収まったようです。

報道によれば一年2億5000万での三年契約だとか。
怪我とかしないで活躍してほしいと思います。

また同じくFAの権利を取得していた桧山選手はFAの権利を行使せずに残留が決まったようです。
来季も代打の切り札的扱いになるんでしょうね。

あとは鳥谷選手のことが気がかりですが、こちらもまあ残留してくれるのではないかなと思っているんですがどうでしょうかね。

一方他球団では何人かFA宣言をするようです。
横浜からは村田選手が宣言したようですし、楽天からは岩隈投手が、巨人からはサブローの愛称で知られロッテから移籍してきました大村選手と、鶴岡選手が宣言をしたようです。
ほかにも何人か宣言すると思いますが、みんなうまく移籍できるといいですね。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/23(水) 21:03:22|
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普墺戦争(9)

「普墺戦争」が勃発した時点で、プロイセン王国軍の指揮官はもちろんプロイセン国王であるヴィルヘルム一世でしたが、参謀本部制度を確立していたプロイセンでは、実質的には参謀総長であるモルトケが総司令官である国王を輔弼(ほひつ:助言などを行い補佐すること)すると言う名目で指揮を取ることになっておりました。

モルトケはオーストリア帝国と戦うにあたり、作戦として以下のようなことを考えておりました。
多方面から同時侵攻的にオーストリア領内に攻め込み、それらが一ヶ所で合流するような行動をとることでオーストリア軍を集結させ、そこを一挙に包囲殲滅すると言う作戦です。

これは一般的に外線作戦による分進合撃と呼ばれるもので、外線とは敵を複数の部隊で外側から押し込むようにして主導権をとることをいい、分進合撃とは複数の部隊が別々に戦場を目指し行軍を行って、戦場では合流してひとつの部隊として戦うことを言います。

これにはメリットも大きい反面デメリットも大きく、たとえばナポレオン戦争の序盤でナポレオンが行ったように、オーストリア軍が内線の利を生かして部隊を集結させ、外側から別々に向かってくるプロイセン軍を各個撃破すると言うことも考えられました。

内線とは外線に対して内側から外側に向かって押し出していくことで主導権を得ると言う考え方で、事実当時はこのナポレオンの内線の利による各個撃破があまりにも衝撃的だったため、外線作戦に対する内線作戦の優位さが軍事学の主流を占めていたのです。

しかし、そのナポレオンも終盤には列強各国の軍による外線からの封じ込めでじょじょに戦力を喪失していき、最後には敗北を喫してしまったと言う事実をプロイセン参謀本部は理解しておりました。
また、ナポレオン戦争から50年が経ち、その間に鉄道や電信など移動にも通信にも新技術が発達したことで、当時とは比べ物にならないほど外線作戦を行う各部隊相互の連携がとりやすくなっていることもモルトケは理解していたのです。

また、巨大なオーストリア帝国に対しプロイセンは小国であり、長期の戦争を戦い抜く国家的体力はありませんでした。
そのためモルトケは、できるだけ戦争を短期間で終わらせなくてはなりませんでした。
であれば、一番効果的なのはオーストリア軍の主力を野戦で叩き潰すことだとモルトケは考えます。
外線作戦による分進合撃はそのための手段でもありました。

この作戦にのっとり、モルトケは第一軍、第二軍、エルベ軍の三個軍約二十五万をオーストリア領ベーメンに同時侵攻させました。
また、オーストリア側に付いたザクセン王国に対しても一個軍を差し向け、これらの軍を鉄道を使って迅速に移動させることでオーストリア軍との速戦即決を目指したのです。

一方宣戦布告を自らの側から行ったにしては、オーストリア軍の動きは活発ではありませんでした。
第一、第二、エルバと三つの軍に別れ、全体で約500km.の範囲にも広がってベーメンに侵攻してきたプロイセン軍は、当時の軍事学から言えば内線の利を生かしての各個撃破をするには絶好の状態です。
しかし、オーストリア軍はそうした行動をとることができませんでした。

これはオーストリア軍が内包する問題点によるものでした。
複数の民族をその領内に抱える帝国であるオーストリアは、当時主流となりつつあった戦闘単位としての師団制を取り入れようとして失敗し、旅団を中核として軍団を編成せざるを得ませんでした。
何せ多民族国家であるがゆえに部隊を構成する兵士も各民族の寄せ集めとならざるを得ず、言葉も違ったりするために師団として統一運用しようとしてもできなかったのです。

そのためオーストリア軍は軍団の編成に時間がかかり、また編成した軍団の一部はビスマルクの外交力によって参戦してきたイタリア方面にも割かなければならなかったため、侵攻してきたプロイセン軍に対応できる兵力が少なかったことから好機に乗じることができなかったのでした。

またオーストリアでは三十年戦争以来軍の独走を懸念するあまり、政治による軍事に対する干渉が激しく、参謀本部はほとんどその機能を発揮することはできませんでした。
参謀本部は軍事行動を指揮するどころか、兵站管理程度の業務しかやらせてもらえなかったのです。

それでもオーストリア軍は長期戦に持ち込めばプロイセン軍に勝てるであろうと考えておりました。
プロイセンには長期戦に耐える力はなく、時間を稼げば稼ぐほどオーストリアにとっては有利になると考え、持久戦を行うつもりだったのです。
そのためオーストリア軍はオルミュッツ、ヨゼフシュタット、ケーニヒグレーツの三つの要塞を中心にした防御的態勢を整えていくことにいたしました。

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  1. 2011/11/22(火) 21:01:22|
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残念だなぁ

昨日でプロ野球は日本シリーズが終わり、いよいよオフのストーブリーグが本格化すると思った矢先、ファンとしては残念なニュースが飛び込んできてしまいました。

東海大学の菅野智之投手が、ドラフトで指名された北海道日本ハムファイターズへの入団を正式に拒否することになったというニュースです。

正直に言いまして残念でなりません。
個人的に半分ぐらい入団してくれるのではという淡い期待を持っておりましたので、こうして正式にお断りをされてしまうとがっかりしたというのが正直な気持ちです。

とはいえ、もともと菅野投手は巨人の原監督の甥という血縁関係もあり、巨人という球団に対する思いは大きなものがあったでしょうから、その思いを貫くということに関しては悩んだ末の決断だったと思いますし、拒否ということになったのもやむをえないことだろうと思います。

こうなってしまったからには来年望みどおり巨人に入れるといいと思います。
一年間しっかりと躰を作っていただき、巨人で活躍してくれるよう応援いたします。
そしていずれは縁があった日本ハムにFA等での移籍ということもあるといいなぁと思います。

一方その巨人ですが、清武代表が解任されるという騒動がまだ冷めやらぬ状況ですが、日本ハムからトレードで移籍しました高橋信二選手が自由契約を申し入れ、球団もそれを受理したという話が入りました。

高橋選手は今季途中から巨人に移籍となったわけですが、巨人では思うように活躍できず、出場機会がほとんどありませんでした。
そのため出場機会を求めて他球団への移籍を前提に自由契約にしてくれるよう球団に要請していたそうです。

高橋選手は日本ハムでは四番も打ったことのある選手でまだ33歳と脂の乗った年齢ですから、どこかの球団が手を上げてくれることを期待します。
どこかでもう一花咲かせてくれるといいですね。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/21(月) 20:55:22|
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日本一ケテーイ

たった今プロ野球の2011年が終了いたしました。

日本シリーズ第七戦、3対0で福岡ソフトバンクホークスが勝利。
この瞬間、2011年のプロ野球日本一は福岡ソフトバンクホークスに決定いたしました。

福岡ソフトバンクホークス日本一おめでとうございます!!

今年の日本シリーズは面白かったですね。
第六戦まではいずれもビジターチームが勝利するという史上初の状態で三勝三敗で最終戦を迎えました。

中日は最後まで打線が力を発揮できなかったですね。
レギュラーシーズンでもチーム打率は低かったので、ある意味力どおりだったのかもしれませんが。

ソフトバンクは最後の最後に勝利をもぎ取っていきました。
前評判はソフトバンク有利とのことだったので、ここまで苦労するとは思わなかったかもしれませんね。
日本一、本当におめでとうございます。

これですべて終わりました。
すでに来シーズンに向けて走り出している球団もありますが、明日から全球団が来季に向けて走り出します。
いろいろともめている球団もありますが、また来年いい試合を見せてくれることを期待します。
そして来年は阪神と日本ハムに頂点を奪い取ってほしいものですね。

今日は更新が遅くなりましてすみませんでした。
それではまた。
  1. 2011/11/20(日) 22:13:44|
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どうにも萌えなかった

もうだいぶ前に購入していたんですが、ご紹介が遅れておりました。

ブレット2巻
園田健一センセの「ブレット・ザ・ウィザード」の第二巻です。
表紙の金髪ネーチャンがいい味出してますねー。

今回は第一巻より過去にさかのぼってのお話。
ブレットとティティアリスが出会うときのお話だそうで、魔法の弾を発する拳銃がどのようにしてブレットの手に渡ったかが描かれてます。

ソノケンセンセの得意技、銃と美人のおみ脚もたっぷり・・・といいたいところですが、今回は美人のおみ脚は若干不足気味でしょうか。ww

前回第一巻紹介のの記事で奴隷化の銃弾があるなら女性に使いたいって書いたんですが、今回はある実業家夫婦が奴隷化されちゃうんですね。
でも、なんといいますか、どうにも萌えないことおびただしくて・・・(汗
やっぱり単に夫婦に言うことを聞かせるための奴隷化だから、エロい感じがしなかったからなんですかねぇ。

とはいえ、洗脳大好きなソノケンセンセなので、そのうちエロい洗脳シーンを見せてくれないかなと期待してます。
第三巻は来年夏とか。
楽しみですね。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/19(土) 20:52:41|
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寝取られ・・・?

久しぶりにエロゲーをプレイしましたー。

プレイしましたのはこちら。
それでも妻を愛してる
ルネの「それでも妻を愛してる」です。

主人公は社内恋愛の末「ななみ」と結婚することに成功する。
美人で気立てもいいななみは、まさに理想の妻ともいえる存在で、主人公は幸せの絶頂だったが・・・

ということで、美人妻ななみがさまざまな男たちに寝取られてしまうゲームです。

「寝取られ」好きの舞方としては気になっていたエロゲーでして、今回ようやくプレイすることができました。
ななみがどのように寝取られるのか、そこがとても楽しみでした。

プレイした感想は以下に。

[寝取られ・・・?]の続きを読む
  1. 2011/11/18(金) 21:04:09|
  2. PCゲームその他
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いよいよ冬本番

今朝は窓の外が真っ白でした。
最低気温も氷点下を記録したようで、初雪から一気に冬景色へと一直線という感じ。
積雪も10センチほど積もったということで、市電の線路の除雪に「ササラ電車」がこの冬初出動となったとのことでした。

「ササラ電車」とは、札幌市電と函館市電使われている除雪用車両でして、今ではめったに使われなくなりましたが昔は食器洗いなどに使われておりましたささらと呼ばれる竹でできたブラシのようなものを大量にローラーに取り付け、それを回転させて路面から雪を跳ね飛ばすという形で除雪を行う車両です。

sasara.jpg
これがささらを大量に取り付けたローラー部分。
これを高速で回転させて雪を跳ね飛ばしちゃうわけです。

世界的に見てもこんな車両は北海道ぐらいしかないそうで、札幌で初めて作られた除雪車ということなんだそうです。

初出動のササラ電車
今朝はこの冬初めて「ササラ電車」が出動したということですが、この「ササラ電車」が走るといよいよ札幌にも冬が来たなぁと感じます。
札幌の市電はもう一路線しか残っていないわけですが、この「ササラ電車」ともどもこれからも残っていってほしいものですね。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/17(木) 21:06:02|
  2. 日常
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普墺戦争(8)

プロイセンにとってオーストリアと戦争するにあたり、まず行うべきは外交でオーストリアの味方をしそうな国を減らすことでした。
力を失いつつあるとはいえ巨大なオーストリア帝国は、プロイセンにとってはまだまだ強力な敵であり、オーストリアの味方をする国が出てきてしまうとプロイセンにとっては手に負えなくなってしまう可能性があるからです。

その状況をよく認識していたプロイセンの首相ビスマルクは、積極的な外交を展開いたしました。
まず「イタリア統一戦争」においてオーストリア領として残されてしまったいわゆる「未回収のイタリア」であるヴェネティアやトリエステといった地域のうち、ヴェネティアを戦争後にイタリアに与えるという約束をすることで、来るべき戦争においてイタリアの協力を取り付けることに成功します。

さらに東の大国ロシアに対しても中立を守るように働きかけ、「クリミア戦争」後他国の戦争に介入する余裕を失っていたロシアも申し出を受け入れて中立を維持することを伝えます。

こうしてオーストリアは気がつくと北のプロイセンと南のイタリアには戦争を仕掛けられようとしており、東のロシアは戦争になっても中立を保つという状況に追い込まれます。
残るは西にある大国フランスでした。

フランスの皇帝ナポレオン三世は、「クリミア戦争」「イタリア統一戦争」のときと同様他国の戦争で利を得ようと考えたのか、オーストリアとプロイセンの関係悪化に対して国際会議を開いて問題を解決するよう提案します。
しかし、フランスがこの機にライン河河畔に対する領土的野心をむき出しにしてくる可能性を考えたビスマルクは、フランスの提案する国際会議を拒否。
ただし、ナポレオン三世をうまく誘導して戦争が起こってもフランスは中立を保つという確約を得ることに成功いたしました。

これでオーストリアの東西南北に対して手を打つことができたビスマルクは、いよいよオーストリアに対して強硬的な態度に出ます。
これに対しオーストリアはガスタイン条約の破棄とアウグステンブルク公爵によるシュレスヴィヒ・ホルシュタイン両州の統治をドイツ連邦議会に提案し、オーストリアもプロイセンも双方がシュレスヴィヒ・ホルシュタインから手を引くことを提示します。

もはや戦争を行うことに決していたプロイセンはこのオーストリアの提案を拒絶。
強くオーストリアを非難しました。

プロイセンとオーストリアが一触即発状態となったことで、両国に挟まれる形となった諸邦ではオーストリアの提案に賛意を示しプロイセンの自重を求めました。
しかしプロイセンにはそのような気持ちはまったくなく、すでにビスマルクより戦争へのGOサインを受け取っていたモルトケはプロイセン軍を動かします。

1866年6月7日、プロイセン軍はオーストリアの支配するホルシュタインに兵を進めます。
ドイツ連邦議会はあわてて平和維持決議を行いますが、これに対しプロイセンはドイツ連邦を脱退。
オーストリア側についていたバイエルンやヘッセン、ザクセン等の諸邦領に対しても軍を差し向けました。

ことここにいたり、オーストリアはついにプロイセンとの戦争を決意。
1866年6月15日(日付は異説あり)、プロイセンに対して宣戦を布告します。
これに応じて翌日にはプロイセンとイタリアがオーストリアに対して宣戦を布告。
ついに「普墺戦争」が始まったのでした。

(9)へ
  1. 2011/11/16(水) 21:02:15|
  2. 普墺戦争
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武士道とは死ぬことと?

雑誌「歴史人」の今月号を購入してきました。

表紙はこちら。
歴史人1112

今月号の特集は「戦国武将の死」
戦国時代は当然戦の世の中ですから、志半ばで死ぬ人も多かったわけでして、武将ともなればほとんどは戦の中で死んでいったわけです。
今回はそうした戦国武将の死の特集のようです。

志半ばでの死となると、やはり印象深いのは天下統一寸前で死ぬことになった織田信長ということなんでしょう。
表紙もまさに本能寺での信長という感じですね。

記事でも信長には一章割かれているようですし、逆に天寿を全うした秀吉の死に様についても一章割かれているようです。
また、武士の死とは切っても切り離せない切腹についても、切腹した武将たちについて一章割かれているようですね。

当時は戦場にて華々しく散るということは、その名を高め子孫の引き立てにつながる大事なことだったとのことで、死に様を誤るということはずいぶん恐れられていたようです。
やはり「武士道とは死ぬことと見つけたり」なんでしょうね。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/15(火) 21:01:55|
  2. 本&マンガなど
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僅差でしたが

今日は父が病院に行くのに付き添って行ったのですが、なんとそのまま入院ということになってしまいました。
なので先ほどまでばたばたとしておりましたので、簡易更新です。

プロ野球は両リーグの先発投手の中でも最優秀とされる投手を表彰する「沢村賞」が発表になりましたね。
選考は北海道日本ハムのダルビッシュ投手と東北楽天の田中将大投手の一騎打ちになったとのことで、さすがにパ・リーグだけではなく日本を代表する両投手といえるかと思います。

結果は東北楽天の田中投手が初受賞となりました。
今年の活躍を見ればまさに受賞するにふさわしい成績だと思います。

田中投手は今はもう東北楽天の選手ですが、高校時代は北海道の駒大苫小牧高の選手でしたので、個人的にも思い入れのある選手です。
なんと言っても甲子園で優勝してくれた駒大苫小牧の選手でしたからねぇ。

おそらく来期も高いレベルでの活躍をしてくれるのではないでしょうか。
東北楽天は来期は岩隈投手がいなくなってしまいそうですので、エースとしてがんばってくれると思います。
日本ハム戦ではお手柔らかに願いたいものですね。

それではまた。
  1. 2011/11/14(月) 21:21:14|
  2. スポーツ
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今年も早くもおしまいか

今年最後のタミヤニュースが到着しました。

こちらが表紙。
ニュース1112
今回はドイツ空軍のマークだそうです。
ドイツ軍も結構ユーモラスなマークを使っていたんですね。

今号で驚きだったのは、連載記事の「第二次大戦イタリア軍装備解説」のM.A.S魚雷艇の後編です。
正直言いましてイタリア海軍の魚雷艇がこれほど活躍していたとは存じませんでした。

第一次世界大戦ではオーストリア・ハンガリー二重帝国の戦艦、巡洋艦に痛撃を与え、第二次世界大戦では陸上から峠越えをして黒海に行きソ連軍と戦い、果てはこれまた陸地を縦断してラドガ湖でフィンランド軍の支援をしたりと縦横無尽の活躍をしていたんですねぇ。

あまり活躍しなかった感じのあるイタリア軍ですが、こうしてみると結構活躍していたんだというのがわかります。

新製品としては、先日発売になりました「M1スーパーシャーマン」に続きまして、今度はその発展型とも言うべき「M51スーパーシャーマン」が登場のようです。
イスラエル軍の戦車として砂漠で活躍するシャーマンも捨てがたい魅力ですね。

今号は私が模型を買っていた中学生ころには作品集が冊子として発売されていた「パチッ」の情景写真の受賞作品も載ってます。
今ではカラー写真をタミヤ様のHPで見ることができるせいか、冊子としての販売はなくなってしまったのが残念ですね。

今月号も楽しませてもらいました。
今年はもうこれで終わり。
来年の定期購読の注文をしなくては。

今日はこれにて。
それではまた。
  1. 2011/11/13(日) 21:31:02|
  2. タミヤニュース
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一球の恐ろしさ

今日はすみませんが簡易更新でお許しくださいませ。
PCがいよいよ本格的に調子悪くなってしまったので、新PCに入れ替えたのですが、まだ使い慣れないもので四苦八苦しております。

今日からプロ野球は日本シリーズが始まりましたね。
まずは緒戦を中日ドラゴンズが勝ち取りました。

それにしても今日の試合は一球の恐ろしさをまざまざと見せ付けてくれたような試合でしたね。
中日は中盤までまったく手も足も出なかったのに、ホームランで同点に追いつき、延長でもホームランで勝ち越してそのまま逃げ切りました。

たった二球。
二本のホームランでソフトバンクは負けてしまいました。
一振りで点が入ってしまうホームランは、やはり恐ろしいものですね。

明日はどちらが勝つでしょうか。
明日も楽しみです。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/12(土) 20:43:58|
  2. スポーツ
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巨人の嵐

今日は(20)11年11月11日と100年に一度の1並びの日だったんですね。
だからどうというわけでもないのですが。

とはいえ、読売巨人にとっては突然の嵐に巻き込まれてしまったような日になってしまったようですね。
球団代表である清武氏が、なんと取締役会長である渡邉恒雄氏を内部告発という事態に。

何でも、既定事項として渡邉氏も了承していたはずのコーチ人事を覆されたということで、これは非常に問題であるとの認識からの告発だったといいます。
来季のヘッドコーチは岡崎氏で決まっていたのに、渡邉氏が突然江川氏をヘッドコーチにすると言い出したんだそうですね。
清武氏にしてみれば、今までもいろいろと口を出されてきただけに堪忍袋の緒が切れたって感じなんでしょうか。

一方球団オーナーの桃井氏は、この告発記者会見は清武氏の独断で行われたものであり、かばいきれないようなことも会見で言っておりました。
渡邉氏側からはまだ何もコメントは出ていないようですが、これは巨人は泥沼の内紛劇になってしまう可能性もありますね。
今後どうなりますでしょうか。

とはいえ、明日から日本シリーズも始まる状態でなぜ今日なのかという疑念もあるみたいです。
うがちすぎとは思いますが、野田首相のTPP参加表明が余り大きな記事として扱われないようにしたいという思惑なのかなと勘ぐったりも。(笑)

まあ、このことがプロ野球全体にごたごたをもたらさないようにしてほしいものです。

それではまた。
  1. 2011/11/11(金) 20:59:25|
  2. スポーツ
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去ってしまう人たちも・・・

昨日栗山英樹新監督の就任記者会見が行われました北海道日本ハムですが、今日は今年限りで契約を打ち切られてしまう戦力外選手の名前が発表されました。

今日発表されましたのは、ダース・ローマシュ匡投手、松阪健太選手、大平成一選手、渡部龍一選手の四名です。

正直言いまして残念ですね。
いずれも伸び悩んでいた部分はあるのでしょうが、力をうまく発揮できなかったということでしょうか。

ダース・ローマシュ匡投手は奈良県の関西高校出身で、名前的にも第二のダルビッシュ投手的な期待もされていた投手でしたが、昨年ひじの手術をしてその後の回復が思わしくなかったのかもしれませんね。

松阪健太選手は西武ライオンズを戦力外になり日本ハムで再起を目指しておられましたが、再び戦力外通告となってしまいました。
日本ハムの外野はレベルが高いものを要求されてしまいますので、食い込んでいくことができなかったみたいです。

大平成一選手は長崎の波佐見高出身だったんですね。
若き長距離バッターとして期待されたようですが、打撃のばらつきが改善できなかったのでしょうか。

渡部龍一選手は札幌の第一高校出身ということで、いつかは一軍で活躍してくれると楽しみにしていたんですが、残念なことになってしまいました。
日本ハムには現在鶴岡捕手と大野捕手がいらっしゃいますので、この二人に伍して一軍捕手として活躍するには相当の力が必要だったともいますが、残念ながら力及ばなかったというところでしょうか。

四人ともまだ若い選手たちですので、トライアウトなどでほかの球団に拾っていただける可能性も充分にあると思います。
彼らに幸あらんことをお祈りいたします。

今日はこれにて。
それではまた。
  1. 2011/11/10(木) 20:55:01|
  2. スポーツ
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普墺戦争(7)

デンマークからシュレスヴィヒ州とホルシュタイン州をともに手に入れたいと考えていたプロイセンでしたが、「第二次シュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争」にはオーストリアと同盟してデンマークに戦争を仕掛けました。
これは一説には、実際のオーストリア軍の野戦での能力を見極めたいとするプロイセンの首相ビスマルクの深謀遠慮だったとも言われます。

一方デンマーク側としては、「第一次シュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争」のときに同盟国として軍隊を派遣してくれたスウェーデンが今回は参戦してくれず、孤軍奮闘を余儀なくされてしまいました。
それでも国土防衛の意気に燃えるデンマーク軍の士気は高く、同盟国とはいえ元来がドイツ統一に対するライヴァルであるオーストリアとプロイセン両軍は協調性が低かったため、何とか戦えるのではと思われましたが、やはりオーストリア・プロイセン両軍、特にプロイセン軍の強力さに圧倒される結果となってしまいます。

デンマーク軍は主防衛線であるダンネウェルクの強化陣地帯で踏みとどまり、時間を稼いで外交により英仏などの列強の干渉を引き出そうともくろみましたが、オーストリア・プロイセン連合軍はわずか四日ほどで強化陣地帯を突破してしまい、時間を稼ぐことはできませんでした。

その後は後退するデンマーク軍をオーストリア・プロイセン連合軍が追撃するという状況になり、オーストリア軍はユトランド半島を、プロイセン軍はデンマークの首都コペンハーゲンを目指して進撃。
軍の主力をプロイセン軍に撃破されたデンマークは講和をいけいれるしかなく、1864年10月30日、ウィーンにおいて条約が結ばれ、シュレスヴィヒとホルシュタインの両州はオーストリアとプロイセンの共同管理化に置かれることが決まりました。

ウィーン条約においてシュレスヴィヒとホルシュタインをデンマークから奪い取ったオーストリアとプロイセンの両国でしたが、両国ともはじめから共同管理などという形で両州を治めていこうなどとは露ほども考えておりませんでした。
できうれば両州ともに自国の領土にしてしまおうというのが本音だったのです。

それでも当面はお互いの衝突は回避するべきと考えたのか、オーストリア側の譲歩によりシュレスヴィヒ州をプロイセンが、ホルシュタイン州をオーストリアが統治するという形で妥協が図られました。
これがガスタイン条約と呼ばれるもので、いつの間にか両州の独立を支援するといった話は消え去り、両州ともに二国の支配下に組み込まれてしまったのでした。

こうしてまんまとシュレスヴィヒ州を手に入れたプロイセン王国でしたが、このままで収めるつもりもありませんでした。
いずれこの両州は再び問題となり、オーストリアとぶつかるであろう事はビスマルクは予期しておりました。
そしてそのときにこそオーストリアと決着をつけることになるであろうとも考えていたと思われます。

当時すでにプロイセンでは参謀本部制度が取り入れられておりました。
このときの参謀総長はヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケという男で、クラウゼヴィッツの影響を強く受けた人物でしたが、当時はまだ無名で実力のほどはわかっておりませんでした。
ビスマルクはこのモルトケを信頼し、時にはぶつかりながらもドイツ統一を二人三脚の形で成し遂げていくことになります。
この参謀総長モルトケにビスマルクは、対オーストリア戦の作戦を考えるように命じたのでした。

はたして1866年1月、再びシュレスヴィヒとホルシュタイン両州でアウグステンブルク公爵を担いでの独立運動が再燃いたします。
これに対しオーストリアは事を荒立てないよう当面静観する様子を見せましたが、プロイセンはこの問題に介入し、オーストリアとの関係を悪化させます。

これはもうビスマルクが最初からオーストリアとの関係を悪化させようとしてしたとしか思えない状況であり、いよいよ機が熟してきたとビスマルクは考えたのでしょう。

プロイセンはオーストリアに難癖ともいえるような抗議を行いますが、オーストリア側はこれを無視。
これをわざとかもしれませんが挑発とみなしてプロイセンは戦争を決意。
オーストリアもプロイセンの態度に戦争回避は難しいと悟り、ボヘミア地方の軍に対して戦争の準備を行わせました。
「普墺戦争」はすぐ目の前まで迫っていたのでした。

(8)へ
  1. 2011/11/09(水) 20:58:18|
  2. 普墺戦争
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赤城の山も・・・

ここ数日パソコンの調子がよくありません。

ネットであちこち見ていたら突然ウィンドウズがシャットダウンしてしまうことも。
再起動しても立ち上がったなと思ったらすぐにシャットダウンしてしまうような・・・

幸い今のところ無事に書き込みできておりますが、いつまたシャットダウンするかと思うと怖いです。
もしかしたらブログ更新もできなくなるかもしれません。
そのときはどうかご了承くださいませ。

さて、学研の「歴史群像」誌の新刊が出ておりました。

歴史群像1112
表紙はこちら。

今年は太平洋戦争開始から70周年なんですね。
ということで、真珠湾攻撃70周年企画として、特集記事は日本海軍の航空母艦「赤城」です。

もともと八八艦隊の巡洋戦艦として建造が始められた「赤城」ですが、その後の軍縮条約などにより航空母艦として完成することになるわけです。
今号の記事はその「赤城」の生涯を書き綴ったものとなっているようです。

第二特集は第二次大戦中のノルマンディー上陸作戦に伴う「カーン攻防戦」
ノルマンディー地方の都市「カーン」での英軍対独軍の激闘が記事になってます。

第三特集は「黒溝台会戦」
いよいよNHKの大作「坂の上の雲」も大詰め。
「歴史群像」もこのドラマとは無縁ではいられないのか、日露戦争の「黒溝台会戦」が特集記事になってます。

ほかには年末公開予定の映画「山本五十六」の話題や、こちらもドラマ「南極大陸」で舞台となる南極大陸にまつわる「南極争奪戦」など面白そうな記事が今号もいっぱいです。
巻末の漫画では第二次大戦時のソ連軍の女性パイロットを主人公にした新作も始まりました。

今号も楽しめそうです。
じっくり読ませていただきます。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/08(火) 20:51:05|
  2. 本&マンガなど
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日本シリーズ進出チームケテーイ

プロ野球の日本一を決める「日本シリーズ」の出場チームがセ・パ両リーグ決まりましたね。

まずは福岡ソフトバンクホークスおよび中日ドラゴンズの両チームおめでとうございます。

パ・リーグはファーストステージで日本ハムと西武が対戦し、日本ハムが一勝もできずに西武ライオンズが勝ち抜きましたが、ファイナルステージでは逆に西武がソフトバンクに一勝もできずにソフトバンクホークスが勝ち抜きました。

ソフトバンクはクライマックスシリーズでいつも涙をのんできた歴史があるため、今年こそはの思いが強かったみたいですね。
三位から勝ち上がった西武でしたが、勢いもソフトバンクの戦力の厚さに跳ね返されてしまいました。

一方セ・リーグはリーグ戦の混戦そのままという感じでした。

ファーストステージでは読売巨人と東京ヤクルトがぶつかり合い、それぞれ一勝ずつで臨んだ最終戦にヤクルトが勝利して勝ち上がりました。
そしてファイナルステージでは中日と対戦し、一時は二勝二敗としたものの最終的には中日の力に屈したという感じでした。

今年はリーグ優勝チーム同士の対戦になりましたね。
どちらが勝ってもおかしくない日本シリーズになりそうですが、もし中日が日本一になったら日本一チームの監督が退任ということになるんですねぇ。

日本シリーズは12日からだそうです。
阪神も日本ハムも関係なくなってしまいましたが、楽しみにしたいと思います。

それではまた。
  1. 2011/11/07(月) 21:01:02|
  2. スポーツ
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悲しい (T_T)

今朝、ツイッターでおはようの挨拶を交わしておりましたら、とても残念な話を聞いてしまいました。

当ブログもお世話になっておりました黒月様の悪堕ちイラストサイト「クロイツキ」様が、残念ながら閉鎖されてしまわれたというのです。

すぐに「クロイツキ」様にアクセスしてみましたところ、お話は本当であり、サイト閉鎖のご挨拶が表示されておりました。

とても残念です。

皆様ご存知のとおり「クロイツキ」様はさまざまなゲーム等のキャラの悪堕ち姿や異形化した姿などのイラストを公開されていらっしゃったサイト様です。
とても素敵なイラストがいっぱいで、すごく楽しませていただいておりました。

また、私などはつたないSSをサイトに掲載していただいた上、挿絵まで付けていただくなどお世話になりっぱなしでもありました。

それゆえに今回のサイト閉鎖は残念ですが、黒月様ご本人がお決めになりましたことですからやむをえないことだと思います。
ただ、黒月様は絵の勉強に全力を投入するという意味での「クロイツキ」の閉鎖ということですので、いつかまた復活してくれるのではないかと期待しております。
その日に向けての発展的閉鎖だと思いますので、期待してお待ちしようと思います。

黒月様、しばしのお別れですね。
またいつか素敵な作品にお目にかかれるのを楽しみにしております。

今日はこれにて。
それではまた。
  1. 2011/11/06(日) 20:50:07|
  2. ネット関連
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イエローたんは俺の嫁!!

まさか表題のようなセリフをもろに言ってきそうな怪人が出てくるとは驚きでした。
(本文中にそのものずばりのセリフはありませんが)

私がいつもお世話になっております悪堕ちブログ「堕ち玩」様の管理人わぶき様が、このほどまた新作を発表なされました。
(ブログ名クリックでリンク先に飛べます)

その名も「デルタガールズ改造指令」
デルタガールズ
表紙のデルタブルーとデルタイエローの二人が、謎の怪人に襲われて調教改造されてしまうというストーリーです。

堕ち玩様の紹介記事にもありますとおり、デルタブルーは誤認による思考改変から始まって最後は怪人化させられますし、デルタイエローは生き人形とも言うべきフィギュア化が行われてしまいます。

そのどちらもとてもいい感じで、私のように異形化好き洗脳好きにはデルタブルーの変貌がたまりません。
また、フィギュアに対してはあまり手を出してはいない私ですが、まさにフィギュア好きの怪人がいたらこんな感じだろうなぁって思わせるようなセリフや行為がいっぱいです。

もう少しじっくり腰をすえてそれぞれを・・・という向きもあるかもしれませんが、二人並行的に進めることでテンポもよくなっていると思いますので、これはこれでいいんではないでしょうか。

個人的にはブルーさんの変貌がたまらなくつぼでした。
デルタレッドを落とすときにはぜひ活躍してほしいものです。

それにしても本当にわぶきさんはすごいですね。
私もがんばらないとなぁ。

今日はこれにて。
それではまた。
  1. 2011/11/05(土) 21:07:30|
  2. 同人系
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栗山新監督

球団からのお披露目はまだのようですが、北海道日本ハムファイターズの来季監督が栗山英樹氏に正式に決まったようですね。
先日の阪神の和田新監督とほぼ同年代の若い監督ということで、フレッシュなさわやかさが売りになりそうです。

栗山氏は以前も書きましたが引退後は評論家活動しか行われていらっしゃらず、監督どころかコーチの経験すらありません。
そのため大きな不安はありますが、こればかりはもうやってみなくてはわからないとしか言いようがないですね。
ご本人も経験がないことは大きなマイナスといいながらも、逆にプラスに考えるみたいなことをおっしゃっているようですし。

このオフ、日本ハムは結構大きな動きがあるかもしれないので、栗山新監督の手腕が早くも問われそうです。
まずは先日行われましたドラフトで一位指名しました東海大学の菅野投手の件。
菅野投手はどうやら一年浪人という決意を固めたという報道もありますが、彼に対し栗山新監督としても打つ手は打ってほしいと思います。

また、毎年のように言われるダルビッシュ投手のメジャー行きの問題と、にわかに再燃してきた田中賢介選手のメジャー行きの問題。
この二人の動向にもできれば残留という方向性を打ち出してもらえるようアプローチしてほしいですね。

ともあれ、新監督が決まりました。
来季の日本ハムがどうなるのか楽しみです。

そして今日はこちらも以前から報道等で目にしておりました横浜ベイスターズの売却問題にも決着がついたようですね。
モバゲーでおなじみのDeNAが横浜を買い取り、「横浜DeNAベイスターズ」として再出発するようです。
球団名に関しては一時的なものかもしれませんが、とにかく売却が決定したということで、ホッとされた横浜ファンの方も多いのではないでしょうか。

今後は新体制を確立して一日も早くスタートを切らなくてはならないでしょう。
トレード等による補強も行われるかもしれませんね。
横浜が強くなれば戦国セ・リーグとなって面白みも増してくるでしょう。

クライマックスシリーズの最中ですが、ストーブリーグも面白くなってきたなと思う日でした。
それではまた。
  1. 2011/11/04(金) 20:57:32|
  2. スポーツ
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少しぐらい空気読みなさいよね

今日は午後からウォーゲームSNS「MustAttack」においてこのほど知り合いとなりましたでんこ~せっか様と、VASSALという通信対戦ソフトを使ってウォーゲームの対戦を楽しませていただきました。

対戦いたしましたのはこちら。
ドイツ戦車軍団
エポック社から出ておりました「ドイツ戦車軍団」の中から、「エルアラメイン」と「ダンケルク」です。

でんこ~せっか様はどちらかというと初心者だとおっしゃられておりましたのと、ご希望が短時間で終わるゲームということでしたので、こちらのゲームならばいいかなと思ってお誘いいたしました。

一戦目の「エルアラメイン」は陣営をダイスで決めたこともあり私が攻撃側の枢軸軍。
でんこ~せっか様が英軍を担当。

舞方枢軸軍はいつもどおり英軍の初期配置にある穴を二個の6-10ユニットに走らせ、そこからさらに二個の4-10ユニットを投入するパターン。
一方英軍は最初は奇襲を受ける形となるため、どうしても対応が遅れます。

舞方枢軸軍は快速を生かして砂漠を走り、英軍の背後に進出して包囲。
英軍はたまらず部隊が消えていきます。

最後はアラムハルファ高地の英軍陣地が陥落して枢軸軍の勝利。
ただ、でんこ~せっか様はアラムハルファ高地も枢軸軍の勝利条件であることを失念されていたようでもあり、英軍敗北もやむをえなかったかなと思います。

二戦目は「ダンケルク」を対戦。
先ほどは攻撃側を私が担当しましたので、今度は防御側の連合軍を担当し、でんこ~せっか様が攻撃側のドイツ軍を担当です。

でんこ~せっか様のドイツ軍はフランス軍や英軍の防御ラインを突破することに苦労されてしまい、さらにダイス目も振るわずなかなか連合軍を除去できません。
南部では連合軍の防御ラインに大穴が開いていたものの、目先のユニットに装甲師団を回してしまい大突破が行われなかったことで連合軍に防御ラインの再構築を許してしまいました。

結局残念ながら勝利の望みが少ないということで4ターンででんこ~せっか様が投了。
連合軍の勝利となりました。

うーん・・・初心者の方相手に空気読まずに二連勝してしまいました。
とはいえわざと負けるようなことは逆に相手の方にも失礼ですしね。
今回の敗戦を糧に腕を磨いていただければと思います。

幸いでんこ~せっか様もプレイを楽しまれたとのことでしたので、次回また何か別のゲームで対戦させていただこうと思います。
でんこ~せっか様、対戦ありがとうございました。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2011/11/03(木) 20:49:08|
  2. ウォーゲーム
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普墺戦争(6)

「ワーテルローの戦い」が行われ、フランス皇帝ナポレオン(一世)が再びフランスを追われた1815年、プロイセン王国で一人の男がこの世に生を受けました。
この男の名はオットー・フォン・ビスマルク。
のちにヒトラー率いるドイツ第三帝国がその名を戦艦の名前として冠することになるビスマルクです。

ビスマルクは大地主であり貴族というユンカーと呼ばれる階級の出身で、大学で法律を学んだあとプロイセンの軍隊に入隊。
軍隊を1845年にやめたあとは政界に転じて国会の下院議員となります。
その後はドイツ連邦議会にプロイセン代表として派遣され、フランス公使やロシア公使なども歴任します。
こうした経歴は彼の視野を広げるのに大いに役立ったことでしょう。

1861年、フリードリヒ・ヴィルヘルム四世の死去に伴い、弟のヴィルヘルム一世がプロイセン国王に就任します。
ヴィルヘルム一世は時代の流れに即して穏健な保守的自由主義層との協調を図りましたが、この年の選挙では急進的な党が議席を伸ばしてしまい、プロイセンの軍制改革を行って軍を強化しようと考えていたヴィルヘルム一世は苦境に追い込まれてしまいました。

そこでヴィルヘルム一世は事態打開のためにこのオットー・フォン・ビスマルクに白羽の矢を立てます。
ビスマルクはヴィルヘルム一世によりプロイセン王国の首相兼外相に任命され、王の期待通りに議会を制して軍事関係の予算を認めさせることに成功しました。

このときビスマルクは、ドイツ統一という問題に対する自己の考えを演説し、ドイツ統一は演説や多数決ではなく鉄と血によってこそ解決されるものであると訴えました。
鉄とは軍事力であり、血とは戦う兵士たちのことをあらわしているとされます。
このことからビスマルクは「鉄血宰相」という呼び名で知られることとなりました。

ビスマルクはほとんど強行的とも言える形で議会を押さえつけて軍事力強化の道を開きましたが、これによってプロイセン軍は大幅に兵員数が増加され、常備軍の兵員数はそれまでの七万未満から一挙に五十万人にまで増強されることになったのです。
プロイセンはすでに戦争でドイツ統一を進めるつもりであり、そのためにはまずオーストリア帝国をたたく必要がありました。
オーストリアの常備兵員数は約六十万人。
プロイセンはなんとしても互角に戦える兵員数を確保しなくてはならなかったのです。

ビスマルクはもちろん軍事力の強化にのみ力を入れていたわけではありませんでした。
欧州は長年の利害関係から、一国対一国の戦争のはずがいつの間にか国際戦争になってしまうこともままあります。
そこで将来的にオーストリア帝国と戦争になった場合に備え、周辺各国に根回しをしておくのです。
このためビスマルクは、統一なったイタリア王国やナポレオン戦争時の同盟国だったロシア帝国、そしてナポレオン三世のフランス帝国にも良好な外交関係を維持するべく奔走します。
そして、なんと、いずれは戦争になるであろうと考えるオーストリア帝国ともある問題の解決のために共同歩調をとるよう接近するのです。
そのある問題とは、「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン問題」でした。

「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン問題」とは、当時デンマークの支配下にあったユトランド半島の付け根部分に位置するシュレスヴィヒ州とホルシュタイン州の独立運動に関する問題でした。
この二州は十五世紀以来デンマークの支配下に置かれてきましたが、ドイツ系住民が多く、ナポレオン戦争後に広まった民族自決の気風に乗り独立運動を起こしていたのです。

もちろんこれはデンマークにとっては認められるものではなく、独立運動を力で押さえ込み両州を吸収合併してしまおうとするデンマークと、両地方の独立を支援し、のちのち統一ドイツに組み込もうとするプロイセンとの間に「第一次シュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争」が勃発。
序盤有利に戦局を進めたデンマークも、プロイセンが直接介入したことで劣勢となり窮地に陥ります。
しかし、プロイセンの伸張に脅威を感じたロシアやオーストリア、英仏などが戦争に介入して強制的に戦争を終結させ、1852年に「ロンドン議定書」を無理やり調印してデンマークが両州を吸収しない代わりに支配下に置き続けるという妥協が成立したのでした。

当然この結果はプロイセンにとっては面白くないものであり、いずれはデンマークから両州を独立させようともくろむプロイセンでしたが、意外にも早くその機会が訪れます。
1863年、デンマーク国王フレデリク七世の死去に伴いクリスチャン九世がデンマーク王位につきますが、そのとき継承する国土にシュレスヴィヒとホルシュタインが含まれるとの主張に対し、プロイセンはそれは「ロンドン議定書」違反であると主張します。
そしてプロイセンの首相ビスマルクは、両州はもともと神聖ローマ帝国の一部であるのだから、力をあわせてデンマークから取り戻すべきだとオーストリア帝国に働きかけます。
この主張に乗ったオーストリアはプロイセンと同調してデンマークに圧力をかけました。

圧力に屈しなかったデンマークでしたが、ビスマルクは周辺諸国を中立化させ、オーストリアとともにデンマークに宣戦を布告。
1864年2月、「第二次シュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争」が勃発いたしました。

(7)へ
  1. 2011/11/02(水) 21:15:45|
  2. 普墺戦争
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トミーのマチルダ

今月号のグランドパワー誌を一昨日手に入れてきました。

GP1112.jpg
表紙はこちら。
今月号は英国の歩兵戦車マチルダの特集です。

英軍のマチルダといえばもう重装甲で速度が遅いというイメージがすぐに沸き起こると思いますが、実際開発時点からとにかく重装甲を求められていた戦車なんですね。
マチルダには二種類あって、表紙になっているマチルダはいわば二代目マチルダさん。

初代は小型重装甲の二人乗りで機関銃のみの武装の戦車でした。
ですが、作ってみたらやっぱり小さすぎるし武装も貧弱だしということで、二代目のマチルダが作られたということのようです。

北アフリカでは持ち前の重装甲で序盤には活躍したマチルダですけど、ドイツ軍が88ミリ高射砲を対戦車砲として使ってくるとさすがに貫通されちゃって中盤以降は影が薄くなってしまった感じですね。

でも、太平洋戦線で日本軍相手にはわりと小柄な車体と重装甲が評価されて、英軍よりもオーストラリア軍がマチルダをよく使ったという記述でした。
日本軍の対戦車砲では撃ち抜くのは難しかったでしょうからねぇ。

ほかには太平洋戦争での日本軍車両の写真が結構載ってました。
ただ、米軍が撮った写真がほとんどだったので、撃破されてしまったり放棄された車両がメインだったのがちょっと残念。
従軍牧師の祭壇代わりに使われる九五式軽戦車なんぞあまり見たいものではないですな。

とはいえ、貴重な写真がいっぱいなのは今回もいつもと同様です。
記事も楽しく拝見いたしました。

次号はまたまたドイツの八輪重装甲車の予定。
何か新情報がありますでしょうか。
楽しみです。

それではまた。



えっ?
表題?
昔トミー(現タカラトミー)からマチルダって言うリカちゃんのような着せ替え人形がでていたころ、よくCMで「トミーのマチルダ」って歌われてまして、それを聞くたびに「うんうん、トミー(英軍兵士を表す俗語)のマチルダ(戦車)だよな」って思っていたんですよ。(笑)
  1. 2011/11/01(火) 21:03:23|
  2. 本&マンガなど
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(まいかた まさと)と読みます。
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