毎月購入している「世界の艦船」(海人社)の10月号を手に入れてきました。

こちらがその表紙。
来年三月に就役予定の新型護衛艦「あきづき」の左後方からの写真です。
今月の特集は「現代軍艦のコンバット・システム」とのこと。
要はセンサー類と火器管制システムと火器そのものとの組み合わせがどうなっているかというところでしょうか。
カラーページでは表紙にもなった新護衛艦「あきづき」の公試時の写真がいくつも。
前部構造物と後部構造物に多目的レーダーが取り付けられた姿は、まさに簡易型イージス艦という感じですね。
また、特集のコンバット・システムに絡んで、現用軍艦の中枢とも言えるCIC(コンバット・インフォメーション・センター)のカラー写真が、イージス護衛艦「あしがら」とヘリコプター搭載護衛艦「いせ」の二隻に渡って掲載されてます。
CICはまさに軍艦の頭脳ともいうべき場所ですので、カラーで見ることができるというのはありがたいですね。
これで、このコンソールは何をするという説明とかがあればもっといいんでしょうが、さすがに軍事機密でしょうね。(笑)
モノクロ写真特集では「現代軍艦のセンサーと兵装」ということで、各国の現用軍艦の写真とそれに引き出し線をつける形で武装やセンサーの名称が書かれてます。
中国やロシア艦のデータもあるところがやっぱりすごいですね。
記事はこれから読むところですが、コンバット・システムの発展、米海軍のコンバット・システム、欧州海軍のコンバット・システム、中国海軍のコンバット・システム、そして海上自衛隊のコンバット・システム等々の記事があるようです。
今月号もいろいろ面白そうな感じです。
じっくり読ませていただこうと思います。
それではまた。
- 2011/08/31(水) 21:05:28|
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またお一方昭和の名声優がお亡くなりになられてしまいました。
アニメ「ヤッターマン」のドクロベェ役で知られ、近年は「ぶらり途中下車の旅」という番組の名調子のナレーションで親しまれていらっしゃいました声優の滝口順平氏が、昨8月29日胃がんのためにお亡くなりになられました。
享年80歳でございました。
滝口さんと言えば、多くの方がドクロベェの「おしおきだべぇ」を思い出されるのではないかと思うほど、あのドクロベェ役は有名でした。
他にもタイムボカンシリーズにはいくつか出演していらっしゃるのですが、やはり滝口さんとタイムボカンシリーズといえば、間違いなくドクロベェとしか出てこないでしょう。
私個人でいえば、滝口さんの声はドクロベェではなく「マジンガーZ」に登場した敵幹部の一人、首と胴体が別々になっているあのブロッケン伯爵ですね。
ナチスドイツの将校だったという設定ですので、ドイツ軍の軍服(ぽいもの)を着ておりますし、部下も「鉄十字軍団兵」としてドイツ軍風の格好をしておりましたのが、子供心にかっこよく思ったものです。
とはいえ、滝口さんの影響なのか、それとも作品によるものなのかはわかりませんが、かっこいいブロッケン伯爵もやられ役なので結構コミカルなシーンが多かったように思います。
そんなかっこよさとコミカルな面を持つブロッケン伯爵を滝口さんの声がうまく引き出しておりました。
近年はあまりアニメ作品には出演なさっていなかったようですが、それでもリメイク版ヤッターマンやルパンのスペシャル等でお声を聞くとそのお声に惚れ惚れしたものです。
「ぶらり途中下車の旅」もここ札幌では時々思い出したように放送されるのみでしたが、滝口さんのナレーションはよかったですねぇ。
「ぴったんこカン・カン」でも同様のナレーションで楽しませてもらったことがあります。
重厚で素敵な声の持ち主でいらっしゃいました。
本当にお亡くなりになられてしまったことが残念でなりません。
ご冥福をお祈りいたします。
- 2011/08/30(火) 21:09:00|
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今日はお昼ごろから民主党の代表選挙の模様がテレビで流れておりました。
5人の候補者が出馬したわけですが、最初の投票では誰も過半数が取れず、上位2人での決選投票になりましたね。
決選投票では最初の投票で143票を獲得した海江田万里氏と102票の野田佳彦氏の対決となりましたが、最終的には野田氏が215票、海江田氏が177票で逆転し、野田氏が民主党の新代表になることが決まったようです。
ちょっと意外だった気がしますね。
前評判では前原氏が優勢のような感じの報道が多かったので、前原氏に決まるかなと思っていたんですが。
この前原氏、最初の投票では74票しか取れず、鹿野氏の52票、馬淵氏の24票よりは多かったものの、100票までいきませんでした。
結構支持しなかった議員が多かったんですね。
明日は国会で野田氏の首相就任となるようです。
民主党にはいろいろと言いたいことや問題点も多いとは思うのですが、現時点では選挙等の国民の意思を示す場が無い以上、この首相交代で日本がいい方向に向かってもらうよう期待するしかありません。
野田氏は54歳と戦後の首相では三番目に若い首相とのことですので、その若さでがんばって欲しいものですね。
とにかくいい意味でぐいぐいと国と国民を引っ張っていって欲しいものだと思います。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2011/08/29(月) 20:57:54|
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第一次世界大戦で兵器としての実力を示した「潜水艦」は、第二次世界大戦でさらに大きく発展を遂げました。
水中での推進力を生み出す電池も改良され、その能力を大幅に伸ばしておりましたので、水中での活動時間や速力等も大きく改善されておりました。
しかし、この時点での潜水艦は、あくまでも「潜航活動可能艦」でしかなく、基本は水上で航行し、攻撃時等必要なときだけ水中にもぐることができるだけでしかありません。
水上での航行をしなくても、常時水中航行ができる本当の意味での「潜水艦」ではありませんでした。
これはひとえに動力であるディーゼル機関等の内燃機関が、動力を生み出すためには空気(酸素)を必要とするものであったからに他ならず、動力を生み出すのに空気を必要としない動力源があれば水上航行をしなくてはならない時間を大幅に短縮して本当の潜水艦になることができるのです。
第二次大戦の戦勝国となったアメリカでは、ハイマン・リッコーヴァー提督が当時実用化の域に達してきた原子力(原子炉)を動力源とすることで、空気を必要としない動力を手にすることができるとして潜水艦の原子力化を強力に推進しつつありました。
そしてその原子力を動力源にした第一号の潜水艦として建造されたのが、原子力潜水艦「ノーチラス」(SSN-571)です。
ノーチラスは、船体そのものは第二次大戦型の潜水艦を踏襲しており、動力だけを原子力にしたと言ってもいいものでしたが、そのおかげでまさに真の潜水艦の第一号と呼べるものでした。
ノーチラスは1952年に建造が開始され、1954年の9月に就役。
全長は98メートル、最大幅は8.4メートル、水上では3500トン、水中では4000トンという排水量を誇り、最大速度は水上で22ノットなのに対し、水中では23.3ノットと水中のほうが速度が速いというものでしたが、これはまさに画期的なことでした。
なぜならば、今までの潜水艦(通常動力潜水艦と呼ばれる)は、水上での最高速力こそ20ノットぐらい出せましたが、水中では電池によるためせいぜい8ノットぐらいしか出ず、ノーチラスは何とあの「赤い彗星」のごとくその3倍の速度を発揮することができたのです。

ノーチラスの原子炉は1954年12月末に臨界に達し、翌1955年1月17日、史上初めて潜水艦が原子力で航行し、「本艦は原子力にて航行中」という歴史的電文を発信しました。
その後もノーチラスは原子力潜水艦の能力をフルに発揮し、1958年8月3日には潜航状態のままで北極点に到達し、その能力の高さを見せ付けました。
さらに1381浬の距離を連続潜航行動し、燃料交換無しで62562浬の距離を航海するなど、事実上乗組員の肉体的限界以外は無限といえる航続力を持つことも実証いたしました。
フルトンがナポレオンの要請で1800年に世界初の実用的といえる潜水艦を設計したときに、海中に住むオウムガイにちなんで名付けたのがノーチラスという艦名でした。
その名は作家ジュール・ヴェルヌに受け継がれ、「海底二万浬」という作品に出てきた潜水艦の名もまたノーチラスでした。
そしてアメリカ海軍もまた、世界初の実用原子力潜水艦にこのノーチラスの艦名を授けたのです。
もしかしたら、潜水艦史上にまた新たなる一歩が記されるようなときが来たら、その艦名はノーチラスとなるかもしれませんね。
それではまた。
- 2011/08/28(日) 21:11:32|
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昨日は菅首相の退陣のニュースを記事にしましたが、個人的にはより気になるのが今日のこのニュースでした。
プロ野球北海道日本ハムファイターズが、現監督の梨田昌孝氏と、来季の契約は結ばないことに本決まりになったらしいとのことです。
梨田監督は今年が四年目で、現在のところ首位ソフトバンクホークスに次ぐ二位の位置をキープしていることから、当然来季も監督をやるものと思っておりましたが、この時期に来ても来季の契約についての話が出ず、日本ハム関係者からは来季契約は結ばない予定であることが話に出てきたとのこと。
どうもほぼ確定のような感じで、優勝しようが日本一になろうが来季の日本ハムの監督は梨田氏ではなくなりそうですね。
日本ハムとしては来季が五年目になるとのことで、同じ監督による長期政権の弊害を考え、監督を交代させる考えのようです。
と、なると、コーチ陣も陣容が変わるんでしょうね。
後任監督人事が今後取りざたされていくことになるのでしょうが、このペナントレース終盤にさしかかっての時期に漏れ出た事でチームの和に影響がでないといいのですが・・・
またいつものことですが、後任監督についてはいろいろな人物が名を連ねることになるんでしょうね。
今の段階でも野球解説者の栗山氏や、元日本ハム戦士の新庄氏、また横浜ベイスターズの二軍監督を務める白井氏の名も上がっているようですし、ヒルマン前監督のように外国人監督も視野に入れているとか。
いずれにしてもこの秋の監督人事は目が離せないことになりそうですね。
うーん・・・どなたが監督になるのやら。
もちろんそれ以上に梨田監督に最後の花道を飾らせてあげたいと優勝して欲しいですけどね。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2011/08/27(土) 20:34:21|
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本日、日本の首相である菅直人氏の退陣表明が行われました。
今日を持って民主党の代表の座を降り、代表選挙によって新代表が決まった時点で、首相の座も退くというものでした。
菅氏が首相になってから1年3ヶ月だそうですが、その間本当にいろいろなことがあった気がします。
一番大きなことは、今年3月11日の「東日本大震災」と、それに付随する「福島第一原子力発電所の事故」でしょう。
そのほかにも尖閣諸島の問題や、経済の問題等さまざまな難問に手腕が問われることになったと思います。
結果がどうであったかは、すぐに結論の出るものではないでしょう。
菅氏も言っていたとおり、今後の歴史の判断にゆだねるしかないのかもしれません。
ただ、個人的な意見としては、やはりしがみつき過ぎたのではないかなという気はいたします。
菅氏以外だったらよりスムーズだったのかという問いには、それこそ答えのでない問題だとは思いますが、どうにも政治を混迷させたような気がしてなりません。
何か、退陣要件の三法案だけは通して欲しいというそのやり方には、「あの牟田口がやりたがっているから」と人情に訴えて勝算の無い「インパール作戦」を行わせてしまった陸軍上層部の人たちのようなグダグダ感すら感じます。
ともあれ、これでまたしても日本の首相は交代することになりました。
来週には民主党の代表選挙が行われ、代表が決まれば首相就任となるでしょう。
どなたがなるのかわかりませんが、今後の日本をよい方向に導いてくれることを切に望みます。
それではまた。
- 2011/08/26(金) 20:57:47|
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1939年に始まった第二次世界大戦でしたが、アメリカは1941年の日本軍による真珠湾攻撃まではまだ中立(連合国側寄りでしたが)を保っておりました。
しかし、じょじょに戦争の機運が高まってくると、太平洋の強力な日本海軍と、大西洋及び地中海のドイツ・イタリア海軍に対抗しなくてはならない米海軍としては、大幅な艦隊増強を行わなくてはならなくなってきます。
そこで米海軍は「二大洋艦隊整備計画」と銘打ち、艦艇の大量生産を行うことに決定します。
それは空母や巡洋艦は言うに及ばず、駆逐艦や護衛駆逐艦、そして潜水艦も大量生産しようというものでした。
この時点で米海軍は、1939年度と1940年度に「タンバー」級潜水艦を建造しておりましたが、このタンバー級潜水艦に特に大きな問題点が見られなかったことから、潜水艦の大量生産にはこのタンバー級の微改良型を建造するのがよいという結論となり、タンバー級の後期建造艦の艦名がGで始まっていたことから、艦名もGで始まる「ガトー(Gato)」が一番艦の艦名として付けられました。
第二次世界大戦のアメリカ潜水艦として大量産が行われたガトー級潜水艦の始まりでした。
ガトー級潜水艦は、上記のようにタンバー級潜水艦を若干改良しただけのもので、全長が1.5メートルほど伸び排水量も若干増えた程度しか変わりません。
全長は95メートル、最大幅は8.2メートルで、水上排水量1500トン、水中で2400トンの中型潜水艦です。
日本で言えば、ちょうど小型の呂号と大型の伊号の間ぐらいの大きさでしょうか。
水上での最高速力は20ノット。
水中では電池走行になり8.75ノット。
安全な最大潜航深度は90メートルというものでした。
武装は53センチ魚雷発射管を艦首側に6門、艦尾側に4門の計10門。
砲撃用に76ミリ砲を1門と20ミリ対空機関砲を2門搭載しておりました。

タンバー級そのものがある意味完成度が高い潜水艦であったため、ガトー級もほとんど問題の無い潜水艦として大量生産の際に大幅な設計変更を禁じるという措置が取られましたが、戦訓に基づく小改良は順次行われていたようです。
ガトー級は前期型(いわゆるガトーを一番艦とする同設計艦)が77隻建造された上、船体を改良して安全最大潜航深度を120メートルにまで増大した後期型(バラオ級と区別されることも)が118隻の大量195隻が建造されるという空前の大量生産潜水艦でした。
これらガトー級は太平洋大西洋の双方で活躍し、日本海軍の戦闘艦を多数沈めたほか、通商破壊や航空機の脱出パイロットの救出、スパイの送り込みや物資の隠密輸送など多様な任務に就いたのです。
大量に建造されたガトー級は、終戦時にも多くが生き残り、その一部は外国に供与されたり貸与されたりいたしました。
日本の海上自衛隊の黎明期にも一隻が引き渡され、SS-261ミンゴがくろしおという名に改名の上運用されました。
ドズル中将の名言の一つに、「戦いは数だよ」というのがありますが、ガトー級はまさに一定の能力を持つ兵器を大量に装備するという数の威力を体現した兵器の一つといえるのではないでしょうか。
それではまた。
- 2011/08/25(木) 21:15:28|
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昨晩からTVでもネット上でも芸能人の「島田紳助」氏の突然の引退発表の話で持ちきりですね。
私も確かに驚きました。
人気番組の司会を6本も務めているという、まさに今一番脂の乗り切っている時期での引退ということで、おそらく本人も後悔はなくても無念という思いはあるのではないでしょうか。
島田紳助氏ご本人の判断ということですが、引退という決断をされたことは、私個人としては潔いいい判断だったと思います。
謹慎という形ではなく引退という形を取ったことで、ご本人がおっしゃるように後輩に対するけじめもついたとは思います。
個人的には島田紳助氏というキャラクターは好きでも嫌いでもない普通の芸人という感じでした。
ただ、「開運、なんでも鑑定団」や「クイズ・ヘキサゴン」等、紳助氏司会の番組を楽しんで見ていたこともあり、いろいろな面で力のある人ではあるなぁと思っておりました。
「開運、なんでも鑑定団」については司会者を交代の上で番組は存続ということですので、番組を楽しみに見ていた身としてはホッとするところもあります。
それにしても、さまざまな面で引退の影響は大きいものがあるでしょうね。
個人的には島田紳助氏がこのあとどうされるのかも気になりますね。
このまま静かに消え去るのか、それとも何か事業のようなものを立ち上げたりするのか、はたまた、ほとぼりが冷めたころに政界に打って出てきたりするのではなんて考えちゃいます。
選挙に出てきたら結構票取りそうですよね。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2011/08/24(水) 20:52:24|
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1966年8月、P1127という計画名から始まり、ケストレルという実用試験機を経て先行量産型が製作されたホーカー・シドレー社の垂直離着陸(VTOL)機「ハリアー」が初飛行を行いました。
すでにケストレルという実用試験機で充分なテストが行われていたとはいえ、世界初の実用VTOL機となったハリアーは、まさに滑走路がなくても運用が可能な航空機として夢のような存在でありました。
もともとジェットエンジンの噴射口の向きを変えて、下向きに噴射することで垂直に離陸するというアイディアを考えたのは、フランス人の航空機設計者ミッシェル・ウィボーという人だったといいます。
しかし、彼の考えは当時のフランス政府や航空機メーカーには受け入れられず、逆に彼の試作した噴射口の向きを変えることのできるジェットエンジンが英国製エンジンを基にしたものだったことから、彼のアイディアは英国のブリストル社とホーカー社が興味を示すことになったことで、世界初の実用VTOL機は英国製ということになったといいます。
彼のアイディアは英国で発展し、一台のエンジンに噴射口を四つも持ち、それらが向きを変えることで噴射の方向を変えるというペガサスエンジンへと進化していきました。
そしてそのペガサスエンジンを搭載し、垂直離着陸を行うことのできる航空機として実験が繰り返され、完成したのがハリアーだったのです。
垂直離着陸のできるハリアーは、ヘリコプターと同様にごく狭い平坦な場所から飛び立つことができ、運動性はヘリコプターをはるかに越えるジェット機として期待されました。
冷戦が激しかった当時、ソ連軍の航空奇襲攻撃を受けやすい滑走路のある飛行場からではなく、カモフラージュした前線に近い平坦な場所から発進できるハリアーは大いに期待された新型機だったのです。
ところが、ハリアーを実際に運用してみると、どうも「どこからでもというわけには行かないぞ」というのがわかってきました。
ヘリコプターもその大きなローターで作り出す下方への気流はすさまじいものがありますが、ハリアーのペガサスエンジンが作り出す下方噴射はそれどころではなかったのです。
完全に舗装された場所ならそうでもないのですが、ハリアーの運用目的である「前線に近い平坦な場所からの発進」用に用意された、地面を平らにするための穴あき鉄板で整地された簡易ヘリポートのような場所では、ハリアーの発する下方噴射が穴あき鉄板の下に入り込んで穴あき鉄板を空中に放り上げてしまうのです。
また、舗装された滑走路のような場所でも、舗装と土の境目あたりでは下方噴射が土をえぐって舗装の下に入り込み、舗装を持ち上げてぼろぼろにしてしまうことさえありました。
さらには、下方噴射の位置にマンホールなんかがあったりすると、そのマンホールの穴から噴射が下水管に入り込み、離れた場所から汚水を吹き上げるなんてこともあったといいます。
ハリアーが飛ぼうとすると、兵舎のトイレから汚水が噴出してきたなんてシャレにもなりません。
とはいえ、そのあたりは運用する上で気を付ければいいだけのことで、ハリアーそのものの優秀性には何の問題もありませんでした。
特に狭い艦上で運用できるというのは大きなメリットであり、「インヴィンシブル」級の軽空母のみならず、「アトランティック・コンベア」のようなコンテナ船からも発進しようと思えば発進できたというのはハリアーならではのことだったでしょう。

残念ながらハリアーの運用もそろそろ耐用年数を迎え、英国やアメリカでは退役がすすんでいます。
後継機となるF-35Bはペガサスエンジンのようにすべての噴射口を変化するのではなく、機体中央のファンを回すタイプになるらしく、ハリアーとはまた考え方が違うようです。
世界初の実用VTOL機として、また現在に至るまでたった二機種しかない実用VTOL攻撃機として、ハリアーはまさに傑作機といわれる機体であることは間違いないでしょう。
個人的にも好きな機体のひとつです。
それではまた。
- 2011/08/23(火) 21:15:34|
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俳優の竹脇無我さんが、昨21日脳出血のためにお亡くなりになられたそうです。
享年67歳でした。
竹脇無我さんといえば、私にはもうナショナル劇場の時代劇「大岡越前」にでてきました、榊原伊織先生以外の何者でもありませんね。
長崎でオランダ医学を学び、小石川養生所の医者として医学的な面の助言を加藤剛さん演じる大岡越前に与えて事件解決に役立ててもらったり、人情あふれる若き医者として庶民の悩みを聞いてあげたり等々、まさに医は仁術を体現したキャラクターだったと思います。
竹脇無我さんはその榊原伊織をずっと長いこと演じていらっしゃり、「大岡越前」というドラマにはなくてはならないキャラクターでした。
個人的には「大岡越前」はきちんと腰を落ち着けて見ていたドラマではありませんが、「水戸黄門」と同じく、なぜかやっているというだけで安心するような感じのする、そんなドラマだったような気がします。
「水戸黄門」、「大岡越前」、「江戸を切る」この三つの時代劇が交互に放送されたいた時代が懐かしいですね。
近年はうつ病などとの闘病生活だったとのことでしたが、それも克服された矢先のことで、ご本人に取りましては無念だったのではないでしょうか。
まだ67歳とお若く、早すぎる死だったと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
- 2011/08/22(月) 21:10:42|
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昨日は通信対戦のダブルヘッダーでした。
まずは午後に菊蔵様とVSQLでSquad Leaderのシナリオ4を対戦。
私が攻撃側のソ連軍を、菊蔵様が防御側の独軍を担当です。

これが初期配置。
独軍は初期隠匿配置を用いるため、マップ上では表示されません。
ソ連軍に対して射撃したり、ソ連軍が隣接したりするなどで存在がわかるのです。
勝利条件はこのマップ中央の集落にある石造建物(グレーの建物)をすべてソ連軍が占領しなくてはなりません。
ソ連軍にはドイツ軍の4倍に当たる32個分隊もの戦力がありますが、隠れているドイツ軍を相手にしなくてはならないので、これでも充分多いとはいえません。
実際、今回の対戦でもソ連軍の戦力はみるみるうちに減少していきました。

こちらはソ連軍の5ターン目が終了した時点。
全部で10ターンのシナリオなので、約半分が終わったところです。
時間の関係で昨日はここまでとなりましたが、ソ連軍も独軍もお互いにほぼ戦力が半減しています。
建物を占領するという勝利条件を考えると、ソ連側はかなり厳しいと言わざるを得ないでしょう。
ですが、一度のサイコロの目で展開ががらっと変わるのもSquad Leaderの特徴ですので、諦めずに行きたいところです。
夜はGoma様とのVASLによります恒例ASL-SK対戦。
先日発売になりましたスターターキットエキスパンション#1に入っているシナリオS45の終盤を対戦しました。

こちらが初期配置。
私が防御側のスロバキア軍(濃い緑色)を、Goma様が攻撃側のポーランド軍(薄い緑色)を担当です。
こちらの勝利条件は、スロバキア軍の守る集落のうち複数ヘクスにまたがる建物を一つでもポーランド軍が支配すればポーランド軍の勝利というもの。
なので、スロバキア軍としては広く守らなくてはなりません。
序盤から中盤にかけて、スロバキア軍は迫撃砲はむざむざと破壊されはしたものの、おおむねポーランド軍の動きを制しておりました。
しかし、昨日対戦した終盤には、じわじわと寄せてきたポーランド軍がついにスロバキア軍の防御ラインを突き崩し、側面侵入部隊が建物一つを占領します。

これに対しスロバキア軍は白兵戦を二度仕掛けましたが、これが何と二度とも返り討ちに遭う始末。
戦力の少ないスロバキア軍に取り、この二度の白兵戦で失った二個分隊は致命的でした。
このため結局最後には二つ目の建物も失ってしまい、奪還もかなわずスロバキア軍の敗北となってしまいました。
Squad LeaderとAdvanced Squad Leader(SK)のダブルヘッダーという一日でしたが、非常に楽しい時間を過ごすことができました。
菊蔵様、Goma様、ありがとうございました。
またよろしくお願いいたします。
それではまた。
- 2011/08/21(日) 20:57:03|
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今年の夏の全国高等学校野球選手権大会も今日が決勝戦。
決勝は青森県代表の光星学院と、西東京代表の日大三高の戦いでした。
青森県代表の光星学院は、このたびの東日本大震災の被災地である八戸市の学校ということで、個人的には応援しておりました。
過去、夏の甲子園では東北地方の学校の優勝はなかったこともあり、今年は何とか優勝旗を持ち帰ってもらいたかったです。
結論から言いますと、今年も優勝旗は遠く、残念ながら手が届きませんでしたね。
日大三高の猛打の前に光星学院は打ちのめされてしまいました。
また、自慢の攻撃力も0点に押さえ込まれてしまい、完封負けを喫してしまいました。
結局、終わってみれば11対0という大差で日大三高の勝利でした。
日大三高が投打に光星学院を圧倒したという感じでした。
しかし、今回の光星学院の決勝進出は、東北の粘りを見せてくれたような気がします。
大阪出身者が多いことから地元のチームでは無いという批判もありますが、「がんばろう東北・がんばろう日本」の気持ちは嘘ではなかったと思います。
青森の光星学院だけではなく、岩手代表の花巻東、宮城代表の古川工業、福島代表の聖光学院、みんな地元の代表としてがんばってくれました。
きっと地元の方々も声をからして応援していたことでしょう。
北海道からは北海と白樺学園ががんばってくれました。
特に白樺学園は智辯和歌山とすばらしい熱戦を繰り広げてくれました。
見ていて本当にドキドキする試合でした。
今年の夏の甲子園も終わりました。
今年もたくさんの感動をありがとうございました。
日大三高の皆さん、優勝おめでとうございます。
今日はこれにて。
それではまた。
- 2011/08/20(土) 20:46:47|
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学研の「歴史群像」誌等で記事をお書きになられます歴史ライターであり、また私と同じくシミュレーションウォーゲームを楽しまれるウォーゲーマーでもいらっしゃいます山崎雅弘様のブログで紹介されておりました、KKベストセラーズ様の「歴史人」9月号、「太平洋戦争の真実」を購入してまいりました。

表紙はこちら。
上空から見下ろした大和型戦艦ですね。
内容はこれから読むのですが、山崎様のブログにもありました日本が太平洋戦争に向かうにあたって米英ソそれぞれが抱いていた当時の思惑というものを、通常いつも見ている北を上にした地図ではなく、米側の思惑を見せるための西を上にして西太平洋を見た地図、英国の思惑を見せるために東を上に東南アジアを見た地図、ソ連の思惑を見せるために南を上にして東アジアを見た地図というものが、とても新鮮に感じました。
これを山崎様のブログで見たからこそ、この雑誌を買ったと言っても過言ではありません。
そしてこのあとに日本の陸海軍それぞれの思惑があり、真珠湾攻撃の記事へとつながっていくようです。
(日本の思惑からは別の方の記事になってます)
写真も当時の写真が豊富に使われているようですが、CGで作られた画像もところどころに挿入されており、当時の戦場のワンシーンをきれいな画像で見せてくれてます。
内容的に目新しいものがあるかどうかはまだわかりませんが、太平洋戦争をおさらいする意味でも読んでいきたいと思います。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2011/08/19(金) 20:51:58|
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夏の全国高等学校野球選手権大会も四強が出揃い、残すは準決勝決勝と三試合を残すのみとなりましたが、ここ二日ほど札幌は天気が悪く暑さもひと段落といったところです。
今日からNHK総合では司馬遼太郎先生の「坂の上の雲」の再放送が始まったようで、いよいよ今年冬の第三部に向けて視聴者の気持ちを盛り上げていこうというところでしょうか。
そんな中、阪神ファンの私にとっては気がかりなニュースが。
城島選手が16日にひざのクリーニング手術を受けていたことが明らかになりました。
また、痛めていたひじのケアのために8週間のノースロー期間も設けることに決定。
以上のことから今季の復帰はほぼ絶望となりました。
城島選手は昨年11月にひざの手術を行い、今季の開幕には間に合わないと思われておりましたが、驚異的な回復を見せて開幕に間に合わせることができました。
しかし、やはり完全復調ではなく、ひざをかばいながらのプレイから腰やひじまで痛めてしまうという悪循環に陥り、6月に一軍登録を抹消されておりました。
幸いというべきでしょうか、球団は昨年FA宣言をした楽天の藤井選手を獲得しており、城島選手のカバーをしてもらう予定でいたことから、城島選手の抹消後藤井選手が正捕手を勤めているため、城島選手の不在の影響は最小限食い止められていると言っていいようです。
むしろ投手個々の力を引き出すのは藤井選手のほうが上手だとも言われており、阪神の上位復帰は藤井選手の力あってこそともいえるでしょう。
こうなってみると昨年藤井選手を獲得したのは間違ってなかったと思われ、球団の危機管理がうまく行ったということでしょうか。
ともあれ、城島選手には今度こそしっかりとひざひじを完治させて復帰してもらわなくてはなりません。
来年には藤井選手と(もちろん若手とも)正捕手の座を高いレベルで争ってほしいものです。
城島選手は今季の戦力からははずれてしまいましたが、今年はまだ50試合以上残ってます。
何とか上位に食らいついて行き、最後には頂点に立って欲しいと思います。
阪神がんばれ。
それではまた。
- 2011/08/18(木) 21:07:26|
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航空自衛隊の主力戦闘機としてF-86Fセイバーの量産が本格化したころ、すでに日本の次期主力戦闘機に対するアメリカ側の売込みが始まっておりました。
F-80を練習機にしたT-33を日本が採用したことで、日本に対する足がかりを得たロッキード社もまたその例に漏れず、完成したばかりのF-104スターファイターを日本にも売り込もうといたします。
一方、F-86Fを採用されたノースアメリカン社も、当然日本の次期戦闘機には強い関心を示しており、F-86Fの後継となるF-100スーパーセイバーを日本に売り込み、ノースアメリカン社での継続を目指します。
そこで日本政府は次期主力戦闘機の選択を開始することになりますが、この時点ではF-100よりも新型になるF-104への評価が高まっておりました。
昭和32年(1957年)、防衛庁は次期戦闘機調査団をアメリカに派遣します。
日本の要求は当時脅威が増大してきていたソ連軍爆撃機に対する迎撃戦闘機というものであり、マッハ2以上の高速度と上昇力に優れた戦闘機が必要とされたのです。
当時アメリカでこの要求に応えることができたのは、上記のF-100、F-104のほかに、ノースロップ社のN-156F(ノースロップの自主開発機でのちのF-5)、コンベア社のF-102ぐらいでしたが、N-156Fはまだ計画機であり、F-102は価格が高価なことが難点でした。
アメリカからはこのとき予定になかったグラマン社のG-98J11(艦上戦闘機F-11の改良型)も提示され、それら五機種を調査して調査団は帰国します。
調査団は調査結果を報告はいたしましたが、機種の推薦は行われず次期戦闘機の結論は先送りにされました。
そのため、F-86Fの更新のために同じノースアメリカン社のF-100をつなぎとしてライセンス生産する案が持ち上がり、ノースアメリカン社も日本仕様のF-100Jを提示してほぼ本決まりかと思われました。
しかし、F-100は米空軍では「戦闘爆撃機」として使用されており、そのことを知った当時の岸総理が「(専守防衛である)日本に爆撃機は要らない」としてこの案を白紙撤回。
F-100Jは幻の戦闘機となりました。
その後も次期主力戦闘機に関する問題は続き、今度はグラマン社のG-98J11が候補に挙がるものの、「試作段階の机上のプランに国民の血税はつかえない」としてこれも廃案。
ついに再び調査団がアメリカに赴く事態になり、ここでロッキード社のF-104Gを日本向けに改修して採用するという基本案がまとまりました。
F-104Gを日本向けに改修するに当たり、まず変更されたのは電子装備でした。
F-104Gは簡易ながらも対地攻撃能力を持っていたのですが、日本は完全なる迎撃戦闘機として使用するために爆撃コンピュータを取り外し、代わりに射撃管制装置の能力を高めました。
また、空中給油装置も取り外され、空中給油はできなくなってます。
エンジンは強化型のJ-79A11を装備するよう変更され、パワーが増大いたしました。
さらに空母に着艦するときに使う「アレスティング・フック」(飛行甲板のワイヤーに引っ掛けて急制動をかけるためのフック)を装備することも決まりました。
これは日本が空母を持つという意味ではなく、当時の航空自衛隊の基地の滑走路の長さがF-104を運用するにはぎりぎりの長さであったことから、最悪の場合はこのフックを滑走路に叩きつけて急ブレーキをかけるというためのものでした。
武装は20ミリバルカン砲と赤外線誘導のサイドワインダーミサイル、それと空対空ロケット弾が装備されましたが、一部の機体はバルカン砲が未装備とされました。
こうして日本向けに改修されたF-104GはF-104Jとして日本の航空自衛隊に採用となりました。
ライセンス生産はF-86Fと同じく三菱重工が担当し、当初複座のDJ型を含め200機が生産され、のちに追加で30機が作られたため、合計230機が航空自衛隊に配備となりました。
F-104Jはアメリカでの愛称はスターファイターでしたが、日本では「栄光」と名付けられました。

F-104Jは昭和38年(1963年)に最初の飛行隊が運用開始となり、それから航空自衛隊の主力戦闘機がF-4EJ、F-15Jへと更新されるにしたがって昭和60年(1985年)に最後の任務が終了するまで22年間日本の空を守り続けました。
F-104Jが採用された当時はミサイルの発達が急速にすすんでおり、将来の防空はミサイルが主力となると思われた時期でもありました。
そのため、F-104を売り込むときの売り文句であった「究極の有人戦闘機」という言葉が独り歩きをして、「最後の有人戦闘機」というキャッチコピーを付けられました。
事実F-104の細い胴体に小さな主翼という姿は、まさに究極の戦闘機という印象を与え、「最後」と思わせるにふさわしいものでもありました。

しかし、高速と上昇力を重視したそのスタイルは、旋回性をかなり犠牲にしたものでした。
爆撃機を迎撃するには有利でも、戦闘機同士の格闘戦は苦手な機体でありました。
ところが、日本の航空自衛隊は、このF-104Jで苦手な格闘戦をどうやるのかという研究も怠りはしませんでした。
離陸のときに使うフラップを空中でもまるで空戦フラップのように使用し、格闘戦に持ち込まれた場合でも何とか勝負に持ち込むという訓練を行ったのです。
その結果日本のF-104Jは、アメリカ本土での米軍との異機種間訓練において、米軍のF-15を撃墜(判定)するという離れ業まで演じて見せました。
F-15Jへの更新が終了した後も、航空自衛隊には40機ほどの稼働可能なF-104Jが残りました。
これらのうち35機は無人標的機へと改修され、射撃訓練に使われることで最後の奉公を行いました。
最終的に最後の無人標的機となったF-104Jが撃墜されたのは平成9年(1997年)の3月でした。
最初のF-104J一号機が航空自衛隊に納入されてから、実に35年後のことでした。
それではまた。
- 2011/08/17(水) 21:05:18|
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第二次世界大戦末期に完成した米軍初の実用ジェット戦闘機であるP-80(F-80)シューティングスターを送り出したロッキード社は、すぐさま次のジェット戦闘機の開発に取り掛かっておりました。
しかし、ロッキード社が提示した敵国侵攻用のジェット戦闘機XF-90は、1950年に正式に米空軍の採用が得られないことが確定し、次期戦闘機の開発は一度頓挫してしまいます。
P-80(F-80)を開発したロッキード社の開発チーム「スカンクワークス」の中心人物であったケリー(クラレンス)・ジョンソンは、XF-90に替わる新型戦闘機のデザインに取り掛かりますが、この時点での彼の考えは、大型のジェット戦闘機を開発しようというものでした。
ところが朝鮮戦争が始まり、米軍が北朝鮮軍の戦闘機と空中戦を行うようになったこともあり、ケリー・ジョンソンは前線のパイロットはどのような戦闘機を求めているかを知ろうと思い、わざわざ朝鮮半島に赴いて前線のパイロットに聞き取り調査を行います。
その結果は意外なものでした。
前線のパイロットたちは、朝鮮上空に現れたソ連製のMig-15の高性能、特に高速力と上昇力の優れていることに脅威を感じ、米軍にも小型軽量の高速で上昇力の優れたジェット戦闘機が欲しいと思っていたのです。
このことは推力に余裕のある大型ジェット戦闘機を考えていたケリーには驚きでした。
しかし、パイロットの要求はやがて米空軍全体の要求ともなっていき、ケリーはあらためて必要最小限の装備のみに特化した小型軽量の戦闘機を作ることにいたします。
こうしてケリーを中心とした「スカンクワークス」がデザインした新型戦闘機は、胴体がほとんどエンジンの太さそのものというまでに細くされ、空気取り入れ口を左右に分割し、その先にコクピット部分をおいて先端を絞り込むというまるでロケットかミサイルのような細い胴体に小さな主翼と尾翼を持つ特異な形をした戦闘機でした。
重量も軽量化のために削りに削られ、全長15メートルの機体でわずか5トンを少し超える程度とすごく軽いものでした。
試作機ナンバーXF-104とされた試作機は、1954年3月に初飛行が行われ、この時点では搭載する予定のJ79エンジンが完成していなかったためJ65エンジンを搭載しての飛行でしたが、すでにF-104の高速性能のよさは発揮され、7月のテスト飛行ではマッハ1.49を記録しました。
XF-104のテストは1号機2号機ともに墜落事故を起こすという結果に終わりましたが、事故の原因はすぐに突き止められ機体そのものに大きな問題はなかったことから、試作量産型のYF-104が作られました。
YF-104は完成した新型のJ79エンジンを搭載しており、XF-104よりも全長が2メートル近く伸びており、それにともなって重量も5.7トンと増加しましたが、J79エンジンのパワーはそれを補って余りあり、1956年4月には実用戦闘機としては世界初のマッハ2を達成いたしました。
そしてYF-104は当時の世界最速記録と世界最速上昇記録を打ち立てることに成功します。
YF-104は米空軍に正式採用され、晴れてF-104として量産が開始されました。
最初の量産型F-104Aは153機が生産され、防空部隊に配属されることになります。
これはF-104の高速性と上昇力が迎撃用戦闘機としてうってつけとみなされたことと、F-106防空戦闘機の配備の遅れからといわれます。
F-104は徹底した軽量化と簡素化によって高速力と上昇力を手に入れることができました。
しかし、反面速度発揮に有利な小さな主翼は旋回力維持には不向きであり、F-104は旋回性能はあまりよくないものでした。
また簡素化によってレーダーも簡易な索敵レーダーしか持たず、レーダー誘導ミサイルを使用することは不可能で、全天候能力も持てませんでした。
そのため武装は新開発された20ミリバルカン砲と、赤外線誘導のサイドワインダーミサイルを最大4発搭載するにとどまりました。
XF-104、YF-104の特徴の一つはパイロットの脱出装置が下方射出というものでした。
これは脱出時のさまざまな困難(キャノピーが開かなくなったりパイロットの足が引っかかったり背の高い垂直尾翼に引っかかったりする可能性)を一挙に解決できるものとして採用されましたが、搭乗するパイロットからは不評が相次ぎ、結局上方に射出するタイプの脱出システムが量産型では採用となりました。
F-104は最初の量産型F-104AからF-104Cへと発展しましたが、米空軍での評価はあまり芳しいものではありませんでした。
これはもともとMig-15のような軽量の戦闘機に対抗する昼間制空戦闘機であるF-104を、全天候戦闘機としては能力不足と感じ、戦闘爆撃機としては武装の搭載量が少なく感じるという米空軍の使用法に問題があったのですが、当時の米軍はあまりそのことに気がついていなかったようです。

せっかくの戦闘機が少数生産で終わりそうなことに危機感を感じたロッキード社は、F-104を諸外国の空軍に売り込むことにいたしました。
電子装備を強化し、エンジンをさらに強力なものとし、主翼にフラップをつけて運動性を向上させたF-104Gを開発し、NATO諸国に売り込みをかけたのです。
この売り込みは成功を収め、F-104GはNATO諸国の標準型戦闘機といえるほどに各国に採用されました。
採用国はベルギー、デンマーク、西ドイツ、ギリシャ、イタリア、オランダ、ノルウェー、トルコのNATO諸国に加え、カナダ、中華民国(台湾)、スペイン、ヨルダン、パキスタン、そして日本の十四ヶ国でした。
(上記はF-104Gだけではなく、F-104の運用国)

F-104はこうした採用国では主に迎撃機として使われ成功を収めました。
台湾やパキスタンのF-104は実戦も経験し、敵機撃墜も記録しています。
ただ、事故も多く、特に西ドイツでは天候の不安定な欧州での使用ということもあり、300機近くもが失われるという事態を引き起こし、「未亡人製造機」というありがたくないあだ名を付けられてもおりました。
米軍ではあまり使われなかったF-104でしたが、こうして各国の採用のおかげで生産数は2500機を超えるものとなりました。
イタリア空軍のF-104が姿を消したのは2005年になってからで、息の長い戦闘機でもありました。
そしてまた、日本の航空自衛隊にとっても、F-104は重要な戦闘機となりました。
つづく
- 2011/08/16(火) 21:17:54|
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先日古本屋で購入してまいりました森村誠一氏の長編小説「人間の証明」、読了いたしました。
え~と、面白かったことは間違いないです。
映画も見てみたいなって気になりました。
さすがにベストセラーになった小説だけのことはあるなという気はします。
ただ、森村氏の初期作品のせいなのかどうかはわかりませんが、どうもご都合っぽいストーリー展開なのが気になりました。
ここまでの偶然の連続が一人の犯人に結びついていくというのはどうもなぁと。
犯人につながる糸が途切れそうになるたびに、別の偶然が働いて糸がつながっていく。
またあるときは全然別の事件が大本の事件に影響を与えていく。
このあたりがなんとなくご都合っぽいって気になってしまいました。
と、言うことで、小説も読み終わったので、映画のDVDを借りようと近くのレンタルショップに行きました。
しかし、スクーターで出た途端に土砂降りの雨。
ずぶぬれになりながらもレンタルショップに到着。
が、借りられていたとかではなく、「置いてません」の一言でした。
ガ━━Σ(゚Д゚|||)━━ン!!
まあ、ねぇ、古い映画ですもんね。
DVD化されているとはいえ、置いていなくても仕方が無いか。
今度別のレンタルショップで探してみます。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2011/08/15(月) 21:00:49|
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夏の全国高等学校野球選手権大会、今日は北北海道代表の「白樺学園」が、和歌山県代表の「智辯学園和歌山」と対戦でした。
試合は双方持ち味の打撃力を発揮しての打撃戦となりました。
序盤は智辯和歌山がリードを奪い、6回までで1-5と強豪校の名にふさわしい手堅い攻撃を見せます。
正直言ってこの時点で白樺学園の負けだろうと覚悟はいたしました。
なんと言っても相手の智辯和歌山は名の知れた強豪ですからね。
ところが7回、白樺学園は満塁のチャンスに小林選手がレフトスタンドに満塁ホームラン。
これで一挙に同点に追いつきます。
さらに8回には佐々木選手がソロホームランで6-5と勝ち越しに成功。
もしかしたらと期待に胸が躍りました。
しかし、8回裏に智辯和歌山が逆襲。
逆転は許さなかったものの、同点にされてしまいました。
白樺学園は9回裏の智辯和歌山の猛攻を何とか抑えて延長戦に持ち込むと、10回表にラッキーなヒットで7-6と再度勝ち越し。
このまま逃げ切ってくれと祈ります。
ですが、やはり智辯和歌山は強かった。
10回裏、ワンアウトから同点に追いつかれ、最後は三塁線への送りバントをサードが悪送球。
サヨナラのランナーがホームを踏んでサヨナラ負けとなってしまいました。
逆転また逆転の二転三転した好ゲームでした。
白樺学園は負けてはしまいましたが、充分智辯和歌山を苦しめることができたと思います。
投手の川越君も背番号8ながら二試合で300球を超える投球は見事でした。
きっと今後の人生の大きな自信となってくれるでしょう。
北海道二校の夏は終わりました。
今年もベスト16進出はなりませんでしたが、熱戦を楽しませていただきました。
北海及び白樺学園の選手の皆さん、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
今日はこれにて。
それではまた。
- 2011/08/14(日) 20:59:42|
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今日は午前中にお寺さんへ行ってお参り。
義理の弟に車を出してもらい、みんなで行ってきました。
お寺の本堂はいつもなら電飾が煌々と点いていたのですが、今年は電力消費を抑えるためか最低限にしか点いておらず、結構暗い感じの本堂でした。
お寺参りが午前中で終わったので、午後は「札幌歴史ゲーム友の会」の連続例会に顔を出してきました。

サッポロ辺境伯さんとDublinさんの「ロボジッツ」
オーストリア対プロイセンですが、どっちが有利かはまだよくわからないぐらいだったでしょうか。

今回の連続例会の目玉、VALさん、M岸さん、柿崎さん、GOKさん、つじ参謀さん、takaさんの6名によります「Hear I Stand」の6人プレイ。
やはり不謹慎なセリフが飛び交っていたようです。

いりやっくさん(米軍)対今日も6ゾロ様(独軍)による「Up Front」
なかなか両軍ともに射撃が振るわなかったみたいです。

Mどりっひさん対TADさんの「Victory in The Pacific」
まだスタートしたばかりでした。
私は顔だしだけのみで雑談オンリィでしたが、それでもこの雰囲気に充分楽しめました。
今回は残念でしたが、次回の会合には出たいところです。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2011/08/13(土) 20:42:26|
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今日から東京では夏コミですね。
三日間の一大イベント、私のネットの知り合いの方々も多数参加なさるようです。
一度は行ってみたいとは思いますが、はたして死ぬまでに行くことができるのでしょうか? (笑)
なんて思っておりますと、タミヤニュースの新刊が届きました。
今号で508号です。

こちらが表紙。
今号は第二次世界大戦後の米陸軍の軍団マークとのこと。
個々の記事の内容は、まず「戦跡をたずねて」の3回目「ムツェンスク」
独ソ戦初期、モスクワを狙う独軍の「タイフーン作戦」に対抗するため、ソ連軍がカツコフ大佐指揮の下で激戦を繰り広げた場所です。
今はT-34(ただし85)のモニュメントが置かれ、郷土史博物館にはこの戦いに関する展示もあるとのこと。
写真を見る限り広大な場所のようなので、ここで独ソの戦車たちが戦ったんでしょうね。
「第二次大戦イタリア軍装備解説」はL3/33、L3/35、L3/38の豆戦車シリーズの前編。
ASL-SK3にもユニットとして入っている車両で、戦車というよりも装甲機関銃搭載トラクターといったほうがいいような車両です。
安価なために大量に作られ、第二次大戦初期のイタリア軍の戦車戦力の中核でした。
残念ながら、ASL-SKにこの車両を使うシナリオは無いので、でてくるシナリオがほしいところです。
ラジコンは相変わらず人気が高いようですね。
今号でも新製品として5・6種もの電動ラジコンカーが紹介されてます。
レースも各地で開催されているようですので、多くのファンがいるんでしょうね。
1/35のミリタリーミニチュアでは過去作の再販がちらほらと。
英軍の25ポンド砲は上半身裸の砲兵たちが印象的だった作品で、英軍ファンには欠かせない作品かも。
また、「地獄の黙示録」で主人公が乗船した米軍の河川哨戒艇PBRも水中モーターつきで再販です。
映画のワンシーンを思い起こさせてくれますね。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2011/08/12(金) 20:48:46|
- タミヤニュース
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今日は札幌も暑い日でした。
最高気温は33.8度まで上がり、照りつける日差しがまぶしかったです。
皆様も熱中症や食中毒とかには充分お気をつけ下さいね。
今日はTRPGのクトゥルフの話題。
TRPG「コール・オブ・クトゥルフ」は、ハワード・フィリップ・ラブクラフトの一連の恐怖小説を基にしたTRPGです。
そのため、基本はラブクラフトの生きていた当時の「現代」である1920年代のアメリカが舞台になることが多いのですが、「クトゥルフ神話」(個人的にはこの呼称は好きではないのですが)と呼ばれるようになって多数の作者がクトゥルフに基づいた恐怖小説を書くようになってくると、クトゥルフ系小説の扱う舞台年代も大幅な広がりを見せるようになります。
TRPG「コール・オブ・クトゥルフ」も、その舞台年代の広がりに呼応するかのように、1980年代が舞台の「クトゥルフ・ナウ」(出版が1980年代でした)や、1980年代英国を舞台にした「クトゥルフ・バイ・ガスライト」などが出版され、こちらも舞台年代を広げて行きます。
そして2005年に日本版が発売されましたのが、「クトゥルフ・ダークエイジ」です。

「クトゥルフ・ダークエイジ」は、中世暗黒時代と呼ばれた西暦950年代から1050年代ごろまでの100年間を扱うサプリメントです。
この時代の欧州は、領主と教会の力が強く、民衆は慣習と迷信を中心として生活していた時代ですから、クトゥルフ的な魔物が活躍するにはうってつけです。
また、かろうじて剣と個人的勇気がヒロイックファンタジー的な活動をさせてくれる最後の時代でもあったでしょう。
つまり、クトゥルフで(やろうと思えば)剣と魔法のファンタジー的なTRPGを行うことも可能なのです。
残念なことに最近はTRPGを行っていないので、この世界でプレイしたことは無いのですが、いつかやりたいなと思う世界ではあります。
このサプリメントにはシナリオが一本付いておりまして、そこにはプレイヤーキャラにとって魅力的であろう女性NPCが出てくるのですが、実はその女性NPCは途中からプレイヤーキャラの敵になってしまいます。
ところが残念なことにこれは洗脳とか悪堕ちとかではなく、中身が入れ代わってしまういわば憑依のようなものなので、個人的にはがっかり。
やっぱりクトゥルフ系の魔物に操られてとか洗脳されてとかのほうがいいんですけどねー。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2011/08/11(木) 21:07:41|
- TRPG系
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先日、ソロプレイをしてイメージリプレイを書きました「
Bug Eyed Monsters」というゲームですが、実はソロプレイをしているときにいくつかルールで疑問点がありました。

そこでこのゲームのライセンス生産版を付録に付けたRPGamer誌Vol.8を製作しました国際通信社様にルールの疑問点をメールで質問させていただきましたところ、国際通信社様よりその回答が届きました。
そこで、このゲームをお持ちの方の中にもうちのブログをご覧になってくださっている方がいるかも知れませんので、その回答をこちらでもご紹介したいと思います。
質問をしましたのは以下の3点についてでした。
1、BEM側移動フェイズで住民のいる家に侵入した際、そこの住民はまだ人類側活性化フェイズを迎えていないので行動することができない。よって接近戦を仕掛けられても反撃ができない。
と、見るべきなのでしょうか?
それとも接近戦を仕掛けられたことで活性化し、同時解決により双方の接近戦が行えると見るべきなのでしょうか?
2、BEM側移動後の肉欲フェイズにおいて、肉欲に陥ったBEMは通常状態の人間の女性にしか接近戦は行えないとありますが、その場合にスタンガンを使用すること等武器の使用は可能なのでしょうか?
3、BEM側肉欲フェイズにおいて、人間の女性が同じヘクスにいなくなった場合は、自動的に回復するのでしょうか?
それともBEMの肉欲値のみで判定をする必要があるのでしょうか?
それに対します回答が以下になります。
> 1、BEM側移動フェイズで住民のいる家に侵入した際、そこ
> の住民はまだ人類側活性化フェイズを迎えていないので行動する
> ことができない。よって接近戦を仕掛けられても反撃ができない。
> と、見るべきなのでしょうか?
はい。その通りです。
> 2、BEM側移動後の肉欲フェイズにおいて、肉欲に陥った
> BEMは通常状態の人間の女性にしか接近戦は行えないとあります
> が、その場合にスタンガンを使用すること等武器の使用は可能な
> のでしょうか?
可能です。ただしスタンガンでない武器を使用して攻撃した場合
は、女性を気絶させることはできません(負傷/死亡させるだけです)。
> 3、BEM側肉欲フェイズにおいて、人間の女性が同じヘクス
> にいなくなった場合は、自動的に回復するのでしょうか?
> それともBEMの肉欲値のみで判定をする必要があるのでしょ
> うか?
BEMの肉欲値のみで判定します。例えば女性が死亡してユニットが取
り除かれたとしても、BEMが肉欲状態から回復するとは限らな
いわけです。
以上でした。
1、は前回のソロプレイでは自分で判断して人間側の反撃はできないと見ておりましたが、これで裏付けられた形です。
3、は前回のソロプレイでは自動回復とみなしておりましたので、次回プレイ時には注意しないとならないですね。
肉欲値が5とか6とか高い数値のBEMは回復しづらいことになるので、ホント役立たずということになりそうです。
国際通信社様、お手数をおかけいたしました。
回答をお寄せくださいましてありがとうございました。
- 2011/08/10(水) 21:18:02|
- ウォーゲーム
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今日は夏の全国高校野球選手権大会で、第三試合に北北海道代表の白樺学園が登場し、鳥取県の鳥取商業と対戦いたしました。
結果は延長11回、3対2で辛くも白樺学園が鳥取商業を抑えて初勝利。
白樺学園、甲子園初勝利おめでとうございます。
いやぁ、厳しい試合でしたねぇ。
白樺学園は終始押し気味に試合を進めておりましたが、9回までに点数が入ったのは4回と6回の1点ずつのみ。
ランナーは塁上をにぎわすんですが、あと一本がなかなかでない状況でした。
しかも白樺学園はエースナンバーを付けた小林君が肩を痛めており、マウンド上は昨年までエースだったもののセンターの8番の背番号を付けた川越君。
序盤は制球が定まらずに苦戦していたようでした。
ところがそれがよかったのか、相手の鳥取商もなかなか決定打が出ず9回まで2-1で白樺学園がリード。
何とかこのままで終わって欲しいと思いましたが、鳥取商の粘りに9回に同点に追いつかれてなおもノーアウト3塁というサヨナラ負けのピンチ。
正直ここで負けだろうと思ったのですが、何とかこの3塁ランナーを帰さずにすんで延長戦に。
延長11回に白樺学園が併殺崩れの間に1点を入れ、それが決勝点になりました。
今年は南北ともに一回戦負けかと思いましたが、何とか勝ってくれました。
小林君は肩の調子がよくないそうで、次戦も川越君が投げるらしいですが、何とか次戦も勝ってほしいです。
白樺学園がんばれ。
それではまた。
- 2011/08/09(火) 20:59:32|
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昨日のジョー山中氏の訃報を受けて、映画「人間の証明」を一度も見ていないことから、これは一度は見るべきかもと思いましたが、その前に原作小説を読んでおいたほうがいいだろうと思いましたので、近所のブックオフで古本を探してみることに。
すると、ハヤカワSF文庫の棚に懐かしいSF小説が並んでいたことで思わず手に取ってしまいました。

ロバート・A・ハインライン氏の「夏への扉」です。
ファンの間では登場するピートという猫の愛らしさから、猫SFとも呼ばれているとか。
この表紙絵も秀逸ですよね。
こっちのほうは「人間の証明」とは違い、すでに過去に読んでおりましたが、読んだのはもう20年以上も前。
以前飼っていた猫がうちに来る前だった気がします。
なので、当時は猫を知らずに読んでいたと思いますので、今回新たに猫を飼った経験がある者として再度読んでみようかなと思った次第。
序盤の悲劇が終盤ことごとくひっくり返っていく様をもう一度楽しもうと思います。
もう一冊はこちら。

同じくハインライン氏の「宇宙の戦士」です。
こちらも「夏への扉」とほぼ同時期に読了済みですが、ミリタリーSFとして名高い作品ですし、これも再度読んで見たいなと思いましたので一緒にレジに持っていくことに。
うーん・・・でも、これを読むと、私は持っていないのですがアバロンヒル社から出ていた「スターシップトルーパー」というウォーゲームをプレイしたくなるかも。
友人が持っていて一回か二回ぐらいやったのですが、それっきりになっているので、やってみたいゲームではあります。
と、いうことで、懐かしい二冊のSFをこの夏は読むぞ。
えっ?
「人間の証明」はどうしたかって?
もちろん一緒にレジに持って行きましたよ。(笑)
それではまた。
- 2011/08/08(月) 21:13:30|
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今日は夏の全国高等学校野球選手権大会で、南北海道代表の北海高校が高知県の明徳義塾高校に残念ながら3-2でサヨナラ負けしてしまいました。
一時は1-2と一点リードしたこともありましたが、すぐに同点に追いつかれてしまい、その後は終始明徳義塾のペースだったように思います。
最後は9回の裏にサヨナラ打を打たれてしまいましたが、今日は玉熊投手の調子もあまりよくなかったようですね。
北海高校の夏は終わってしまいましたが、玉熊投手はまだ2年生とのことですので、来年また挑戦して欲しいと思います。
それにしてもあの駒大苫小牧以来、北海道のチームで勝ち進むチームはなかなか出てきませんねぇ。
それだけあの駒大苫小牧がすごかったということなんでしょうね。
それとは別に今日は訃報も一つ。
角川映画「人間の証明」のテーマソング「PROOF OF THE MAN」が大ヒットとなりました歌手のジョー山中氏が肺がんのためお亡くなりになられたそうです。
64歳とのことで、まだお若いのに残念です。
ジョー山中氏の曲ですと、私は個人的には「人間の証明」のテーマソングよりも、同じ角川映画の「戦国自衛隊」の挿入歌「ララバイ・オブ・ユー」のほうが好きでした。
あの曲が流れる中、寺(原作に従えば本能寺?)が炎上していく最後は本当にジーンとしてしまいます。
大ファンというまでではありませんでしたが、本当にこの2曲は好きな曲でした。
ご冥福をお祈りいたします。
- 2011/08/07(日) 20:47:27|
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久しぶりにエロゲの話題を一つ。
もう2年以上前に発売になったTAIL WINDというブランドの「MARIONETTE ZERO」という作品です。

こちらがカバーイラスト。
実はいまさらなぜこの作品をプレイする気になったかといいますと、ある掲示板でこの作品にでてくるヒロインの一人の素敵な黒コスが紹介されていたからでした。
そこは「悪堕ち」を話題にしておりましたので、私は当然このヒロインが悪堕ちするものと考え、積んどく状態だったこのゲームをやってみようと思ったのです。
で、どうだったかといいますと・・・
以下ネタバレありなので折りたたみます。
[とほほ・・・orz]の続きを読む
- 2011/08/06(土) 21:03:17|
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久しぶりにアニメの話題。
DVDで「さらば宇宙戦艦ヤマト」を久々に拝見しました。

もうこの作品が作られてから30年以上が経つんですねー。
月日の経つのは早いものです。
作品につきましてはもう皆様ご存知で何もいうことは無いでしょう。
本作で本来は終わりだったはずが、特攻賛美みたいでいやだという松本零士氏の意向で「宇宙戦艦ヤマト2」ではメインキャラが生き残り、その後も続くヤマトワールドになってしまいました。
個人的には「ヤマト2」の終わりは嫌いではないですし、地球艦隊の活躍シーンは全体の尺が長いだけあって多いので好きなんですよね。
でも、なんと言ってもあの新造最新鋭戦艦「アンドロメダ」の登場の衝撃はこの「さらば」があってこそですよね。

地球防衛軍の新造戦艦「アンドロメダ」は、もう最初見たときから虜でした。
有無を言わせぬ連装拡散波動砲が艦首に2門もあり、しかも発射までの間隔がすごく短い。
映画の中でもゴーランド艦隊に「ヤマト」が撃つときのエネルギー充填時間と、バルゼー艦隊に対し「アンドロメダ」が撃つ時の充填時間は圧倒的に「アンドロメダ」のほうが短くて、新型であるというのを感じさせてくれたものでした。
また、「アンドロメダ」の周囲に展開する地球防衛軍の「主力戦艦」群もかっこいいですよね。
「アンドロメダ」と並んで、この「主力戦艦」も大好きなメカのひとつです。
残念ながら「さらば」では「アンドロメダ」をはじめとする地球艦隊は「白色彗星」の前にあっけなく敗れ去ってしまいます。
初めて劇場で見たときも、あまりのあっけなさに愕然としたものでした。
「ヤマト」の引き立て役ですから仕方ないんですけどね。
まあ、今の目から見ると突っ込みどころ満載のアニメ映画なわけですが、久しぶりに拝見して懐かしかったです。
「アンドロメダ」の雄姿を見れただけで充分かな。
それではまた。
- 2011/08/05(金) 21:04:57|
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昨晩ちょこっとソロプレイしたシミュレーションゲーム「Bug Eyed Monsters」のイメージリプレイです。
「Bug Eyed Monsters」とは、かつてウェストエンド社が発売したシミュレーションゲームでして、宇宙人が地球人の美女たちを攫っていこうとするのをシミュレートしたB級SFゲームです。

これがウェストエンド社版の箱絵。
まさに見るからにB級SFですね。
ゲームはアメリカの田舎町にやってきた宇宙人たちが、その町の美女たちを連れ去ろうというもの。
女性たちには1から6までの色気値があり、高いほど美人というわけですが、この数値をたくさん集める=美女を多く集めることが宇宙人側の勝利条件です。
このゲーム、2004年になって国際通信社からRPGamer誌の付録として日本版が発売されました。
その際シルエットだった女性ユニットを速水螺旋人様がキャラクターとして描いたユニットが付けられ、どっちを使うか選べるようになりました。

今回はこの速水様のイラストユニットを使用しました。
第二次世界大戦も終わり、繁栄を極める1950年代のアメリカ合衆国。
しかし、東西冷戦が始まろうとしていたこの時期、アメリカを狙っていたのはソ連を中心とした東側諸国だけではなかった。
見るもおぞましい姿をした宇宙人、まるで昆虫のような複眼を持つことからBug Eyed Monsters、通称BEMと呼ばれる彼らもまた、アメリカを狙っていたのである。
そしてついに、BEMたちの魔手がここアメリカの片田舎にも伸びようとしていたのだった。
しんしんと雪が降り積もる東海岸に近いアメリカ北東部の山間の小さな町「フリーダム」。
周囲を樹木に覆われた静かなこの町は、いま眠りについていた。

(フリーダムの町のマップ。冬という設定なのに緑鮮やかなのが残念)
だが、真夜中を過ぎたあたり、フヨフヨと奇妙な音を立てた一機の空飛ぶ円盤がこの町にやってくる。
そして町に程近い林の一画をきれいに焼き払うと、円盤は平地になったその場に静かに降り立った。

やがて円盤の下部の一部が開き、そこから静かな駆動音を立てた反重力スレッドが二機現れる。
その上に載っているのは奇妙な形をした二足歩行をする連中。
両腕をくねくねとくねらせ、ぎょろりとした昆虫のような巨大な複眼を持つ彼らこそ、紛れもなく宇宙のかなたからやってきた宇宙人、BEMたちに違いなかった。

(BEMの皆さん。右上の数値は肉欲値で、この数値が高いと肉欲に陥りやすい。左下は格闘値で接近戦のときに使用、右下は命中値で射撃戦に使用します)
彼らがこの町にやってきた目的は何か?
それはこの町に住む住民たち、中でも魅力的な女性たちを攫うことにあった。
彼らの星では女性たちの数が減ってしまったため、繁殖のためには地球人の女性たちを手に入れる必要があったのだ。
地球人の女性、しかも魅力的な美人を手に入れ、円盤に運び込んで洗脳してしまえば、彼女たちは彼らにかしずくメス奴隷となる。
そうなれば彼らにとっては繁殖と魅力的なメス奴隷を手に入れるという二つの目的が達成できるのだ。
フリーダムは美人が多い町として有名である。
彼らがここを狙うのも当然だったのだ。

(フリーダムの町の住民の皆さん。青は男性、赤が女性で、色が薄いのは子供です。女性の右上にあるのが色気値で高いほど美人。右下左下の数値はBEMと同じ)
BEMたちは寝静まっているフリーダムの町に向け反重力スレッドを飛ばしていく。
反重力で浮かぶそりのようなこの機械は、彼らの移動手段なのだ。
そして彼らはあっという間にフリーダムの街中にやってくると、隣合わさった二件の家に侵入する。
片や可憐な少女キャリーがいるビューエル家には7体のBEMが、片や夫婦二人だけのホルムグレン家には3体のBEMがそれぞれ侵入していった。
レーザーでドアを焼ききり室内に侵入するBEMたちだったが、ここで大きな誤算が生じた。
彼らにとって地球人の女性が魅力的であることは間違いない。
生殖行為も可能なのであろう。
そうでなければわざわざ地球人の女性を攫おうとはしないはずだ。
だが、その魅力は彼らにとって強烈過ぎたのだ。
ビューエル家に侵入した7体のBEMたちは、ベッドですやすやと寝ているキャリーやリズのあまりの美しさに欲情を覚えてしまったのである。
かろうじて3体は肉欲を抑えることに成功したものの、残りの4体はただただビューエル家の女性たちに見惚れ、なにもすることができなかった。
ホルムグレン家に向かった3体も同じ目にあった。
若妻であるエミリアの姿に1体が見惚れてしまい、かろうじて2体が肉欲を抑えることができたのだ。
だが、ホルムグレン家のBEMたちは幸運だった。
人間たちが完全に起きだす前に、残った2体が麻痺銃を使って夫のジョンと妻のエミリアの二人を気絶させることに成功したのだ。
ここで気絶させられるかどうかが他の人間たちに知られるかどうかの大きな違いとなるのだ。
ビューエル家では残念ながらうまく行かなかった。
残ったBEM3体に対し、ビューエル家の人間は4人。
気絶させたくても1人は気絶させられない。
さらに、夫のヘーブと次女のキャリーは気絶させられたものの、長女のリズを気絶させることには失敗し、リズと妻のマージが目を覚ましてしまったのだ。
リズとマージは目の前に現れたBEMたちに驚愕し悲鳴を上げる。
だが、残念なことにとなりのホルムグレン家は二人とも気絶させられており、他の近所は遠すぎて彼女たちの悲鳴が聞こえない。
やむを得ずマージとリズはナイフとピストルをつかむと、町の人を起こすべく教会へと走る。
こんな夜中に教会の鐘を鳴らせば、町のみんながきっと起きてくるはずだ。
教会の鐘を鳴らされてしまえば町中の人間が何事かと起きてくる。
町の人間は多くはないとはいえ、彼らの持つ銃やチェーンソーなどはBEMにとっても充分な脅威であり、戦いは極力避けたいのが本音である。
鐘を鳴らされるわけにはいかないBEMたちは、気絶させたエミリア・ホルムグレンとキャリー・ビューエルを反重力スレッドに載せて宇宙船へと向かわせる。
そして残った4体のBEMは教会へと向かった。
教会に入ったリズとマージは、とにかく教会の鐘を鳴らそうとしたものの、4体のBEMたちがそこに到着。
マージがピストルを撃つが普段使い慣れていないせいか当たらない。
一方BEMたちは、リズとマージの美しさに1体が肉欲におぼれて何もできなくなってしまったが、残り3体が麻痺銃でリズとマージ二人とも気絶させることに成功。
間一髪教会の鐘は鳴らされずにすんだ。

町の住人たちはホルムグレン家とビューエル家の悲劇を知らずに寝静まっている。
気絶したリズとマージは反重力スレッドに載せられて円盤へと連れて行かれた。
円盤内では彼女たちへの洗脳の準備が行われているだろう。
危機一髪のところで教会の鐘を鳴らされずにすんだBEMたちは、今度は町の東南側にあるジョンソン家へと向かう。
ジョンソン家はリック・ジョンソンとベス・ジョンソンの中年夫婦の二人暮しで、ベスの魅力はそれほどではないものの、人数を確保するには押さえておくに越したことはない。
今度は肉欲から回復したりしたものたちを加えて5体のBEMがジョンソン家に侵入。
キャリー嬢やエミリアのような美しさの無いベスでは5体全員が肉欲を抑えることに成功し、二人はあっという間に気絶させられてしまった。
ベスの運搬を後続に任せた5体は、勢いを駆ってデルバート家に侵入。
ここには美人妻と名高いジェーン・デルバートと、美少女のデビーがいるが、夫のジム・デルバートは屈強な男として知られ、息子のジミーもなかなか手ごわい。
さらには犬のダミー(という名前)もいて、これが吠えるとまた厄介になる。
5体は噂どおりの美人妻ジェーンの美しさに衝撃を受け、2体が肉欲に捕らわれてしまう。
だが、残った3体の攻撃で夫のジムと犬のダミーが気絶してしまい、息子のジミーだけが母と妹を連れて家を脱出。
隣のジョンソン家に助けを求めた。
ところがすでにジョンソン家は制圧されており、駆けつけたBEMたちと銃撃戦に。
ジミーは1体のBEMをショットガンで負傷させたものの、ジェーンとデビーの攻撃は振るわず、逆にBEMのレーザー攻撃でジミーは死亡してしまい、ジェーンとデビーも麻痺銃で気絶してしまいました。

この銃撃戦の音も町の北西側で寝ている住民には聞こえず、住民はまだ何が起こっているのかわからない状態。
BEMたちは気絶したジェーンとデビーを円盤に連れ帰ってしまいます。
残りターン数から言ってこれ以上の拉致は難しいと見たBEMたちは地球を離れることを決断。
円盤の入り口が閉じられ、円盤は闇夜の空に消えていってしまいました。
円盤に連れ込まれてしまった女性たちは合計7人。
得点はベス・ジョンソン 3点 マージ・ビューエル 3点 リズ・ビューエル 4点 デビー・デルバート 4点 エミリア・ホルムグレン 4点 ジェーン・デルバート 5点 キャリー・ビューエル 5点 合計28点でした。
これは「BEMの計画通り」の勝利となり、最高の「BEMの宴」には届きませんでしたが、BEMの圧勝と言っていいでしょう。

今回はBEM側にかなりダイス目が偏りました。
普通はこんなにあっけなく拉致されては行きません。
たいていは町の人々に気付かれ、銃やチェーンソー、はてはバズーカで武装した住民たちとの戦いになるのです。
今回のBEMたちは相当運が良かったといえるでしょう。
「ああん・・・素敵ですわぁ・・・はむっ・・・んちゅんちゅ」
エロティックな黒のパンティーとブラジャーを身に着け、同じく黒のストッキングと長手袋を付けたジェーン・デルバートがうっとりとした表情でBEMの生殖器をくわえる。
その脳裏にはもはや夫のことなど浮かびもしない。
「ああ・・・こちらの方も素敵・・・私のおまんこに下さいませぇ」
「ああ・・・私にも・・・私にもお願いします」
貞淑な妻だったエミリアも処女を守ってきたリズも同じ衣装を身につけ自らBEMの生殖器を求めていく。
他の女性や少女たちも洗脳されBEMたちのメス奴隷となっていた。
最高の美女と名高いジル・ケンドリックや類稀なる美少女ベス・バッジを手に入れることは叶わなかったが、充分すぎる収穫だろう。
そして今頃フリーダムでは、気絶から目を覚ました男たちが、妻や娘を失って愕然としているはずだ。
それもまた痛快といえるではないか。
ということで、イメージリプレイを書いてみました。
楽しいゲームですので、機会があればプレイしてみてはいかがでしょう。
それではまた。
(8月5日 最後ちょこっと変更)
- 2011/08/04(木) 21:15:00|
- ウォーゲーム
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いよいよ今週末には夏の全国高等学校野球選手権大会が開催になります。
49校の代表校も決まり、今日は組み合わせ抽選会が行われました。
我が北海道からは北北海道代表の白樺学園が大会四日目の第三試合で鳥取県代表の鳥取商業と対戦。
南北海道代表の北海は、大会二日目の第二試合で高知県の明徳義塾高校との対戦が決まりました。
両校ともまずは初戦突破に向けてがんばってほしいものです。
北海は相手が明徳義塾と強豪ですが、胸を借りるつもりでぶつかっていき、あわよくば勝利をもぎ取ってもらいたいものですね。
白樺学園も前回は初戦敗退ですので、今回はまず一勝といってほしいものです。
北海道のチームはどうしても甲子園の暑さが大敵ですので、対策をしっかりとって欲しいものですね。
私にはあちらの暑さはとても耐えられそうもありませんが。
このほか組み合わせで注目されるカードは、福島県の聖光学院対宮崎県の日南学院が大会一日目の第三試合に。
岩手県花巻東対東東京の帝京が大会二日目の第三試合に。
宮城県古川工業対佐賀県唐津商業が大会三日目の第二試合にと、今回の「東日本大震災」で大きな被害を受けた東北三県の代表が相次いで序盤に登場するあたりでしょうか。
今年は初出場が九校ありますが、勢いに乗って初出場初優勝という快挙を成し遂げる高校が出てくるでしょうか?
そのあたりも楽しみの一つですね。
今日はこんなところで。
それではまた。
- 2011/08/03(水) 21:11:50|
- スポーツ
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雅人です。
毎日暑いですねぇ。
札幌も30度は越えないのですが、じりじりと暑くてたまりません。
今日、スーパーに買い物に行ったところ、アイスクリームの冷蔵庫がほとんど空になっていて入荷待ちの状態でした。
アイスクリームも品薄なんでしょうかね?
さて、今月のグランドパワーは、「陸上自衛隊60式自走無反動砲」、「ドイツ二号戦車の派生型」、「イギリス軍M10とM10Cアキリーズ」の三特集です。
と、サザエさんの次回予告っぽくはじめてみましたが、すでに先月購入していたものですがグランドパワー誌のご紹介。

こちらが表紙です。
メイン特集は上でも書きましたが「陸上自衛隊60式自走無反動砲」です。
105ミリ無反動砲を二門搭載した独特の車両形状が魅力的で、当時子供だった私には見た目的にSFに出てくる戦闘車両っぽく感じたものでした。
今号ではこの60式自走無反動砲の試作車から量産車までの過程を網羅しており、中でも試作車はコマツと三菱二社それぞれの違いまで書かれております。
結局量産車はコマツが製作し、昭和34年(1959年)から昭和54年(1979年)までに267輌が作られたんだそうで、北海道にも配備され、雪祭りなどで子供時代の私も目にすることがあったわけです。
第二特集は「ドイツ二号戦車の派生型」ということで、火炎放射器装備型や架橋戦車、浮航戦車などの特殊型も掲載されてます。
とはいえ、実際に使われたのは火炎放射型ぐらいだったようですが。
第三特集は「イギリス軍のM10とM10Cアキリーズ」
M10駆逐戦車はアメリカ製の駆逐戦車ですが、レンドリースで英軍にもそこそこの数が引き渡されて使用されました。
そのM10に対装甲貫徹力の高い英国製の17ポンド砲を装備したのがM10Cであり、シャーマンファイアフライと同じく米英折衷の車両です。
今号ではこの英軍の使用したM10、M10Cと自由フランス軍やソ連軍の使用したM10も紹介されてます。
毎号楽しみにしていますグランドパワー誌。
次号は「ドイツ四輪装甲車」ということで、こちらも楽しみです。
それではまた。
- 2011/08/02(火) 21:15:26|
- 本&マンガなど
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もうすでに皆様ご存知と思いますが、いつもお世話になっておりますわぶき様のブログ「
堕ち玩」様より、新しい同人作品が販売開始になりました。
(ブログ名クリックで堕ち玩様に飛べます)
作品名は「次元帝国ドミギュラスVol.2」

以前当ブログでも「
こちら」でご紹介いたしました、「次元帝国ドミギュラスVol.1」の続編でございます。
(上の“こちら”のところをクリックで過去記事に飛べます)
前作で捕らえられ“軍馬”としての調教を開始されたヒロインヒカル。
彼女への調教は今作でもしっかりと続けられております。
また、かろうじてドミギュラスの魔手から逃れることのできた新キャラも登場し、ドミギュラスの恐ろしさが語られて行きます。
ヒカルの運命はどうなるのか?
新キャラはストーリーとどう絡んでくるのか?
いろいろな意味で楽しめる作品になっていると思います。
惜しむらくはわぶき様ご自身もおっしゃっていらっしゃいますように今作で収まりきらなかったということでしょうか。
もちろんこれは逆にストーリーの奥深さがあってのことであり、むしろ読者としては歓迎すべきことかもしれませんが。
ポニーガールというSMでも特異な分野ですので人を選ぶかもしれませんが、私個人的にはとても楽しめる作品でした。
悪に染められるヒロインが見たいという方、ラバーに包まれた女性の姿を美しいと思う方、ぜひぜひお手に取ってみてくださいませ。
わぶき様、続きを楽しみにお待ちしておりますー。
それではまた。
- 2011/08/01(月) 21:10:20|
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