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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

問おう、あなたが・・・ではありませんが

今日はセイバーの話題。

e02.jpg
と言っても、こちらの金髪アホ毛美少女の腹ペコ王様(なんちゅう言い様)のことではありません。
「ノースアメリカンF-86セイバー」のことでございます。

第二次世界大戦も末期、「P-51マスタング」という名戦闘機を生み出したノースアメリカン社も、次期新型戦闘機はジェットの時代になると考えておりました。
そこでノースアメリカン社は、名機マスタングのジェット化という位置づけで新型機の自主開発を行うことにし、主翼尾翼等をそのまま流用して胴体のみをジェット化することにいたします。

ノースアメリカン社はこの自主開発の新型機をアメリカ海軍に提示。
ちょうど海軍側も艦載機のジェット化を考えていたところから、この新型機はアメリカ海軍によりXFJ-1として制式に開発指示が下りました。
これを受けてノースアメリカン社は、更なる受注数増を目指すためにこの機体を陸軍航空軍にも提示。
陸軍航空軍もこの機体に興味を示し、陸上機型をXP-86として開発するようにノースアメリカン社に指示します。

こうして海軍と陸軍航空軍双方からの新型機開発を命じられたノースアメリカン社でしたが、完成した試作機は意外と凡作で、先にリパブリック社が完成させた「F-84サンダージェット」とそう変わらない性能しか出せませんでした。
(ただし、F-84はのちに対地攻撃機として朝鮮戦争で大いに活躍いたします)

このままではF-84との差異を出せないことにノースアメリカン社は悩みました。
ところが、ドイツとの戦争が1945年の5月に終結し、各国の調査団がドイツの技術を奪ってくることができるようになると、XP-86に転機が訪れます。

ドイツの先進的航空技術の一つに翼をまっすぐ横に伸ばすのではなく、斜め後方に延ばしていくという後退翼の技術がありました。
この後退翼の技術をXP-86に取り入れれば、速度性能などの大幅な向上が見込まれたのです。

しかし、後退翼の技術はまだ未知数でした。
さらにノースアメリカン社の設計者の中には、「俺たちの戦闘機をドイツ機にするつもりか」と反対するものもいたといいます。
アメリカ海軍もまた後退翼には懐疑的で、従来の直線翼のまま試作機を作るようにノースアメリカン社に命じました。
こうして海軍のジェット機は直線翼のFJフューリーとして完成することになります。

しかし、こうした反対もありましたが、ノースアメリカン社はXP-86を後退翼の機体として完成させることにし、主翼尾翼の改設計を行います。
こうして新たに後退翼の戦闘機として完成したXP-86の試作機は、1947年10月1日に初飛行を行いました。

名機にはいろいろと逸話がつきものにもなりますが、XP-86は初飛行の時点で運の良さに恵まれました。
この日初飛行したXP-86は、いざ着陸するというときに前輪がロックされないという故障を起こします。
前輪がロックされなければ、着地のときに前のめりに滑走路に激突してしまいかねません。
テストパイロットは機首をなるべく上に上げた状態で着陸しましたが、このとき主輪が地上に着地したショックで前輪のロックがかかるという偶然が起こり、XP-86は無事に着陸できたのです。

XP-86は試験を優秀な成績でクリアしていくことになりますが、1947年の10月19日には、降下速度で音速を超えることにも成功。
陸軍航空軍は制式に「P-86」、愛称を「セイバー」として採用を決定します。

翌年アメリカ陸軍航空軍は制式に空軍として独立。
これを機にPナンバーからFナンバーへと変わり、P-86はF-86へと変更されました。

1950年に「朝鮮戦争」が始まると、アメリカは国連軍として朝鮮戦争に参加します。
序盤では第二次大戦で活躍したB-29やF-51(P-51)のようなプロペラ機や、F-80CやF9Fのような直線翼のジェット機が活躍いたしますが、やがて北朝鮮側には強力な戦闘機であるソ連製のMig-15が配備され始めます。

Mig-15はソ連がドイツの技術を手に入れて製作した後退翼のジェット戦闘機でした。
朝鮮半島上空に現れたMig-15の前に、アメリカ軍はおろか国連軍の直線翼型ジェット戦闘機は苦戦を強いられることになったのです。

Mig-15の登場にアメリカ空軍は同じ後退翼のジェット戦闘機であるF-86を投入いたしました。
この時点でF-86は初期型のF-86AからF-86Eに発展しており、さらに決定版のF-86Fも朝鮮戦争に投入されます。
F-86F.jpg

F-86とMig-15は朝鮮半島上空で死闘を繰り広げました。
同じドイツの後退翼技術で作られたライバル同士でしたが、最終的にはF-86側がMig-15を圧倒いたしました。
ただ、12.6ミリ機銃6挺しか装備していないF-86は、Mig-15を撃墜するのは結構難しかったとも言います。
F-86FMig-15.jpg (航空ショーで一緒に飛行するF-86とMig-15)

F-86はその後西側各国で主力戦闘機として使われました。
アメリカだけではなくカナダ、オーストラリア、イタリア、日本でライセンス生産され、その総生産機数は8600機を超えたといいます。(一説では9000機越えとも)

タイプも昼間戦闘機型のF-86Fのほか、レーダーを装備して全天候型戦闘機としたF-86Dも作られ、アメリカ海軍も海軍型のセイバーとしてFJ-2として採用しました。
使用国は35ヶ国以上に及び、まさに大ベストセラー戦闘機となったのです。
F-86D.jpg

空対空ミサイルで初めて敵機を撃墜したのもF-86でした。
台湾の中華民国空軍のF-86Fが、赤外線ホーミングミサイルである「サイドワインダー」を使い、中華人民共和国(中国)空軍のMig-17を撃墜したのです。
1958年9月24日のことでした。

F-86は1960年代はおろか1970年代になっても使われ続け、最終的には1980年代前半になってようやく各国の空軍から退役いたしました。
まさに息の長い名戦闘機であり、各国の空軍に与えた影響も少なくありませんでした。
それは、日本の航空自衛隊に対しても同じだったのです。

続く。
  1. 2011/07/12(火) 21:42:31|
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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