日本海軍が開発した高性能の酸素魚雷(九三式魚雷)は、射程はおよそ四万メートルにも及びしかも航跡が見つかりにくいというきわめて優れたものでした。
そのため、わざわざ駆逐艦隊である水雷戦隊で危険を冒して夜襲をしなくても、戦艦隊の砲撃戦の最中にその補佐をする巡洋艦隊が、搭載する酸素魚雷で敵艦隊を攻撃することもできると考えられました。
もちろん戦艦の数は最初から敵のほうが多いわけですから、決戦の前に減らしておくのは重要ですので、水雷戦隊による夜襲も無くすわけではありませんが、敵艦隊はこちらに対して戦艦の砲撃のみで攻撃してくるのに対し、こちらは戦艦の砲撃と巡洋艦の魚雷攻撃で対抗することができるわけです。
(敵の魚雷は射程が短いので届かない)
ただ駆逐艦と違って巡洋艦は、魚雷攻撃に特化した艦種ではありません。
魚雷は搭載しておりますが、その数は決して多くないのです。
魚雷のそう高くはない命中率のことを考えると、一門でも多い魚雷発射管があるに越したことはありません。
そこで日本海軍は、旧式化しつつある5500トン型の軽巡を改装し、たくさんの魚雷発射管を装備しようと考えます。
しかも通常では考えられないほどの発射管数を搭載しようといたします。
改装に選ばれたのは、5500トン型の中でも一番古いタイプの「球磨」級の「大井」、「北上」、「木曽」の三隻でした。
「球磨」級は、大正6年(1917年)に計画された5500トン型軽巡の第一陣で、五隻が大正9年と10年に完成しました。
5500トン型と言われますが、基準排水量は5100トンで、全長で162メートル、最大幅で15メートルほどの細長い艦形をしています。
特徴は船体中央部の三本煙突で、5500トン型といえばこの三本煙突をイメージする方も多いでしょう。

(軽巡時代の「北上」)
「球磨」級の主砲は15センチ単装砲7門、魚雷発射管は連装4基8門でしたが、改装ではこのうち魚雷発射管は全部まず撤去し、主砲も船体前側の4門以外は撤去するという徹底したものでした。
そしてまっさらになった船体中央部の両側を少し幅を広げ、そこに酸素魚雷用に少し太くなった魚雷発射管のしかも四連装の奴をどんどんどんと前から5つ、両舷で10基も搭載したのです。
つまり一隻の片舷だけで4X5=20本もの酸素魚雷を撃ち出し、その後ターンをしてもう片舷の20本をさらに射出することができるのです。
昭和16年、アメリカとの戦争が避けられなくなってきたことで、海軍はこの大量に魚雷を搭載する「重雷装艦」への改装を実際に開始いたしました。
改装に選ばれていたのは三隻でしたが、実際に改装に着手されたのは「大井」と「北上」の二隻でした。
二隻は太平洋戦争開始直前に改装が終了し、二隻で80本という大量の酸素魚雷を搭載することになったのです。
日本海軍はアメリカとの戦いは戦艦同士の決戦が大きな意味を持つと考えておりました。
で、あれば、この二隻の80本もの酸素魚雷は大きな戦力になったかもしれません。
しかし、戦争の推移はそうは行きませんでした。
海戦場の主力は航空機と、それを運用する航空母艦だったのです。
百キロ以上かなたから航空機を飛ばしてくる航空母艦には、たとえ四万メートルの射程がある酸素魚雷でも届きません。
「重雷装艦」に改装された「大井」も「北上」も、その魚雷を射出する機会はまったく訪れなかったのです。
活躍の場を見出せなかった「大井」と「北上」は、せっかく搭載した魚雷発射管を減らして物資や人員を搭載するスペースにし、その高速を生かした高速輸送艦として使われることになりました。
ガダルカナル島での消耗戦には、そういった役目の艦が必要だったのです。
皮肉なことに「大井」も「北上」も、こうした高速輸送任務で活躍し欠かせない艦になりました。
こうして輸送任務についていた両艦のうち、「大井」が昭和19年7月に米潜水艦の攻撃で沈没。
「北上」のみが残ります。
戦争末期になると、もはや「北上」は高速輸送艦としても使い道がなくなってしまい、本土決戦用に再度改装されることになります。
今度は特殊兵器「回天」(いわゆる特攻兵器で人間が乗り込む人間魚雷)を搭載する「回天母艦」への改装でした。
この改装で「北上」は、「回天」8基を搭載する母艦として本土決戦に投入されましたが、空襲で大破し、結局は戦局になんら寄与することなく終戦を迎えました。
大破した「北上」でしたが、戦後は復員支援任務に使われました。
数多く作られた5500トン型で生き残ったのは唯一この「北上」だけでした。
「軽巡洋艦」から「重雷装艦」、「高速輸送艦」、そして「回天母艦」と数奇な運命をたどった「北上」でしたが、少なくとも生き残ることができたのだけはよかったのではないでしょうか。
それではまた。
- 2011/05/18(水) 21:40:27|
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