騎士物語の四回目です。
これで完結となります。
それではどうぞ。
『マスター! 距離を!』
頭上からの声にはっと我に帰る私。
こちらを認識したのか、相手が距離を詰めてきたのだ。
剣も抜かずに両手を突き出して迫ってくるアーマドール。
普通じゃない。
私は剣を構えさせ、いったん下がって距離をとる。
相手の動きを見極めなくては・・・
不用意に踏み込めば、痛い目を見ないとも限らないのだ。
「エリーヌ、相手のデータはわかる?」
私は頭上に声をかける。
アーマドールは一体一体がファクトリーによる手作りとはいえ、本当に一から手作りというのは多くない。
たいていは基礎となる形式があって、そこに騎士個々人の注文でさまざまな個性を加えるのだ。
この“エリーヌ”とて基礎となっているのはヴェフゲン公型と呼ばれるもので、外装をやや軽くして動きを高めてある。
運動力こそ最大の防御と考えていた父の仕様だ。
『外見からは一般的なドロフスキー侯型のようですが、それにしては動きが鈍いです。重装甲化されているようにも見えませんが・・・』
エリーヌの判断に私もうなずく。
目の前のアーマドールはドロフスキー侯型だ。
行方不明のクレマン家の騎士が使っていたものではないはず。
ただ、ドロフスキー侯型は価格が安いので多くの騎士が使っている。
あまりにも一般的過ぎて誰の物かなどわかるはずもないわね。
『来ます、マスター』
「まずは一撃!」
考えていても仕方が無い。
とにかく相手の動きを止めるしかないのだ。
まずは一撃を食らわせて見るしかない。
私は“エリーヌ”を踏み込ませ、剣での一撃をお見舞いする。
「なにっ?」
私は思わず声をあげる。
振り下ろしたバスタードソードが相手に与えた衝撃を感じながらも、それ以上の衝撃を私は受けたような感じがしたのだ。
相手は剣を抜き放つこともせず、私の斬撃をその腕で受け止めたのだ。
アーマドール乗りはそんなことは普通しない。
そんなことをすれば、腕の装甲はひしゃげ、中の機構が回復不能のダメージを負う事が目に見えているからだ。
戦闘の最中に腕が使えなくなるなどあってはならないし、そんなことになれば戦闘は負ける。
だから腕へのダメージは極力避けようとするのが普通だった。
だが、目の前の相手はそんなことお構い無しに右腕で私の剣を受け止めた。
剣で受け流すことも盾で受け止めることもしなかったのだ。
どうして?
“エリーヌ”のバスタードソードはがっちりと相手の右腕に食い込んでいた。
腕の装甲を叩き割り、内部機構にダメージを与えている。
どす黒い循環液がどくどくと流れ出し、右腕はもう使えなくなったはず。
どす黒い・・・?
循環液がどす黒い?
循環液は緑色のはず。
いくら汚れたってどす黒くなんか・・・
『マスター!』
「えっ? ひっ!」
私は思わず悲鳴を上げた。
“エリーヌ”のバスタードソードに傷付けられた相手の腕から、シュルシュルと黒い触手のようなものが何本も伸び始めてきたのだ。
私は思わず距離をとろうとしたが、触手がバスタードソードに絡み付いてくる。
『剣を捨ててください!』
私はバスタードソードを捨てようとした。
でも遅かった。
黒い触手は相手の腕からだけではなく、アーマドールの各関節部や装甲の継ぎ目などから無数に伸びてきたのだ。
そしてそれらが“エリーヌ”の躰にシュルシュルと巻き付いてくる。
私は“エリーヌ”を触手から何とか引き剥がそうとしたものの、全身を触手に巻き付かれた“エリーヌ”は身動きがもう取れなかった。
「動け・・・動いてぇ・・・何なのこれ?」
私は軽くパニックになる。
こんな攻撃をされたことは一度も無い。
一体どういうことなの?
『わ、私にもわかりません。データに・・・まさか・・・ノーライフドール?』
「ノーライフドール? まさか・・・あんなのはお話の中に出てくるもののはずでしょ」
私はかつて一笑に付した噂話を思い出した。
無残に打ち捨てられたアーマドールが怨念のようなものを抱き、魔物を取り込んで動き出すという噂だ。
私は首を振って否定したものの、目の前のアーマドールがもしかしたらエリーヌの言うとおりの存在かもしれないということを肌で感じていた。
このアーマドールは普通じゃない。
このアーマドールは化け物だ。
ノーライフドール。
魔物が取り憑いた生きてないアーマドール。
生きている者を無差別に襲うという呪われたアーマドール。
そんなものが実際にいるなんて・・・
「あうう・・・」
私は必死で操縦悍を操作する。
引き寄せられているのだ。
ノーライフドールが触手を使って“エリーヌ”を引っ張っている。
振りほどけない。
『マスター! 何とか振りほどいてください!』
「やっているでしょう! このっ!」
操縦悍を引こうが押そうがびくともしない。
全身に触手を絡み付かせられて身動きできないのだ。
どうしたらいいの・・・
外部視察用のスリットからはもう何も見えない。
真っ黒い触手に覆われてしまったのだ。
外がどうなっているのかもうわからない。
私は絶望感に打ちひしがれながら、必死で操縦悍を動かすだけ。
『ヒャァァァァァ・・・』
「エリーヌ? どうしたの?」
頭上の悲鳴に私は戦慄した。
いったい何が起こっているの?
「エリーヌ! エリーヌ! 返事をして!」
『ひぁぁ・・・だめぇ・・・触手がぁ・・・やめてぇ』
「何? 何が起こっているの? エリーヌ! 返事をしなさい!」
『はひゃぁ・・・吸われるぅ・・・何かが吸われてるぅ・・・はふう・・・気持ちいい・・・』
「エリーヌ! しっかりして! 何が起こっているの? エリーヌ!」
私は声を荒げてエリーヌに呼びかける。
『あはぁ・・・気持ちいいですぅ・・・触手が絡み付いて・・・ああんそこはぁ・・・はあん・・・気持ちいい・・・』
エリーヌの声がどんどん甘くなっていく。
どうしてなの?
「エリーヌ! 脱出しなさい! 早く!」
私はもう気が狂いそうだった。
とにかく“エリーヌ”を引き剥がそうと必死に操縦悍を握るけど、“エリーヌ”はあちこちをギシギシ言わせるだけでピクリとも動かない。
「エリーヌ! エリーヌ! 早く逃げて!」
『・・・・・・』
エリーヌの返事が無い?
「エリーヌ! エリーヌ!! 返事をしてぇっ!!」
私はとにかくエリーヌの名を呼び続ける。
こんな任務引き受けるんじゃなかった。
クレマン家のアーマドールもきっとこいつにやられたに違いない。
私もこんなところで朽ち果ててしまうというの?
「エリーヌ! エリーヌゥ!」
『ウフ・・・ウフフフフ・・・』
背筋がぞくっとするような笑い声。
「エリーヌ? エリーヌなの?」
『ウフフフ・・・アハハハハ・・・』
頭上から響いてくる笑い声。
いつものエリーヌの声なのに、何かが違う。
「エリーヌ! どうしたの? しっかりして!」
『アハハハハ・・・ハアァン・・・気持ちいい・・・触手が躰に絡み合って・・・ハアァン・・・』
普段のエリーヌとは思えない甘い声。
「エリーヌ! いったいどうしたの? 何があったの?」
『ウフフフフ・・・心配は不要ですわ、マスター。マスターもすぐに闇の一部になるすばらしさがわかるようになると思います』
私は上を見上げる。
「エリーヌ・・・何を言っているの?」
『ウフフフフ・・・気持ちいい・・・闇に浸るのってとても気持ちいいんですよ、マスター』
私はぞっとした。
エリーヌじゃない・・・
エリーヌの声だけどエリーヌじゃない・・・
いったい上で何があったの?
私は言いようの無い恐怖に襲われる。
「わぁぁぁぁぁ!!」
私はハッチを開けるレバーを引く。
ここにはいられない。
こんなところにはいられないわ。
でもだめだった。
いくらレバーを動かしてもハッチは開かない。
私は必死でハッチを蹴飛ばしてでも開けようとしたけど、私の蹴りぐらいでは開かないのだ。
「わぁぁぁぁ・・・」
私はただわめき散らし、ハッチをどんどんと叩きつける。
「開けてぇ! ここから出してぇ!!」
もう何がなんだかわからない。
私はただここから逃げ出したかったのだ。
『ウフフフフ・・・だめですよ、マスター』
「エリーヌ・・・お願い、開けて。私をここから出して!」
『ウフフフフ・・・それはできません。マスターは選ばれたんです。今から私と一つになり、二人で一緒にノーライフドールに生まれ変わりましょう。ウフフフフ・・・』
「いやぁっ! そんなのいやぁっ!!」
私は泣きながらハッチを叩く。
だが、厚い装甲板のハッチはびくともしなかった。
「ひあっ」
何かぬめっとしたものが首筋に当たる。
「何? 何なの?」
私は反射的に振り返った。
「ひいっ!」
思わず私は悲鳴を上げる。
操縦席の私の背後の壁面から、黒いぬめぬめとした触手のようなものが何本も伸び始めていたのだ。
「いやぁっ!」
私は必死になってハッチの開放レバーを引き、ハッチを蹴りつける。
だが、すぐに足元からも目の前のハッチからもぬめぬめした触手が伸び始め、私の脚に巻きついてきた。
「いやぁっ! いやぁっ!」
私は腰の短剣で触手に切りつける。
どす黒い粘液を撒き散らしながら触手は切れていくものの、一本一本切る端から新たな触手が生えてくる。
「いやぁっ! お願い! 誰か助けてぇ!」
叫びながら切りつける私の腕にも触手が絡まってくる。
「ああ・・・」
右腕も左腕も触手が絡まり、私は腕が動かせなくなる。
「いやぁっ! むぐっ」
思わず叫んだ瞬間、一本の触手が私の口の中に入ってきた。
「んぐっ、むぐっ」
私は何とか噛み切ろうと歯を立てたが、触手は弾力があって短剣で切るようには噛み切れない。
「んごっ?」
のどの奥に触手が張り付いて何かが吸い取られる。
手袋の隙間から入り込んだ触手が手首からも吸い取っていく。
首に巻きついてきた触手も首筋に張り付いて吸い取っていく。
ああ・・・何これ・・・
何を吸い取っているの?
やめて・・・
吸い取らないで・・・
『ウフフフフ・・・どうですかマスター? 気持ちいいでしょ?』
エリーヌの声がする。
ええ・・・
なんだかすごく気持ちいい・・・
触手が全身に絡み付いて私を抱きしめてくれているみたい・・・
まるでゆりかごの中のよう・・・
とっても気持ちいい・・・
ああ・・・気持ちいいわぁ・・・
気持ちよさに力の抜けた私の躰を、触手が包み込むように覆っていく。
私はとても安らかな気持ちになり、触手にすべてをゆだねていく。
強靭なチェインメイルを着ているはずなのに、触手はいともたやすくチェインメイルを剥ぎ取ってしまい、下着すらも脱がされる。
すっかり無防備になった私に触手は絡みつき、股間からもお尻からも入ってくる。
うねうねと私の中で蠢き、私を気持ちよくしてくれる。
「むふぅ・・・ん・・・」
のどの奥もお腹もお尻も全部が気持ちいい。
こんな気持ちいいのは生まれて初めて。
お願いだから全部・・・全部吸い取って・・・
空っぽになっていく私・・・
その代わりに触手が私を満たしてくれる・・・
吸い取られていく代わりに闇が私を満たしていく・・・
今までの記憶、意識、生命力・・・
そんなものがすべて吸い取られ、私は新たに満たされていく。
そうか・・・
これは死なんだわ・・・
私は今死者になっていくんだ・・・
気持ちいい・・・
生きているってなんて無様だったんだろう・・・
どうして命なんてくだらないものが大事だったんだろう・・・
生きているなんて馬鹿らしい。
そんなものにしがみついている愚か者どもがわずらわしい。
命がなくなることの喜びを見せ付けてやりたい。
「うふふふふ・・・」
いつの間にか口の中の触手がはずれ、私は笑っていた。
こんなに死が気持ちいいなんて。
命を捨て去ることがこんなにすばらしいことだったなんて・・・
もう私は生きるなんて無様なことはしない。
永劫の闇の中で命あるものにその愚かしさを教えてやるの。
「あはははは・・・」
楽しみだわぁ・・・
『ウフフフフ・・・いかがですかマスター? 闇の世界の住人となった気分は?』
「うふふふ・・・ええ、最高の気分だわぁ。闇の世界の一員になることがこんなにすばらしいことだったなんて思わなかった。もう私は命などというくだらないものは持たない。ノーライフドールとなって永劫の闇の世界に暮らすの。なんてすばらしいのかしら」
私の周りの触手が形を変え、私の手足と躰を包み込む。
触手と私は一体となり、私の全身が“エリーヌ”全体へと広がって行く。
私はノーライフドール。
“エリーヌ”はノーライフドールとなった私の手足。
そしてエリーヌは私と一つになったのだ。
「町へ行きましょうエリーヌ。あそこにはたくさんの生きている連中がいるわ。奴らを殺してその命をすすってやるの。きっと甘美な味がするわ。そして奴らに命を失う喜びを教えてあげましょう。私たちで闇の世界を広げるのよ。ウフフフフ・・・楽しみだわぁ」
『はい、マスター。楽しみですね。ウフフフフ・・・』
頭上から聞こえてくるエリーヌの可愛い笑い声に、私も思わず口元に笑みが浮かんでいた。
END
以上です。
いかがでしたでしょうか?
よろしければ拍手感想などいただけますとうれしいです。
それではまた。
- 2011/02/11(金) 20:54:07|
- 騎士物語
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