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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

三突(3)

1941年6月22日に開始されたバルバロッサ作戦によってソ連に攻め込んだドイツ軍は、間もなく恐るべき相手に出会うことになりました。
傾斜装甲を持ち76ミリという比較的大口径の主砲を持つT-34と、分厚い装甲を持ちやはり76ミリという大口径主砲を持つKV-1の二種類の戦車です。
ドイツ軍はこの二種類の戦車のことをまったく知らなかったといいます。

バルバロッサ作戦開始時点でのドイツ軍の主力戦車は三号戦車でした。
三号戦車は42口径長の50ミリ砲を搭載しているタイプが中心でしたが、中には初期型の37ミリ砲を搭載しているものもまだ多くが装甲師団に配備されておりました。
一方歩兵師団の対戦車砲部隊に配備されていたのは37ミリ対戦車砲が中心であり、50ミリ対戦車砲がじょじょに配備されつつある状況でした。
これらの50ミリ砲も37ミリ砲もソ連軍が装備しているT-26戦車やBT-7戦車には有効でしたが、T-34やKV-1には50ミリ砲でもよほどの近距離でないと貫通できず、37ミリ砲にいたっては装甲を叩くだけという意味からドアノッカーなどといわれるありさまでした。

そのためT-34やKV-1を中核として攻撃してくるソ連軍に対して、ドイツ軍の歩兵師団はしばしば窮地に陥ることになりました。
対戦車砲部隊の37ミリ砲が役に立たないため、歩兵をT-34やKV-1から守ってくれるものが無かったのです。
そうなると歩兵部隊と主に行動をともにしていた三号突撃砲もトーチカや機関銃陣地を相手にしているだけではすまなくなります。
三号突撃砲は75ミリ砲という大口径砲を搭載していたので、T-34などに対抗することを期待されたのです。
以後三号突撃砲も対戦車戦闘に駆り出されるようになりました。

ですが、三号突撃砲の75ミリ砲は対戦車戦闘には不向きな短砲身砲でした。
初速が低いために貫通力が低く、T-34やKV-1にはやはり威力不足だったのです。
そのため初速が速く貫通力の高い長砲身の75ミリ砲を搭載することが求められました。

最近まではこのT-34やKV-1との遭遇が三号突撃砲の長砲身化を求めるきっかけになったといわれておりましたが、新しい資料によれば、もともと三号突撃砲の長砲身化は進められていたといいます。
ただし、短砲身と比べてもそれほど威力が増大しなかったために一時見合わせられていたといいます。
しかし、T-34やKV-1との遭遇により、やはり長砲身化が求められたというのが正しいようで、当時ようやく量産が開始されつつあった75ミリ対戦車砲を基本に突撃砲の車体に合うように改良されたものが搭載されることになりました。

1942年3月、量産中だった三号突撃砲E型の車体に43口径長の75ミリ砲を搭載した三号突撃砲F型の量産が開始されました。
これは主砲以外はほとんどE型のままでしたが、砲尾の部分が天井にぶつからないように天井の一部が高くされており、また排煙のためにベンチレーターをつけたりするなどの改良が行われました。
また、生産の途中からはより強力な48口径長の75ミリ砲を搭載するようになりました。

三号突撃砲F型の量産は比較的短期間で終わり、1942年5月からは車台を新型に変更したF/8型が量産されることになります。
これは元となる三号戦車自体の車台が新しい8/ZW型というものに変更になったため、三号突撃砲もそれに伴って車台を変更することになったのです。

F型及びF/8型は両方合わせて約700両ほどが作られましたが、1942年11月にはいよいよ三号突撃砲の決定版とも言うべきG型の量産が始まります。
G型は改良に次ぐ改良を積み重ねた上部車体を一から見直して刷新し、使い勝手と生産性の向上を目指したものでした。
外部視察のしやすいキューポラが備えられ、車内容積も広くなるなど大幅に改善された上部車体を持つG型はまさに三号突撃砲の集大成であり、終戦まで基本的にはこのG型のままで生産が続けられました。
G型の生産数はなんと7000両にも達しているのです。
大戦中期以降のドイツ軍にとって、なくてはならない車両でした。

F型以降の長砲身型三号突撃砲は、短砲身型の持っていた移動歩兵砲という性格からは大きく変わるものでした。
今度はいわば移動対戦車砲と言うべきものになったのです。
これ以後三号突撃砲は歩兵支援のための車両ではなく、対戦車戦闘を主とする車両になってしまいました。

三号突撃砲は貫通力の高い48口径長の75ミリ砲でT-34やM4などの連合軍戦車を数多く撃破いたしました。
一説によれば連合軍戦車を最も多く破壊したのはこの三号突撃砲であったといいます。
いく人もの対戦車エースを生み出し、鉄十字章を受ける人も数多く輩出いたしました。
回転砲塔を持たない三号突撃砲は生産も比較的しやすく、のちには戦車の代わりとして装甲師団にも配備がおこなわれます。
対戦後半の防戦主体となったドイツ軍においては、移動対戦車砲というべき三号突撃砲は、まさに主力として活躍したのでした。
  1. 2010/06/07(月) 21:40:03|
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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