200万ヒット記念SS「ホワイトリリィ」の9回目です。
毎日多くの人に読んでもらえましてすごくうれしいです。
今日も楽しんでいただければと思います。
それではどうぞ。
9、
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「なにぃ? 有給をまとめて取りたいだと? 何があったんだね?」
能無し専務の声のトーンが上がる。
「はあ、ずいぶん溜まっていることですし、仕事も一段落しております。この際十日ほど温泉にでも行ってこようかと思いまして」
休暇願いを出す俺の顔と、手元の休暇願いを青ざめた顔で交互に見る専務。
「た、確かに君は仕事は一段落していると言うかも知れん。しかし、しかしだよ洞上君。総務部長の君がいなくなったら誰がその間の面倒を見るんだね? えっ?」
そんなのはどうとでもなることだろう。
だいたいそんなことだから俺も社長もあんたを無能と感じるんだ。
いよいよ百合香を手に入れようかという時に、会社になんぞ出ていられるか!
「はあ、その間は不来坂(このさか)総務第一課長が手はずを取ってくれますが?」
俺は怒鳴りつけたいのを我慢して、とぼけた感じで答えた。
「不来坂君? しかし、君。彼女では・・・」
ほう・・・
こいつは無能なだけではなく目も節穴らしい。
今まで我慢してきたが、そろそろ限界か。
俺が目を掛けてきて、一段落着いた時には女怪人にしてやるつもりの不来坂では不安だと?
お前よりはよほど有能・・・いや、比べること自体が彼女に悪いな。
だが、こいつを殺してしまうと、俺が専務になってしまいかねないので、困るんだがな。
まあ、もう少し我慢してやるか・・・
「不来坂君は充分能力がありますよ。私よりもうまく総務を回してくれるでしょう。何の心配もいりませんよ、専務」
「いやぁ、しかしねぇ、洞上君。一日二日ならともかく・・・二週間も抜けられては」
ハンカチを取り出して汗を拭く専務。
ふん、貴様の不安は自分のトラブルの始末をしてくれる人間がいなくなる不安だろうが。
そんなのは知ったことか。
まったく・・・
俺も我慢強いことだ。
悪の首領だけやっていてもいいものなのに。
わざわざ会社勤めなどしているとはな。
俺は思わず苦笑した。
「何か問題でもあったのかしら、老川(おいかわ)専務?」
涼やかな声が背後から流れてくる。
「こ、これは社長。実は洞上部長が二週間も休暇を取るというので、その非常識さを教えてや・・・」
「休暇を? 遅すぎますわ、洞上部長」
紺色のタイトスカートのスーツを見事に着こなした女性がやってくる。
言うまでもなく我が社の社長、田神紫乃(たがみ しの)だ。
若く有能な上に美人だということで、社の内外でも評判が高い。
その社長の紫乃が俺をにらみつけるように腕組みをして立っている。
「総務部長のあなたが手本を示していただかないと他の社員が休暇を取りづらいじゃないですか。もう少し早めに休暇をとっていただきたかったですわ」
なるほど、そういうことか。
「ははは、どうもここの所めっきり疲れが抜けなくなりましてね。温泉にでも行ってこようかと思いまして」
俺は頭をかいて照れ笑い・・・の振りをする。
「いいことですわ。洞上部長は働き詰めですもの。この際ゆっくりなさればいいわ」
「社、社長。しかし・・・」
なおも食い下がる専務。
「老川専務。我が社も社員には積極的に有給休暇などの消化をするように言っているはず。それを今回率先して総務部長が範をたれようとなさっているんですよ。わかりますわよね?」
社長である紫乃にそう言われれば、引っ込まざるを得ないというもの。
専務は汗を拭きつつ黙って休暇願いに判を押した。
「助かったぞ、紫乃」
俺は専務のもとを紫乃と一緒に立ち去りながらそう言ってやる。
きちんと働いた者には褒め言葉をかけてやるのが上に立つものの務めだ。
「ありがとうございます、ドスグラー様」
にこやかに一礼する紫乃。
言うまでもなく、紫乃は洗脳されすでに俺の手駒になっている。
この会社の実権はほぼ俺が握っていると言っていい。
「ドスグラー様は働き過ぎでございます。もう少しお気楽になさってくださいませ。私どもがきちんと業務はこなしてご覧に入れますわ」
紫乃の言葉をはたで聞くことができたら、社長と部長の会話だとは思うまい。
その若く美しい容姿からも、上司と秘書といった感じだろう。
無論廊下には俺たちの会話を聞ける位置にいるものはいない。
紫乃には充分注意するよう言ってあるし、彼女の感覚器官も強化してあるので、俺たちの会話が聞けるほどの位置に誰かがいれば気が付くはずだ。
「そうか? これでも結構気楽にしているつもりなんだが。仕事も一段落着いたしな」
俺は苦笑する。
まあ、最近は会社で過ごすのがいいストレス解消になっていると言えなくもないので、困ったものかもしれないのだが。
「こちらの業務などはドスグラー様には不要な作業ですわ。ドスグラー様には司令室でゆったりとお過ごししていただくのが一番なんでしょうけど・・・」
「そういうな。アジトにばかりいたのでは周りが見えなくなりかねない。ここでこうやって仕事をすることで日本社会の腐っている部分を肌で感じることができ、好都合なのさ」
そんなのは言い訳だがな。
まあ、日本社会ではこの年で働かずに家にいようものなら、かえって噂にもなりかねん。
カモフラージュのためにも会社という組織に所属しているのは都合がいいのだ。
「ドスグラー様・・・一刻も早くこの社会を壊してくださいませ。そして、その時にはこの私も怪人、いいえ女戦闘員にでもして下さいませ。この身をドスグラー様に使い捨てていただけるのなら・・・ああん・・・それほど幸せなことは・・・」
「紫乃・・・」
うっとりと女戦闘員となって俺に跪くことを夢見る紫乃に俺は苦笑する。
やれやれ、俺への忠誠心というか尽くす意識が強すぎるんじゃないか?
「あ、失礼いたしましたドスグラー様。私ったら・・・」
頬を染めて恥らう紫乃。
あれほど前社長に、俺のことを警戒しろ、早くクビにした方がいいと進言していたのが嘘のようだ。
無論、俺はその紫乃の物事を見抜く目に感心したからこそ、洗脳して手駒に加えたのだがな。
「構わんさ。いずれ願いはかなえてやる。それまでは社長でいろ」
「わかっております、ご安心を。そういえば蜘蛛女様にお聞きいたしました。ドスグラー様が直接何か行動をなさるとか。休暇はそのためなのですか?」
「そういうことだ。この休暇がうまく片付けば、いよいよ大掛かりな動きもできるだろう」
「かしこまりました。どうかお気をつけ下さいませ」
にこやかに俺に微笑む紫乃。
本当は跪いて一礼をしたいところなのかもしれないが、何せここは会社の中。
そんなことをするわけには行かないのだ。
「おっと、人が来たな。それでは失礼いたします社長」
「ええ、“素敵な休暇をお過ごしください”ね、洞上部長」
俺は紫乃に頭を下げると、廊下を部署に向かって歩き始めた。
終業時間が過ぎ、社内が慌ただしくなる。
帰り支度をする社員をしり目に俺は不来坂課長と打ち合わせだ。
彼女は改造も洗脳もされていないので、俺の正体をまったく知りはしない。
昨年、年下の男と結婚した彼女は、まだかなり夫にラブラブらしい。
結婚式の時に見ただけだが、相手の男は優しそうな感じの太目の男だった。
彼女のように物事をてきぱきやる人間は、多少だらしない相手に心惹かれるのかもしれないな。
まあ、今のうちは楽しむがいい。
いずれは彼女も改造して俺の手駒に加えるつもりだ。
優秀な彼女は怪人に改造しても問題ないだろう。
そのとき、夫のことをどう思うようになるか・・・
見ものだな。
ふふ・・・どうやら俺は寝取り願望が強いようだ。
百合香に惹かれたのもその一面があるのは否めまい。
「部長? 私の顔に何か付いています?」
ふしぎそうな顔で俺の方を向く不来坂香穂里(かおり)。
「あ、いやいや、なんでもないよ。いや・・・実は明日からの休みが楽しみでね。ついそっちの方を考えた」
「うふふ、そうでしたか。でも部長がこんなにまとまった休暇を取るのは初めてですから、私で代役が勤まりますでしょうか?」
不安そうに顔を曇らせる彼女。
「なに、心配は無用だよ。君は充分私の代わりが勤まるさ。自信を持ちたまえ」
俺は彼女を励ましてやる。
これはお世辞ではない。
彼女は俺の部下の課長三人の中で一番有能だ。
だからこそクーライに引き込もうと思うのだ。
彼女ならば俺がいなくても問題は無いだろう。
「ありがとうございます、部長」
彼女がにこやかに微笑む。
「ところで不来坂君。どこか美味しいお菓子かケーキの店でも知らないかな? 息子の嫁に買っていってやりたいのだが」
「お菓子かケーキですか? それでしたら洋菓子の『ランペルール』というお店がありますよ。フランス皇帝に愛された味だとか」
不来坂課長はちょっと考え込んだ後、自分のお薦めを教えてくれる。
ランペルールか、そこにしてみようか・・・
俺は帰りにケーキでも買って帰ることを考えていた。
百合香が俺からのケーキをスムーズに受け取ってくれるかどうか。
そのときの表情で百合香の状況も把握できるだろうと考えたのだ。
俺は会社を出ると、先ほど教えてもらった洋菓子屋に寄っていく。
なるほど店内は洒落ているし、ケーキも美味しそうだ。
俺は店員にいくつかお任せで包んでもらい、それを持って家に帰る。
打ち合わせがあったことですでに時間は夜の八時過ぎ。
だが電車は相変わらず込んでいる。
やれやれだ。
電車が揺れた瞬間、俺はそばに居た若者の足を踏んでしまう。
「おっと、悪かったね。すまない」
俺はそう言って頭を下げる。
「ってぇ! いってぇよ! 俺の足踏まれたよぉ!」
若者が顔をしかめて大げさに痛そうな声を上げる。
やれやれ・・・
この手合いに捕まってしまったか・・・
すぐに周囲の柄の悪そうな若者が数人俺を取り囲む。
「おっさん。俺のダチに怪我させてすまないだけかい?」
「大丈夫かおい? 足折れたんじゃねえか?」
「ってぇよ! ぜってーどうかなってるよ! むちゃくちゃいてぇよ!」
「おっさん。ちょっと次で降りて付き合ってくれよな。ダチの足確認したいからよ。逃げんなよ」
やれやれ・・・
悪の組織クーライを束ねている俺だが、この手の手合いは好ましく無い。
こいつらはバカだ。
せいぜいが強制労働に使える程度に過ぎない。
もっとも・・・
この状況を我関せずで必死に視線をはずしている連中も似たようなものだがな。
「き、君たち・・・わ、悪かった。悪かったから・・・」
俺は笑いをこらえて恐ろしがっているふりをする。
数は四人か。
暇つぶしにはちょうどいい。
「なに、ちょっとダチの足を確認して、問題がなければ解放してやるよ。安心しろって」
なれなれしく俺の肩に手をかけてくる。
どうやらこいつがリーダーか?
俺は肩をすくめて黙っていた。
程なく電車は駅に着く。
俺は周囲を囲まれるようにしてホームに降ろされた。
そのまま彼らは俺をトイレに連れて行く。
まあ、パッと見ておかしな雰囲気には見えないだろうから、駅員が呼ばれることも無いだろう。
そのほうがこちらも都合がいい。
やつらはご丁寧にトイレの入り口に掃除用具入れから掃除中の立て看板を出して立てておく。
これで入ってくる人間はしばらくいないということだ。
「なあ、おっさん。俺たちも鬼じゃねえんだ。ダチに対して詫びいれて、誠意を見せてくれたらそれでいい」
なるほど。
まあ、遊ぶ金を頂戴ってことだな。
俺をトイレの突き当たりの壁に追い込み、入り口を見張るやつが一人と俺に迫るやつが二人。
それに足を痛そうにしているやつが一人か。
久し振りに楽しむとしよう。
「わ、わかった」
俺はそう言って、財布を出すためを装い、ケーキの箱と鞄を洗面台の上に置く。
そして、振り返りざまに右手を一人目の胴にめり込ませた。
「ゲホォッ!」
予測もしていなかったのだろう。
まったくの無防備で一撃を食らったそいつは、上半身を前に折る。
そこに下から二撃目をくれてやると、そいつは簡単に飛んでいった。
「島田!」
リーダー格の二人目と足を痛そうにしていた三人目が、いきなりのことに目を見張る。
だが、すぐに俺に対して攻撃を仕掛けてきた。
おいおい、足が痛いんじゃなかったのか?
リーダー格はさすがにケンカ慣れしているのか、俺に対して距離を取る。
しかし、足が痛いと言っていた三人目は、これ見よがしにナイフを取り出し、そのまま俺に突きかかる。
やれやれ。
俺はナイフを突き出した腕を脇に抱え込むと、そのままがっちりと押さえ込んで膝を胴にめり込ませる。
そして抱え込んだ手をはずして、のめりこむ相手の上から肘を落としてやった。
「やるな、おっさん。だが容赦しねえぜ」
リーダー格もナイフを取り出してくる。
脅し用なのだろうが、ここまできたらやむを得ないってか?
俺は無造作に近づくと、彼の突き出すナイフを二三回かわして見せる。
やれやれ。
完全にではないものの、この躰はそれなりに強化はしてあるのだよ。
俺は手刀でナイフを叩き落すと、そのまま男の顔面に一撃を食らわせる。
「グハッ」
よろめいたところをハイキックで一撃。
これで男は床に沈む。
さて、あと一人か。
「おや?」
どうやら相手が悪いと悟ったのか、見張り役の男は逃げ去ったらしい。
まったく・・・
その程度だからバカだと言われるのだ。
俺はケーキと鞄を持つと、誰かに見られないうちにトイレを後にする。
まあ、あとはアジトに戻ってからだ。
このまま赦すほど俺は寛容ではないからな。
俺は飛び立って行ったハエ型ロボットを見送り、再び電車に乗り込むと、ざわめき始めた駅を後にした。
- 2010/02/28(日) 20:50:09|
- ホワイトリリィ
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