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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

三国同盟戦争(1)

今日から数回で日本ではあまり知られていない戦争の紹介を一つ行ないます。

1864年。
日本では文久から元治へと年号が変わり、新撰組による「池田屋事件」が7月に発生。
8月には「禁門の変(蛤御門の変)」で長州勢力が京都から追い払われ、9月にはそれに引き続く第一次長州征伐が起こります。

アメリカでは南北戦争4年目が戦われており、北軍の圧倒的戦力に南軍はじりじりと敗戦へと追いやられつつありました。
11月には大統領選挙が行なわれ、リンカーンが再当選を果たしたことで、南軍の最後の望みも断たれます。

欧州では現在のドイツの一部であるシュレスビヒ-ホルシュタイン公国をめぐり、デンマークとプロイセンが第二次シュレスビヒ-ホルシュタイン戦争を戦っており、この戦争の勝利によってプロイセンがシュレスビヒ-ホルシュタイン公国への影響力を強めることに成功しました。

日本でも、アメリカでも、欧州でもきな臭い動きが見えていたこの1864年。
日本にとっての地球の裏側南米大陸でも、また悲惨な、それは悲惨な戦争が勃発いたします。
「三国同盟戦争」(パラグアイ戦争とも呼ばれる)でした。


南米の地図を見ていただくとおわかりかと思いますが、南米大陸の太った部分から細くなっていく部分へ向かって南下していくと、「パラグアイ共和国」と言う内陸国があります。
北と北西を「ボリビア共和国」、南西と南を「アルゼンチン共和国」、東と北東を「ブラジル連邦共和国」にはさまれた国で、国土は40万6千平方キロに及び、日本の総面積(37万7千平方キロ)よりもちょっとだけ大きな国です。
現在(2008年)の人口は約635万人。
首都はアスンシオンです。
このパラグアイが、この戦争の一方の当事者でした。

一方これに対し、戦争名ともなっている「三国同盟」はどこの国なのか。
これは「アルゼンチン共和国」「ウルグアイ東方共和国」「ブラジル連邦共和国」(当時はブラジル帝国)の三ヶ国でした。
パラグアイはこの自国の北と北西以外全てを囲んでいる国々と戦争をしてしまったのでした。


南米大陸の国々は、長い間スペインとポルトガルの植民地でした。
パラグアイもスペインの植民地として支配されてきましたが、1811年、南米大陸では最も早く独立を果たします。
海の無い内陸国であり、河川や山々に囲まれたパラグアイは、(ほかの南米諸国に比べれば)国土が小さいこともあり、比較的早期に国がまとまりました。

1814年、ホセ・ガスバル・ロドリゲス・デ・フランシアが執政に就任。
1816年には終身執政官となって、絶対的独裁制を敷くことに成功します。
フランシアは農民の支持の元で経済的鎖国を行ない、対外貿易を極力排しました。
また土地の公有地化を進め、逆らうものには容赦のない恐怖政治を推し進めます。
しかし、鎖国と独裁のおかげで国内は安定し、義務教育などで国民の教育水準も上がり、対外的にもアルゼンチンの一部を併合することができたなど、良い面も大きいものでした。

1840年にフランシアが亡くなると、国内は一時期乱れを見せますが、1844年に甥であるカルロス・アントニオ・ロペスがパラグアイ共和国初代大統領に就任すると、すぐに国内は安定します。
カルロス・ロペスはフランシアの鎖国政策から一転し、開放政策でパラグアイの近代化へと邁進します。

公有化の進んでいた土地にタバコなどの商品作物を植え、保護貿易で莫大な利益を上げました。
そしてその利益を元に工場や鉄道を建設。
欧州にも留学生を送り、また外国人も雇って近代技術の導入に努めます。
奴隷解放や新聞発行なども行なわれ、パラグアイは急速に近代化して行ったのです。
それはまさに、日本の明治維新と同じようなありさまでした。

また軍事にも大幅に力を入れ、銃器や火砲、河川戦闘艦艇などの自国生産にも取り組みました。
パラグアイ軍は、南米でも最強と言っていいほどの軍隊を手に入れたのです。

ですが、良いことばかりではありませんでした。
カルロス・ロペスは隣国アルゼンチンの一部地域における分離独立運動を支援しており、これがアルゼンチンとの軍事衝突を生んでしまいます。
この衝突はパラグアイ側の勝利となりましたが、アルゼンチンとの間にしこりが残りました。

一方ブラジル帝国もまたパラグアイとの間に軋轢を生じます。
パラグアイの北東部に位置するブラジルのマット・グロッソ州は、パラグアイ川の流れる平野で農産物の産地でしたが、その産物を海外へ輸出するためのルートとしてパラグアイ川とパラナ川の両河川が非常に重要な交通路となっておりました。
そのため、ブラジルはこの両河川の自由航行権をパラグアイに求めます。

パラグアイ川はパラグアイの国内を、パラナ川はパラグアイとブラジルの国境を流れる川であり、両河川はパラグアイにとっては国防上非常に重要な河川なので、パラグアイとしてはうかつに自由航行権をブラジルに与えるわけにはいきませんでした。
そのためブラジルとの関係は悪化し、戦争寸前と言う状況までいたりましたが、パラグアイ側がブラジルに自由航行権を認めることで一応の決着がつきます。
しかし、ブラジルとの間にもしこりが残りました。

そして、急速に近代化を成功させ、貿易黒字で経済的にも安定したパラグアイは、英国にとっても疎ましい存在となっておりました。
南米一帯を対英債務漬けにして経済的支配をもくろむ英国は、唯一英国からの債務を持たないパラグアイは目の上のたんこぶだったのです。

そんな状況の中、対外的軋轢と南米最強の軍隊を残してカルロス・ロペスは1962年に死去します。
後を継いだのは息子のフランシスコ・ソラーノ・ロペスでしたが、カルロス・ロペスは息子に「問題点は剣ではなくペンで解決せよ」と言い残したといわれます。
ですが、その遺言は守られることはありませんでした。

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  1. 2009/11/11(水) 21:42:33|
  2. 三国同盟戦争
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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