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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

いらないのかよ

第二次世界大戦中、ドイツはさまざまな種類の車体に大砲を載せて自走砲を作りました。
一方アメリカも、1941年にマーシャル将軍が自走砲の必要性を訴えたことにより、各種自走砲の研究が始まります。

以後、アメリカでも各種自走砲が作られていくことになるのですが、戦車の車台を利用した本格的なものを作成する前に、手っ取り早い自走砲として、M3ハーフトラックを使った自走砲がいくつか作られることになりました。

M3ハーフトラックは、映画などでもおなじみのアメリカの装甲兵員輸送車で、M3偵察装甲車の後輪がゴム履帯になったような車両でした。
このM3ハーフトラックが、自走砲の車台に選ばれたのです。

最初に作られたのは、75ミリ野砲を積んだタイプでした。
このタイプは主砲の種類によっていくつかの形式に分かれますが、基本的には同じようなものであり、自走対戦車砲として使われました。
当時のドイツ軍の三号戦車あたりを相手にするなら、この75ミリ野砲でも充分だったのです。

ところが、英国ではこの75ミリ砲の貫徹力では不充分と考えました。
そこで、より貫徹力のある英国製6ポンド砲もしくはそのアメリカでのライセンス生産型である57ミリ対戦車砲をM3ハーフトラックに搭載した自走対戦車砲を作成するようアメリカに要求しました。

アメリカはこの要求にしたがい、57ミリ対戦車砲を搭載した自走砲を試作します。
この自走砲はT48というナンバーを与えられ、75ミリ野砲と同じような搭載方法で57ミリ対戦車砲を搭載しました。

T48は特に大きな問題もなく、1942年の12月に英国向けに量産が開始されました。
そして翌1943年の5月までに962両が完成いたします。

ところが、1943年にもなると、英国にはレンドリースなどでM4中戦車などが続々と送られてきておりました。
そのため、英国はこのT48自走砲の必要を感じなくなってしまっていたのです。

英国はせっかく自分たちのために作ってくれたT48を30両しか受け取りませんでした。
しかも、受け取った30両も、もともとの装甲兵員輸送車に再改造してしまいます。

宙に浮いたT48は、ソ連向けに積み出されました。
独ソ戦の最中で一両でも戦闘車両がほしいソ連は、このT48を650両受け取ります。
残った280両ほどは、アメリカで装甲兵員輸送車に再改造されました。

結局英国のために作ったT48は、英国でもアメリカでも使われず、ソ連が使っただけでした。
ですが、搭載された57ミリ砲はそこそこの貫徹力を持っていたので、独軍にとってはそれなりの脅威になったのではないでしょうか。
これまた奇妙な運命をたどった自走砲だったと思います。

それではまた。
  1. 2009/08/14(金) 21:21:06|
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Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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