三日連続となります「ホーリードール」の30回目をお送りします。
それではどうぞ。
30、
床に点々と血の跡をつけながら、次々と子供たちを襲うブラックパンサービースト。
黒い影が通った後には、真っ赤な地獄が広がっている。
食うためではない。
楽しいのだ。
恐怖に逃げ惑う獲物をいたぶるのが楽しいのだ。
興奮は肉体を極限まで駆り立てる。
それに応えてくれる強靭な肉体。
こんな楽しいことはほかにない。
ブラックパンサービーストは歓喜のうなりを上げて走り回っていた。
「あーあ・・・はしゃいじゃって。楽しそうだこと。でも、これで光の手駒がここへ来るのは間違い無いわね」
血に濡れた床をブーツで踏みしめるレディベータ。
すでにこの学校には結界を張ってある。
どんなに悲鳴が上がろうと、外に漏れる気配はない。
『あらあら、ベータったら。ちょっとやりすぎじゃないの?』
「アルファお姉さま?」
脳裏に響いてきた声にベータは思わず声を出す。
「だって、荒蒔紗希も浅葉明日美も学校に来てなかったんです。どうせおびき寄せなくちゃならないんなら、早い方がいいと思って・・・」
ちょっと口を尖らせて言い訳じみたことを言ってしまう。
『勘違いしないで、ベータ。とがめているんじゃないの。暴れまわることに夢中で警戒がおろそかになっているということなの』
「えっ?」
驚くレディベータ。
結界にはまだ何の反応も・・・
ズシンとした感触が躰を走る。
来た・・・
結界の一部が破損したのだ。
そのことはすぐにレディベータには感じられた。
どうやら光の手駒は、力任せに結界をこじ開けたらしい。
「来ました。奴らが来ました、アルファお姉さま」
『こちらでも確認したわ。すぐに行きます。油断しないで』
「はい、大丈夫です。アルファお姉さま」
そう言って両手を前にかざすレディベータ。
すぐに闇が渦を巻き、大きな長柄の鎌が現れる。
それをしっかり握り締めると、レディベータはぺろりと唇をひと舐めした。
午前中の小学校の校門前。
何人かの人々がふと足を止める。
どこからか現れた二人の少女が立っていたのだ。
おそらくその小学校に通っているであろうぐらいの少女たち。
一人はショートカットの髪をして青いミニスカート型のコスチュームを身にまとい、手には鋭い細身の剣が握られている。
もう一人は背中に達する長い髪に赤いミニスカート型のコスチュームを着て、手には杖のようなものを持っている。
その二人の姿があまりにも学校の校門前という状況に似つかわしくなくて、人々は思わず足を止めたのだった。
「行くよドールアスミ」
「ええ、闇が広がりつつあります。浄化しなければ」
二人は顔を見合わせ、うなずきあう。
そしていきなり青いコスチュームの少女が校門前を切り裂いた。
それは妙な光景だった。
青い少女はいきなり何もない空間を切り裂いた。
だが、X字に切られた空間は、確かに切れ目を生じたのだ。
そしてその切れ目を二人の少女は通り抜け、かき消すように消えてしまう。
何もない空間に消えてしまったのだ。
驚いた数人が駆け寄ったが、そこには何もなく、ただ静かに小学校へ通じる道があるだけだった。
小さく聞こえてくる悲鳴。
かすかに漂ってくる血の匂い。
結界に入ったとたん、二人はそれを感じ取った。
「まだ生き残りが大勢いるようですわね」
「うん。闇と接触してないといいけど・・・」
「無駄ですわドールサキ。すでにここは汚染されました。焼き尽くすのが賢明かと」
「そうだね。闇に触れたものは浄化するしかない」
ゆっくりと校舎に近づいていく二人のホーリードール。
彼女たちが気にかけているのは、生存者が少なくなってしまうことではない。
闇の攻撃を受けて戦闘不能になり、結果的に闇の侵食を食い止められなくなることなのだ。
だから、神経を張り巡らして接近する。
いつどこで攻撃を受けるかわからない。
闇は狡猾だ。
あの悲鳴も血の匂いもおとりで無いとは言い切れない。
「うるさい悲鳴ですわね。いっそ誰もいなくなってくれるといいんですけど・・・」
「でも、悲鳴のところにビーストがいると思う。一気に突入しようか」
今にも飛び出しそうな青い少女に赤い少女は首を振る。
「危険ですわ。この結界はビーストごときに張れるものではありません。闇の女が一人いるはずです」
「闇の女!」
グッとレイピアを握り締めるホーリードールサキ。
前回の戦いを思い出したのだ。
今度は逃がさない。
闇は浄化しなくては・・・
「闇の女の所在を確認するのが先です。ビーストごときはいつでも浄化できます。それにおあつらえ向きに闇がここに結界を張っていますから、ここから闇が漏れることもありません」
「そうだね、ドールアスミ。ビーストはたやすい」
「屋上へ上がりましょう。そこから闇の女を・・・」
「OK。それじゃ行くよ」
タンと地面を蹴る二人。
そのまま校舎の屋上までジャンプする。
普段は危険防止のために立ち入り禁止になっている屋上。
そのフェンスに囲まれている屋上に少女たちは降り立った。
「屋上か・・・」
思わず天井を見上げるレディベータ。
すでに廊下に動く影はない。
一階はほぼ全滅したのだ。
百人ほどいたはずの人間が、今はもう一人もいない。
悲鳴の中心はいまや二階に移っている。
玄関や窓から外に出ることができた子も少しはいるだろう。
だが、そんなのはどうでもいい。
ブラックパンサービーストは光の手駒をおびき寄せるという使命をちゃんと果たしたのだから。
あとは・・・
レディベータはブラディサイズをぎゅっと握り締める。
「ブラックパンサービースト! 屋上へ行きなさい! お楽しみはそこまでよ!」
「グアウッ!」
二階でうなり声が上がったのを、レディベータの耳は聞き取った。
屋上にある階段室の入り口。
そこを開ければ階段があって下に下りることができる。
でも、普段はかたく施錠され、屋上への出入りはできはしない。
扉自体も頑丈な鉄の扉だ。
だが、その鉄の扉の向こうからじんわりと闇が漏れてくる。
闇が近づいてきている証拠だ。
どうやら向こうから来てくれるらしい。
二人のホーリードールは無言で左右に展開する。
ただ闇を駆逐する。
その目的のためだけに・・・
- 2009/07/10(金) 21:56:04|
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