160万ヒット記念SS「ローカストの最期」も今日が最終日です。
本当はゴールデンウィークの四日間にあわせるつもりだったんですが、一日ずれてしまいましたね。
さてさて雪美ちゃんと聡里ちゃんはどうなるのか。
それではどうぞ。
(4)
私はもう抵抗する力もなくなっていた。
愛子先生も志織さんもザームによって改造人間にされてしまった。
そして次は私の番なのだ。
ゆっくりとクモ女になってしまった志織さんが私の牢にやってくる。
その口元にはいつもと同じように笑みが浮かんでいるけど、とても冷たい笑みだった。
「志織さん・・・」
「うふふふ・・・そんな人間のときの名前で呼ばないでくれるかしら? 私はもう沢城(さわしろ)志織などという人間ではないわ。今の私はザームの改造人間クモ女」
笑みを浮かべたままいきなり私のあごをつかんで引き寄せる志織さん。
五つの単眼が私を無機質に見つめていた。
「これから改造を受けて私たちの仲間になるというから殺しはしないけど、そうじゃなかったらお前など殺しているわ。だから気をつけることね。おほほほほ・・・」
突き飛ばすように私を放す志織さん。
「さあ、その女を手術台に載せるのよ」
「い、いやぁっ!!」
私の両腕を抑えた女戦闘員にできるだけ抵抗するものの、私の力では振りほどくことなどできはしない。
私はなすすべもなく手術台に寝かされ、両手両脚を押さえつけられてしまうのだった。
手術台の周囲からいくつものチューブがのびてくる。
もう恐怖はなくなっていた。
ただただ悲しかった。
私はもう人間じゃなくなってしまうんだ。
それがただどうしようもなく悲しかった。
「お父さん・・・お母さん・・・」
両親の顔が思い浮かぶ。
両腕、両脚、肩口などにチューブが突き立てられた痛みが走る。
何かが躰の中に流れ込んでくる。
「美穂ちゃん・・・恵美ちゃん・・・」
楽しかった学校生活が思い浮かぶ。
授業はいやなこともあったけど、友達と過ごす時間はとても好きだった。
躰が熱い。
全身が燃え上がるように熱くて痛い。
細胞の一つ一つが作り変えられていっているみたい。
熱くて痛くて私は身をよじる。
でも、固定されているのでちょっとしか動けない。
「聡里ちゃん・・・」
最後に思い浮かんだのは、ここ数ヶ月のうちに友人になった彼女のことだった。
改造されてもなお人として生きる聡里ちゃん。
きっと人に言えない苦しみがあったと思う。
「聡里ちゃん・・・ごめんね・・・私・・・改造されちゃう・・・」
私は自分の躰がじょじょに変わり始めるのを感じながら、思わずそうつぶやいていた。
******
「うふふ・・・」
思わず笑いがこみ上げる。
なんて気持ちがいいんだろう。
手足を留めていた枷がはずされ、私はゆっくりと躰を起こす。
私の躰は赤茶色の外骨格に覆われている。
胸もお腹も両手も両脚も節々で形作られ、柔らかなラインを描いている。
額には触角が震え、大きな単眼とともに周囲の様子を余すところなく伝えてくれる。
両脇と両手両脚の外側には小さな脚が蠢き、鋭い爪を輝かせている。
なんてすばらしいんだろう。
私はもう人間などという下等な生き物じゃないんだ。
私はザームによって改造された改造人間なのだ。
自分の躰を見回して、私はうれしくて飛び跳ねたいぐらいだった。
『ふふふ・・・改造が終わったようね。気分はどうかしら、ムカデ女?』
私はもう胸がいっぱいになった。
女王様が私に声をかけてくださったのだ。
うれしいよぉ。
私はすぐに女王様に向き直る。
「はい、最高の気分です。こんなすばらしい躰にしていただき、御礼の言葉もございません」
『おほほほ・・・これでお前も我がしもべ。ザームのために働くのです』
「もちろんです。私はザームの改造人間ムカデ女。ザームと女王様のために全てを捧げます」
私は女王様に一礼する。
そう、私はザームのムカデ女。
ザームのためなら何でもするわ。
「うふふ・・・おめでとうムカデ女」
「これであなたも私たちの仲間ね」
サソリ女とクモ女が私を迎えてくれる。
ザームの改造人間である二人はとても素敵。
「ありがとうサソリ女、クモ女」
私はあらためてザームの改造人間であることがうれしかった。
『ほほほほ・・・これで出来損ないの周りの女どもは全てザームのしもべ。そなたたちに命じます。我の邪魔をする出来損ないのイナゴ女を始末してきなさい。いいですね』
私が二人と話していると、女王様の命が下る。
「かしこまりました、女王様」
「私たちにお任せくださいませ」
「出来損ないのイナゴ女は、私たちが必ず始末いたします」
私たちは女王様の前に整列して命令を承る。
ザームを抜け出したイナゴ女。
精神改造を受けなかった出来損ない。
下等な人間のままの精神でザームに歯向かう愚か者。
どうして私はあんな存在を許容できていたのだろう。
女王様に逆らう者は容赦しない。
イナゴ女は私たちで始末しなくちゃ。
私は二人と一緒に女王様の前をあとにした。
******
翌朝、私は擬態した姿でクモ女のいる喫茶店「アモーレ」へと向かう。
人間に擬態するなどあまり気乗りしないけど、人間どもに騒がれないようにするには仕方がない。
おろかな人間どもには、私がザームの改造人間であるなどとは思いもしないだろう。
まったくバカな連中だわ。
早く女王様の支配する世界になればいいのに。
そんなことを考えながらも、私は朝から気分がいい。
夕べ夜に人間のときの住処へ戻ったとき、父親と母親などというおぞましい存在を嬲り殺してやったのだ。
私が人間だったことなど考えたくもない。
あのような下等な生き物とつながっているという過去を消すことができて、ホッとしたわ。
それに今朝はあの出来損ないのイナゴ女を始末できる。
何も知らないイナゴ女は、今朝ものこのこと「アモーレ」に姿を見せるはず。
そこが罠だとも知らずにね。
そして待ち受けたクモ女とサソリ女、それに私によって始末される。
あのような出来損ないは始末されなくてはならないの。
ザームのすばらしさをわからずに女王様に逆らう出来損ないなど生きていてはだめなのよ。
私はイナゴ女の最後を脳裏に思い描き、思わず笑みが浮かぶのだった。
******
******
朝の多少の眠さをこらえて私はバイクを走らせる。
結局夕べもザームの動きはなかった。
それ自体は喜ぶべきことなんだけど、奴らが陰で何をたくらんでいるのかと思うと、喜んでばかりもいられない。
今日は南区のほうを回ってみよう。
奴らが何をたくらもうと、絶対に成功なんかさせないわ。
と、その前にバイトバイト。
考え事をしている間に私のバイクは「アモーレ」の前に着く。
私はすみのほうにバイクを立てると、ヘルメットを脱いで小脇に抱え、店の入り口に向かった。
「おはようございます」
「アモーレ」の入り口を入ると、コーヒーのいい香りが漂ってくる。
「おはよう、聡里ちゃん」
「おはよう」
いつもの優しい志織さんの声に重なり、もう一人の声が私にかけられた。
「あ、おはようございます、愛子さん。今日はどうしたんですか?」
見ると、矢木沢医院の愛子さんがテーブルでコーヒーを飲んでいた。
まだ開店前だというのに珍しいこともあるものだわ。
「ふふふ・・・ちょっとここに用事があってね」
「そうだったんですか」
なんだかいつもの愛子さんらしくない冷たい笑み。
私はちょっと気になったけど、すぐに奥で着替えを始める。
「聡里ちゃん、ちょっと」
いつものエプロン姿でテーブルを拭き始めた私を、志織さんが呼び寄せる。
「はい、なんですか?」
私はカウンターへ行き、志織さんの向かいに立つ。
「今日は少し開店を遅らせるわ。彼女が何か話があるようなの。そこに座ってこれでも飲んで一緒に聞いてくれるかしら」
目で愛子さんを指し示す志織さんの手には、おいしそうなコーヒーが用意されていた。
「あ、はい。いいんですか?」
私はコーヒーを受け取ると、カウンター席に腰を下ろした。
「うん、少しショックな話かもしれないから、これを飲んで落ち着いて欲しいの」
何かいつもと違う志織さん。
いったい何があったのだろう。
まさかザームのことで何かあったのだろうか・・・
私はふとそんなことを考えながら、志織さんの淹れてくれたコーヒーを一口飲んだ。
「!!」
私は自分の舌を疑った。
うかつにも一口飲んでしまったけど、まさか毒が入れられているとは思ってもみなかった。
「し、志織さん?」
信じられない。
いったい何がどうなっているというの?
「あらあら、改造された舌は伊達じゃないってことかしら。サソリ女の毒は無味無臭のはずなんだけどね」
志織さんが冷たく笑っている。
どうして?
どうして志織さんが?
「私の毒が見破られるなんて癪だわぁ。でも、さすがに私たちに毒を入れられるとは思っていなかったようね。一口目はちゃんと飲んでくれたようだし」
愛子さんも笑みを浮かべて私を見ている。
その目はまるで獲物をしとめようとするかのようだ。
「うふふふ・・・サソリ女の毒は改造人間にも効くのよ。しばらくすれば躰が動かなくなってくるわ」
ゆっくりとカウンターを回ってフロアに出てくる志織さん。
「あ、愛子さん・・・志織さん・・・」
私はじわじわと躰に毒が回り始めたことを感じていた。
躰がしびれてくるのだ。
このままでは・・・
「うふふふ・・・そんな志織なんて人間のときの名前で呼んで欲しく無いわ。私はザームによって改造されたのよ。今の私はザームの改造人間クモ女」
「うふふふ・・・私も同じくザームの改造人間サソリ女なの。出来損ないのイナゴ女、覚悟しなさい」
「そ、そんな・・・」
目の前で姿を変えていく志織さんに愛子さん。
なんてこと・・・
二人ともザームによって・・・
ザームによって改造人間にされてしまったんだ・・・
私はしびれる躰を何とか支え、気力で二人の改造人間に向き合う。
もう二人を元に戻すことはできない。
精神改造をされてしまった今、彼女たちは敵なのだ。
私はどうしようもない悲しみを感じながら、この場を切り抜けることを考えていた。
「おはようございます」
ああ・・・なんてこと・・・
私はあまりのタイミングの悪さに唇を噛む。
こんなときに雪美ちゃんが来てしまうなんて・・・
「雪美ちゃん、来ちゃだめ! 逃げて!!」
「えっ? きゃぁっ!!」
背後から雪美ちゃんの悲鳴が聞こえ、私にしがみついてくるのがわかる。
当然だわ・・・
目の前にザームの改造人間が現れたんだもの、逃げるに逃げられなくなっちゃったんだ。
仕方ないわ。
何とか雪美ちゃんを連れて脱出しなくちゃ・・・
「雪美ちゃん、いい、私が二人の相手をするわ。その間に店を出て逃げるのよ」
「逃げる?」
「ええ、何とかこの場を切り抜けて逃げて欲しいの。私のことなら心配いらないから」
私は背後の雪美ちゃんをかばうように、二人と向かいあった。
「逃げる必要なんか無いわ」
「えっ?」
雪美ちゃんの言葉に私は驚いた。
「だって、出来損ないのイナゴ女を始末するのが私たちの任務なんですもん」
いきなり私の首筋に激痛が走る。
「あぐぅっ」
しがみついてきた雪美ちゃんを突き飛ばすようにして私は床に転がった。
「ゆ、雪美ちゃん?」
「違うわ。私はもう古木葉雪美なんかじゃないの。私はザームの改造人間ムカデ女なのよ」
雪美ちゃんの姿が変わっていく。
私はもう、言葉も出なかった。
「うふふふ・・・サソリ女の毒と私の毒、二種類の毒が混じったお前に助かるすべは無いわ」
「うふふ・・・ついでに私の糸もお見舞いしてあげる」
志織さんだったクモ女の糸がお尻からつむぎだされ、私の手足に絡みつく。
「う・・・あ・・・」
首筋から入った毒が急速に私の躰から熱を奪っていく。
動くことも擬態を解除することもできないとは・・・
「ふふふふ・・・残念ね。きちんと精神改造を受けていれば、こんな目にあわずにすんだのに」
「さ、三人とも、お願いだから目を覚まして・・・あなたたちはザームに・・・」
私は必死で訴える。
お願い・・・
人間の心を取り戻して・・・
「違うわ。私たちは自らの意思でザームと女王様にお仕えしているの。お前のような出来損ないとは違うのよ」
「グホッ」
ムカデ女になってしまった雪美ちゃんのケリが私の腹部に入る。
ああ・・・
もう三人に私の言葉は通じない・・・
もう彼女たちは身も心もザームの改造人間になってしまったのだ・・・
「うふふふふ・・・さあ、とどめを刺してあげるわ」
冷たい声が響く。
今のは誰の声だろう・・・
もう何もわからない・・・
意識も朦朧としてきた。
ごめんね・・・
私、ザームを倒せなかったよ・・・
鋭い爪の一撃が私の胸を貫いて、私の意識はそこで途切れた・・・
END
いかがでしたでしょうか。
最後だけちょっと視点を聡里ちゃんに変えてみました。
聡里ちゃんの絶望が伝われば成功かなと思います。
四日間お付き合いいただきありがとうございました。
- 2009/05/07(木) 21:31:21|
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