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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

クリスティーさんの苦悩

第一次世界大戦最中の1915年。
アメリカ、ニュージャージー州にあるフロント・ホイール・ドライブ・モーター・カー社の社主であり、本人自身が優秀な技師でもあったジョン・ウォルター・クリスティーは、アメリカ陸軍から高射砲運搬車を依頼され、その製作に携わっておりました。

この車両は残念ながら試作のみで終わりましたが、クリスティー本人はこのことで軍用車両に対する興味が生まれ、US・ホイール・トラック・レイヤー・コーポレーションを設立して本格的に軍用車両の分野に参入することにいたします。

クリスティーは持ち前のアイディア力で、高速戦車や飛行可能な戦車、水陸両用の戦車など、さまざまな斬新な車両を開発して行きます。
その最初のものとも言うべき高速戦車がM-1919という番号の戦車でした。

このM-1919戦車は、いわば装甲車のように前後に車輪とも言うべき大きな駆動輪を持ち、その中間に小さな転輪を配置したもので、驚くべきことに前後の車輪だけで走ることも、履帯を履かせて装軌式車両として走行することも可能という戦車でした。

通常、履帯を使うとその分接地面積が増えて抵抗が大きくなり速度が遅くなりますが、その代わりに荒れた地面でも走行ができるという利点が生まれます。
一方車輪ですと、荒れた地面での走行が制限される代わりに、良好な道路上では速い速度で走ることが可能です。
M-1919戦車は、この両方のよいところを取り入れようとしたのです。

M-1919戦車は、主砲に57ミリ砲を持ち、履帯付きで時速11キロ、車輪走行で時速21キロと当時の装甲車両としては高速を発揮することができました。
クリスティーは、このM-1919をさらに発展させていくことにします。

クリスティーは、戦車とはこうあるべきだという考えを持っている人でした。
まず、戦車は敵弾に貫通されてはならず、充分な装甲を施すべきだとしましたが、普通に分厚い装甲を施したのでは重量が重くなりすぎます。
そのためクリスティーは、断面積で見かけの厚さが増える傾斜装甲で戦車の装甲を施すことを考えました。
次に、車高を低くして敵に発見される可能性をできるだけ低くしようとしました。
見つからなければ撃たれることもないのです。
そして、何より重要なこととして速度を挙げました。
速度が速ければ、戦場に到達する戦略的移動性(機動力)も戦場での敵に対する戦術的移動性(運動力)も高まるのです。
そのため、車輪で道路を速く走って戦場に行き、履帯で荒れた地面の戦場を走るという考えだったのです。

クリスティーのその考えは、いくつもの試作車両を経て発展型のM-1928に引き継がれて行きました。
M-1928は、エンジンに高出力の航空機用エンジンを搭載し、転輪を大直径のものとした上でそれをクリスティー式と名付けられたサスペンション機構で独立懸架させることで地形追随性を増し、より高速を発揮できるようにしたのです。

M-1928戦車は、武装を搭載しない状態で重さ7.8トンの車体を履帯を履かせた装軌の状態で時速68.5キロ、履帯を履かない装輪走行ではなんと時速111.4キロもの速度を出すことができました。
これは当時の一般的な戦車が時速30キロほど、トラックでも時速60キロほどというものに比べて格段に速かったのは間違いのないところでした。

クリスティーの開発したこのM-1928及びそれに武装を施したM-1931戦車には、いくつかの国が興味を示しましたが、アメリカ人であるクリスティー本人は、何よりもまずアメリカ軍に採用して欲しかったのはいうまでもありません。
しかし、当時のアメリカは第一次世界大戦後の軍縮に加え、世界恐慌という不景気の真っ最中であったため、M-1928戦車の採用などできない状況でした。
能力の高さには注目したものの、数両を購入するぐらいだったのです。

一方、当時新興国家であったソ連は、その軍隊である労農赤軍の機械化部隊に配備する戦車として、このM-1928戦車に目をつけました。
ソ連はクリスティーに働きかけ、M-1928を手に入れるべく活動します。

クリスティーは悩みました。
正式に国交のない(1930年当時アメリカとソ連は国交がありませんでした)国であるばかりではなく、新生社会主義国家ソ連に対しては、シベリア出兵などで敵対したこともあり、アメリカがソ連に兵器を売るという行為は決して納得できるものではなかったのです。

しかし、アメリカでの採用が絶望であると知り、ついにクリスティーは決断します。
砲塔を搭載しないM-1931戦車の車体(M-1930ともM-1940とも言われる)を、農業用トラクターという名目で輸出することに合意したのです。

1930年12月24日、二両のクリスティー製“農業用トラクター”がアメリカから船積みされて出港しました。
この二両のトラクターが、その後の世界に大きな影響を与えることになることを、クリスティー本人はどこまで予想したでしょうか。
そう、この二両のトラクターは、ソ連という国でとてつもない子孫を生み出すことになるのです。
のちのソ連の主力戦車、T-34でした。

それではまた。
  1. 2009/03/26(木) 21:36:37|
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舞方雅人

Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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